とある1人の召喚術師の契約
只の思い付きです。
『我を呼び出したのはお前か?』
多大な生け贄を使用して作成した魔方陣。
妖しく紫色の靄を生じさせながら現れたのは、羊のような角を持ち、蝙蝠のような漆黒な翼を持った大型の人形の魔物――いや、悪魔と呼ぶのが正しいだろう。
「七つの大罪を司る大悪魔とお見受けする。如何なる犠牲も厭わない。力だ。力を私に与えてくれ」
ここまで至るのには苦労した。
目的は復讐だ。
わざわざ召喚しないと戦えない上に、雑魚しか召喚できないやつなんて不要と、パーティー切り捨てられて追放されたあの日を思い出す。
別に雑魚しか召喚できなかったわけではない。
召喚術師は本来後衛であるにも関わらず、前線で壁役なんて指示するあいつが悪い。
それでもなんとか召喚が容易で、効率の良い魔物を駆使して役割をこなしていたというのに酷い言いようだった。
それだけならまだ別のパーティーに入れば良いだけであったのだが、追放するだけでは飽き足らず、あることないこと吹聴して回られたため、どこも私と組もうと考えるパーティーは無かった。
そのため、1人で見返してやろうと実家の古書店で古い文献を読み漁り、召喚術の研究を続けていた。
その過程で見つけたのが壁奥の本棚で隠されていた地下室への扉だった。
その地下室に安置してあった1冊の本。
長らく放置してあったのにも関わらず、朽ちることなく置かれていたその本は、悪魔の中でも最上位と呼ばれる七つの大罪の大悪魔を召喚する禁呪が記載されたものであった。
そして今、その大悪魔が目の前に居る。
『ふむ。良いだろう。手を掲げるが良い』
一般的に悪魔とは契約してはいけないとされている。
対等そうな条件に見えても最終的に対価が割に合わないというのがその理由だ。
寿命を要求されたり、視力や四肢を失ったり、意図と違う願いの叶え方をされたりする。
だが、それも過度の欲望を叶えようとした結果だろう。
私のように失うものは何もなく、復讐しか残っていない身としては何も怖くない。
極端な話、これで復讐が叶わなかったとしても仕方がない。
もうできることはやり尽くした。
追放されたパーティーのみならず、大悪魔にも利用される運命であるのであれば、それだけの存在だったと納得できるだろう。
「判った。片腕でもなんでも持っていけ」
手を掲げろというのが唯の指示のわけではないだろう。
悪魔が脆弱な人間と契約するのはメリットがあるからだ。
ほい判ったと簡単に力を与えてくる悪魔などほとんどいないであろう。
人間の血肉に飢えている悪魔であればそのまま贄として手を奪うであろうし、この世界に現れようとする悪魔であれば乗り移ってくるだろう。
ましてや大悪魔であるならば、手と言わず腕、もしかすると半身や全身に至るであろう。
その掲げた右腕の先、広げた掌の中央に、大悪魔がゆったりとした動きで爪の尖った指で触れる。
と、同時に経験したことの無い規模の何かのエネルギーがそこから急激に流れ込んできた。
『願いは叶えてやった。サラバだ』
その言葉と共に、その姿はかき消える。
辺りに漂っていた靄も消え、この地下空間内の存在感は私だけになっている。
恐る恐る右手を握ったり開いてみたりするが、特別違和感は感じない。
他にも何かを失ったという感覚もない。
だが逆に増えているものは明確だ。
魔力とも呼ぶべき何かが、身体の奥から無尽蔵に湧いてくる。
この力を利用すれば、転移のような高等技能も可能であろうし、ただ単純に放出するだけでも街1つ壊滅させることができる。
どの大罪であるかは判らないが、流石、七つの大罪を司る大悪魔の力だ。
これだけの力があれば、いつでも復讐を果たすことができるだろう。
つまり、別に今直ぐでなくとも問題ない。
とりあえず、どういう復讐をするかを考えて――――
「いや、面倒だな。明日考えるとして、今日は寝るか」
悪魔:『対価とかめんどいし、適当に契約して帰って寝よう』
何故、怠惰の悪魔なのか。
ここは、憤怒であるべきだろうに……