望んだ明日
「——で? だからボロボロになってるわけ」
「……さすが国王様。圧がめちゃくちゃ凄かったよ……」
先ほどまでダイナス王とざっくばらんに雑多な話を楽しんでいた。素晴らしく有意義な会談だった……少なくとも国王陛下の方は、な。
たまたま廊下ですれ違ったアリシア姉さんと城の展望台で風に吹かれていた。ここからは城下街の外側まで見通せる。太陽が遥か遠くの山の影に隠れようとしていて、薄らと流れる雲を淡く照らしている。あの山の向こう側には、俺とアリシアの故郷・ミッドレイクタウンがある。
「でも良かったじゃない。聞いた感じだと、いつかは認めてくれそうだし」
「いつかは、な」
たしかに恋人関係には寛容なようだったが、結婚については断固反対という感じだ。でも当たり前だろう。彼にとってリアナはたった一人の娘であり、王妃亡き今はたった一人の家族。とすれば、国王を説得するのは全身の骨を折ることになるかもしれない。
「そう落ち込まないでって。あんたはあのイシュザークたった一人で討ち倒したんだから。ダイナス王を説得するぐらい訳ないはずよ。魔王と国王、どっちが恐い?」
「ダイナス様」
「即答なのね……」
実際、国王と魔王では恐怖のベクトルが違う。
しかし、なんだかんだ。俺が何かにつまづいたとき、いつもこうやって背中を押し、肩を貸してくれるのは彼女、アリシアだ。こんな幼馴染、向こうの世界でもいたら……。
「なっ、何よ」
いつの間にか姉さんの顔をぼーっと眺めていたようだ。
「いや。アリシア姉さんがいてくれて良かったなぁって」
「なっ、なによ急に。気持ち悪い」
素直な気持ちを吐露したつもりだったんだが……。アリシアは恥ずかしそうに顔を逸らしてしまった。
「……それよりさ。まだリアナに告白できてないって、本当?」
「はえっ? あっ、ああ」
急に話題が変わったので声が上擦ってしまった。まだ恋バナするの? てかなんで知ってんの???
「あんたたちの仲はわかってるけどさ。やっぱり言葉で伝わらないこともあるわよ?」
「うっ、うっさいな。わかってるよ」
戸惑った俺を見てアリシア姉さんもふふっと軽く笑う。
「そう。口で言わなきゃ何も伝わらない。まして、私は行動もともなってないんだから……」
「?」
呟くようなその言葉はどうやら俺へ向けたものではないようだった。視線を落とし、唇をキュッと結んでいる。もう長い間一緒にいたけど、こんな顔は見覚えがなかった。
「わ、私さ」
そうやって真剣になるもんだから、驚いてその顔に惹きつけられる。
長い睫毛、貴族の馬の毛みたいに艶々した栗毛の髪。健康的ながら白く艶のある肌。その綺麗な顔が夕陽に当てられて、淡く色づいたかのようだ。
「私、レンのこと……」
アリシア姉さんは瞳を真っ直ぐにこちらへ向けてくる。リアナと違い、ルビーみたいに紅く美しい。俺は何も言わずに続きを待つ。
城壁に乗せた拳がグッと握られーーそしてゆっくりゆっくりと開いていった。
「……大切な、家族だと思ってるから」
彼女は恥ずかしさを隠すように破顔した。
「なんてね。もし弟が結婚するってなったら、こんな気持ちなのかなって」
1歳差の幼馴染。アリシアは出身の村では良家で、普通なら俺のような一般村民には関わるのもおこがましい。だが家と歳が近かったこともあり、ひょんなことがきっかけで良く遊ぶようになった。姉弟みたいなもので、家族のように過ごしてきた。
もし立場が逆なら、同じ言葉を送るだろう。
「ありがとう。俺もアリシアのこと……大切な仲間で――姉だと思ってるよ」
考えうる精一杯の言葉で、そう返した。
でもアリシア姉さんはなぜか悲しそうな表情をした。言葉を間違えてしまっただろうか。
「……やっぱり気持ち悪い」
でもそれは一瞬のことで、またいつもみたいな柔らかい表情でうなづいた。気持ち悪いは普通に傷ついたが。
「さっ! 今宵は楽しましょう! リアナには早めに伝えるのよ!」
俺の肩を一発バスっと叩いてからアリシア姉さんは城壁を離れた。
「いってぇなもう……んじゃ、また」
アリシア姉さんは振り向かないままヒラヒラと手を振り、そのまま大廊下に続く階段を降りて行った。
その背中を見るのが最後だって、この時知っていたなら、付け加えてたらよかった。
俺だって、幼馴染じゃなく、姉としてでもなく――。