~第5幕~
男はバイクを走らせていた。注文されたピザを届ける為に。
しかし彼は急いでいた。客の為ではない。所属している会社や支店の為でも。
彼は短気だったのだ。事故を起こしたのは何もこれが初めてではない。
「賢ちゃん……けんち……」
血塗れの彼が這いずって助けを求めている。口にしているのは漫才の相方の名前だ。
「悟……」
そこで目が覚めた。この世界というか空間で生きていることに慣れているのか、あんな悲惨な光景を目にしても至って冷静だ。
『今日は江波中にいくよ? 準備はいい?』
「大丈夫。うまくいくと思う」
『君を信じよう。彼の未来も君の未来も今のキミに掛かっている』
「プレッシャーを掛けないで欲しいな(笑)」
この日は学校に通って、帰宅後、私服に着替えて江波中学へ向かった。
母から「どこへ行くの?」と尋ねられたが「友達のところ!」と返しておくと、驚いたように「ともだちぃ!?」と反応された。
そうか、この時代に俺に友達がいる事がそんなに奇跡的な事だったのかと俺は苦笑いをしてみせた。
吉中の生徒が江波中へ出向かうことは当時珍しかったらしい。江波中の正門をくぐるなり、色んな生徒達が俺をみてくる。私服で学校を訪れる生徒もやっぱり珍しかったのか。でもそんな事も気にせず、図書室へ向かった。
今日、彼が図書室に居る事は事前に入手した情報で確証済みだ。図書室はどこなのか? と周囲の人に聞いてみる。勿論「なぜそこに?」と逆に訊かれてしまう事もあったワケだが、俺は躊躇せず即答した。
「そこに相方がいるから!」
俺はやがて江波中学校の図書室に辿りついた。
居た。彼は確かに受付の席に座っていた。
14歳の彼は髪がふさふさの青少年だった。彼は俺には目をくれず本を黙々と読んでいる。どういうワケだろう。ここにきて心臓がドクドクと鳴りだしはじめた……。
「あの、江川悟か?」
「はい?」
「俺は……伊達賢一だ。未来の君の相方だ」
「はっ? お前、誰?」
「お前の未来の相方だって……そっか、分からないよな……」
「そんなこと言われたって知らねぇよ。どっかいけよ。俺は忙しいの」
「写真で見た事はあるけど、本当にふさふさだったとは……」
「何だ、お前? 俺が将来禿げると言いにきたのか?」
「いや、違う。未来のことを告げに来た。このまま普通に生きて、俺と出会って、そのままの未来だとお前は交通事故に遭って死ぬ」
「はぁ!?」
「わかる。わかるよ。信じてくれないのも。でも、今から俺が言う事をどこか、何かにメモしてくれたら助かる。お願いできるか?」
「いきなり出てきて変な事を話す奴の言う事なんか聞けるかよ……」
「頼む。頼むよ。俺が言うことが当らなかったらもう信じなくていい」
14歳の悟は俺がこう言うと、ようやく手にしていた本を近くに置いた。だがひねくれ者の彼だ。ひと筋縄でいかないのは明白だった。
「さっきも言った。俺は忙しい。こうやって本を手放しただけでもありがたいと思え。メモを用意しろ? お前、センコーかよ? 俺と歳が離れてもなさそうなお前が俺に指図をするな。まず自分が何者なのかハッキリと言え」
そうだ。忘れてはいけない事がある。彼はひねくれ者だが、同時にこのときの彼は思春期の真っただ中にある。俺は冷静に務めようと脳もフル回転させ臨んだ。
「俺は吉島中学2年の伊達賢一だよ。普段はここまで喋らないが、最近予知夢をみるようになって喋るようになった。俺はお前が救われて欲しいと思っている。お前がメモを用意しないなら、俺が用意してやるよ」
俺はそう言って鞄からノートと鉛筆を取り出し、ノートの1ページを破った。
「マジかよ。本当にイッてんな」
「まずお前がさっきまで読んでいたノストラダムスの予言、今年の7月には何も起きない」
「ふうん。そうか。まぁ、そんなものだろう」
「じゃあお前の好きな野球の話題を話してやる」
「あぁ~そっちがいいね。今年優勝するのは?」
「中日だ」
「ふうん。まぁ、それでもおかしくないよな?」
「来年は巨人、再来年はヤクルトで、2002年は巨人、2003年は阪神だ。阪神が優勝する時、カープの金本は阪神へFA移籍する」
「へぇ~金本が。巨人じゃないのか」
「そのあと新井さんがたて続けに阪神へFA移籍して、黒田はメジャーにいく」
「新井さん? 新井?」
「去年カープに入団した選手だよ。彼はカープの4番打者になってホームラン王にもなる」
「何だか面白い話になってきたな。この先の未来でカープは優勝するのか?」
「さっき話した黒田がメジャーからカープに帰って、新井さんもカープに還ってくる。それからの2016年~2018年で3連覇する! 監督はいま現役の緒方孝市だっ!!」
俺は書きながら喋るストレスもあってか、どこか怒りがこみあげてもいる。
悟には俺が変な奴にしかみえないのだろう。途中からケタケタ笑っている。
「このノートの切れ端に書いたことは全て当たる。これを大事にとってくれ」
そして俺は最後に書き記した。
『バイクの運転はやめろ。ピザ屋の仕事もやめろ。危ないから』と。
そこで江波中学の教員らしき人間が図書室に入ってきた。「君、誰だね?」と。悟は間髪入れずに「不審者です。おっぱらってくださいよ」と嫌味たらしく言い放つ。俺はなす術もなく図書室から江波中から出ていく事となった。別れ際、預言を記した切れ端をニタニタと眺める彼の残像がしばらく脳裏に焼き付いた。
トボトボと帰る帰り道。俺は肩を落としながらもスマホで高木玲と話した。
『大丈夫。君はよく頑張ったよ。あとは信じよう。少なくとも私は君を信じる』
このミッションに臨めるのは1度きりらしい。
まぁ、人生なんて最初からそんなものか――
∀・)賢一、プロ野球を予言するの巻でした。新井さんこと新井貴浩氏がカープに入団したのは1998年のことなんですね~。1999年シーズン開幕当初はまだ無名でしたが、めきめきと頭角を現します。金本FAの予言は当時の僕だったらさすがにビビるかなと思ったんですが、悟くんはふてぶてしい男の子ですからね。物語のクライマックスも近づいてまいりました。次号です。