二章09話 装備は充実
「いらっしゃいませ、あっ、ヒマリさん! 探したんですよぉ? どちらに行かれていたんですか? もー」
商品棚のホコリを落としていたアイリは、こちら気づいた途端、口をとがらせて言った。
「ごめんごめん。急用が入っちゃって。買い物したいんだけど、商品を見てもいい?」
「ええ。もちろんです」
ここは中央広場から少し離れた場所の、ある魔道具店。そこを切り盛りしているのがアイリだ。趣のある木目調のインテリアが心を落ち着かせる店内には、ずらりと商品が陳列されている。
各種ポーションに滋養強壮薬や携帯保存食。スクロールが並べられた棚や、短剣、小盾、農具まで取りそろえている。事実上の武器屋といってしまってもいいかもしれない。
ラーメン屋を始めたけれど、次第にカレーや天丼とかも提供し始めるお店みたいな焦燥感が漂うのは、『在庫処分セール今だけ』と書かれたポップが日焼けで黄ばんでいるからだろうか。
昔はギルドや武器、防具屋もたくさんあって栄えていたらしいけれど。
「ん? このおもちゃは……ボードゲームの駒? いろんな種類がある」
壁に打ち付けられた棚には、架空の地図にいくつもの小さなひし形が並ぶ木製のボードが立てかけるように三枚あり、そのとなりには様々な造形の駒がひな壇に並べられていた。
高さ8センチくらいの手のひらに載るミニチュアのフィギュアは、いずれも鎧を纏った騎士のようだが、装備している武器は、その個体によって短剣や槍、弓やボウガンなど多岐に及んでいる。
人生ゲームなら遊んだことがあるけれど、これはファンタジー系のゲームらしい。
「それはですね、見ての通りボードゲームの駒なのですが、ここをこうやると」
手前にある短剣と丸盾を持つ玩具の兵士を手に取り、背中に指を押しつける。するとみるみるうちに本物の兵士のように拡大しその場に仁王立ちした。
魔力を帯びた身体はなめらかに動き、鎧はその重厚感を存分に示していた。
「なにこれ、すごい。魔法の道具? アイリが作ったの?」
「これはお試し品なので時間が短縮されています。実際は起動に十数分かかっちゃっうんですが、いくら説明しても返品されるお客さんがいるんですよねー」
はは、と笑うアイリと会話のずれを感じたが、作ったのは母親らしい。値札にある金額は金貨数枚という高額なのに売れ行きが悪くないのは、その表情が明るいことから察せられた。
「魔獣を眠らせるポーションとか売ってない? 地下の空洞に隙間なく効果のあるやつ。あと、魔獣が寄りつかないポーションとか」
「そういうのは置いていませんが、用途は……どこかにおでかけで?」
「ダンジョンにね。北に数キロって言ってたっけ。これからのことも考えて、ちょっと稼ぎに行くつもり」
「本当ですか!? 過去に誰も攻略した者がいないという最難関のダンジョンに!? S級冒険者ですら帰ってこなかったあの迷宮に挑むとは、さすがですヒマリさん」
「……ハハ、まあね」
つくづく無茶ぶりするよねあの錬金術師と女王は。
脱力した私を気遣ってか、アイリは柔和な笑みを浮かべて筒状の容器に差し込まれてあるたいまつを手に取り、差し出した。
「必要であれば剣でも盾でも、スクロールも持って行ってくださって結構ですので。魔獣が減るなら協力したいですし」
「……本当に持てるだけ持っていいの?」
「あっ」
バッグの留め具を外したところで、その容量に気づく店主であった。
太陽が照りつける荒野には、生ぬるい風が吹いている。遠くかなたにはヘルハウンドのような魔獣がいるが、逃げるほど危機的ではない。
城壁をくぐり出て歩くこと数十分。となりには大きなバックを背負う美女がいる。ゆるめの服装なのでわかりにくかった身体のラインが、そのバックのおかげで大きな胸が強調されている。
「あの……ヒマリさん? 持てるだけとは言いましたが、まさか全部お持ちになるとは思わなくて、その、ダンジョン探索が終われば返却してくれるのですよね?」
苦笑するアイリのほほを汗が伝う。
そう、私は玩具の兵士をすべてバッグにつめたのだ。
欲しかったのは盾になる存在。
いくら聖剣の効果が絶大だとしても、懐に潜り込まなければ剣は届かない。近づくまでに魔獣の豪腕に捕まりでもしたらひとたまりもないのだ。『治癒』や『蘇生』を自分にかけられるとしても、痛みは当然あるだろうし、なにより自分の損傷した身体を見て正気を保てるかわからない。
ホラーとかでもグロはダメなのだ。私はそういうのに弱い。
「王が払うよ、そういう約束だから」
「そうだったのですね。売り上げになるなら不満はありません」
「それよりもさ、本当についてくるの? 探してるっていう薬草なら私がなんとかして見つけるのに。いや、一緒に来てくれるのはとてもうれしいよ? でも危ないから」
「危険なのは承知していますが、区別がつきにくい薬草なのでわたしも行きます。ヒマリさん、ありがとうございます」
「?」
「すいません、その……ずっと機会をうかがっていたんです。わたしひとりでは無理でしたし、護衛を雇うお金もなかったので、ヒマリさんがダンジョンに行くとおっしゃったのを聞いたときは嬉しくてしかなかったんです。だから、この好機を逃したくなくて」
恥ずかしそうに頬を染めてはにかむアイリの可愛さに、思わずドキっとしてしまう。
あぶない、新たな扉が開きそうだった。
風にゆれる前髪を耳にかけることで、火照った顔を隠した。気づかれてはいないはず。
「もう、いくよっ。私が守ってあげるから、ちゃんと後ろにいるんだよ?」
「はい! ヒマリさん!」
アイリの手を握り、砂利道を駆ける。
ダンジョンの入り口となっている大木が、遠くに見えていた。
薄暗い広間には、時折通り過ぎる『光るコウモリ』に照らされて、その魔獣が浮かび上がる。
漏れ出した地下水のしたたる音のほかには、その魔獣のうなり声が空間内に反響するのみで、嫌でも緊張感が高まる。
「むり、むりむり! 怖すぎるよなにあの化け物! 目が四つあるんだけど!? 第三、第四の目なの? 心眼なの? なにを見ているの?」
「おちついてくださいヒマリさん。目は二つですよ。下の二つは鼻の穴です」
第1階層、階層ボス。ミノタウルス。
その目は見開かれ、来訪者をにらみつけていた。
ダンジョンに足を踏み入れること二十分ほどで、最奥になる広間までやってきていた。道中には天井に頭がつきそうなほど大きいゴーレムが各所に配置されており、戦わずに先に進むことが困難な場合にのみ聖剣で対応した。
光のブレイドで斬られたゴーレムは、その斬られた先が崩れ去り砂となった。どうやら心臓の役割を果たす魔石が体内のどこかにあり、放っておくと腕や足を落としても魔石を中心にして再生するため、それを取り除くか破壊することで倒せるとのことだ。
五体目を倒したところで判明したが、聖剣であればその仕様に縛られることなく、肘を斬ればその先が再生することはなかった。
ここにくるまではゴーレムしかいなかったため、てっきりボスもそうなのだと思っていたが、読みは外れた。
豪腕だが動きの遅いゴーレムと違って、部屋の奥にいるあの魔獣は明らかに速いのだ。近くを飛ぶ『光るコウモリ』を、重そうな棍棒で叩き潰したところからもそれは確認済みだ。
「雄叫びも怖いんだってぇ。肌がピリピリしたんだけど。これ以上近づけないよぉ」
「ん、ここに『近視であるため遠くにいれば比較的安全』と書いてますよ。遠くから攻撃したら倒せるんじゃないですか?」
地面を削って書かれたその文字を、そばに、うつ伏せで倒れた人の骨らしきものを視界に入れないようにしてアイリは読んだ。
「え、ホント!? 遠くだとぼやけちゃって見えないのか。そうだよね、こんな暗がりで単眼だから自然と酷使しちゃうだろうし、あっという間に目も悪くなるでしょ。あ、でも地下水とかしたたってるから、これをうまく目にさせばドライアイは避けられそう」
「なんの話です?」
「ごめん、私も視力はそこまでよくないからつい。それより倒し方を考えないとね。遠距離攻撃は、私ないかも」
ショルダーバッグに手を突っ込み、何かないかとまさぐる。
手に触れたのは玩具の兵士『歩兵』だ。
ここで玩具の兵士を使おうか。店主アイリが言うには、活動できる時間に限りがあるし、再活動までのリキャストにも時間がかかる。ダンジョンの深さがわからないため言及は出来ないが、一体につき一度と考えておくのが無難だ。
玩具の兵士は九体で、『歩兵』『弓兵』『騎兵』の三種類が三体ずつ。いずれも軽装で、短剣と丸盾を持つ歩兵、弓を持ち矢筒を背負う弓兵、そして馬に乗る斧持ちの騎兵。
ダンジョン内での活躍が難しいと考えられる騎士を除く六体はすでに魔力は充填済みだ。
「兵士をおとりにして背後から斬ります? 階層ボスですし、実戦で使えるか確認するためにも一体稼働させるのはいいかもです……ん?」
その場に腰掛けようとするアイリは、ダイイングメッセージを残すようにうつ伏せで倒れている人らしき骨が、先ほどの忠告とは別のメッセージも残していることに気づいた。
「どうしたの?」
「あ、あの、どうやらあのミノタウルスの棍棒と衣服は魔法を吸収する特殊装備らしく、うかつに攻撃すると魔力を与えることになるみたいです。最適な攻略法は近接による物理攻撃だと……」
「無理だよ……あんな丸太みたいな腕、切り傷しかつけられなさそうなんだけど」
試しに準備しておいた玩具の兵士『歩兵』と『弓兵』を一体ずつバッグからつまみ出して、地面に置いてから背中に起動のための魔力を流す。
すると、兵士は膨らむ風船のように大きくなり、180センチくらいの背丈になったところで止まった。
「なるほど。後方から弓兵に援護させつつ歩兵で倒すおつもりですね」
「うん。できれば私も参戦したいけど、それは様子を見て決めるよ」
少しこわいし。
二体に攻撃指示を出すと、無言のまま歩兵は歩き出し、弓兵は矢をつがえた。
放たれた矢は勢いよく肩に刺さり、ひるんだミノタウルスのひざに歩兵が短剣を突き刺した。
「いけそうですよヒマリさん!」
「うん、このままいけば――」
期待に胸を膨らましたのもつかの間。棍棒を頭に叩きつけられた玩具の兵士『歩兵』は、へしゃげて動かなくなった。そのゆがみ具合から、特殊な粘土で出来ていることがよくわかる。
後ずさったかに思えたそれは、予備動作であったのだ。
弓兵の矢は身体に刺さりこそするも、痛みを感じる素振りすらみせない。
「店の売れ筋商品なのに」
「階層ボスつえええええ」
アイラと並んでその魔獣をただ眺める。
また振り出しに戻った感。やはり自分でやるしかないのかな。
不安を紛らわすためにバッグに手を突っ込むと、ある瓶が触れた。
「ん? これ、なんだっけ?」
「!? それですよヒマリさん! 国宝級アイテムです!」
キラキラ光る液体がガラス瓶の中で揺らめいていた。




