08話 踊れなくても踊らされる
「あれ、ヒマリさんはどちらに?」
一段落して誰もいなくなった田畑に、ぽつりとその少女は立ち尽くしていた。植物は大きな実をぶら下げて縦に、横にと伸びており、切り落とされたツタが転がっている。
大量の在庫を抱えて戻ってきたアイリを、私は城の小窓から見下ろしていた。
「それでは私はこれで。エリドール様、お大事に」
「少しお話ししませんか? わたくし、あなたに改めて感謝の言葉を伝えたいと考えていたのです。それに、今夜の祝典で国民の皆様に紹介させていただきたいです」
アイリがひとりであたふたしている様を、一緒に小窓から眺めていたその女性は、女王エリドール。
ものの十数分でベッドから降りて華やかなドレスにそでを通したのは、さすがの胆力だ。意識がはっきりとしてからも取り乱したりしなかった。
数年ぶりに女王が公の場に顔を出すという機会もすでに準備が進められているようで、使用人がさきほどから廊下を行ったり来たりしている。
「い、いえ。恐れ多いです女王様。私はしがない商人ですので、謝礼をもらえればそれで充分です」
「ちゃっかりしてますね」
式典用の衣装を並べていたメイドのセルバが、ぼそりと言った。
チクるぞ、お前。腹黒メイドめ。
にらみつけるとセルバはニカリと笑って頭を下げた。調子がいいというか、飄々としているところがあの錬金術師に好かれているのかもしれない。
「商人? そうでしたか。てっきり聖女様かと」
「え!?」
なぜそれを? そっか、魔法の種類とか聖剣とかで聖女と推察したのか。
正体は伏せていきたいのだ。マリーに押しつけられた使命。それは、過酷なこの大陸で魔族を押さえ込むための幻獣探し。
バレれば避けられなくなるかもしれない。目の前の女性は権力者だ。広めようとすれば諸国に知られてしまう。
「前回お会いした時は『マリー』と名乗られていましたが、なにかと事情がおありなのでしょう。背負われている使命はあまりにも重い」
「あ、あぁ……はい。知ってたんですね。って、前回って事は一度ここに来たんですか?」
「ふふ。なにかのロールプレイですか? 面白いお方ですね。三年前にリンド公国でお会いしたじゃないですか。リンドはもう魔族領ですが……」
三年前ということは、呪いをかけられていた十年分を足したら十三年前?
マリーっていくつなのだっけ。二度目ってことは。しかしどうして。
「ちょっとすいません」
バッグに手を突っ込み、手記を取り出して開く。
一枚、また一枚とページをめくる。コピペしたのかと思うほど同じような内容が書かれているページを飛ばしては次をめくること数分。それらしき記述を見つけた。
『ここに記すは抵抗の軌跡であり、一時でも長く運命から逃避できたことの証明である
修道院 8歳で神聖魔法を使えることがバレて聖女認定。王に呼び出されて勇者一行として魔の大陸に遠征。幹部候補にすら敗北、仲間はすでに逃亡ないし懐柔されていたため単独で転移魔法を使用しウィスチテール大陸エルド王国に帰還』
小学生くらいの歳で一度目!? というか魔の大陸ってここのことを言っているのかな。このウィスチテール大陸が平和なら、移住したい。
『帰還後に数週間の療養で二度目の遠征を言い渡された。王は鬼畜。私を兵器としかみていないのかもしれない。とりあえず魔術の向上が大陸攻略に不可欠と訴えたら魔術女学院で学ぶことを許された。これで時間稼ぎが出来る。くっくっく』
たくましいよこの8歳。
その後もマリーはなにかにつけて理由を挙げ、時間稼ぎを図っていた。
魔術女学院を卒業後、さらなる深淵の探求が魔族を迎え撃つために必要だと訴え、大学に進学。近接戦となった場合にとれる手段がないことを解消するために必要だと訴え、剣術指南専門校に入校。さらに、長旅に備えて知識を入れておく必要性を訴え行商人による実務訓練を受講。そもそも勇者らの代わりに騎士団を用意されたところで戦力として乏しいと訴え、聖剣を古代遺跡より探索させる。最後に、講師の入れ知恵で国庫に眠る無限バッグの使用許可を申請し、許諾させた。
「これだけ準備してもなお異世界にバックレたってことは……」
十数年という歳月は、勢力を拡大させるには充分だったということでは。
「おやおや。険しい顔をしているじゃないか。女王と同席することがどれだけ名誉なのか、理解していないようだ」
ゆっくり扉を開いて入ってきたのは、どこかけだるげでゆるい格好の錬金術師、アーリアだった。
またこぼしたのか、胸元がぬれている。
「でた! なんてことをさせるんですか! 昨日今日の見知らぬ人間に女王の命を預けるって無謀でしょ」
「そうかい? 結果的にうまくいったのだから、わたしの見立ては間違っていなかったということになるのではなかろうか。そこで、相談なのだが――」
四つある椅子のうちの一つに腰掛けて、女王をほったらかしで話を続けるこの人こそ同席することの名誉を理解していないのではないかと思う。
「まだなにかやらせる気!?」
「実はね、ここから北に数キロ行くとダンジョンがあるんだけど、ヘルハウンドはそこから出てきててね。おそらくは転移装置のようなものがあるとわたしは読んでいるんだけど……それを壊しに行ってくれない?」
「いやだよ! なんでそんなことしなくちゃいけないのっ」
この前のヘルハウンドに戦って勝てたのは聖騎士の功績だ。しかし、もう召喚のスクロールはない。
聖剣があるといっても地下道みたいな暗闇で群れの犬っころと遭遇したらひとたまりもない。囲まれたら怖いし。噛まれて狂犬病にかかったら死ぬかもしれない。
「ふふ、おもしろくなってきましたね……いえ、すみません」
傍観者のようにわたしたちのやりとりを楽しむエリドール様は、口を押さえて笑みを隠した。
「王からも一言いただけます? こんな都合のいい逸材娘、もうやってこないですよこんなへんぴな国に。ささ、嫌がりつつも押せばやってくれますからこの子」
失礼かよ。
私にも女王にもこの国の民にも失礼だよ。
相変わらず口の端から紅茶をこぼすのは、飲みきる前にしゃべるからだということに気づく。
女王も笑って返しているあたり、無礼には当たらないみたいだ。研究職的な枠で雇われているとしても、ずいぶん好きにやらしてもらっている。
相当な手腕があるのか、国に利益をもたらす逸材にはみえないけれど。
「ヒマリ様、あなたはわたくしの命の恩人ですので、重ねてお願いなんてしづらいのですが、民の安全を約束する立場にあるのもまた事実でして。そうですね……ダンジョン内にあるものはすべてヒマリ様の所有するものとする。っていうのはどうですか」
綺麗な指を口に当てながら思案した結果、そんなことを軽く言った。
ダンジョンがどういうもので、そこにあるものの価値がわからなくて疑問符を浮かべていると、隣のイカれたサイエンティストが口を開いた。
「説明しようっ! ダァンジョンとは古くから存在する地下迷宮である。魔族が地中深くにコアを埋め込んだことで生成されたものであり、この最下層にある転移門から順次魔獣を送り込み、地上に展開させて侵略をすすめるというのが長らく続く魔族のやり方だ。
昔は多くの冒険者が富と名声を得るためこれに挑んだが、まあこれはやめておこう。
今では地上にすら魔獣があふれかえってしまった。腕の立つ冒険者は王侯貴族の護衛で生計を立て、大規模商会が中堅の冒険者と専属契約することで辺境の地までの輸送を可能としている」
「昔は冒険者ギルドも活気がありましたねー」
菓子と紅茶をつまみながら合いの手を入れるエリドール様は、放課後の女子高生のようだ。
「つまり、割に合わない危険なクエストとなったダァンジョン攻略に挑む者などいなくなってしまったのだ」
「それを私に行かせようしてたのっ!? 絶対行かない」
まじでイカレてるよこの人。
命をかける気はないよ悪いけれど。私は聖女ではないのです。まあ、その聖女も逃げたのだけれど。
「こちら、いかがですかヒマリ様。落ち着きますよ。飲んだらきっとイケるって気になりますよ。がんばってみましょ? どうです?」
あいかわらずお茶会気分の女王様。のほほんとしすぎてこちらも気が抜けそう。
勧め方も雑だ。
「じゃあ、帰りますんで」
席を立ち、足早にここを去ろうとする私の背に、その言葉はかけられた。
「ダンジョンに眠る財宝の総額は、私の見立てだと金貨5000枚では足りないと思うんだ」
「!?」
「あらまあ、そんなに? もしかして、歴戦の冒険者が残した装備とかも含めたのですか? そういえば、いまだに一度も攻略されたことはないのでしたね」
ごせ……それって、この世界では一生分の生活費を稼ぐことができる?
この無責任な大人達は、どうせ持ち帰れる分は限られているとたかをくくっているのだ。しかし、私は無限に入るバッグを持っている。
この世界の文明はいいところ中世だ。しかし、金があればその不便もかなり解消されるはず。むしろモラルや秩序が成熟しきっていない分、資金さえあれば王様のように振る舞うことも可能……だとしたら。
ゴクリ。
しばらくその場にたたずんで、しずかに、冷静に、端的に私は意思を表明した。
「ちょっと考えてみてもいいかなー、なんて」
「身体は正直ですね」
「ほらね。押せばいけるのあの子は」
ふたりは優雅に茶をすすり、微笑み合っている。
もしかすると、私は手のひらで踊らされていた?
見ていろ、すべて持ち帰ってやる。




