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02話 獰猛な魔獣


 大地を踏みしめる、うら若き乙女のひたいには汗が浮かんでいた。

 それもそのはず、全速力で風を切って走っているからだ。


「追ってこないでえええええ」


 二つ頭の犬にどんどん距離をつめられる。がれきに身を隠しつつ隙を見計らって逃げたところまではよかったが、早々に居場所がバレてしまった。


 私はどちらかといえばインドア派なので、そのフォームはいわゆる女の子走りだ。しかし、命をかけて全力で駆けるという点では、世界大会の陸上選手にも引けをとらないかもしれない。

 

「パンならあげたでしょおー? 私を食べてもおいしくないよー?」


 バウワウと吠える犬は、施しに満足いかなかった模様。やはり肉のほうが好き。

 噛まれたらどうなるのか。そもそも噛まれる前に口から吹き出ている火で消し炭にされてしまいそうだ。


 落ち着け私。

 こういうときこそ頭を働かせるのだ。出来ることはあるはず。そう、この先ほどからガチャガチャとうるさい聖剣。これがあるじゃないか。走りにくくてしょうがないので投げ捨てそうになったけれど、ただの剣よりもすごい効果を発揮してくれることは間違いない。


 全長の長さ、握る部分の長さからいっても両手剣のそれを右手で持って鞘から引き抜く。

 金属同士がこすれる音は重厚感があり、期待に胸が膨らむが、思いのほか軽い。


「え? これは」


 折れていた。それはもうポッキリと。

 

 ブレイド部分が20センチほどしかなく、その先がない。念のため鞘の中を確認するも、折れた剣は入っていなかった。

 つまりこの剣は、ここに来るまでの間に折れるという不幸があったか、もともと折れていたということだ。


「どうするのこれ!? 聖剣ってなに? かざりなの? 印籠みたいに人に見せたらひれ伏してくれるみたいな使い方?」


 この紋所が目に入らぬか、的なやつかもしれない。


 言わずもがなこの状況では全く使えない。息も大分切れてきた。当然犬のほうが速いので、距離はかなりつめられている。というか、背中が熱いのは気のせいだろうか。


「ひぃっ」


 口から吐く炎が背中に届きそうなところまで来ていた。これはもう時間の問題だ。

 悪あがきでもなんでもやってやる。


 周囲を確認する。前方数十メートルには林が広がっていた。木が密集して草もひざの高さはある。あそこなら身を隠せる。そうと決まれば、一度あの犬に私を見失わせる必要がある。 その林のきわに、しゃがみこんで花や草を採取するひとりの少女がいた。


 この地にやってきて初めて会う人間と、ゆっくり肩を並べてお話ししたいところだけれど、そんな余裕はない。私は足を止めることなく、彼女に声をかけた。


「ちょっとすいません。悪いんだけど、助けてくれない? というか一緒に逃げてほしいの」

「はい?」


 振り返る少女は、何事かと首をかしげた。

 艶やかな金色の髪に優しげな印象をあたえる顔。スタイルもよく、出るところは出ているが、不用意に肌を晒さないところに身持ちの良さを感じさせる。

 

「変な犬に追いかけられてて、あの、止まれなくてっ。あっ」


 全力疾走しながら叫んでいたため、足下がおろそかになり目の前に転がっていた小石に気づくことが出来ずにつまずいて、こけた。

 終わった。私はまたこけたのだ。歳は同じくらいかもしれないが、いたいけな少女の目の前でちょうど止まった。

 スカートの中をのぞこうとする変態みたいにみえるが、これは事故である。第一少女はくるぶしまであるロングスカートを穿いているので、中は見えない。


 ぐるりと視界が暗くなる。

 もしや、これは死ぬ前の走馬灯に近いやつなのか。実は階段でこけて頭を打ったために死んでいたのかもしれない。


「あの……大丈夫ですか?」

「はやく逃げて」


 ふたりとも犬の餌食になるってしまうかと覚悟したが、状況は一変した。


 私が盛大にこけた原因の小石が宙に舞い、凶暴な犬の頭に当たったのだ。それも右、左と続いて当たり、バランス感覚が崩れたのか乱れた足取りで数歩進んだところでたがいの頭をぶつけて倒れた。


 今だ。

 少女の手をつかんで走る。犬っころが気絶しているうちに少しでも離れようと、林に駆け込んだ。


 慎重に奥へと進み、完全にまいたことを確認してからしばらく行ったところにちょうどいい大木のくぼみがあったので、剣をしまってそこに身を隠した。

 木に背を預けてしゃがみ込むと、小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる。それに風が草木を揺らす音。静かだ。


「あれはヘルハウンドですね。魔族が野に放っている魔獣で、そこかしこにいます。噂では展開している最弱のユニットだとか。わたしたちは手も足も出ませんけどねっ。すいません、自己紹介が遅れました。わたし、アイリといいます。アイリ・オルテッド。助けていただいて、ありがとうございました」


「こちらこそ巻き込んじゃってごめんね? でも、ひとりで心細かったから正直うれしい。あ、私はヒマリ。ノウガミ、ヒマリ」

 

 緊張と興奮で渇いた喉を潤すために、ショルダーバッグから水の入った革袋を取り出して傾ける。外国の水を飲むとお腹を壊すことがあると聞いたことがあるけれど、この水は問題なさそうだった。


「何か打開策を考えないといけませんね」

「うん。この剣はつかいものにならないから」


 手紙に書いてあった『手記を読め』との助言に従って、バッグから分厚いそれを取り出す。 片手でなんとか持てるという厚みと重さ。アンティーク古書とでもいった見た目で、カバーはしっかりした革製でおもむきがある。


「それは?」

「説明すると長くなるんだけど、今は希望の書物ってところ」


 理解できなかったのか、目を丸くしているアイリに軽くほほえんでから中を開き、目を通す。


『――今日は健やかな朝です。ここ数日の雨によって収穫を先延ばしにしていましたが、この天気が続けば来週中には始められそうです。祈りましょう――』


 畑の話はいいの。魔法とかさ。

 

『――孤児院の皆さんをお招きして、焼き菓子を振る舞いました。喜んでいただけたようでなによりです。皆の幸福を祈りましょう。すくすくと育つ――』


 このページも外れか。もっと後ろの報を読んでみよ。


『――騎士団長と宮廷魔術師が来訪』


 おっ、これは期待できる。敵をやっつけられる魔法の使い方こいっ。


『――されましたので、共に祈りを捧げました。無事に生還なされることを切に願います』


「……祈ってばっかりだよこの人」

「ふふ。マリーさんは修道女なのですね」


 記載にある施設や行事ごとからそこが修道院であることが察せられた。

 

 グルルルとうなる声がどことなく聞こえてくる。すでにあの魔獣は林の中にいるようだ。時間はあまり残されていない。

 

 手記はだめだ。有益な情報があるとしても、見つけるまでに時間がかかりすぎる。他に何かあれば。


 バッグに手を突っ込んで探り、一本のスクロールをつかんだ。筒状に巻いてあるもので、中央をひもで結ぶことで固定してある紙。


 いかにも魔法が使えそうではないか。


「それは、魔法のスクロールですか? めずらしいものをお持ちですね」

「そうなの? よく知らないのだけど、攻撃とか出来るなら今使っちゃうよ。熱っ」


 背中に熱を感じ、慌てて前のめりになった。振り返ると、もたれかかっていた木が赤くなり、燃えだしていた。


「ヒマリさんー! 燃えてますー!」


 あの犬はすぐそこまで迫っている。立ち上がり、アイリと共に走る。足音を聞きつけたのか匂いでわかるのか、その犬は大きく吠えると共に全速力で向かってきた。


 やばいやばいやばい。  

 先ほどみたいな幸運はそうない。次こそ仕留めないと。


 右手に握られた紙の筒。真ん中のひもをほどいて広げる。大きさは雑誌の見開きぐらいで、かたっくるしい言い回しの文字がびっしりと記されていた。 


 追走する獣は火を吐いた。それはらせん状の柱となって私たちの間を通り抜けた。


「ちょっとあぶないよワンちゃんっ!? やりすぎでしょそれはっ」


 林を抜け荒野に出た時には、ぴったり後ろにつけられていた。私が右に進路をとろうとすると右側の頭が火を噴いてけん制し、アイリが左に逃げようとすると左の頭が火を噴きこれを許さない。


「ヒマリさんっ。どどどどうしましょう? わたし、体力には自信がなくて」


 このままだと背中に噛みつかれるのも時間の問題。

 なにが出るのかはわからないけれど、鬼でも蛇でも戦ってくれるならかまわない。

  

 私は意を決してスクロールにある最後の一文を読んだ。


初日に連投するの忘れてました‥ので、今日と明日は2話投稿します!



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