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10話 最下層のボス



「んぐ!?」


 一気にそれを飲み干すと、濃い酸味と甘みが舌に広がった。

 みなぎる活力、血液が脈打つような感覚が全身に走り、緊張、疲労からくる眠気は吹き飛び、覚醒していた。

 国宝級アイテム『一時の透過』の効果により、頭からつま先までその一切を認識できなくなった。


「本当に自分でも見えないんですね」


 姿形は見えないけれど、声だけはする。


「うん。アイリは身体に異変とかない? いけそうなら一気に下層まで行きたいんだけど」

「いきましょうヒマリさん!」


 制限時間を最大限に活用するためにも、私たちは手をつないで走り出した。

 

 目の前まで近づいても一切気づく気配を見せない階層ボス、ミノタウルスを聖剣で斬り伏せる。光のブレイドは肉も骨も絶ちきることなく、心臓のあたりにある魔石のみを破壊した。一滴の血も流れずに一撃で屠ると、そのまま開かれた石畳から下層に降りた。


 走り続けること二十分少々。

 階層は五層に到達していた。道中にたたずむゴーレムを素通りして、階層ボスのみを聖剣で切り倒し、魔石のみを破壊する。

 

 残りの有効時間はどれだけあるのか、わからない。


「時間がないと言いつつも、きっちり回収してますね……さすがです」


 宝箱の中身を根こそぎバッグにつめこみ、ついでに過去に戦って敗れたのであろう者達の装備一式もちゃっかり回収する私を見て、そんな声がかけられた。


「あたりまえだよ。金を稼ぐためにもぐってんだよダンジョンに! 生活かかってんのっ! 私はポーションを造ったり出来ないんだからね? それよりアイリだって薬草ちゃんと探してるの?」

「一様見て回ってますけど、なかなか見当たりませんね……ん?」


 もう一度あたりを見渡したアイリは、ボス部屋のすみでこそこそと捨て置かれた武器や防具を漁る人影を発見し、不審そうに見ていた。


「どしたの? あっ、ちょっとちょっと君ぃー? 困るよ、ここのボスは私が倒したんだから落ちてる物は全部私の物だよー? せめて許可くらい取ってもらわないとさー」

「ヒマリさん、近づいたら危ないです。魔獣かもしれませんよ? 勝手にルール作っちゃってますし。その果物ナイフみたいなの、大して値段はつきませんよ……」

 

「んにゃ!?」


 くるりと半回転した栗色の頭には、三角耳がふたつ。


「ネコミミ?」


 肩まであるつややかな髪にすらりとした体躯は人のそれだが、栗色のしっぽがピンと立っている。まん丸お目々の可愛げな少女が上目遣いでこちらをまじまじと見ていた。


「声が……どこからか……聞こえてくる……こわいよぉ」


 おびえるように身をかがめる少女は、ぷるぷる震えだした。


 そうだった。私たちは今、透明人間になっているんだった。見えないのは魔獣だけではない。今気づいたけれど、このアイテムって悪い人の手に渡ったら絶対悪用するよね。透明になって女子風呂に侵入したりしそう。


「ヒマリさん、怖がってますよー。でも、どうしてこんな小さな子がダンジョンに?」


「うぅ……また声が増えたよ……こわいぃ」


 怖がらせたのは君もだよアイリ君。

 君も見えていないという事を忘れているよ。


 しゃがみ込んで頭を抱える少女。小さいランドセルみたいな鞄を背負っているだけで武器の類いは携帯しておらず、冒険者っぽさは微塵もない。どうやってこの階層までやってこられたのか。そんなことが頭を駆け巡るが、同時に貴重な時間が刻々と過ぎていることに焦燥感を覚えた。


「お嬢ちゃん、私の名前はヒマリ。怪しい者ではないよ。下の階層に用があるんだったら、良かったら連れて行ってあげようか? 安全に降りられると思うよ」


 ほぼ無敵状態の私たちならひとりぐらいのおもりも余裕である。何かの目的があるのだとすれば、手を貸そうじゃないか。

 

 少女の前に手を差し伸べるも。


「ママに知らない人にはついていっちゃだめって言われてる。声しかしない人ならなおさらだよ。不審者こわい」


「……」

 

 なにも言い返せない。

 国宝級のアイテムということであれば市場に出回ることはないはずだから、説明したところで理解してもらうのは難しいかもしれない。


「ヒマリさんどうします? この階層までボスは倒しましたから、ひとりでも帰れるとは思いますけど」

「にゃ!? ボス倒したの? ホントに? 変態さんたちってすごいんだ。すごい変態なの?」


 つぶらな瞳をキラキラさせて見当違いな方向を見上げる少女は、懐疑心から一転して期待をその小さな胸に抱いているようだった。


「変態ではないよネコミミちゃん。効率的かつ賢明なダンジョン攻略をすすめているの。なるべく魔獣に気づかれないようにこそこそと価値のある物は残らず回収する、賢いでしょ?」

「透明人間になって物を盗む夜盗みたいで、どのみち変態ですよお」


 泣きそうな声でアイリは私の腕をつかんだ。


「ネコミミちゃんじゃないっ。エリザの名前はエリザ。ある物を探しててここまできたんだけど、まあ、おねえちゃんたちが守ってくれるなら、その、ついてってあげてもいいけど?」


 うつむいて頬を染める少女は、モジモジとそんなことを言った。

 素直になれないお年頃なのか、つい先ほど変態と罵った姿の見えぬ女達に助力を乞うことの抵抗があったのか。ちらちらと声のする方をうかがっている。

 

「よろしくお願いしますねエリザさん。わたしはアイリ。気軽に呼んでく――きゃっ!?」

「わああ!?」


 ふたりの手首をつかんで、私は六層へ降りる階段に足をかけた。四方を囲む石の壁に音が響く。


「ごめん時間がもったいないから先を急ぐよ。このまま最下層まで行ってしまいたいの」

「わたしは走れますからあああ」

「わあああ」


 下りはどこまでも続く、旅の連れを伴って。

 


 探索を初めて二時間は経過した。

 景色はあいも変わらず石に囲まれた大小異なる広さの部屋と、それをつなぐ通路が張り巡らされている。

 壁から生えるようにこびりついている鉱石や、ゴテゴテした装飾がついている大剣に盾、そして防具や、古びたスクロールを回収して進む。店で売っていたボードゲームの駒も下層に降りるにつれて落ちていたので、ちゃっかり回収している。ダンジョンの中でもつかの間の息抜きとしてボードゲームをしてあそんだのかな。サイコロやボード自体は落ちていないけれど。もしかして、玩具の兵士を兵力として活用しているのか。


 このバッグ、無理矢理入れようとすれば口の広さよりも大きな物を入れられることが判明してからは、もう止まらなかった。

 ボスを無効化した際に解放される宝箱は、七層あたりから面倒になって箱ごとバッグに押し込むようになった。

 

 階層にして二十。ダンジョンは何層にも積み重なっており無限に続くかに思えたが、その時は唐突に訪れた。


「ここが最下層? ボス部屋しかないじゃん」

「ひろーい」

「いますね……」


 殺風景だった上層とは違い、この部屋は真っ白な石で敷き詰められている。その最奥には一体の魔獣がどっしりと腰を下ろしていた。

 あれがおそらく最下層のボス。つまりはこのダンジョンのボスということになる。

 過去に踏破した者はいないという最難関ダンジョンだ。気合いを入れて挑まなければ。


 緊張しているのか、アイリがつばを飲み込んだ。こぶしを握る手が汗ばみ、服に押しつけている。


「どうしたの?」

「この湿った空気は地下水が近くを流れている証拠、それに白燐石の層。おそらくはこの奥にわたしが探している薬草があるはずです」


 その目は期待と不安が入り交じっていた。ボスを倒さなければその先へは進めないのだ。


「あの獣、強そうだよ? おねえちゃん倒せるの?」


 けろっとした態度で聞いてくる少女もまた奥の部屋に興味があるらしく、そわそわとつま先立ちしている。


「ふたりとも大丈夫だって、この透過した状態でここまで難なくボスを倒してきたでしょ? ラスボスも同じように背中から一撃で――!?」


 突然すっと姿があらわになる。

 誰にも視認されないという独特の感覚に慣れ始めていただけに、元に戻っただけなのに妙な恥ずかしさに襲われ、身をかがめてしまう。


「おねえちゃんたちって普通の格好してたんだね。ペコル、裸だとおもってた」

「それだと変態だよ!? 私、裸にショルダーバッグをさげて剣を振ってたと?」


「うん」


「うんって……。変態のイメージを払拭するには時間が必要みたいね」


「そんなこと言ってる場合じゃないですよヒマリさんっ。ボスに気づかれました」

「じゅ、準備がまだ……」


 地鳴りの如く音を立てて歩み寄るその魔獣は、隆起した筋肉を見せつけるように露出させた腕に大斧がそれぞれ握られている。一本あるツノの先端は朱色に染まっており、あきらかに何かを串刺しにしてきた雰囲気があった。


「あいつ多分つよい。ペコルこわい」 

  

 少女はそれだけ言い残して扉の方へ向かった。


「……」


 ここまで頼り切っていた透明化の効果が切れた今、目の前にいるサイクロプスは荒い息を吹きながら大斧を振り上げていた。



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