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01話 身体を残して

 

 二階の角部屋、六畳ほどの広さにベットと小学校の時から使っている勉強机に本棚、そして鞄や帽子を置いておくラックがある。ここが私の部屋。


 机には積まれた赤く分厚い本がある。そのどれもが新品であり、ろくに手をつけていない。

 親から押しつけられた参考書。国立大や女子大の名前がデカデカと印刷されている。ちなみに私が自分で買った地元の大学用の参考書は行方がわからない。

 

 ある日突然紛失した。

 おそらくは親が勝手に部屋へ入って勝手に処分したのだ。偏差値的に認めないということなのか。娘がひとり暮らしすることを回避できるというのに、どこまでも学歴至上主義。


 私の人生、私の意見は尊重されない。

 

 だいたい東大とか無理に決まっているでしょ。どうして三冊もあるの。


 医学部とか無理だよなに考えているの。

 さすがに目障りなので、部屋の外、階段の隅に置いておく。これが精一杯の抵抗であり意思表示だ。私をちゃんと見て欲しい。


「でも、この話をしたらお説教が始まるよなー」

 

 やる気が出ないので部屋の片付けをする。

 机周りを済ませて本棚に手をかける。背表紙に『受験必勝法』『諸行無常』とある二冊の本。どちらも読んでいない。親に、ためになるからと押しつけられた本だ。


「おっ、なつかしい」


 その二冊の間に、中学時代の成績表が挟まっていた。『優秀者にこれを送る』能上ひまり殿と書いてある。思えばあの頃は勢いがあった。敵はいなかったのだ。成績で私の並ぶ者は誰もいなく、順位表は常に一位だった。

 高校生となって、状況は変わった。県内トップの進学校となれば県内はもちろん他県からも優秀な人が集まる。特進クラスに入ったはいいものの、慣れ親しんだ一位の座は、この二年半で一度も獲っていなかった。


「化け物の集まりだよ、部活をしながら勉強できるやつって何者なの!?」


「ただいまー。ヒマリー、いるのー?」

「やばっ、ママが帰ってきた」


 一階から聞こえてくる声に、身をかがめてしまう。先週受けた塾の模擬試験結果が今日返却されることを親は知っているからだ。間違いなくその提出を求められる。

 悪くはない、悪くはなかった。

 許しが出ている大学の判定がCだったというだけで、一般の高三としてみれば賢い。しかし、Bならまだしも、夏の時点でC判定はさすがに。

 

 よし、逃げよう。


「ヒマリー? シュークリーム買ってきたわよー。流行ってるんですって、知ってる? 変わった形をしているけれど、食べる?」

 

 リビングに移ったのか、声が遠くなった。

 スイーツで私を釣ろうというのか、くっ、その手には乗らないよママ。


 ぐずぐずしていれば小皿に一つ乗せて私の部屋に来ることは間違いない。セリフはこうだ。

「勉強は進んでる?」


 嫌みでも何でもないただの確認が、受験生にとっては不快なものでしかない。言われなくてもするし、言われてもしないのだ。むしろ指摘されるとやる気をなくす。


 また掃除したの、と小言を言われる前に、手近にある上着を着て駆け足で階段を下りようとするも、何かにつまずいた。

 そこには分厚い三冊の赤い本。自分で先ほど置いたもの。

 階段を駆け足で降りるどころか、顔から飛び降りる形になっている。このままだと壁に激突して失神? もしかして死ぬ? しかし、どうすることもできない。ゲームみたいに二段ジャンプができるわけでもないのだから。


「いったぁっ」


 バタリ、と芝生の上に転がった。顔から行ったものの、柔らかい天然芝のおかげで怪我はしなかった。


「ん? 草?」


 肌をなでる心地よい風。視界に広がるのは平原。遠くに山が見え、ぽつぽつと木が伸びている。テレビで見るアフリカの景色に近いが、後方は海だ。

 肝心なのは、人工建造物が一つとして見当たらないこと。


 ――そこは見慣れた玄関ではなく、見知らぬ場所であった。

 

「ここどこー?」


 立ち上がって、格好が違うことに気づく。

 腰の左側に剣がある。身長と比べて全長1メートルくらい。同じ金属の鞘におさめられている。

 刀ではなく、西洋の剣だ。たしか、ロングソード。去年の文化祭で演劇部が薔薇戦争という劇をやっていたときに腰につけていたものに似ている。

 

 白を基調とした服は、魔法使いや騎士っぽい。重々しい鎧は着ておらず、革製のショルダーバッグがなんとも可愛い。

 ブロンドの髪は肩まであり、サラサラした直毛。


「というかこれ、私の身体じゃないね……。どうしよ、とりあえず人を探す? もしかしたら盛大なドッキリを仕掛けられたのかもしれないし」


 やっかいな動画配信者の企画にまきこまれたのかも。それとも親に捨てられた? ずっこけて意識を失っている間にアフリカのサバンナに投棄されたのかもしれない。だとすればこの身体はどう説明をつける? 胸とお尻が少し増えている気がするし。


 考えていても答えは出ないので、持ち物からなにか手がかりがないか探ることにした。

 ショルダーバッグに手を突っ込んで、一枚の紙を引き出す。


「謝罪?」


 そこには異国の文字で、焦って書いたのか崩し気味の字が書かれていた。 


『混乱されていることと存じます。わたしの名はマリー。直接ご挨拶させていただきたいところですが、この魔法の構造上それは不可能ですのでご了承ください。

 

 早速で申し訳ないのですが、人類未到の領域といわれている世界の檻を超える転移魔法を使うこととなりました。

 

 この手紙を読んでいるあなたは選ばれたのです。実際のところわたしとの親和性が高いために接続したのですが、詳しい話は時間がないので省略させていただきます。気になるようでしたら手記を読んでください。あなたにはなにも隠しませんから。


 わたしは、というかもうあなたですが、神聖魔法を扱える世界で唯一の存在です。同じく世界で一振りしかない聖剣もありますし、その、がんばってください。押しつけといてなんですが。


 最後に、事後報告となって申し訳ないのですが、あなたの幸運をあなたの身体から毎晩お祈りします。ではっ』


「待ってよ! なに? 私の身体に入ってくれちゃってんの? 入れ替わったみたいな感じ? 返してよ。私の身体に、元の世界に帰してよっ!」


 叫ぶとともにその紙をくしゃりとにぎりしめる。

 このマリーという子は逃げ出したのか。

 

 しかしなにから? 

 手紙には、頑張ってと書いてある。神聖魔法が世界で唯一使えるだの、世界で一振りしかない聖剣だのという文言も、気がかりだ。


 どんな試練をこの力でなんとかなるよと言いくるめようとしているのでは。

 

「そっか。詳しいことは手記をって書いてあるし、他にもヒントが」


 バッグを裏返して中身を全部出してみる。芝生の上に転がったのは、三つ折りの地図に分厚い手記、水が入った革袋とパンに塩漬けキャベツ。ガラス瓶に入った奇妙な色の液体が三本。そして小さな袋に入ったお金と種に、魔法のスクロール?


 金貨の裏にはたくましいライオンみたいな人が描かれている。

 獣人とかそういう種族がいるとしたら、いよいよ不思議の国だ。


 不思議の国のヒマリ、夢なら覚めて。夢オチ大歓迎。


 金貨は袋に結構入っている。金貨に見立てたチョコレートのお菓子なら食べたことがあるので包装を剥がしてみようと試みたが、無理だった。本物の金貨なのかもしれない。


 続いて三つ折りの地図を開く。

 そこには大きな大陸が描かれており、南、地図でいう下のほうに丸印があった。そこには『唯一の友好国ニルア、ここを頼る』と書いてある。

 湾曲した海岸と赤土が広がる一帯の間にある。


「ん? あのあたりって湾曲してるよね。それで、あのあたりは赤土の荒野……ここだっ」

 

 後ろの崖はまさに湾曲しており、少し離れたところは草一つ生えていない。

 しかし、目的のニルア国とやらが見当たらない。

 

 しばらく歩き回って周辺を見て回る。

 国というくらいだ、この服装、金貨や聖剣の雰囲気からしてもきっと高い壁に囲まれた城塞都市に違いないのだが、お城らしき建物どころか、小屋一つない。


 五分くらい歩いたその場所には、朽ちた木材や乾燥して砕けたレンガ、がれきというがれきが散乱していた。

 よく見ると城壁後や生活のための設備後も散見された。人はだれもいなかったが、白骨などの死骸もころがっていなかったのは救いだった。


「ん?」

 

 大通りに出たところで、グルルルとうなる獣がいることに気づく。

 ドーベルマンのような犬に見えるが、決定的に違うのは頭が二つあること。それに悪意に満ちたまなざしは、愛玩動物のかけらも感じさせない。


 荒々しい吐息に火がついているのは気のせいだろうか。気のせいだよね。火を噴く二つ頭の犬ってそれ、ほんわかした優しい世界ではないのかな。


 その獣の足下に看板らしき残骸があり、そこには『ニルア城前広場はこの先』と書かれている。


「……やっぱりここが唯一の友好国なのね。滅びてるし。それにこの状況で魔獣? これは、詰みですか」


 もしかしたらこの身体の持ち主であるマリーは、この事実に絶望して私のいた世界にバックレたのかもしれない。


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