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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第一章 ベリアルド家
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7.シェリエルの外出


 ……そんなことある?


 ここには本、その他娯楽が無いという。

 子どもらしく「普段何して遊んでいるんですか?」と聞いてみたが、にこにこ笑顔で「本当に聞きたい?」と返ってきた。

 普通に聞きたくない。


 アニメが見たい。ドラマが見たい。漫画が読みたい。それさえあれば、悪魔の巣窟であってもそれなりに快適ニートライフが送れるはずだったのに。


 だがそんな物が無いのは百も承知だ。それでも小説くらいはあるだろうと、むしろ貴族社会のドロドロ愛憎劇とか小説になってないかな、なんて期待したが。

 人生そんなに甘くないらしい。

 観劇は夜なので大人になってからだという。本当にこの世界の子たちは何をして過ごしているんだろう、と半分キレ気味に考えていた。

 

 それでもディディエの話はとても参考になった。あの夢で魔術は習っていなかったが、ひたすら機械のように語学や歴史や社交を詰め込んだという記憶がある。

 残念なのはその内容までは覚えていない事だ。これではまったく楽できない。

 どうせ未来を見せる夢なら死ぬところじゃなくて勉強しているところが良かったのに。


 

 翌日、いつものように遅い朝食を終えると少し食休みしてから外用のドレスを着せられた。

 転んでもいいように長靴下とドロワーズが厚手のものになっている。それに合わせてドレスも少し膨らみが増し、歩きやすくなっていた。

 準備が整った頃、見計らったように扉が軽快に鳴った。


「迎えに来たよ、シェリエル」

「今日はよろしくお願いします、ディディエ様」


 ひきこもり気質のシェリエルでも浮かれずにはいられない。なにせただの自宅の庭ではないのだから。

 前世の感覚からすると、海外旅行で観光に行くような立派な庭園だ。窓から見えるだけでも色とりどりの花が咲いていた。


 メアリに抱っこされ、使用人をぞろぞろ連れて広い城を移動する。

 エントランスは吹き抜けになっていて、二手に分かれた階段を降りるとダンスホールほどの広さがあった。

 一人では開ける事も出来なさそうな大きな扉は既に開かれていて、心地よい風を感じながら初めて日の光を存分に浴びる。


「ふぁー! 太陽だ」


 前を歩いていたディディエが立ち止まり、ン? と振り返る。


「外は初めて?」

「前に居た部屋が地下だったのと、移動は夜で木箱の中に入ってたので、こうやって外に出るのは初めてです」

「そっか…… 怖くないの?」

「変なものがいなければ」


 ディディエは「変なものってなに?」と、小首をかしげながらまた歩き始めた。

 ゆっくり見られるように歩調を緩めてくれているらしい。

 少し目の赤いメアリが「お嬢様…… これからはきっと、たくさんお庭で遊べますよ」と声を詰まらせる。

 良く見ると周りの使用人たちも同じく目が潤んでいた。

 

 きっちりと刈り上げられた生垣は迷路のようになっていて、花たちがバランス良く配色されている。


「近くで見るとすごい……それにいい匂い」

「はい、ベリアルド侯爵家の庭園は王宮に次ぐ美しさだそうですよ」

「へぇー、ここの庭師は凄いのね。この花は何て名前?」


 すると、少し前を歩いていたはずのディディエがいつの間にか隣を歩いていた。


「コレオプシスの一種だね。少し似てるけど、あっちのピンクの花はダリアだよ」


 やたら立派なタンポポだと思ったらそういう品種だったのか。

 ダリアは知ってるし、植物は前世と近いのかも……、そういえばリスも猫も居たし。


「ディディエ様はお花にも詳しいんですか?」

「好きで覚えたわけじゃないよ。大人になると必要になるからって社交で習うんだ」


 うんざりというように首を振るディディエはそれでも花の名前から毒性、花言葉なども頭に入れていた。

 あれはこれはと花々を指せば、たまに怪しいのがあったりしつつもちゃんと教えてくれる。ディディエの態度は初対面の日からずいぶんと丸くなっていた。


「この先に東屋があるから、そこでお茶にしよう」


 生垣の向こうに真っ白なドーム状の屋根が見えた。近くまでくると柱に彫られた模様が美しく、真ん中には大理石で出来たテーブルが置かれている。

 するとメイドたちが手早くお茶と軽食の用意を始めた。


「オシャレピクニックだ……」

「……? 今日はお茶菓子を持ってきたんだ。芋じゃないから安心していいよ」


 ディディエの冗談に笑う余裕もある。目の前には白い小さな動物の彫刻らしきものが並べられていた。

 勧められ一つ口に入れてみると、それは舌の上で雪のようにほろりと溶け、この世界で生まれて初めての甘さがガツンと脳を刺激する。

 

「ん〜……!」

「気に入った? お前、初めて食べるんじゃない? チョコレートも蜂蜜もまだ食べられないし、砂糖菓子は平民じゃ手に入れられないからね」

「初めてです! 美味しいです!」


 ……こ、これは…… 和三盆か……!

 純粋な糖度に脳が殺られそうだった。ディディエは天使だった、と錯乱する程度には。

 が、ディディエは少し間を置いてヒヤリとした声を発した。


「僕さ、これまでわざと紅茶に砂糖を添えさせなかったんだ。それでもお前、普通に飲んでたよね。苦くないの?」


 瞬間、糖分に浮かれた脳が冷える。ディディエはやはりディディエだということだ。

 完全に油断していた。

 しかし、さらりと「メアリの淹れ方が上手だからですかね。美味しいですよ」と答えてみる。

 ディディエは「淹れ方の良し悪しなんて、良く知ってるね」とニコニコ笑っていた。


 ……そう来る? 仲良くなるまで待ってくれるんじゃないんですか、ディディエ様?


「前に苦いお茶を飲んだことがあるんです」

「ふーん、まぁいいけど。それ、気に入ったならたくさん食べなよ」


 笑顔が完璧過ぎて悪魔ってこんな顔で笑うんだな、と背筋を冷やした。

 けれど探りは手厳しい反面、あれからメアリに何かするとか、シェリエルに酷いことをするとか、そういう危害は加えられていなかった。

 案外良い兄なのかもしれない、もう面倒だし話しても良いかな……、と思い始めている。

 面倒が八割。一割はどう転ぶか分からないという不安で、あと一割は甘味による評価改善である。

 頭を使うと糖分が欲しくなる。罠かもしれない砂糖菓子を口に入れ、温かい紅茶で冷えた背筋を暖めた。


「そういえば、ここは真っ白ですね」


 東屋自体もそうだが、テーブル、ティーセット、テーブルクロス、膝掛けなど、白を基調として整えられている。


「気付いた? 社交の勉強がてらおもてなしだよ。貴族は相手をもてなす時、相手の属色を取り入れるんだ」


 属色は魔力がその性質ごとに持つ色であるが、シェリエルはその色を持たない。

 けれどディディエは敢えて白を“属色”とし、もてなしてくれたのだ。

 そこまで理解してから。ほろりと笑って、「たくさん招く時はどうするんですか?」と、会話を続ける。

 それだけでディディエは「伝わった」と理解したらしく、目を丸めて嬉しそうに笑うと、また何でもないように兄の顔をした。


「お茶会なんかは招く人全員分の色を揃えてバラやチューリップを飾るみたいだね。こうやって一人の為に一色で統一するのは最上級のおもてなしってわけ。砂糖菓子も色付け出来るんだけど、せっかくだから白にしたんだ」

「ふふ、なんだか共食いみたいですね」

「アハハハハッ! なにそれ、やっぱお前ベリアルドだね!」

「あんまり意地悪すると仲良く出来ませんよ!」


 何がそんなに可笑しいのか、ディディエはしばらく笑い続けた。

 

「はぁー、ごめんごめん。こんなに笑ったの久しぶりだよ。自分の属色の…… プッ、砂糖菓子、共食いって……」

「もう!」

「ハハハ、僕たちすっかり仲良しだよね」

「どこがですか」

「ほら、教典持ってきたから機嫌直してよ」


 そう言ってテーブルの上を少し片付けさせたディディエは神話経典を開いた。

 が、しかし。シェリエルは本を見て驚いた。


「ディディエ様、わたし字が読めません……」

「そりゃそうでしょ!」


 ディディエはまた笑い始めるが、こちらは絶望しかない。

 常識的なことはふんわり知識としてあったので、当たり前に字は読めるものだと思っていたのだ。

 書面の雰囲気もなんとなく覚えている。紙が貴重なためバカみたいに小さい文字でチビチビとぎっしり書き連ねる地獄の書も…… それなのに文字を覚えていないとはどういうことか。

 

 ……嘘でしょ! 文字を覚えるとこから!?


「ほら、読んであげるからこっちにおいで。すぐに覚えられるよ、ベリアルドだからね」


 泣きそうになりながらディディエの隣に移動し、ディディエがゆっくりと朗読しながら指でなぞる文字を目で追った。


 ……ん? 案外いけるかもしれない。文の構成は英語に近いみたいだし。まあ大抵の言語はこんなものか。


「火の女神、水の神、地の神、風の女神……?」


 新しいページで覚えた単語を指差し読み上げてみると、ディディエは目を見開いて声をあげる。


「もう覚えたの? 凄いね! じゃあこれは?」

「加護を、与える」

「そうそう!」


 すっかり楽しくなってしまったわたしは芝生の上で二人並んで寝転び、一頁読んでは単語を確認するゲームをして遊んだ。

 

「どうやって覚えてる?」

「言葉自体は分かるので、文字の音の規則が分かればなんとなく……」


 共通の記号を抜き出し音と組み合わせて覚えれば、言葉自体は理解しているせいかなんとなく読めた。

 というのも、生まれてすぐの頃から思考力を手に入れた脳はあれからさらにスペックを上げ、記憶力と処理能力がとんでもないことになっている。

 一度見たものは覚えようと思えば覚えられる。

 なので記号を把握しいくつかの単語で綴りや音を教われば、あとは勝手に組み立てられた。

 けれどこの程度はベリアルドならば出来て当然らしく、ディディエが訝しむことはなかった。


「へぇ、面白いね。僕は最初から言葉と一緒に文字もすべて記憶して行ったから、言葉だけ知ってるって変な感じ」

「え、それって難しくないですか? 何歳くらいで?」

「さぁ? 最初は意味も分からずって感じだったんだろうけど、三歳になる頃にはいまと同程度読み書き出来たよ」


 うわぁ、本物の天才じゃないの。どういう脳みそしてるんですか、ディディエ様!

 転生、未来の夢チートをどう誤魔化すか、なんて考えていたけれど、実はわたしベリアルドとしては劣っているくらいでは?

 機械のように知識を詰め込まれたと記憶していても、その過程は覚えていないのでベリアルドの教育がどんなものか知らないし、怖すぎるし、嫌すぎる。


 ……わたし、あんまり勉強好きじゃないんですけど。


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