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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第三章 旅と魔法
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12.領主の沙汰


 屋敷の外へ出ると、ゲルニカ移送用の馬車が用意されていた。半日足らずでここまで用意していたとは驚きだ。

 寄り添って歩くサラと青年にディディエがちょっかいをかける。


「ねぇねぇ、再会できて嬉しい?」


 ああ、もう…… 少し目を離すとこれだ。ニマニマと二人の表情を覗き込む姿は、どう見ても悪人だった。すぐに青年とサラはその場で膝を付き、セルジオ、そしてわたしたちに頭を下げる。


「領主様、この度はお手数をおかけしまして大変申し訳ありません。罪人の身でありますが、名乗りをお許しいただけますでしょうか」

「ええ、許します」

「カイルと申します。爵位はなくクレイラ子爵の元で暮らしておりました中位の者にございます」


 髪色から子爵と同等の中位貴族であることがわかる。カイルは最後に一目サラと会えたこと、そしてサラが伯爵と結婚せずに済んだことをセルジオに感謝していた。


「私がゲルニカ伯爵の屋敷に押し入り、サラを奪いました。指を切り落としたことも間違いありません。いかなる処罰も覚悟しております」

「まあ、その話は後にしましょうか。日も暮れましたし、続きはクレイラの屋敷でしましょう」


 カイルとサラを二人で馬に乗せ、わたしたちはクレイラへ向けて出発した。

 

 クレイラの屋敷に着くと、子爵も夫人も待っていてくれた。カイルとサラの姿を見て、涙ぐんでいる。子爵もゲルニカに娘を差し出すにあたって相当な葛藤があったのだろう。貴族として間違った判断ではないと思うが、それでもやはり苦しい思いをしたはずだ。今夜はゆっくり家族で話をさせてあげたいと思った矢先、またしてもディディエが場違いな声をあげる。


「はぁ〜、ほんとあいつ気持ち悪かったよね、シェリエルのこと舐め回すように見てさ。先に首でも刎ねとけばこんなに時間もかからなかったのに」

「お兄様、まだ本音ではなく建前の時間ですよ」


 子爵もカイルもサラまでも目を丸くして固まってしまったではないか。セルジオは深く息を吐き、出番の無かった肩をぐるぐる回しながら、残念そうにディディエに同調した。


「そうなんですよね。でもまあ、一応証拠とか必要ですし。あとは補佐官に任せて旅の続きを…… あ、そうだ二人のこと忘れるとこでした」


 軽い調子でポンと手を叩くと、サラとカイルが跪く。その後ろには子爵と夫人が同じように控えていた。なんだか急に仰々しい雰囲気になってしまったが、もしかしてここで裁きを下すつもりだろうか。


「うーん、被害者? は前妻二人を殺害していたようですし、罪の意識すら無かったので、一応、カイルは新たな被害を阻止した、ということで。ま、指の一本くらいなら大した事ないですよ」


 首を落とそうとしていたセルジオにとっては些末なことだろう。サラとカイルは呆然と口を開いたままで、後ろの二人も同じように言葉を失くしていた。あまりにもいい加減な物言いに驚いているじゃないか。わたしはこの件に飽きてきたらしいセルジオを突く。

  

「お父様、もう少しきちんとお願いします。今日はもうお疲れですか? ほとんど何もしていませんよ?」

「ディディエに任せましょうかね。という訳なので、一泊させていただいても? 明日ドラゴンを探しに行くので客室を用意して欲しいんですけど」


 あまりにも雑な沙汰に夫人が目を回してしまった。セルジオはドサリと長椅子に腰掛け、ディディエが後を引き継ぐ。


「そうだね、ゲルニカの行為は調べさせた限り真っ黒だ。いくら政略結婚でも穢れを助長する扱いは重罰が課される。夫人二人の殺害より、そっちが問題なんだ。クレイラの民を人質に、サラを無理矢理娶ろうとするのもよろしくない。そういう背景を加味して、カイルの罪を問うことはしない。そして、サラだけど、政略結婚から逃げたことに関しては領主が裁く問題じゃない。家の者と話し合うといい」


 おお、珍しくお兄様がまともなことを話している。

 この国では殺人よりも穢れを助長するような行為の方が刑が重い。増幅した穢れは周囲にも伝染し、個人間の問題ではなくなるからだ。だからと言って殺人が軽い罪というわけではないが、どちらにせよゲルニカの魔の手から救ったということで、カイルはお咎めなしとなった。

 ベリアルド一族には慈悲や同情はないので、きちんと法令に則った裁きなのだろう。これでサラの憂いが晴れるなら、良い結末と言えるのではないだろうか。


「サラ、まだ心残りはあるかしら? 無ければわたしのメイドになる話、考えて欲しいのだけど。サラはこのままクレイラに戻るわけにもいかないでしょう? 奴隷市に戻り、カイルが買い取るという道もあるわよ?」


 目を真っ赤に涙を溜めたサラが、カイルにぎゅっと手を握られ、肩を震わせていた。せっかく自由の身になったのだし、カイルと一緒に居たいだろうか。

 

「わたくしで良ければ、一生をかけてシェリエル様にお仕えしたいと存じます」


 よかった、一応別の道も示してみたけれど、我が家で働いてくれるらしい。サラは一度奴隷市に登録してしまっているので、買取りが必要だった。買取額には奴隷志願者の食費や経費、あとは奴隷市の取り分が含まれている。そして、一割を祝金として志願者に持たせるという。これほど手厚い支援があるならば、わたしも何かあったとき奴隷市のお世話になろう。

 サラに買取る旨を伝え、あとは条件を詰めるだけだ。


「終身契約が多いと聞いたのだけど、サラはカイルと結婚したいのよね?」

「け、結婚……」


 結婚の言葉に反応したのはカイルだった。命を賭けてサラをゲルニカから逃がし守ったのだから、恋人同士だと思っていたのだけれど…… もしかして、まだ告白やプロポーズはしていなかったとか?

 野暮なことを言ってしまったかもしれない。束の間気まずい沈黙が流れると、話を聞いていたらしいセルジオが長椅子からにょきっと顔を出した。セルジオがカイルに興味を示していたことを思い出し、そちらに話を振ってみる。


「カイルも城で兵士でもしてみては? たぶんお父様が気に入られたようだから」

「そうそう、貴方なかなか良い断ちっぷりでしたよ、薬指。綺麗に関節をスパッといきましたね」


 感心したようなセルジオの声にカイルが顔を真っ赤にしていた。指の落とし方を褒められるなど、そうあることではないだろう。カイルが城で働けば、サラが結婚しても仕事を続けやすいはずだ。


「二人で仲良く城で働くといいわ」

「この御恩、一生忘れません」

「では、あしたのドラゴン探しは案内よろしくね」


 専属メイド候補も確保出来たし、サラとカイルが案内してくれればドラゴンにも会えるかもしれない。やっと旅行らしくなってきたとつい頬が緩む。


 急だったにも関わらず子爵は客室を整えてくれ、闇オークションで保護した子どもたちも休ませて貰えることになった。夕食も一緒にという話になったが、さすがに貴重な食料をいただくわけにはいかない。


「子爵、わたしたちはたくさん食料も持って来ているので、良ければ使ってください。料理人も付けましょう」

「シェリエル様、お気遣い感謝致します。しかし私どもは平民と同じような食事をしているので、料理人も戸惑うかと」

「あら、もしかして野菜を召し上がるのですか? ちょうどよかったです」


 解せぬ様子で首を捻る子爵に、城でも野菜を食べていると話せば、とても驚き、喜んで提案を受け入れてくれた。


「我々は、貴族でありながら貴族でないと常々思って参りましたが、まさか領主様も召し上がっていたとは夢にも思いませんでした」

「正直、お肉だけでは胸やけするでしょう? わたしはパンもお肉も野菜もバランスよく食べたいのです」


 クレイラ独自の野菜料理、そして城で食べ慣れた料理が並び、カイルの両親を含むクレイラの三家と賑やかに食卓を囲んだ。 カイルとサラも隣り合って座っている。これから奴隷として契約することになるが、ここではまだ当主の娘であり、クレイラの貴族だ。明日のドラゴン探しの話になると、全員が顔色を悪くしていたが、やはりこの町の貴族としてはドラゴンは憎むべき相手なのだろうか。



 翌朝、日が昇ると同時にわたしたちは屋敷の前に集まっていた。昨夜ノアを通してユリウスにも知らせておいたので、朝早くに申し訳ないが呼び出し済みだ。


「本当に君たちは次から次へとくだらないことを思い付くね」

「くだらなくないですよ、ドラゴンには浪漫が詰まっているのです」


 はて? と首を傾げるユリウスに、サラとカイルが緊張した様子で身を硬くしていた。一応事前に説明はしていたのだけれど、慣れるまでに少し時間がかかるかもしれない。

 欠伸を噛み殺しながら、使用人たちにこの後のことを指示していると、バサリバサリと風を切る音が聞こえてきた。上空を見上げると、大きな鳥、いや軽自動車ほどのドラゴンが四頭降りて来る。


「ドラゴンだ!」

「あれはワイバーンだよ。前脚が翼になっているだろう?」

「ワイバーン……! 初めて聞きました。そんな違いがあるのですね」


 竜種ではあるが、小型で雑食で果物や魚を好んで食べるため、グリフォンと同じように従魔として重宝するらしい。


「ギギィーー!」

「あら、かわいい。今日はよろしくね?」


 スッと拳を鼻に近付けると、スンスンと匂いを嗅ぎ、ぐりんと頬を擦り付けてきた。猫に似た仕草にわたしのテンションは右肩上がりだ。


「あれ、シェリエルもしかしてワイバーンで満足しちゃった?」

「ドラゴンはこの子たちより大きいのですよね? せっかくなので見てみたいです」


 ふんっ! と鼻息が漏れてしまったけれど、ドラゴンに会う機会などこれを逃したら一生無いかもしれない。起こしてしまったらきちんと謝って帰ろう。

 ワイバーンにはセルジオとディディエ、サラとカイル、そしてわたしはユリウスと一緒に乗る。鞍まで用意してもらったので快適だ。


「この子は余ってしまいますけど、先導係ですか?」

「それもあるけど、もし途中で何かあったときの予備だよ? ま、囮はサラとカイルに任せるから大丈夫だと思うけどね」

「え、そんなに危険なのです!?」

「むしろ、どうして危険が無いと思えるの!? ドラゴンだよ? 一から十まで危険しかないよ!?」


 ディディエにそこまで言われると、なんだか不安になってきた。しかしわたしは諦めない。魔法のある世界に来てドラゴンを見ないまま死ぬなんて、某夢の国でネズミのマスコットを見ずに帰るようなものじゃないか。

※サラ視点で切り出した短編を番外編に入れています。

【第三章】サラのお話(約18000字)【眠れる森の悪魔】設定・番外編

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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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[一言] 穢れを溜めさせることを放火だと思えばいいのかな そりゃあ死罪だわ
[一言] すっかり常識人としての枠に入り込んでしまったお兄さま……。
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