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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第三章 旅と魔法
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11.ゲルニカ伯爵


 客間に通されたわたしたちは、この屋敷の当主であるゲルニカに歓迎された。


「これはこれはぁ〜! セルジオ様ではありませんかぁ。もしや我が婚約者をわざわざお連れくださったのですかなぁ? ぐっふ、シェリエル様、お初にお目にかかります。珍しいお色でとても愛らしいですなぁ」


 だるだると弛む腹を揺らし、脂の光る頬をクチャりと上げる。ナメクジの這うような間延びした声と相まって、ゾゾっと腕から首筋が粟立った。わたしに舐め回すような視線を送ってくるせいで、隣に立つディディエの殺気が痛い。


「あぁ、本当こういうの無理なんだけど」

「お兄様、もう少し我慢してください」


 ディディエの呟きは聞こえていないようだが、どうにか堪えてくれと小声で注意する。セルジオはさすが領主というべきか、普段の飄々とした態度を一切崩さず、にこやかにゲルニカに対応していた。


「婚約者ですか? 印は見当たらないのですが?」

「それがですねぇ、この娘に恋慕する下位貴族の輩が押し入りまして、こうして指を落とされてしまったのですよぉ」


 一応サラは儀式までは済ませていたのか。それを囚われの彼が指ごと奪ったと…… ゲルニカは綺麗にスッパリ切り落とされた薬指を見せつけると、粘つく口元を歪ませセルジオからサラへと視線を移す。

 この世界では婚約の儀で神々と婚約者に誓いを立てると、互いの身体に印が刻まれる。破棄するためにも儀式が必要で、片方が勝手に反故にすることができないのだ。だが、印ごと切り落としてしまえば、相手の印も消えるらしい。ふふ、これは良い事を知った。

 一方、セルジオは持ち上げられた手をマジマジと観察しながら、ニッと悪い笑みを浮かべている。


「ふふ、なかなか良い腕ですね。その男を連れて来てもらえます? せっかく視察中なので、僕の方で裁きましょう」

「いえいえ、領主様のお手を煩わせるなど。それに私どものところにはおりませんぞぉ。行方知れずでございますゆえ」


 セルジオはそんなゲルニカの白々しい嘘に付き合うつもりはないらしく、嘘を窘めつつ「ほらほら早く」とゲルニカを急かす。スッと剣を取り出し刃の具合を確かめていれば、ゲルニカはギリリと奥歯を噛み兵士に何か言付けていた。

 

「そういえば、ゲルニカ伯爵はこれまで二人夫人を亡くされているとか」


 セルジオはクレイラに向かう途中、通信の魔導具で城の文官にゲルニカのことを調べさせていたらしい。馬に乗りながら聞いた話によると、どうやらゲルニカが成人を迎えたばかりの妻を立て続けに亡くしているのは本当だったようだ。二人とも、サラと同じように幼いころから屋敷に出入りし、成人を迎えたその日に結婚して二年ほどで亡くしているのだ。サラが卒業まで結婚を待って貰えたのは、流石に三人目となると怪しまれると思ったからかもしれない。

 いやいや、それでも怪し過ぎるでしょうに。


「ええ、ええ、よくご存知で。どちらも嫁いですぐに病で亡くしまして、新しい妻が来るのを心待ちにしていたのですよぉ」


 セルジオが「病ですか」と鼻で笑うと、流石に何かを察したのか、ゲルニカがそれらしい訳を話し出す。火山群が近く女性には厳しい土地だとか、元々身体が弱かっただとか。その点、サラはクレイラで育ったので安心だと念を押す。

 しかし、わたしたちは知っていた。ゲルニカのこれまでの妻はここからさほど離れていない町の出身だ。

 それに、ゲルニカの行き過ぎた少女性愛については眉を顰めたくなる噂もある。


「もしかして、ゲルニカ伯爵はまだこの娘を妻にする気ですか?」

「それはもちろんでございますよぉ」

「ふふ、残念ですが、サラはシェリエルに買ってやったのでこちらに嫁ぐことはありませんよ」

「そ、そんなぁ…… 今更反故にするなど約束が違います、なぁサラぁ?」


 サラはギュッと拳を握りしめて俯いていた。なんだか、その姿が父であるクレイラ子爵と被って見えて、これまで似たような場面が幾度もあったのだろうと勝手に思いを巡らせる。

 そんな一瞬の雑念も、バンっと勢い良く扉が開かれる音に掻き消される。兵士が一人の男を部屋に放り込んだ。後ろ手に縛られた青年が転がり込んでくると、セルジオは興味深そうに彼を見た。


「それが例の薬指の? ではその男、引き取らせてもらいますよ」


 青年の顔にはところどころ傷と腫れがあり、やつれてはいるが眼は死んでいない。まだ状況が飲み込めていないのか、サラの姿を見つけるとゲルニカとセルジオを必死に睨み付けていた。


「どうかご勘弁を! この男は私の儀式を邪魔し、指を落としたのです。私が裁かなくては」

「でも僕、この領地の領主なんですよね。全ての裁量権は貸し与えているだけで、最高権は僕にあるんです。ご存知ない?」


 ゲルニカは必死にセルジオに懇願するが、あいにくセルジオに慈悲はないのだ。当たり前のことを勿体ぶって説明すれば、ゲルニカは脂汗を浮かべながらなんとか声を振り絞る。


「……ですがぁ。……な、ならば、その娘を代わりに置いていって貰えませんでしょうか。娘が戻れば、こやつの罪も流しましょう」


 そういう問題じゃないでしょう? 本当にこれで大きな都市を治めていたのだろうか。

 流石にわたしもうんざりしてきた。馬車で眠ったと言っても今日はとても疲れている。それはセルジオも同じだったようで、溜息を一つ吐くと、チラッとわたしたちを振り返った。


「面倒ですから、ここで首でも落として行きます? さっきから話が通じないんですけど」


 まぁ、そうなりますよね。しかし、ここで勝手に首を落とすわけにはいかないだろう。せっかく文官が調べてくれたのだし、後任となる貴族も見繕わなくてはならない。縛られた青年も、そしてサラも、信じられないと言わんばかりに目を丸くしてセルジオを凝視している。あまりの雑さに引いているじゃないか……

 

「駄目ですよお父様、奥方二人の殺害はきちんと調べて旅行から戻ったら裁いてください」


 一応納得してくれたのか、退屈そうに肩をすくめたセルジオにホッと安堵する。ディディエも期待していたのか、小さく舌打ちしていた。

 部屋にはゲルニカの使用人や兵士、補佐官などが多数いたが、凍りついたように誰も何も反応がなかった。もしかして、セルジオの軽薄な態度のせいで、きちんと状況を把握出来てないのだろうか。


「サラはわたしの生誕祝いに買っていただいたの。彼の処罰とわたしのメイドは無関係よ。お分かり?」


 努めて冷静に、上位貴族らしい振る舞いを心がけたつもりだが、ゲルニカがなぜかわたしの足元に跪く。グヒグヒと糸を引く歯を見せながら、追い縋るように不快な笑みで迫ってきた。

 咄嗟に剣を仕舞った空間を出しそうになり、慌てて魔法陣を消し去る。


「シェリエルに近寄らないでもらえる? 汚いだろ?」


 すぐにディディエが庇うように前に出てくれたので、束の間ゲルニカの視線から逃れられたことに安堵した。サラは幼いころから何年もゲルニカに好き勝手されて来たのだ。奴隷になってでも逃げたくなる気持ちも分かる気がする。


「というわけなので、彼らの身柄は僕が引き受けます。あと、貴方は城へ移送するので、あちらでしばらく待っていてくださいね。僕たちまだ旅行の途中なんですよ」


 セルジオが軽く言い放つと、いつの間にか待機していたらしい、ベリアルドの兵士と騎士がゲルニカを拘束していた。


「離ぜぇ! こんなのおかじいぞぉ! なぜわしがごんな目にぃ!」


 丸々とした身体で暴れているが、三人がかりで拘束されれば簡単に逃げ出すこともできないだろう。喚くゲルニカ、硬直する家臣たちの傍で、サラが男に駆け寄っていた。


「か、カイル…… ごめんね」

「無事だったか? サラが無事なら俺の勝ちだ」


 二人の再会を邪魔したくはないが、とりあえず落ち着ける場所で話した方がいいだろうと、クレイラに戻ることにする。


「ふふ、シェリエル見た? これだよ、これ。絶望からの救い…… 良い輝きだろ?」

「もうお兄様、はしゃがないでください」

 

 今にも二人を玩具にしそうなディディエの腕を引き、必死に部屋から連れ出した。

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