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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第二章 洗礼
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閑話.ヘルメス・ベリアルドの困惑

27話「洗礼の儀」〜36話「新しい教師」あたり。

シェリエルの居ないところで何があったのか、ヘルメス視点のお話です。

 愛らしく、そして賢く、とても興味深い孫娘、シェリエルの洗礼の儀が失敗に終わった。気丈に振る舞っていたが無意識下では絶望の色が見える。もう一度儀式を試してそれでも祝福が降りなければ、きちんと話し、思っていること感じていることを吐き出させなければいけない。

 自己と向き合い、挫折をどう乗り越えるか。それに寄り添い導くのが私の務めだろう。


 儀式の日の夜、失敗の原因や今後どうするかをマルセルやディディエを交え話し合っていた。しかし、突然マルセルが硬直したかと思うと、次の瞬間それは私にも来た。

 足の裏からぞわりと這い上がってくるような、魔力の気配。頭の先にまで達したころには全身が粟立っていた。敵襲かと窓の外に目を向ければ、今まで見たこともない程に強く神々しい光の柱が祭壇の方に降りていた。そんなまさか……


「セルジオ……」

「はい、父上」


 すぐに全員が部屋を飛び出していた。庭に出ると一度皆の足が止まる。あまりにも強大で、あまりにも荘厳な光の柱。これまで何度も目にしたことのある洗礼の儀とはまったく別物ではないかと思い始める。けれど、光の柱が降りるなど、洗礼の儀しか考えられない。そして今この城でそれを降ろそうとする者はただ一人。


「シェリエル!」

「何があったんです! 今光の柱が降りましたよね!?」


 祭壇へと辿り着いた頃には既に光の柱は消えていた。皆が次々に大声を出したからか、それとも大の大人がこれほどの勢いで駆けつけたからか、シェリエルはストンッと尻餅をついて呆然としていた。

 魔術士として特別な訓練を受けていない私にも分かる。誰かがこの祭壇で儀式をしたのだと。消えてもなお、濃密な魔力の残滓がピリピリと肌に纏わり付くようだった。


 城内へと戻る道すがら、シェリエルはそのまま眠ってしまった。

 けれど、翌朝もシェリエルの説明は要領を得ない。猫がやってきて儀式を手伝ってくれたのだと必死に説明していた。不可解なのは嘘を吐いている訳ではないという所だ。混乱、そして何かを隠すように言葉を選び、そのことを気に病む様子は殆どない。

 嘘や隠し事に罪悪感を感じないのは呪いを受け継いでいるからか、それとも、本当に自分でも理解が出来ておらず、善意で話すべきでないと思っているのか。とにかく、シェリエルの様子から、夜に何かあるのだと察した。そうでなければ、マルセルに一日という期限は設けないだろう。何の策もなく、ただ時間を引き伸ばすほどシェリエルは単純な思考をしていない。


 案の定、シェリエルは早めに寝台に入ったようだ。専属のメイドが戻って来てから、私たちは家族だけで静かにシェリエルの部屋へと向かう。念のため、気配を消すよう魔力を極限まで絞り、物音一つ立てないよう慎重に。


 古びた扉を開けると、思いもよらぬ光景が目に入る。闇夜に溶け込むような真っ黒な髪の青年、いや少年だろうか。白のシェリエルが存在するならば、黒の何かが存在してもおかしくはない。しかし、何者だ。

 警戒し、魔力を最大に身に纏うと、それを凌駕するように濃い魔力が襲ってくる。

 上位者……


 多少衰えたとはいえ、ベリアルドの前当主である私がこれほど気圧されるなど、そんな事が可能なのは、この王国には数えるほどしかいない。人であればの話だが。

 思わず、シェリエルを呼び寄せる。だが、シェリエルはその青年の前に立ち、庇うように声を張り上げた。


「お爺様! ノアは悪い子じゃありません! 魔法が得意な無害な猫ちゃんなのです! 悪い魔獣ではありませんから!」


 この子がこれほど心を乱すことなどあっただろうか。それにしても猫ちゃんとは? そんな可愛いものではないだろう。後ろの青年も不思議そうに首を傾げている。どうやら、ある程度シェリエルと彼との間には信頼関係があるようだ。ノアと呼ばれるその青年も、シェリエルに対して敵意や害意というものは感じられない。

 シェリエルを落ち着かせるよう言葉を選び、話を聞くと、やはりこの青年が洗礼の儀を行なったらしい。ふと、ディオールの顔色が悪いことに気づく。これは厄介な事になったようだ。


 シェリエルが珍妙な申し開きを続ける中、どんどんと顔色を失くすディオールが不憫になってくる。落ち着き払ったその青年に事情を聞こうと試みれば、あちらから少し話したいと申し出があった。シェリエルに魔術を教えたいなど、一体どういうつもりだろうか。


 子どもたちを部屋に残し、客間に移動する間、誰も口を開こうとはしなかった。城内で一番位の高い客間へとディオールが案内する。

 客間に入った瞬間、ディオールが最上の礼で膝を付く。なるほど、と思い、セルジオと並んでわたしたちも膝を付いた。当主であるセルジオが最初に口を開く。


「ベリアルド家当主、セルジオ・ベリアルドにございます。ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか」

「硬い挨拶は必要ないよ。こちらは身分を明かすつもりはないからね。ディオール、私の名しか明かさぬようにね」


 どうやら、ディオールとは面識がある…… いや、無いようだ。けれど、互いに存在を知っていて、知られている事を知っている。ディオールはジッと青年の目を見つめ、震える唇をやっとの事で動かし始めた。


「ユリウス様、お初にお目にかかります、ディオール・ゾラド・ベリアルドと申します」


 我々が膝を付く相手、人間であれば、公爵家か王族か。王族であれば第一王子しかあり得ないが、殿下は不治の病で表に出られないはず。たしか公爵家の一つにこれくらいの年頃の男児がいたな。第一王子と同じく名を公表する事なく姿を隠していた。

 思えば、王妃オフィーリア様がお隠れになった十年前、不可解な事が多々あった。あの頃は穢れの影響も濃く王国内が鬱屈とした空気に包まれていた為、一つ一つをそれほど深く考える事は無かったが、第一王子の病、そして失権も呪いや悪魔といった迷信じみた噂が流れるほどに、異常な事件が続いたように思う。


 十年と少し前からの出来事を思いだしながら、考え得る可能性を並べ、同時に目の前の青年の心情を読もうする。しかし、私の隣で場違いな明るい声が響いた。


「では遠慮なくノアと呼びましょう。ユリウスという名はシェリエルには教えていないのでしょ? そうそう、シェリエルの教師をしていただけるというのは? もしかして、あの子を研究したいと仰います?」


 息子が考えるのを放棄した。いざとなれば斬ればいいくらいにしか思っていないのだろう。しかし、セルジオの感覚はどんな考察よりも鋭く、そして信頼できる。セルジオが良しとしたならば、一先ず彼に従う他ないだろう。


「ああ、構わないかな? そちらにとっても悪い話ではないと思うよ。あの子、このままだと数年で死んでしまうからね」

「ノアなら何とか出来ると?」

「たぶんね」

「そうですか。ではよろしくお願いします。あの子は大事な家族ですから、何がなんでも救ってくださいね、ノア」


 セルジオの言葉に一瞬青年が目を丸くした。セルジオが無警戒に了承したからでは無いようだ。では何に驚く?

 ベリアルドの者が家族を大事にする、それは普通のことだ。訳ありの貴族であっても知っているだろう常識にそれほど驚くということは…… もしや、シェリエルの出自まで知っているのだろうか。

 そんな腹の探り合いを一切する気の無いセルジオが、無邪気な顔をしてブンブンとノアの手を取り振り回していた。

 

 今後の授業や対価、そしてシェリエルの身に起きた石化の危険について話し終えると、またシェリエルの部屋へと案内する。堂々と歩く姿はやはり上位者のそれだった。

 扉を開け、中に入るとまた頭の痛い光景が繰り広げられる。

 シェリエルの愛らしい笑顔には癒されるが、頼むから猫扱いはやめて欲しい。私たちにも正確に明かされていない身分を勝手にシェリエルに伝える訳にもいかず、教師だからと態度を窘める。


 素直に言葉を改める姿は愛らしい事この上無い。流石私の孫娘。

 問題はディディエだった。ある程度察してはいるようだが、不敬極まりない態度に思わず可愛い孫を叱ってしまう。だが、ディディエもディディエなりに彼の意向を汲んでいるようだった。余命の話になると再び激昂していたが、私が出る幕はもうないだろう。

 あまり深入りすると、私の性が彼の正体を暴いてしまいそうになる。シェリエルの安全が保証されるまで、彼の領域に踏み込むことはやめておこう。


 シェリエルは前日の儀式の失敗から抱えていた重い失望のような色を既に消し去っていた。孫娘の憂いを取り払い、そして命を救ってくれるのならば、多少不可解なところは目を瞑ろう。もしも何かあれば、その時に対処すれば良いのだ。

 所詮、表に出ていない貴族など、上位者であっても何とかならない訳ではない。

 ここは悪魔と呼ばれるベリアルド一族の住む城なのだから。

 ただ、本物の悪魔でないことを祈っておこうと思う。

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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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― 新着の感想 ―
[一言] 猫でも悪魔でもなく、王子様だったのか。 完全に意識の外でした。 伏線の蒔き方と回収のタイミングが絶妙だなぁ。 予知夢で主人公を殺した先生なのかどうか、もまだ残ってるし……。うーん、職人芸!
[良い点] 色々気になるーーー!笑
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