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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第十章 戦

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11.【1日目】昼の社交【遊撃戦】


 シェリエルは束の間の休息中、アロンと再度状況を確認する。


『翡翠は遊撃隊の八割が離脱。本隊はおよそ二十で七合目付近で休憩中』

「意外と進みが早いわね」

『負傷者に手間取ることが無いようです。怪我をした者はその場に捨て置き、すぐに回避行動に移っていますね』

「なるほど。金獅子の動向は掴めた?」

『どうやら不死鳥の後方に付いているようです。他より遅れていますが、損害が一番少ないのも彼らかと』


 どこまで考えがあるのか分からないが、ここに来て一番厄介なのが金獅子だということは確かだ。

 もともと人数の多い金獅子がほぼ無傷で学院に辿り着けば明日以降の体力を温存することになる。

 翡翠は数を減らした反面コツコツと撃破数を稼ぎ、月夜波は少数精鋭の二部隊で先頭のオウェンスたちをいま封じたばかり。

 不死鳥は多少の損害を出しながらも、オウェンスたちの歩みが止まったため、進路としては現在トップ。

 このように、初日の遊撃戦は主にふたつの策に分かれることになる。

 個人の撃破数を稼ぐか、真っ直ぐ学院を目指して派閥として点を稼ぐか。

 どちらも翌日以降の戦力も考えながら展開しなくてはいけないので、陣営の色が良く出る競技である。

 

 藤の三人が身体を休めている間も学院ではふたりの団長が考察を広げていた。


〈藤はずいぶんゆっくりしているな〉

〈これまで休み無しに動いてたし、シェリエル君は平気でもふつうの学生じゃ付いていけないよ〉

〈それもそうだが…… しかしベリアルドにしては理性的すぎて不穏に感じるのは私だけだろうか〉

〈うーん。なにかあったのかな。ディディエらしくないというか…… シェリちゃんも攻めきれてない感じだよね〉


 昼を過ぎ、遊撃戦も中盤を過ぎたこの時間は観客にとっては中弛みする頃合いだ。

 戦地の学生にとっては一番つらい時間だった。緊張感が薄れ、その代わりに疲れが顕著になってくる。

 解説のふたりも一旦席を外してかなり遅い朝食をとりにいく。

 そして、この時間にもっとも活発になるのが女子生徒の社交であった。





「ようこそ、エブリー様、ルチアナ様。どうぞお好きな席におかけになってください」

「わぁ! かわいいです!」

「本当に素敵なサロンですね。お邪魔します」


 シャマルとジゼルが主催となったとあるサロンでは。

 いまやベリアルドのお茶会信奉者と言っても過言ではないツインズ領のエブリーと、以前のお茶会でエブリーと仲良くなったルチアナが入り口で挨拶を交わしていた。

 男の子が体育祭なら、女の子は文化祭というわけだ。

 この三日は礼儀作法の授業の成果を発揮する場であり、他領の生徒と交流を持つ場であり、親の参観を兼ねたお披露目の舞台。

 事前に招待状を送り合い、どこに顔を出すか、誰に招かれたかで学院での立ち位置が決まる——女の格付け合戦の場である。


 本当はシェリエルが大きなお茶会を開くべきなのだが、彼女はお茶会よりも戦場へ行ってしまった。

 シェリエル曰く『お茶会はいつでもできるもの』だそうだ。

 しかし、だからと言ってベリアルドの女性陣が何もしなくて良いわけもなく。

 当然、シェリエルの侍女を目指すシャマルとジゼルはお茶会を主催しなければならない。


「あとで伺いますからお好きなものを召し上がってくださいね」

「ありがとうございます、ジゼル様。ふふ、エブリーなんて朝食を抜いて来たそうですよ」

「そういうルチアナも似たようなものではありませんか!」

「皆様そう言ってくださるので主催として嬉しく存じます」


 ジゼルが席へ案内する間、シャマルは別の客人を迎え入れていた。

 すでにサロンでは菓子と紅茶を楽しんでいる生徒が多くいる。

 本来なら時間を決め、授業一コマ分ほど皆でお茶をして解散となり、また別の客人を招いたり違うお茶会へ向かったりするのだが。

 ベリアルドの侍女見習いふたりは初日に主催に徹することにして、夕刻まで授業三コマ分サロンを開けっぱなしにする予定だ。

 招待された客人はいつサロンを訪れても良く、主催もふたりが揃っているとは限らない。

 彼女たちは後方支援の任もあるので、当番を決めてサロンを出たり入ったりしている。


「まあ! もしかして今日はあの噂の! 王都のサロンを模しているのでは!」

「エブリー落ち着いて? まだ始まったばかりよ?」

「ワ…… お恥ずかしい。でも見てください、席次が無いこともですが、皆さん本当にお好きなものを召し上がっているようです」


 シェリエルのお茶会はこれまで基本の組み合わせで菓子をサーブされ、気に入ったものを追加する形だった。

 シェリエル監修アリシア主催のお茶会では完全にサーブされる順番もペースも決まっていたのに、このサロンではめいめいテーブルの様子が違っている。

 さすがエブリー、信仰を捧げるだけのことはある。着席までの短い時間ですべてを把握してしまったわ。

 と、ルチアナは最近できた友人の本気を見た。


「かわいい…… この硬い紙なんでしょう?」

「なかはメニュー表みたいね。ここから選ぶみたい」


 灰色の厚紙は二つ折りになっていて、表には花の絵が金であしらわれている。中には浅いポケットがあり、手紙に使うような紙が左右に二枚挟まれていた。


「左が飲み物で、右が軽食と菓子ですね! こんなにたくさん! 迷ってしまいます」

「サロン・シャティエルもこのような仕組みなのかしら」

「きっとそうですよ。このお茶会はシャティエルの宣伝も兼ねているのでしょう」


 エブリーの推理は当たっていた。

 当初、イザベラがこのような形でお茶会を開くという話もあったが、彼女には信頼できる侍女見習いや友人がいないためシャマルたちに譲ったのだ。

 ちゃっかりメニュー表の下部には協賛としてシャティエルの紋章を入れ、下位の御令嬢向けに求人の広告も用意してある。

 けれどこれはベリアルドの女性陣にとっても悪くない話だった。

 費用はイザベラとシェリエルが折半し、二日目はベリアルドの上位の御令嬢が、三日目は中位の有力貴族の御令嬢が引き継ぐことになっている。

 使用人学科の生徒たちは交代でそれぞれの給仕に入り、今回は事前に教師に申請しているため問題がなければ皆かなりの高得点が得られるだろう。

 女子生徒が試験以外で点を稼げるのは社交しかないので、家門が裕福では無い者にとってはありがたい場なのだ。

 

 エブリーとルチアナが飲み物と菓子を注文し終えると、ひとりの少女がテーブルにやってきた。


「ごきげんよう。ご一緒しても?」

「ベネデッタ!」


 エブリーがパッと立ち上がり、ベネデッタの手を両手で握る。

 たまにお茶をしているが、彼女の隣に立つ男性を見て感極まったゆえの行動だった。


「紹介します。こちら、エドガー様です。去年の卒業生で、いまはベリアルドに移籍され城で文官をされています」

「あらあらあら! まあまあまあ!」

「お初にお目にかかります。……どうぞお見知りおきを」


 エドガーは女性ばかりのサロンで若干恐縮したように眉尻を下げていた。

 彼のことはエブリーもルチアナも知っている。ルチアナはエブリーの紹介でベネデッタともお茶をする仲になっていたので話だけはよく聞いていたから。

 卒業生の彼がここに居るということは、ベネデッタが招待したのだろう。

 他に招待する人がいないという彼女の身の上を知るふたりは、それを一番嬉しく思った。半年近くモダモダとやっているらしいふたりにヤキモキしていたのもあるが。


「どうぞお座りになってください」

「は、はい……」

「エブリー、これ。新作よ。ルチアナさんも良かったら」

「キャア! もしかして、あのイザベラ様がご執心されたという例の!?」

「そうみたいね。ベリアルドでもまだ部数が少なくて、今日エドガーが持って来てくれたの」

「ありがとうございます! 今期は無理だと諦めていましたのに!」


 エブリーはここ最近、声量が二倍ほどになっていた。元が蚊の鳴くような小さな声だったのでこれでも小さい方だが、小鳥の囀りのようなはしゃぎ方にルチアナもクスクスと肩を揺らしている。


「ベネデッタの大切なご友人方に少しでも良い印象をという浅はかな下心です。どうぞお納めください」

「す、素敵……」


 エブリーはこのまま壁になりたいと思った。

 素敵な恋物語を間近で見ているような心地がして、どうぞわたしのことは無視してくださいと鼻息を荒くする。

 しかし他の客人のことも忘れてはいない。すぐに正気を取り戻してすまし顔でふたりに席を勧める。


 採点申請をしたサロンには不定期で礼儀作法の教師が訪れるのだが、すでにひとり教師が紛れ込んでいたのだ。

 一年次の授業を担当するヘイゼルである。

 彼女は昨年シェリエルの魔力暴走事件(マリアが起因となりエミリアが闇落ちしかけたのをシェリエルの魔力暴走として片付けた事件)で教師として株を落としたが、シレッとベリアルドの採点係を勝ち取っていた。

 と言っても長時間のお茶会となるので持ち回りになるのだが。


「このあともおふたりでお茶会を回られるのです?」

「いえ、彼女の邪魔になってもいけませんから」

「邪魔だなんて…… わたしがふたりに紹介したくて無理を言ってお付き合いいただいたんです」

「すごく嬉しいよ。緊張するけどね」


 ふたりはしばし見つめあって、見ているエブリーとルチアナの方が頬を赤くするはめになった。

 エドガーはそんな乙女の空気に気づいてひとつ咳払いすると、「や。あ…… ええと」と言葉を探し、「魔力不全の子たちがまだ学院にいるので…… 彼らにも会っておきたいなと……」とこめかみをかいた。


「そういえば…… そうでしたわね」

「先日少し会うことができたんですが、なにぶんバタバタしていたもので」

「例の命の日ですね」


 公開裁判やら流血騒ぎやらで忘れられがちであるが、あの日はベリアルドが初めて技術革新に乗り出したと示した日でもあった。

 その手伝いをしたのが魔力不全の生徒二名——エドガーが学院で共に傷を舐め合った後輩である。


「彼らはまだその…… エドガー様のようには」

「ええ。しかし、先の件でシェリエル様と繋ぎもできましたので彼らにも望みはあるかと」

「本当に喜ばしい限りですわ」

「ええ、本当に」


 魔力不全は安易に触れてはいけない空気があった。一種の障害であり、家族からも忌み嫌われることが多いので口に出すのも憚られるといった具合だ。

 だが、彼らの魔力不全が治る日もそう遠くないだろう。

 エドガーはそうした禁忌を明るい話題として話せることに嬉しさを滲ませていた。 


「お待たせ致しました。クレームブリュレと季節のタルトでございます」

「ッ! くれむぶりゅれ! これが!」

「ほう、これはまた……」


 エブリーが頼んだクレームブリュレは白磁の浅い器が皿に乗せられてやって来た。

 柔らかい黄色に焦げ目がついていて、端にはツノを立てたクリームにカットした果物が添えられている。

 前回食べたパフェのようでいて、どんな味なのか見当もつかない。だがエブリーはシェリエルの考えた菓子はすべて食したい人間なので、メニューのなかで唯一知らないこのクレームブリュレを頼んだのだった。


「わ、硬い…… 割って食べるのでしょうか」

「そうよ。パリパリ崩して食べるの」

「ベネデッタ、まさか」

「ふふ。試食させていただいたの」

「わたしもベリアルドに嫁ごうかしら……」

「みんな良い人よ。とてもね」


 ベネデッタが転籍した経緯を知っているエブリーも、最近ではこのような会話を気軽にできるようになっていた。

 それも、以前では考えられないくらいベネデッタが幸せそうにしているからだろう。

 彼女の選択が間違っていなかったと、不幸な出来事ではなかったとする為にも。

 エブリーは不意に込み上げた涙を誤魔化すように、スプーンの先で艶やかなカラメルを割り崩した。

 小さく掬って口に運ぶと、とろけるようなまろい甘みとザクザクしたほろ苦く強い糖度が絡み合う。

 両極端な食感。カラメルは砂糖菓子に似た甘さだが、ビターな甘さであり下の層が甘さ控えめなのでちょうど良い。


「ッ〜!」

「男性にも人気なの。ね、エドガー」

「ええ。我々もたまに差し入れと言っていただくのですが、それはプディングと言うそうです。クリームや果実は乗ってないシンプルなもので甘さがちょうど良くて」

「はぁ…… 夢の国ですね……」

「ふふ。本当にエブリーはベリアルドにご執心ね」


 本に菓子にと、ベリアルドにはエブリーの素敵がすべて詰まっている。そんな夢想で赤くした頬はルチアナに揶揄われてさらに赤くなっていた。


「エブリー様、ルチアナ様。お楽しみいただけてますでしょうか」

「ジゼル様…… とても、とてもです……!」

「ぜひ今度ベリアルドに遊びにいらしてくださいね」


 ジゼルは席に着くと、先ほどの会話を聞いていたかのようにエブリーに微笑んだ。

 エブリーはまたまた顔を赤くしてちんまりブリュレを掬う。


「ジゼル様は今年も学院戦に参加されるのですよね?」

「参加と言っても後方支援ですから、大したことは出来ませんが」

「あ、それでお茶会が今日だったのです?」

「ルチアナ様、これ以上口を滑らせるとわたくしが怒られてしまいます」

「翡翠は女人禁制ですからご心配なく」

「支援もなしですか?」

「ええ。オリバー様が“戦に女性を巻き込むなど言語道断”と仰って」

「あら、それでは改革派と保守派が入れ替わったようですね」

「ね、本当に」


 オリバーは元々ツインズ領でも良家の上位貴族であり、領主一族不在の翡翠では総帥として陣営を率いている。

 昨年はいろいろあってほとんど戦力にならなかったが、復帰した今年もいろいろあってそういう境地に至ったらしい。

 改革派はマリアの件もあって派閥全体の力が弱まっているため、社交に集中できると言って父兄はオリバーの方針に喜んでいた。


「保守派と言えば…… アリシア様の姿が見えないと耳に挟んだのですけれど」

「まあ。それをどちらで? わたくしも先ほど耳にしたばかりですのに」


 ジゼルはほんの少し前にエミリアから涙声の通信を受けたばかりだった。

 友人であるジゼルに泣きつくより先に噂になっているということは、アリシアがお茶会に欠席したか、エミリアに思うところがあってジゼルに頼りづらかったのだろう。


「キャロライン様に変わった様子はないようですし……」


 ジゼルたちのサロンにも中継用の鏡が設置されていた。

 血生臭い学院戦の様子ではなく、社交の様子を映したものだ。

 いまも上機嫌のキャロラインとディオールが多くの撮影隊に囲まれながら本館を移動しているところだった。

 ふたりは一切酔いを感じさせないしっかりとした足取りで歩いていた。誰も彼女たちが大笑いしながら金貨をやり取りしていたなど想像もしないだろう。


「心配ですね。社交に力を入れていらっしゃるアリシア様が初日に姿を見せないなんて」

「ええ。まさか参戦なされているなんてこと……」

「それはさすがに……」


 主がいまも山中を爆走中のベリアルド勢は気まずそうに目を泳がせた。

 他領の御令嬢に変な影響を与えていないと良いけれど…… と。

 エドガーもしっかりベリアルドの顔で冷や汗をかいている。


「私もこのあと人に会うので、なにか分かったら連絡しましょう」

「ありがとうございます。エドガーはもうディディエ様にご挨拶を?」

「いや、それが。ちょうど席を外していらっしゃって」

「そうですか」


 少しの不穏は華やかなサロンの空気と美味しいお茶と菓子によってすぐに消え去った。

 シャティエル形式のお茶会は主催が席を転々とするので、ダラダラと会話が停滞することがないことも利点のひとつである。


 一方、採点係のヘイゼルは難しい顔で窓際の席に座っている。

 新しいお茶会の形式に何をどう評価すれば良いのか——

 ではなく、次に頼む菓子を思い悩んでいる。

 もうふたつも菓子を頼んで次が最後になるだろう。交代の時間も迫っている。

 彼女にとっては初めての菓子なので、採点どころではないのである。

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