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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第十章 戦

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8.【1日目】開会【遊撃戦】


 ゴーン、ゴーンといくつか重い鐘が鳴る。

 ここにいる者は全員が聞き覚えのある予鈴の鐘である。

 パタパタとバルコニーの向こうにある大窓が開かれるが、ポツポツというくらいまばらだった。

 今年は城壁にも人の姿が少なく、代わりに生徒の様子を映すための望鏡の魔導具が増えている。

 シェリエルの改良により魔力消費が抑えられ、撮影隊の前身となった魔術士団の監視員も増員されることになった。

 それに加えて、社交の様子も中継されるので、今年は例年より多くの映像をリアルタイムで精査し、視点を切り替えていくことになるだろう。

 これは毎年、訓練も兼ねて魔術士団の通信部隊が担当している。

 

 それまで景色を映していたすべての鏡がパッと像を変えた。

 映っているのは本館の中央に位置するバルコニーに立つ、元老院兼学長のゴルハルトだった。


『貴族諸君。最厄のさなか、今日この日を迎えられたことを神々に感謝しよう。学院戦は生徒らの成長を披露し、実戦に即した訓練の場である。しかし鏡の向こうで観戦しているであろう諸君らにも多くの学びを得てほしい。元老院は現在、通信事業にはじまり運送事業、疫病の対策とさまざまな改革を進めている。どれも真新しい技術や概念であり、受け入れることが難しいかもしれない。厄災への対処に追われ、改革に反感を持つ者もいるだろう。学院戦をしている場合ではないという声も聞いた。——だがしかし! だからこそである。改革によりどのようなことが可能になるか。若き貴族がどれだけの希望を宿しているか。その目で確かめるのだ』


 開会の挨拶を見守るシェリエルは「へぇ〜今年はちゃんと挨拶するのね〜」と小さな鏡をぼんやり見つめていた。

 音声はイヤーカフから直接耳に流れている。

 それにしても、ゴルハルト卿はあの職員塔での演説が嘘みたいにまともなことばかり言っていた。

 すなわち、これまでも心中では穏やかでない野望を秘めながらしっかり体裁を整えていたというわけだ。

 シェリエルはすっかり騙されたわ、なんて思いながら軽くストレッチして身体を解しはじめた。


『この学院戦には新たな通信の魔導具を使用している。騎士団および魔術士団にも流用可能だと証明することになるだろう。改革は世代交代ではない。これまで国を引っ張って来た卿らには、これまでの知見を活かし、新たな技術を取り入れてほしい。そのため、私は此度の学院戦に教師、教官、研究者と学院に在籍する者すべてを送り込んだ。大人も変われるのだと証明するために!』


 改革に消極的だった大人はたしかにいた。古い人間ほど、やり方が変わることに不安を覚えるものだから。

 ゴルハルトはそれをよく理解して、そういう者たちにこそ新しい技術に興味を持ってほしいと語りかける。

 そして、これは侵攻派だけでなく、各地の古びた貴族に強く響いた。役立たずになることが怖かった大人たちは勇気づけられたのだ。


 もちろん、これはゴルハルトの建前であり、本音は「学院戦に熱意を燃やした大人が盛り上がって戦争したくならないかな」という邪な下心である。

 彼は戦闘の興奮が戦争に直結すると思っている筋金入りの脳筋貴族なので。


 そんなゴルハルトであるが、やはり国で十人しかいない元老院だけあって演説は見事なものであった。


『そして、今回は民や未就学の貴族らも多く観戦していることを加味して、解説を用意した』


 パッと像が変わり、そこには騎士団長と魔術士団長が並んでいる。


『彼ら以上に適任は居ないだろう。騎士団長オスカー卿と魔術士団長ダリア卿である』


 オスカーは緊張した面持ちで軽く会釈し、ダリアは満点笑顔で大きく手を振っていた。親子みたいな並びであるが、このふたりは同年代。別の場所から見守るマルセルは本人以上に緊張して大汗をかいていた。

 解説ふたりの声は外部に流している映像に合わせていて、学院に設置された多くの鏡は無音となっている。

 諸々の説明が終わると、ゴルハルトは学院の長らしく厳しい表情を作り、


『では学院戦初日、これより開戦!』


 と、深く威厳のある声で開会を宣言した。


 ワッ!と華やいだ学院の父兄たち。グッと緊張を高める学生たち。キリキリ胃を痛める一部の教師と、それどころではない講習会場の医者たち。

 さまざまな盛り上がりと同時に、王都や各地では空気が揺れるほどの歓声が上がる。

 最厄期真っ只中、史上最も過酷な学院戦が幕を開けた。





 ひときわ大きな鐘の音が響くなか、山中で軽いウォーミングアップを済ませたシェリエルは少し遠くで待機しているワイバーン隊を「いいな〜」と見ていた。

 彼らのワイバーンは戦闘用に訓練しているし、ドラゴンを誘導するためシエルと訓練もしていたので、すでに精霊の気配にも耐性があった。

 けれど、さすがに彼らのワイバーンを横取りするわけにはいかない。開会前の準備中にちょっと乗せてもらったので、余計に「わたしもあの時期から従魔を探していたら今頃……」と悔しく思っている。


「シェリエル様、準備が整いました!」

「ライアン、クレマン、今日はよろしくお願いします!」

「はい! 足を引っ張らないよう全力を尽くします!」

「みんなも気をつけてね」


 遠くのワイバーン隊に声をかければ「はい!」と元気の良い返事が返ってくる。

 今年はジュール、ライアン、クレマンにワイバーン隊。それにシェリエルと一年生だ。


『こちらアロン、ワイバーン隊出撃せよ』


 待機していたワイバーン六体が一斉に空に舞い上がった。

 ワイバーン隊を率いるのゲルニカの六年生ジュールで、ワイバーンは輪っかの付いたロープを足から垂らしており、そこに一年生が足を引っ掛けている。

 去年のシェリエルより少しだけ快適にワイバーンにぶら下がった一年生たちはぎゅっとロープを掴んで揺れに耐えていた。


「わたしたちも行きましょうか」


 シェリエルは軽く言って、散歩するみたいに獣道を歩き出す。

 ライアンとクレマンは額に汗を浮かべて心臓の音を爆音で響かせながらシェリエルの前後を歩いた。

 去年は気の知れた野郎同士で気楽に登山気分だったが、今年はそうもいかない。ダラダラおしゃべりなんてできないし、ヘマをしたら一生立ち直れないだろう。

 最悪、シェリエルだけでも残れば勝機はあるが、だったら自分たちなんて要らないんじゃないかと後ろ向きになる。

 そんなふたりの緊張を知ってか知らずか、間伸びした声がそれぞれの耳に届いた。


『やっほー、ディディエ様だよ〜。反抗期のシェリエルさーん、聞こえるかな〜?』

「……」

『お〜い! 聞こえるかって言ってるんだけど〜』

「聞こえているに決まっているでしょう。先ほどアロンとやり取りしていたのですからそれくらい分かりません?」

『は? こっちは別の魔導具使ってるんだけど。動作確認くらいするだろ』

「開戦前に済ませてください。用があるとき以外話しかけないでもらえます? 気が散るので」

『ほら、これだよ。ねえ、アロンいまの聞いた? やっぱりシェリエルが悪いよね。この態度はちょっとどうかと思わない?』


 アロンの配慮によるものか、そこで通信は途切れた。

 いまだベリアルドの兄妹喧嘩は続いていて、ディディエはどうにか「シェリエルも悪い」に持っていこうと、周囲を巻き込むようになっていた。

 シェリエルは大抵無視していたが、いい加減鬱陶しいので一日一回はキレて追いかけ回すを繰り返している。

 ライアンとクレマンの不安は募るばかりで、ほとんど泣きそうになっていた。

 シェリエルと三人で行動を共にするだけでも緊張するのに、くだらない兄妹喧嘩を持ち込まないでほしい。


「……わたしは悪くないもの。ふたりもそう思いますよね?」

「へ?」

「あの兄ですよ。全員が聞いている通信であんなふざけた態度…… 次期領主として心配になりません?」

「あ、それは……」

「調子に乗りすぎなんです。自分だけは許されると思っているんだから。まったく!」

「……ッス、ね……」


 ふたりは普通の妹みたいに怒るシェリエルをなんだか可愛いと思ってしまった。

 不貞腐れるように唇を尖らせて、コン、と小石を蹴ったりなんかしている。いつでも冷静で感情なんてない人かと思っていたから、こういった人間らしい姿に安心したのかもしれない。

 それと、少しの同情だ。あんな兄がいたら自分だったら家出するかも……と、苦労人の妹に思えて、可哀想で可愛いのだ。


「……シェリエル様は悪くないと思います!」

「そ、そう?」

「はい!」


 実は喧嘩の原因や経緯なんて知らないが、たぶんシェリエルが正しいだろうと思って。


「ふふ、ありがとう。お礼にいまのは内緒にしておいてあげます」

「あッ……」


 彼らは騎士を目指しているので、十中八九ディディエに仕えることになる。軽い冗談のようなやりとりだが、少しだけシェリエルと近くなった気がした。


 ちなみに、この様子はしっかり中継されている。現在地を分かりづらくするため、かなり寄った画角になるので読唇に長けた者は会話の内容まで読み取れている。

 ディディエは「クソ、あいつら絶対騎士に任命してやらないからな!」と子どもみたいに拗ねて、リヒトはぐぬぬと唇を噛んでいた。


 そうして多少空気がほぐれた三人はサクサクと山道を歩いていく。


「クレマン、右に三〇迂回。地雷よ」

「はい!」


 先頭のクレマンが長い槍を的確に振り回したり地面を突き刺したりして罠を確かめ、シェリエルは薄く魔力を広げて魔導具の検知をする。

 三人に絞ったのは極力罠検知の範囲を狭めるためだ。確実に三人が五体満足で学院に辿り着かなければならないというプレッシャーはあるが、その分進みは速い。

 そうなれば登山の時間自体も短くなり、明日までに充分体力を回復できる。と、シェリエルは考えていた。

 人手が足りないのでライアンとクレマンは明日も最前線で戦うことが決まっている。





「罠解除完了!」

「よし、全体、進め!」


 遊撃戦一番の大所帯である“不死鳥の溜息”は隊列を整えてザッザッと行軍を再開した。


〈ふむ。実に統制の取れた行軍だ〉

〈うんうん。いま罠を検知して解除したのは魔術士志望の子かな? その間、二三二で騎士たちが守るように周囲を警戒していたのも良いね〉

〈これはトリノ陣形だな。ああ、タイタン氏が教官として入ってましたか。彼は騎士団でも陣形に精通していたから、実戦に近いのも納得だ〉


 解説のオスカーとダリアは最初こそ無言の時間が多かったものの、徐々に慣れてきたのか視聴者に分かりやすく説明を挟んでいた。

 普段戦闘とは無縁の生活をしている貴族たちも「ほぉ〜」と感嘆の声をあげたり、「あー、懐かしいな」と学生時代を思い出したりと楽しんでいる。

 

 ルイスはこれを承知で策を立てたものの、この複雑な情報戦に眉間の皺を深くしていた。

 画角により位置の特定までは出来ないが、陣形やら作戦やらが筒抜けの状態だ。敵陣営の様子も逐一追っているが、それは他も同じこと。

 どこでどのように展開するか、すべては指揮官にかかっている。


「こちらルイス。飛行部隊、ベリアルドのワイバーンは見つかったか」

『こちら一番隊、見つかりません』

『二番隊、見つかりません』

『三番隊、それらしき姿を確認しましたが、一度下降して再び上昇。その後見失いました』

『四番隊、見つかりません』


 ……どういうことだ。これだけ飛行部隊を飛ばしていて、見つからないなど。

 不死鳥は山を四つに区切り、それぞれ三人の小隊を飛ばしている。

 木々に阻まれ人を見つけるのは困難でも、空を舞うワイバーンくらいなら簡単に見つけられるはずだった。

 先ほどのベリアルドの様子を見る限り、確実に六体は索敵に出しているはずなのに。

 そこに、またも騎士団長オスカーの声が。


〈お。翡翠が動いたぞ。四隊に分かれて攻撃に出るようだ〉

〈翡翠は攻めか〜! 良いね、盛り上がってきた!〉

〈ん? 月夜波はどうした……、あれは…… 殿下!?〉


 思わずと言ったように特大の叫び声になったオスカーに、学院の貴族たちもギョッと目を剥いた。

 なぜ王太子殿下が山を登っているのか。

 月夜波はそれまでがっちり固まって慎重に進んでいたため、中にいる人物がよく見えなかった。

 しかも皆がフードを被りマスクをしているので個人が特定出来なかったのだ。

 けれど、オスカーはそれが良く知る陣形であったため、嫌な予感がするなと思いつつ、いやまさかと頭を振って、それでもやっぱり気になって注視していた。

 だから彼はその一瞬を見逃さなかった。

 隊列が乱れて中央にいた人間が転びそうになったとき、フードから黄金の髪が見えたのだ。

 あんな発色の良い金色で、まるで護衛するみたいな陣形。もう反射的に叫んでいた。


〈嘘だろう、気が狂ってるのか!〉

〈アッハハハハッ、ユリウス様! これはダメでしょう!〉


 ダリアは椅子からひっくり返るくらい笑っていた。

 王太子が学院戦に参戦すると言っても、会議室で指揮をとるくらいだと思っていたし、立場的にそうするべきだ。

 王が戦場に出て先陣を切るなどこのオラステリアにおいては求められていない。戦地でも安全な本陣を構えて……

 いや、王弟であればそれもあるかもしれない。

 まさかユリウス殿下は……

 オスカーは嫌な予感をさらに濃くして、へなへなと椅子にもたれかかった。


 しかし、ルイスとディディエは違った。

 それぞれ別の会議室で思うことはただひとつ。


「あいつ(あの人)、どこまで実戦を想定してるんだ!」


 である。

 ルイスは青ざめ、ディディエは大笑いしていた。

 ついでにバルコニーのゴルハルトは感激で涙まで流している。


 そう、ユリウスはひとりだけ学院戦を戦っていなかった。アルフォンスを鍛えるためのちょうど良い演習くらいに思っている。

 この遊撃戦も敗戦や襲撃を想定した訓練として見ている。

 王都に攻め入られ、城を捨てなければならないとき。

 戦地で王の本陣まで敵が迫ってきたとき。

 王族はときに自らの命を守るため、残った味方と自力で逃げ伸びなければならない。

 生きていればまた再興できる可能性があるから。

 もし、分家の公爵らが全員討ち取られれば、何を犠牲にしても自分が生き残らなければならないから。

 そんなわけで、ユリウスはアルフォンスにだけはこの作戦を“当日”伝えた。

 緊張感が大事だからと、さっき——開会の挨拶の途中までアルフォンスは何も知らされていなかった。

 アルフォンスは詰め込まれた戦術を復習しながらゴルハルトの演説を聞いていたのに、そんなふうに聞かされてすぐに転移で自陣の待機所まで連れて行かれたのだ。

 当然、アルフォンスは「バカなのか?」と言って断固拒否した。頼むから学院に連れて帰ってくれ、と。

 中継まで入る以上、王太子がいると分かれば良からぬ者が命を狙いに来るかもしれない。

 自国だけでなく、他国の間者が紛れている可能性だってあるのだから。

 これはアルフォンスが正しい。たくさん勉強した甲斐があったというものだ。

 けれどどんな学びも時に現実は非情にその成果を無に返す。

 ユリウスは言った。


『だから訓練にはちょうど良い。戦に絶対も常識もないからね』


 と。

 それだけ言って、ユリウスは転移で帰ってしまった。

 アルフォンスは渡されたローブとマスクを装備して、半泣きで山を登ることになる。

 慣れない山道に歩きづらい革靴。護衛役の騎士たちは知っていたようだが酷い緊張感で誰も喋らない。

 あ、急に王都に攻め込まれたらこんな感じなのかな……

 とユリウスの思惑通りに想像力を働かせ。

 王になっても絶対に戦争とかしないでおこう……

 とゴルハルトを解任することを決めた。


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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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― 新着の感想 ―
[良い点] ゴルハルトさん残念! [一言] アルくんは人の痛みを知る賢い王になれそうですね
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