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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第十章 戦

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9.【1日目】女の園と秘密兵器【遊撃戦】


「あらあら。殿下、大丈夫かしら……」

「姉様は学院戦には参加されないのですか?」

「女を戦に出すなんて甲斐性のない男がすることよ。よく覚えていらっしゃい」

「でも、シェリエル様は……」 

「シェリエルは別よ。それと、ディディエ様に甲斐性がないことには違いないわ」

「……?」

「もう、イザベラったら。ディディエ様にどれだけお世話になったか…… お願いだからベリアルドの悪口はやめてちょうだい。わたしの神様よ?」


 フェルミンは久しぶりに家族と再会して幸せを噛み締めていた。

 若干母の様子がおかしいが、フェルミンもベリアルドが大好きだ。セルジオ卿はなんだか放っておけないし、 ディディエ様は少し怖いけどカッコいいし、シェリエル様は…… 綺麗で優しいけど、姉様が可愛がるのも分かるけど…… うん、良い人だ。

 それに、初めての学院戦は聞いていたよりもずっとすごかった。

 例年の様子を知る大人ですら興奮しているのだ。フェルミンがワクワクしないわけがない。

 開会までしばらくセルジオに連れ回され、ジェームズが取りなしてくれたので何人かと挨拶を交わすこともできた。

 大領地の領主になったという実感も大きくなり、少し前の自分とはまるっきり変わってしまったみたいに思う。

 それは悲観的な実感ではない。いまだって母は幸せそうに笑い、ずっと冷たかった姉も過保護なくらいに優しい。

 父が居ないことだけが残念だったが、正式に侯爵位を叙勲するとき、フェルミンは父の所業とこれからのことをすべて聞くことになった。

 ベリアルドの先代ヘルメスや姉からも大まかなことは聞いていたので心の準備はできていた。それに、疫病の流行や医療事業の開始、審問会を経て自領の貴族の信頼も得られた。

 その経験が彼を強くし、貴族として、領主として、感情を消化することができたのかもしれない。

 ただ少しだけ、この幸せを今まで阻んでいたのが父だというのが残念なだけだ。


「グレース様〜、良かったらおふたりも連れてこちらに戻って来ませんか〜」


 太陽みたいな明るい声とともに、ベルティーユが顔を出す。

 グレースは家族に会うため女の園から抜けて来ていたのだ。


「ですが、今日は男子禁制だと」

「フェルミン様なら大歓迎です!」

「フェルはどうします?」

「だ、男子禁制……」


 フェルミンは綺麗なマダムやお姉様の園を想像してボッと頬を赤くした。イザベラはそれを可哀想な目で見て「なぜ前回で懲りないのかしら」と首を傾げる。

 シェリエルの誕生日とサロンの開業を祝う集まりでほとんどの者と顔を合わせているフェルミンだが、女ばかりが集まってどういう空気になるか分からないのも無理はない。


「殿方と社交をしてくるのも良いでしょう」

「もう少し母上と姉様と一緒にいたいです」

「そう。イザベラは?」

「わたくしもお邪魔しようかしら。これからのこともあるし」

「そうね……」


 イザベラはもう数月もすればそこが主戦場になる。アルフォンスとの縁談も考えれば、学院戦よりも貴婦人との社交を重視すべきだ。


 そんなわけで三人はほろ酔いのベルティーユに連れられて大サロンへと向かったのだが。


「アッハッハッハ! 良いわよ! 行きなさい! シェリエルそこよ!」

「ヤダ、もう! 何してるのかしら! 早く逃げなさいな!」

「キャ〜! ミラーナお姉様、大勝ちじゃないですか!」

「次は〜、どこで賭けようかしら〜」

「翡翠にしましょう。わたくし二名で」

「じゃあ、わたくしは三名」

「わたしはぁ〜、そうね。零よ」

「あ、わたくしも!」


 グレースも目が点である。

 少し離れた隙に何事であるか。


 女たちはディオールの持ち込んだベリアルドの酒を甘く飲みやすいカクテルにして、果実水のように呷りながら学院戦で賭け事をしていた。

 男性もこのような遊び方はするが、今回はより細かく中継されるため砂時計を使って時間までにどこの陣営が何人離脱するかを賭けている。

 当然ペースは早く、異様に盛り上がるので酒もその分進んでいた。

 男の目がなく、かつ気心の知れた女だけで集まった結果である。

 ベルティーユは元々人懐っこく、ミラーナは社交慣れしていることもあり、酒の力を借りてこの最上位とも言える女の園で全員はしゃぎ回っている。


 フェルミンは見てはいけないものを見てしまったと思って、小さな声で「ぼく、かえります」と言った。

 彼はこのあとしばらく恐ろしい魔女の集会を夢に見ることになる。

 

 グレースは彼の補佐官たちにフェルミンを任せ、クラクラしながらサロンに入った。隣のイザベラは案外平気そうに「わたくしもよろしいですか? 五名で」と金貨を取り出している。

 え、賭けるの? と思いながら「じゃあわたくしも」と恐る恐る金貨を取り出し、よく分からないながら一名離脱に賭けた。


「グレース様もいかがですか」

「あ、いただきます」

「イザベラ様はどうされます?」

「わたくしもいただきます」


 ディオールのメイドにより運ばれてきたのは美術品のような繊細なグラスに入った桃色のお酒だった。

 口を付けると頬がキュッとするほど甘く、果実水のように飲みやすい。


「あら美味しい」

「葡萄酒ともちがうのですね」

「ああ、コレはあれよ。シェリエルが作った果実酒?だったかしら? よく分からないのだけどあの子の作るものは凶悪で美味なのよ。気を付けなさいね?」


 ディオールは艶美に笑ってコクと紫色のグラスを呷る。グレースもイザベラも誘われているのかと一瞬ドキっとしたが、単に酔っているだけらしい。

 強烈な美に強烈な酒が合わさると大変なことになるのだと思い知った。


「た、たしかに。すごく酔いますね」

「本当だわ。身体が燃えるようにあつい」


 口当たりがよく甘味が強いためコクコクいけてしまうが、頭がふわふわしてきたのが分かる。

 その間も鏡にはふたりの団長の解説が入っていた。


〈なんだ、何が…… 翡翠の隊がひとり…… いやふたり……倒れたぞ。罠だろうか〉

〈ん〜、なんだろ。狙撃されたみたいな倒れ方だけど……〉


「嘘でしょう!? どうして今になって翡翠なのよ!」

「うふふ、残念ねディオール」

「また負けました〜。ジェフリーに軍資金貰って来なきゃ……」

「残るはわたくしとキャロライン様と、イザベラ嬢ですね」


 鏡の向こうで混乱を極めている翡翠の生徒たちを肴に、女たちは大盛り上がりだ。

 イザベラはこれが大人の社交なのね……

 と、精一杯勉強する気でどこの誰だか分からない狙撃犯を応援した。




 鏡の向こう、山の中腹では。


「おい!無事か!」

「罠か!? 足元を確認しろ!」

「狙撃されている! 身を隠せ!」

「盾を張れ、盾を張って狙撃手を探せ!」

「見つかりません!」

「ギャッ!」

「足を撃たれたぞ! 怪我人を囲め!」


 翡翠小隊はただ混乱するばかりでその場から動けずにいた。

 なんの予兆もなく、あまりにも突然のことで、いまも足音ひとつ聞こえない。それでまず罠を疑った。

 踏んだら鉛玉が飛び出すような罠も存在するからだ。

 しかし、攻撃はその後二発、三発と的確に脚を貫いてきた。人的な攻撃でなければこのようなことあり得ない。

 

「どうしてこんなところで」

「狙撃手はどこだ!」

「退け、一度退くぞ」

「負傷者はどうする」

「置いていく!」


 ジリジリと地面を確かめるように全体が後退する。

 負傷者は全員太ももを撃ち抜かれていて、治癒をしてもこれ以上山を登ることは不可能に思えた。

 負傷した生徒たちは頭を低くして近くの木まで這うと、フーフー息をしながら木に寄りかかって魔力で止血を試みる。


「すまない! 離脱する!」

「全員意識はあるな!」

「大丈夫だ、置いてってくれ!」


 太ももを貫かれれば神官に治癒を受けても一週は動けない。明日の旗戦も出るつもりだった生徒は痛みと悔しさでぼろぼろ涙を流して、腕に巻いた緑の布を解いた。

 離脱の合図だ。

 すると、グリフォンに乗った魔術士がさっと降下してきて、パッと負傷者を転移させた。

 残った生徒たちはホッと息を吐いて慎重に後退を続ける。

 しかし。


「パンッ!」


 乾いた音と共にまたひとり倒れ、一拍遅れて呻き声が漏れた。


「なぜだ! 身体強化しているだろう!」

「ウグッ…… 脚に、強化を固めてたのに」

「貫通してるぞ。おい、これ大丈夫なのか!」

「急所を狙われたら死ぬぞ!」

「審議を要求する!」


〈わぁ…… これたぶんベリアルドだねぇ……〉

〈うむ……〉

〈監視員、どうだろう? 一応制限無しとしているけど、死人が出ると困るよ〉

『目測になりますがこの程度ならば急所の防護障壁の方が優っているようです』

〈そっかぁ。いま監視員から報告がありました〜。大丈夫みたい!〉


 学院戦参戦者はシェリエルが配布した防護障壁を身に着けている。頭、首、心臓など一発で死ぬような箇所を保護する護符のようなものだ。

 これは個人の魔力に関係なく一定の強度が保たれるようになっていて、魔術士団は事前に提出されたこの護符に何度も攻撃を繰り返し検証した結果、「一応死なない」と判断を下した。

 たぶん、ユリウスやシェリエルならば簡単に壊せるし、そういった魔導具も作れるだろうが、そこはもう信頼するしかない。

 彼らと言うより、彼らの周りへの信頼だ。さすがに止めるだろう、と。

 そして、翡翠は絶望的な告知を受けることになる。


「えぇ、こちら魔術士団監視員。攻撃を許可する」


 それからすぐに「パン!」と、もうひとり撃ち抜かれた。



「ワンダウン。どうぞ」

『あと何人いけそう?』

「部隊が後退をはじめました。目視可能距離まであと三」

『よし、一旦待機。深追いはしなくていい』

「了解」

『よくやった。いまのところ君がトップだよ』


 その瞬間、木の上で器用に身体を寝かせて息を潜めていた男の子は「ヨシッ」と小さく右の拳を強く握った。

 脇に抱えた長銃に安全装置をかけ、フッと息を吐く。

 彼はベリアルドの一年生。遊撃戦の狙撃班である。

 彼らは入学前からモーゼスと共に城に泊まり込んで魔力操作の訓練をしていて、魔力操作は中級生並みだった。

 そのうえ魔力の循環訓練により魔力量が増えていて、身体が成長しきっていない彼らは身軽。

 それで、開戦直後にワイバーンによって各地点に運ばれ、こうして獲物が来るのをジッと待ち構えていたのである。

 同時に移動したので魔術士団の監視も付いてなかった。彼らは監視員に見つかるとそこで作戦終了になる。全滅させた場合も同じ。

 姿を現し、加点して貰って次の行動に移ることになっている。


 運搬係のワイバーンたちはというと、狙撃班を下ろすとさっさと身を隠していた。彼らは明日以降も戦わなくてはいけないので、不死鳥の飛行部隊と交戦するわけにはいかないからだ。

 唯一残ったのはジュールのワイバーンだった。

 なるべく翌日以降の敵を削りたいので、魔法銃はシェリエルによりとんでもない威力になっている。

 そも、この国の銃が玩具程度の威力なのは、筐体と魔法陣の相性の悪さから来ていた。

 他国の火薬を使った銃を真似て魔法で使えるように改良したのだろうが、装填した鉛玉を風魔法で送り出すだけなので、当然火薬の爆発より威力は落ちる。

 魔導具はほとんどが魔法陣から魔法を発現させて終わりなので、銃のように内部で魔法を発現させてそれを動力に何かするのは向いてない。

 そこで、シェリエルはにわか知識ではあるが、まず弾丸を尖らさせた。

 前世の弾丸はみんなそうだったのでたぶん風の抵抗がどうとかで良い感じなんだろうなと思って。

 それからできるだけ簡略化した魔法陣を内部に刻み、プラスチック爆弾(想像)も封じられるような強固な保護をかける。

 それにより、どれだけ威力を高めても銃身がバラバラになったり魔法陣が傷付くことが無くなり、最後は金に物を言わせて小さくて純度の高い魔法石を埋め込んだ。

 魔力の補充は前日に済ませておいたので、しばらく彼らは自身の魔力を使わずに弾丸のある限り撃ち続けることができるだろう。

 これは他領には公開していないベリアルドの秘密兵器である。動作確認は射撃訓練も兼ねていた。



〈いや、これは騎士団にも欲しいな〉

〈え、魔術士団では?〉

〈君たちは後衛で補佐がほとんどだろう〉

〈あの子たちが見つけられない距離から撃ってたってことは後衛からでも届くでしょ。それに馬に乗って射撃できる?〉

〈それは訓練次第……〉


 二人の団長は解説も忘れてしばらくどうやって戦術に組み込もうか話し合っていた。

 ほとんどは個人的に使ってみたいという欲望の垂れ流しであるが。


 ゴルハルトはハンカチを振り回して姿の見えないベリアルドらしき狙撃手に歓声を送っていて、ディオールはギリギリのところで大負けを回避できた(全員外れた)ので「やはりうちの子たちは優秀だわ」と次は金獅子の小隊が全滅するに金貨を賭けた。





 呑気な貴族たちをよそに、学院で唯一神経を尖らせている場所がある。

 

「よーし、弾は貫通してるな。銃創の場合はまず弾丸の有無を確認する。残っている場合はそのまま抜き取るか、骨が砕けていたら一度開いて修復する」

「ほ、本当に開くのか」

「さっき説明しただろうが、聞いてねえのか覚えが悪いのかどっちだ。あぁ?」


 ヨハンはうめき声をあげる生徒に麻酔を嗅がせながら、上位の医者に最悪な口のきき方をしていた。

 隣りで別の生徒を見ている医者に「調子に乗るな小僧が」と頭を引っ叩かれ、チッと舌を鳴らす。

 だが、研修に来ている医者たちは最底辺の貴族であるヨハンの暴言にもすまなさそうな顔をするだけで怒ったりはしなかった。

 彼らは育ちと性格が良いのである。

 治癒の加護がなくとも知識で人を救おうと一生懸命勉強し、研究を重ね、薬の調合を幾千も試してきた人たちだ。

 ヨハンの疫病に関する研究やガーランドでの功績、それにいま目の前で外傷の手当てまでする彼を身分関係なく心の底から敬っていた。

 で、ヨハンはそんな扱いを受けたことがないので余計に不機嫌になっている。

 メアリは「照れちゃって。本当、意地っ張りなんだから」と呆れ気味に眺めていた。


「んじゃ、続けるぞ。この麻痺薬は薬が抜ければ元に戻る。麻酔だ、覚えろ。意識がないよりはあった方が良いから、騎士や兵士相手なら局部にこの針で注入する。それで、患部を魔法で生成した水で洗い流して、細杖を消毒。銃創の場合はそのまま突っ込むぞ」


 ヨハンは太ももの半分まで杖を突き刺して、じりじりと魔力を流し込んだ。


「本当に杖を入れるのか……」

「信じられない」

「覚えろ。それを想像しろ。元の血管がどうだったか、筋肉がどうなってたか、筋がどう走って、骨がどんな形か。それで、少しずつ治癒していく」

「杖が埋まってしまわないか」

「それはもう感覚だ。こういう傷は治癒しながら引き抜いていく。まあ、でかい血管さえ修復できればあとは自己治癒力でもなんとかなる。骨と筋だけ気をつけろ」

「開いた場合は? 刺し傷など裂傷はどうする?」

「傷をなぞるように治癒をかけながら繋ぎ合わせていく。まあ、この三日で慣れるだろうよ」

「……なるほど」

「よし、皮膚まで治癒した。痣になってるがこの程度の内出血はすぐに治る。次、裏側やるぞ」


 ヨハンは生徒をひっくり返して反対側も同じように治癒した。

 彼はきっと明日も戦場に出ることになるだろう。

 多少痛むだろうが歩けないことはないくらいに傷は治っている。

 シェリエルはせっせと敵の数を減らそうとしているが、自身が拾い援助した医者によってちょっとしたハンデくらいで戦場に戻されることになる。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 壊して治す。ベリアルドが産んだ無限地獄ですね。さすが災厄期だあ
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