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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第二章 洗礼
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13.魔術の授業


 セルジオの残した不穏な一言にモヤモヤと不安を抱えながら、わたしはノアを待っていた。

 初めての魔術の授業、先生は猫ちゃん、いや猫又だけれど、楽しみだった。セルジオの言葉や余命の話がなければきっと一人で鼻歌でも歌っていたことだろう。


 一瞬、空気の揺れを感じた気がして扉の方へ視線を向けると、すぐにコンコンと音が鳴る。メアリが開けた扉の向こうには人型のノアが立っていた。


「キャアアァァァ!」


 甲高い悲鳴を上げるメアリに驚いたのはわたしだけだったようで、ノアは軽く片眉を上げ「おや?」と呟きそのまま部屋の中まで歩いてくる。


「メアリ、どうしたの? 知らない人だからビックリしちゃった? これから魔術を教わるノア先生だよ」

「ヒッ…… し、失礼しま、した。その…… 本当に、申し訳ございません」


 メアリはなぜか身体を小刻みに震わせ、ギュッとエプロンを握りしめながら頭を下げている。


「この色だからね。普通はこういう反応をするんだよ」


 ノアは特に気にも留めない様子で、肩にかかる柔らかそうな漆黒の髪に目線を落とした。メアリは初めてわたしの白髪を見た時もそんな驚き方はしなかった気がするのだけど、わたしがまだ小さかったからだろうか。


「メアリ、存在しないと言われているのは私の白髪も同じでしょ? ノアは怖くないから安心して?」

「あの、本当に申し訳ございませんでした」


 メアリは何度も謝罪の言葉を口にし、お茶の準備をすると部屋の隅へと控えた。ノアはこうなる事が分かっていて今までこっそり遊びに来てくれていたのか。なんだか、二人に悪い事をした。あとでメアリとはゆっくり話そうと思う。


「申し訳ありません、ノア先生。今日はよろしくお願いします」

「ああ、授業と言っても知っている事を伝えるだけになるけれどね」

「ノア先生はどうやって魔術を習ったのですか?」

「独学だよ。書を読み、考察し、実際に試してまた考察する。それの繰り返しだ」


 ノアはやはりすごい猫だった。魔獣界隈で口伝のようなものがあるのかと思っていたけれど、まさか全て自分で学んだなんて。色々気になる事はあるけれど、まずは余命の話を聞いておきたい。

 そんなわたしの逸る気持ちを知ってか知らずか、ノアは静かに魔術の概念について語りはじめた。


「魔法とは自身の魔力を祝詞や陣を使って、現象に変換するものだ。その術を総称して魔術という。魔術を発動し、何もないところに火や水を出し、そこらにある風を操作する。生成する火や水、操作する風の規模は魔力量と比例する。高度な魔術にも大量の魔力が必要だ。そして、その魔力は自身の内側から湧き出し、加護のある属性は自分のもの以外、精霊界か神々か、どこからか補填される。ここまではいいかな?」

 

 簡潔な説明だけれど、ゆっくりとした落ち着いた声はすんなりとわたしの頭に入ってくる。少しだけ夢の認識も助けになっているかもしれない。

 要するに魔力が多ければたくさんの水や火を出せるし、少なければそよ風を起こすくらいしか操作出来ない、そういう事だろう。


「全属性だと全ての魔術で魔力が補填されるのですか?」

「多分、そうだと思う。検証が自分でしか出来ないから、魔力量によるものか加護によるものかハッキリしないんだ。魔術の得意な知り合いも居ないしね。だから君の成長を見ながら検証したいと思っている」


 なるほど、ノアがちょうど良いと言っていたのは、ノアもまだ確かめたい事があるからなのか。

 ノアは面倒くさがらず、わたしの疑問にも答えをくれる。

 加護のある属性は魔力量にもよるが大きな魔術を使え、属性がなくても生活魔法程度のことは出来るらしい。祝詞やスペル、魔法陣は神々から与えられた鍵のようなもので、その規模や種類によって鍵も変わるのだとか。


「では、全ての祝詞や呪文を覚えれば授業は終わりですか?」

「いや、操作するにはそれなりの訓練が必要だね。使用する魔力量の調整、生成した後の操作は自分でしなければならない」


 呪文一つで何でも出来る訳ではないのか。ノアは左手を挙げると手の先に水を纏わせ、手のひらを上に向けたかと思うと水を集めて水球を作り出した。それを今度はスライムのように動かし、ふるふると震える水の塊を眺めている。


「こうして水を生み出し、身体に纏わせ、そして消す」


 その瞬間、パッとノアの手から水が消え去った。蒸発するでも霧散するでも無く、ただその場から消滅したように見える。


「この一連の動きが洗浄の魔法として一つの呪文になっている。どこにどれくらいの量をと指定すれば、呪文を唱えるだけで完了する。訓練すれば一つ一つをこうして再現する事も可能だよ」


 何だかとても不思議な光景だった。洗礼の儀は明らかに魔法という感じがしたけれど、前世から見慣れている水が、前世ではあり得ない水だったのだ。なんて面白いんだろう。魔術という新しい技術に、わたしの胸はドクドクと高鳴っていた。


「先生は呪文がなくても魔法を使えるんですね。みんな何かしら唱えているのに」

「慣れれば君も出来ると思うよ。魔法を使っていると、魔力が湧き上がる感覚、扉を開く感覚が分かってくるんだ。本来外にあるその扉を自分の中にもう一つ作るというのかな? そうすると、思考だけで魔術が扱えるようになる」


 扉…… そういえば、洗礼の儀の時も扉と言っていた。わたしはあの時全く分からなかったけれど、ノアのいう扉が開いていたのだろうか。


「魔力が湧き上がる感覚というのは自分の内側を観察しながら実際に魔術を使ってみた方がいいだろう。少し外に出ようか」


 部屋から出ようとするわたしを捕まえ、ノアはまた外へと転移した。たしかにここから外へ行くには少し歩かなくてはいけないけれど、突然の転移はやめて欲しい。せめて一言…… あ、ノアの外に出るは窓か転移が普通なのか。


「君はもう魔力操作自体は出来るからね。体内の魔力を手に集めて、《ドロー》と唱えるんだ。その時、動く魔力の源を探してみるといい。どこから湧き、どこへ向かうか、意識しながら集めてごらん」


 一度成功した事のあるスペルだからきっと大丈夫。今度は言われた通り、微かに蠢く体内の魔力に意識を向けた。たしかに、ぐるぐると掻き回すほどではないけれど、血液が心臓から送られるように、鳩尾のあたりから何かが溢れてくる。その流れを右手へと向けるよう、指先まで神経を集中させると少し遅れてゾワゾワと何かが動いているのが分かった。

 手のひらにボヤっと圧を感じたところで、スペルを唱える。


「ドロー」

 

 突き出した手のひらの向こうが微かにジジッと揺れる。

 自分の集めた魔力がスッと消え去り、別の何かがやってくる感覚。置換、召喚、そんな言葉が頭に浮かんだ。扉、というのはまだ分からないけれど、魔法の原理のようなものは理解できた気がする。

 わたしの魔力はスペルの通り水に変換され、野球ボールほどの玉となり、空中に留まっていた。わ、すごい!そう思った瞬間、その水玉はバシャりと地面へと落ちて散った。


「うん、筋が良いね。生成できるだけでも上出来だ」

「さっきのノア先生のイメージが強かったんだと思います。気を抜いたら落ちてしまいました」

「魔力の湧く感覚は分かったかな」

「はい、なんとなく。ここらへんがゾワっとしました」


 鳩尾のあたりに手をあて、外から確認してみるも、特に熱を持ったり圧を感じたりなどという事はない。いつも通りの自分の身体だ。


「魔力はね、器官というより…… 裏側で生成され、湧き出してくるものなんだ。その根源の入り口は魔力や身体の成長と共に少しずつ広がってくる。けれど、君はあの儀式でその入り口を大きく広げ過ぎた。だから、身体が耐えきれない量の魔力が溜まり、いずれ溜まり過ぎた魔力によって石化する。昨日少し話したね?」


 石化? 突然余命の話に移り、少し面食らったものの理論的には理解出来そうだ。元々多かった魔力がドバドバと蛇口全開で溢れ出していれば、身体によく無さそうという事くらい分かる。


「毎日魔力を使っていれば、石化というのは防げないのですか?」

「その方法もある。だが、寝ている間や何かの拍子に魔力を使い切れなかった時、一気に石化するだろう」


 魔力なんて多ければ多いほど良さそうなのに、案外使い勝手が悪いらしい。


「じゃあ、どうすれば……」

「精霊と契約すれば石化は防げると思うよ。精霊と契約すると魔力を共有する事になる。魔術書は嘘ばかりだから本当かどうかは検証してみないと分からないが、実際に契約した人の記録を見ると理論的には納得できるからね」


 魔術書が嘘ばかり、というのはノアが実際に検証してきた結果なのだろう。魔術オタクの猫、などと考えている場合では無く、わたしの状況は雲行きが怪しくなってきた。頼みの綱であるノアが半信半疑だ。


「精霊がわたしの魔力を預かってくれるという事ですか?」

「私が調べた限り、契約とはそういう状態なんだと思っている。だからそのうち精霊を見つけて契約してみるといい」


 そんな、森に野鳥を探しに行くみたいなノリで言われても……

 精霊というのはホイホイ見つかるものなのだろうか。

 少々不安になって来たけれど、ディディエとの約束、先程のリヒトの事を思い出し、とにかくやってみるしか無いと気を取り直す。

 最悪、それでダメなら毎日大量の魔力を放出し続けよう。そうだ、大きな魔導具でも開発して、エネルギー担当として領地に置いてもらう手もあるかもしれない。マルセルのように身体を鍛え上げればどうにかならないか。魔力を使わず筋力だけで動けるように訓練すれば……

 あれ? わたしずっと魔力使ってたみたいな事言われた気がしたけど、それは大丈夫なの?


「ノア先生、わたしはこれまで無意識に魔力で身体を動かしていたみたいなんですが、それは大丈夫なのでしょうか」

「何かに使っている分には問題ない。身体強化ならば静止していてもそのなかで常に魔力が循環しているからね。使われない分の魔力が体内に残る事がいけないんだ。石化はあまり記録が残っていないが、人の身体が次第に固まり、魔力を内包した石になるそうだ。人型の魔石というわけだね」


 なるほど。水も動いていないと腐るというし、動かせない量の魔力を抱えてはいけない、という事か。何となく仕組みが分かり、解決した訳ではないが心が落ち着いて来た。

 精霊と契約出来るまで、これ以上魔力を増やさないように魔力調整の訓練をしながら、魔術を習得して行くことになった。手始めに先ほどの水球を作っては消し、作っては消しを繰り返す。

 昨日の朝やったような初級魔法で大量の水を召喚するのは絶対にやってはいけない事だったらしい。少し呆れられた。


「……でもおかしいな。本当は君の歳でその魔力量だと既に石化の症状が出ていてもおかしくないんだけど、何か気になる事はないかい? 手足が痺れるとか、急に転ぶとか」

「ないですね。わたしは至って健康です。強いて言うなら昔から良く寝る子でした。今もまだ睡眠時間が普通より長いらしく、少し心配されています」

「ふむ。だとしたら、余計に石化が進んでいそうなものなのに。面白いね、調べ甲斐があるよ」


 まったく、誰も彼も人を珍獣のように研究対象にして。ノアの研究がわたしの寿命を延ばすことになるので、存分に調べていただきたいという気持ちはあるのだけれど。


 何度も水球を作るうち、始めはまばらだった大きさも、だんだんと揃うようになって来た。コツを掴んで来たので、今度はノアの言う扉というものに意識を向ける。

 シュンッと魔力が消えるような感覚、きっとこの時扉が開いているのだろうとは思う。けれど、何かが開いたり閉じたりするというような気配は分からない。


「先生、やはり扉が分かりません…… 魔力が消える感覚はあるのですけど」

「おや、そこまで追えているのか」

 

 ノアは切れ長の目を少しだけ見開くと、その後、何かを考察するように黙り込んでしまった。顎に指を添え、自分の世界に入ってしまったような思案顔が、まるで本当の人間のようだ。

 


「ちょうど試してみたかった事があるのだけど、君、実験台になってくれないか?」


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