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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第二章 洗礼
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10.夜の密会


 灰桃髪の神官と話したりその後の処遇を話していれば、あっという間に夜になっていた。

 わたしは夕食を終えると早めに寝る支度をし、すぐに寝台に入り眠るフリをする。

 メアリに疲れていると言ったのは嘘ではない。この二日、色々な事があり過ぎて、本当に疲れているのだ。

 


「ナァーォ」


 眠るフリのつもりが、いつの間にかウトウトしていたようで、ノアの声に起こされる。


「こんばんは、猫ちゃん、じゃなくてノア」


 静かに窓を開け迎え入れると、今日はすぐに人型に変化(へんげ)した。

 窓から入る風に艶やかな黒髪が靡いて、今夜も神秘的な空気を纏っている。さすが猫又、人に化けるだけあって風格がある。


「こんばんは、お嬢さん」

「たくさん聞きたい事があるんだけど、今日はちゃんと教えてね?」

「教えられる事ならね」


 人の姿のノアと寝台でお喋りをするのは少し気恥ずかしく、テーブルに案内する。お茶も用意出来ないが、猫ちゃんだから大丈夫だろう。ノアは人用の椅子にも慣れた様子で座り、長い脚を優雅に組んでいた。


「君は、何が知りたいのかな?」

「わたしの属性、全だって言ってたでしょ? それはどういう意味?」

「ああ、言葉のままだよ。全という属性だ。全ての加護がある、けれど全ての神々の加護という意味ではない」


 謎かけみたいな話でよく分からない。わたしって思ったより頭悪かったのかな?


「それで普通の儀式だと失敗したの? どうして昨日の夜は成功したの?」

「成功したのは、君自身の魔力を大量に使ったからだね。朝の儀式では数滴血を流しただけだったんじゃないかな」


 たしかに、指先の血を少し魔法陣に落としただけだった。けれど魔術士団の副長であるマルセルも居たのだから、儀式の仕方が間違っていたとは思えない。全という属性は魔術士団でも知られていないようだ。


「でもみんなそうやって儀式をするんでしょ? 全の属性だとどうして血じゃダメなの?」

「そうだね。洗礼の儀で血を使うのは、まだ魔力を操作出来ないからだ。誰に祝福を与えて欲しいのか、血に混ざる魔力で印を付けるんだよ」


 静かに、諭すように話す言葉はすんなりと耳に馴染む。どこか落ち着くその声をずっと聞いていたいと思った。


「洗礼の儀の仕組みを知っているかい?」

「神々にお願いして、祝福を降ろして貰うのだと、習いました」


 思わず敬語になってしまった。猫だとは分かっていても、立ち振る舞いがとても大人で、ヘルメスを相手にしているようだ。

 そうだ、猫ちゃんだから70歳くらいなんだっけ? 人の姿を作るのに若作りし過ぎでは……


「洗礼の儀はね、お願いというより祝福を降ろす為の扉を、魔力で開く儀式なんだ。一定量以上の魔力、あとは祝福を得る子の属性が必要になる。もし火の子に祝福を降ろす時、火の術者に六人分の魔力があれば、術者一人でも可能という訳だよ」


 全ての属性が必要な訳ではないのか。魔法陣が各属性に依存しているから、人数を集めるには全属性必要ってだけのようだ。

 型の決まっている変数が組み込まれているなら、火属性三人なんて勝手に変えられないのも納得だ。


「魔法陣を書き換えられないの? そしたら神殿や魔術士団から派遣して貰わなくても、家族だけで出来たりするでしょ?」

「書き換える事は出来ない。神々が与えた鍵のようなものだからね。祝詞やスペルも勝手に変える事は出来ないんだ」


 ああ、神話経典で神々がもたらした〜とかいうのは比喩じゃなくて実話だったのか。と、ついつい話が逸れてしまった。


「じゃあ、わたしはあの魔法陣に無い属性だから、無理やり自分で魔力を流して、扉を開けたってこと?」

「そうなるね」


 何という力技…… というか、なんでわたしの属性入ってないの!仕様バグでは?


「ノアが魔力を足してくれたの? すごいお腹の中ぐるぐるしたんだけど」

「半分くらいね。君はかなり魔力が多いし、既に少しは操作出来ていたようだから」


「わたし魔力の操作なんて……」


 ふと、剣術の時の感覚に覚えがある気がした。生まれてすぐ、身動きが取れないのに苛立ち、なんとか動けないかと悪戦苦闘していた時だ。

 血行が良くなっていると思っていたけれど、もしかしたらあれも魔力で無理やり動かしてたのかも。


「覚えがあるようだね。他になにか?」


 聞きたい事はたくさんあった筈なのに、何から聞けばいいか分からない。明日みんなに説明する為にも……


「あの、これは人に言っていいの? ノアはあまり人が好きじゃないでしょ?」

「驚いたな、良く分かったね」

「メアリを避けるように遊びに来てたもんね」

「ん? ああ、私が人前に出れないのは確かだよ。連れて来いなどと言われなければ話しても構わないけど」

「無理だよね…… 不思議な猫ちゃんに助けて貰ったって言っちゃった。これだと完全に頭のおかしい子だよ」

「はは、君は話してみると随分面白い子だね。普段は猫を被っているのかな?」

「それはノアでしょ? わたしは、ちゃんとしてないとマルゴット先生に怒られるの。本当に怖いんだから。癖になるから普段もちゃんとしてるの」


 おかしそうに笑うノアは少し人間らしく見えた。

 

「魔術士団で副長をしてる、マルセル様って方が、教師をしてくれるって言ってるんだけど、大丈夫? この属性って人に知られたらダメ?」


 ノアは少し考えるように僅かに眉間に皺を寄せ、口元に指を添える。

 考える猫又、などと呑気にタイトルを付けたくなる程、様になる姿だった。


「それは少し不味いね。私が君に魔術を教えようか?」


 ノアが先生なら安心だ。組織の思惑なんかにも無縁だし、研究対象になる事もなく、しかもわたしの属性に詳しい。人ではないので、夢に出て来る先生のように傾倒する事もないだろう。


「いいの? でもみんなに何て言えば…… あまり嘘は吐きたくないの、というか、お爺様にはバレちゃう」


 と、言うのはフラグだったのだろうか。

 噂をすれば何とやら、自室の扉が音も無く開いた。


「なるほど、君が例の()かね」


 一瞬、身が潰れてしまいそうな程の重圧を感じ、息が止まる。


「おや、気付かれてしまったか。流石ベリアルドだ」

「シェリエル、こっちに来なさい」


 ヘルメスと、その後ろにはディオールとセルジオ、ディディエまで居た。なんて事だ、ノアは人前に出たくないと言っていたのに。


「お爺様! ノアは悪い子じゃありません! 魔法が得意な無害な猫ちゃんなのです! 悪い魔獣ではありませんから!」

「シェリエル?」

「……?」


 何故かノアまでキョトンとした顔でこちらを見ている。ああ、お爺様がわたしを可愛がってくれている事を知らないのか。でも夜のお喋りでお爺様の話は良くしていたのに。


「ノア、落ち着いてね? みんな悪い人じゃないから怖くないよ? 魔法とかで攻撃しちゃダメだよ?」

「ククッ…… ああ、わかった。君の言う通りにするよ」


 わたしは知っている。こういう時、警戒し過ぎて手を出したばっかりにお互いの誤解が膨れ上がり面倒な事になるのだ。


「ほら、お爺様、この子は良い子なんです。わたしのお友達なのです! 隠していてごめんなさい!」


 後ろで腹を抱えて笑うディディエとセルジオが気になったが、更に後ろではディオールが顔色を失くしていた。もしかしたら猫が苦手なのかもしれない。


「お、おう…… シェリエル、少し落ち着こうか。それで、そのお友達がシェリエルに洗礼の儀をしてくれたのか?」

「はい……」


 チラリとノアを見上げると、僅かに頷いてくれた。もう仕方ない、こういう時は出来るだけ事実を話し、全面的に謝罪するしかないのだから。


「昨日、わたしが落ち込んでしまって、それでノアが儀式を手伝ってくれたのです。ノアは人が苦手なのですぐに帰ってしまって。それで、今夜色々と教えて貰っていたのです。あ、ノアは魔法にとても詳しい猫ちゃんなのですよ!」


 必死にノアの無害アピールをしていると、奥からディオールの震える声が聞こえてきた。


「シェリエル、その、猫ちゃんと言うのはおやめなさい……」

「あ、お母様は猫が苦手ですか? ノア、お母様の前では猫にはならないでね?」

「ああ。でも少し違うと思うよ?」


 苦手というより、アレルギーの類だろうか。人の姿でもアレルギー反応なんて出るなら、ディオールには辛いだろう。


「あー、ええと。ノア様とお呼びしてよろしいか。孫に危害を加える気はないのですね?」

「好きに呼ぶと良い。その名もこの子が付けたのだからな。危害を加えるつもりはないよ、()()()だからね」


 どういう訳か、ヘルメスが畏まり、ノアもノアで横柄な態度だ。異種族間でも魔力で地位が決まるのだろうか。


「あ、もしかしてノアは精霊だったの?」

「違うけど」


 違うんかい!

 ディディエが過呼吸になるほど笑っているけれど、わたしが怒られているのがそんなに面白いってこと?

 たしかに、ヘルメスはいつも優しく褒めてくれるので、怒られたのは初めてだった。

 妹の失敗を笑う兄に、兄妹間の確執はこういうところから生まれるのだぞ、と心の中で毒づいた。


「少し想定外だったが、ちょうど良い。この子に魔術を教えようと思うが、構わないかな?」

「魔術を……」

「先に少し大人と話す必要がありそうだね。そうだ、君にも話しておかなくてはいけない事があるから、少し待っていてくれるかい?」


 ノアはそう言って堂々とベリアルド家の大人たちと出て行ってしまった。人が苦手なのに、わたしの為にがんばってくれているのだろう。少し眠いが頑張って待っていよう。それに、次はミルクを用意しておいてあげなくては。

 まだ笑いが止まらない様子のディディエだけがこの部屋に残った。


「ハァ……本当にシェリエルは最高の妹だね。どうしたらこんな事になるの? 意味が分からないんだけど」

「なんですか! もう、笑い過ぎです!」

「で、あれが猫なの?」

「今はあの姿ですけど、本当は真っ黒でかわいい猫ちゃんなんですよ。魔法が使えるのできっと魔獣かそれに近い何かだと思います。黒の動物は居ないと言われているので、ずっと隠れて会っていたのですけど」


 わたしが何か喋る度に、ディディエは涙を浮かべて笑っている。ディディエがこうなってしまってはもう仕方がない。ツボに入ると箸が転げても笑うタイプなのだ。

 そういえば、妖怪というのは魔獣に入るのだろうか。もしかしたら妖精に近いのかもしれない。そこらへんも今後勉強していく事になるだろう。

 

「まぁあいつが何者か知らないけど、しばらくは楽しめそうだ」

「なんです? ディディエお兄様はそろそろ学院に戻るのですよ?」

「あっ! そうだった…… やっぱ学院やめようかな」


 学院に戻りたくないというディディエを宥めながら、チクチクと黒猫密会事件を弄られる。

 大人になっても言われそうで、気が重い。大人になれたらの話だけれど。


「何を話しているんでしょうね」

「まあ、身元の確認とかじゃない? 訳有りのようだったしね。シェリエルは神官といい、黒猫といい、何でも拾って来るんだな」

「人を聞き分けのない子どもみたいに言わないでください」


 猫の身元など、どうやって確認するんだろう。どこかで飼われているのかと思っていたけれど、あれほど魔法に詳しいなら、悪魔の森に住んでいるのかもしれない。


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