命令
広場と内庭の境界——広い階段には騎士の他にも次々と人が並べられた。
ジルヴェスターとゲルルトの手足となった者たちだ。
騎士にメイドに文官に神官など。
工作に回っていた改革派は含まれていないが、直接何らかの罪を犯した者たちはほとんど階段に並べられていた。
罪人であり証人となった彼らの罪もハインリが一人ずつ細かに読み上げていく。
『アルフォンス殿下の専属メイド、エリナ・ザックマン。痺れ薬を葡萄に仕込み、その後ユリウス殿下の部屋で殺害する計画があった。認めるな』
「はい……」
エリナは憔悴し切って力なく答える。
その小さな呟きがバルコニーまで聞こえることはないが、騎士と近くの民衆、貴族が証人となり自白が認められる。
王族殺しは民を殺すも同義であり、どこから持ってきたのかというくらい石が投げつけられた。それを騎士たちが盾で防ぎ、どんどん治安が悪化していった。
それでもジルヴェスターとゲルルトはそんな暴徒と化す民衆の前に立たされた方がマシだと思っていた。
ユリウスとディディエに両側から覗き込まれ、正面ではシェリエルが凍りつくような軽蔑の眼差しでお茶を飲んでいる。
蛇に睨まれた蛙。
悪魔に覗き込まれる信徒。
さっきからギリギリ拷問にはならない範囲でジリジリと尋問されているのだ。
「彼女はジルヴェスターの仕込みかな? あ、お前もう爵位剥奪だから。ただのお爺さんってわけ。態度には気を付けなね?」
「あ…… いや、私は元老院の」
「おーい、戻ってこーい! 昼寝の時間じゃないんだよー」
「ヒィえ…… やめ、やめろ」
「メイドに指示したかって聞いてんの。ほらー答えろー」
「した、した! 指示した。私が指示した」
ジルヴェスターは早口で言った。ディディエが良く分からない小瓶を取り出して、ジルヴェスターのシワシワ瞼を無理やり広げ、眼球に小瓶の中身を垂らそうとしていたのだ。
「い、違法尋問だッ! こんなもの…… 」
するとディディエはその小瓶をグイッと飲み干して、ガシャンと床へ割り捨てる。ニコッと笑って「チャールズ卿、聞こえてましたー?」とジルヴェスターを見たまま声を張った。
「あ、ああ。あまり無茶はせんでくれよ」
「はーい」
その傍ら、同じ顔をした金髪のおかっぱ頭と金髪の長髪がいそいそとお茶を淹れたりディディエの割った小瓶を片付けていた。
「エリック様、兄が申し訳ありません」
「いえいえ、皆様はお寛ぎください。まだお仕事残っていますでしょう」
「ありがとうございます」
オウェンスの淹れてくれたお茶は特製の茶葉らしく、場違いに美味しくてシェリエルはほっこりする。
ここでの癒しはこの紅茶だけだ。
他は景気の悪いうめき声と不謹慎な笑い声しかない。
ハインリがひとつずつ証人や証拠を並べると同時に、この平和で不穏なサロンでは尋問が進む。
ジルヴェスターの罪は証人と証拠がすべて揃って、今度はゲルルトの罪が証明されようとしていた。
『祭司ゲルルトは神殿で神官を虐待、拷問し魔物を作っていた。神官が証人として——』
ハインリは「え、あんなに居るの?」と思いながら渡された資料を淡々と読み上げている。
やつれた九人の神官が列になって広場に入ってきて、内二人は片腕がない。
「九…… そんな、知らんぞ」
「これまで虐待してきた数に比べたら少ないのでは?」
「……」
神官の虐待についてはシェリエルの担当だった。
嫌悪を露骨にした軽蔑の目でシェリエルも尋問に参加する。
「そういえば…… 陛下の祓いをしていた神官、貴方が虐めていた神官に差し替えたのでしょう? 穢れを溜めた神官が外から穢れを貰えば、簡単に魔物になりますものね。その魔物を使ってこの最厄期の異常をユリウス様が悪魔である証にしようとしたのでは?」
アルフレッドが半分閉じた瞼の下で、瞳だけを室内に向ける。
国王を癒し祓っていた神官はシェリエルが祓った時ひどい衰弱はあったし穢れに侵されてはいたが、魂自体は魔物になるほど穢れていなかった。
だからシェリエルもディディエに任せられたし、癒しで魔物になったという話自体を不審に思った。
そして先日、ユリウスが彼のことを『魔物を作るのが趣味』みたいなことを言っていたので、気になって調べさせたのだ。
思った通り、リヒトのように虐待を受けていた神官がその時期に消えたそうだ。これらは証言が取れている。
「知らん。あれは、大祭司様がご決断された…… 陛下のための……」
「貴様…… よくも……」
国王の補佐官オズワルドはバルコニーから強烈な殺意を放っていた。
人が人のために贄となることはこの国では禁忌に近い。これは信仰というか道徳のようなもので、いくら国王のためでも神官が魔物になったというのは深い傷となっていた。
「わたし、本当に、魔物に堕とすのだけは許せないのですよね。死ぬより辛いなんて酷いと思いません? だからわたし、ちゃんと殺してちゃんと葬送するんです。でも人を殺すより酷いことをした人って、どう罪を償うんでしょう……」
「ちがう、ちがう、嫌だ、魔物は嫌だ、穢れだけは…… 魔物になるのは…… 心が、弱いからで! わしは悪くないッ!」
「アハ、じゃあこれ自白ってことで!」
「ゲルルト、もう少し根性を見せないか。今までの粘り強さはどうした。ここで死ぬのか? 君の野望はそんなものなのか? 恨みはどうした」
ゲルルトは口端から白い泡をブクブクさせながら歯を軋ませる。
シェリエルはズイとテーブル越しにゲルルトに近づくと、外には聞こえないよう小さく囁いた。
「禍玉、どうするつもりだったんです? あれもユリウス様を悪魔と証明する為に使うつもりだったんですか?」
「知らぬ、知らぬ…… 奴が悪魔であるということしか知らぬ……」
ゲルルトは最後まで禍玉のこともライアのことも黙秘で通した。
アルフォンスの暗殺を黙認した時点で裏切ったのかと思ったが、まだ切れてはいないのだろう。
それにこの段になれば救いの手はライアしかない。ゲルルトはまだ望みを捨てていないのだ。
そんなゲルルトの希望も虚しく、外では証人付きで罪が列挙された。
『このロドリゲス卿殺害について、思うところがある者も多いだろう。元老院としても厳罰を望む』
改革派の貴族たちは湯気が出そうなほど顔を真っ赤にし、血の涙でも流しそうなほどに目元に皺を寄せていた。
貴族と平民が怒りで心をひとつにしたとき、二人の最終尋問が始まる。
『ゲルルト、ジルヴェスター・ルウマン、二人をここへ』
騎士によって立たされた二人はズルズルとバルコニーへと引き摺り出された。
ユリウスも休憩は終わりと言うように冷めた紅茶を飲み干してアルフォンスの隣に並ぶ。
民衆、騎士、証人に罪人。
革命でも起きたのかというくらいの熱気である。
「これを兄上がすべて一人で?」
これまで真面目に証拠や証人を見聞きしていたアルフォンスは素直に兄を尊敬していた。
「いや、ディディエの力を借りたよ。ベリアルドとは仲良くしておくといい」
「……う、俺はディディエが苦手だ」
「シェリエルでも構わないが…… あの子は対価を要求してくるからね。支払える甲斐性が必要だよ」
「ディディエは?」
「面白そうなら何でもやる」
「なるほど……」
アルフォンスは「まだまだ学ぶことがたくさんある」とバカ正直に頷いた。
この間、元老院たちはユリウスが集めさせた物証を回し読みし、慎重に審議していた。民からは怒りの声が大波になってうねってる
殺せ、許すな、殺せ、罰を、と。
正義による怒りは穢れを溜めない。彼らは剥き出しの殺意をバルコニーに向けていた。
「アルフォンス、民が怖いか?」
アルフォンスはビクと身体を揺らし、引き攣った顔をユリウスに向ける。
「……こ、こわい」
「そうだね。それが分かっていればいい」
「俺は……」
「うん」
「兄上が、俺にさせたいことが…… 分かった気がする……」
ユリウスはこれに目を丸めて一瞬言葉を失った。あの愚かで察しが悪く、学習意欲のなかった弟が、自身の思惑を悟ったというのだ。
無意識にゆるっと目尻を下げていた。
「やってくれるかい?」
「……」
アルフォンスは答えない。けれど真っ直ぐに民衆を見つめた。
『ではまず祭司ゲルルト、何か申し開きはあるか』
『わ、わわ私は民のため! 正義のためにッ! この身を捧げたのだ! これは聖戦だ、悪魔を滅するための聖戦なのだッ!』
ゲルルトの訴えに耳を貸す者はいなかった。
「悪魔はお前だ!」
「そうだ、祭司の皮を被った悪魔め!」
「処刑だ、処刑しろ!」
ヒッ、とゲルルトは息を飲む。
悪魔を憎み、悪魔だからと憎んできた。
それなのに、自分がいま悪魔として処刑されようとしている。
どこにもライアの姿はなかった。
プツンと何かが切れた気がした。
その隣でジルヴェスターは死の淵で熱が籠るほど頭を働かせた。
極刑は確実。ここまで派手な断罪の舞台を用意したのも、判決の為というよりは処刑人の心を守る為だろう。
悪魔の証明をしようとして、逆に悪魔に仕立て上げられてしまった。
もうこれが最後の…… そう、どうせ死ぬならば…… 最後にやれるだけのことを……
『ジルヴェスター・ルウマン、申し開きはあるか』
ジルヴェスターは震える足を精一杯踏ん張り、スッと息を吸い込む。
『我らの正義を今ここで証明せよ!』
何か来る…… そう察知出来たのは上位貴族だけだった。
ドン、ドンッ! と立て続けに広場で爆煙が上がる。
白い蒸気に包まれて、群衆から悲鳴が共鳴するように拡がっていった。
パニックになった人々は広場から逃げようと押し合うが、元よりみっちり詰まった人間がそう簡単に動けるわけがない。しかも広場は騎士団に囲まれていて、子ども一人外へ出ることが出来なくなっていた。
一方内庭の貴族も大混乱だ。
「正義は我らに!」
「正義は我らに!」
整列が乱れて幾つかの塊ができる。
長杖を持った二人を数人の剣を持った男が囲み、それを一個として五つほどが無差別に攻撃をはじめた。教神派——ジルヴェスターの私兵だ。
「教神派だ! 婦人を避難させろ!」
「女性は建物へ!」
建物の入り口は人が集中してやはり混乱が起きていた。コの字になった内庭は広場を民衆が埋め尽くしているので逃げ場は建物しかない。
ツインズをはじめ、改革派の貴族たちはこれに怒りを燃やして応戦する。
騎士団は罪人の確保と民衆を抑えるので精一杯で、教神派にまで手が回らなかった。
「ワハハ、見たか! ワハハ、ハハハハハハッ!」
ジルヴェスターは狂ったように笑った。
もう自身の命などどうでも良かった。
ここで命を落としても、ユリウスが悪魔であることさえ証明できれば生き残った同志が必ず王家を滅ぼしてくれる。
いま剣を抜き杖を構えた者たちは、その礎となる覚悟を決めた者たち。きっと最後まで共に戦ってくれるだろう。
ユリウスは俯いて肩を震わせていた。
『王よ、民を思うならば今ここで本当の事を皆に告げるのだ! 穢らわしい王家の血の秘密を! この民の前で!』
モクモクと白い煙が上がり、その下では人が地獄の絶叫を響かせている。
ジルヴェスターは大衆を人質にして、国王にユリウスが悪魔であると宣言させる、もしくは大衆を見殺しにしたとして後世に王家を悪魔だと伝える、という策に出た。
「ユリウス、最後までやるのだろう?」
アルフレッドの静かな問いに対し、ユリウスはニィー、と心底嬉しそうな笑顔で顔を上げた。
「ええ、もちろん」
「は? お、お前たち…… やはり民のことなど……」
轟音のなか、ユリウスはサロンを振り返ってベリアルドの二人を呼ぶ。
二人はティーカップを持ったままニコニコと出てきた。
「シェリエル、これで良かったかな?」
「ありがとうございます、助かります」
ジルヴェスターとゲルルトは悪魔がこれを機に民衆を虐殺するのだと思って、口をパクパクさせながら怒りでどうにかなりそうだった。
しかし、三人が見つめる先、広場の煙が晴れると……
そこに血も、潰れた肉片もひとつも無かった。
ギャーッと叫んだ口のまま空を見上げて固まっている者、蹲って頭を必死で守っている者、広場から逃げようとギュウギュウに詰まった人々は騎士が阻む盾の前で「殺す気か!」「そこをどけ!」と叫んでいるだけ。
それも結構な混乱だが、上級魔法の痕はただの煙だけだった。
『シェリちゃーん! こっちは大丈夫ー!』
『ダリア様ー! ありがとうございますー!』
突然広場に女の呑気な声が聞こえて皆が空を見上げた。
「魔術士団だ! ダリア様が来てくださった!」
「わ、本当だ! 何ともない!」
「わー! ダリア様!」
広場には対物理、対魔法の広域二重結界が張られていた。
グリフォンに乗ったダリアが広場を旋回し、民に手を振っている。
この広域結界は魔術士団の精鋭が式典が始まってからずっと張っていたもので、そろそろ交代したいなと思っていたところだったのでダリアの部下はヒィヒィ言いながら魔力を込めていた。
騎士団が必死に民を押し込めているのも、結界から出れば守りきれないからだ。
それまで民の不審を買ってしまったのでボカスカ殴られたり押されたりしているが、騎士たちは「押さないで!」「困ります! あー!困りますー!」と必死に盾を構えている。
「アハハ、騎士団長までいるんだけど。見て、あそこ」
「わ、本当ですね。騎士団長にはもっとちゃんとしたお仕事を頼めば良かったです」
「こっちに回しても良かったね」
「思ったより応戦する人が多いですね」
「あーあー、バカだな、改革派が張り切っちゃって」
内庭では教神派と改革派の戦いが繰り広げられていた。
改革派は自分たちの長を殺され、さらに利用されていたとなればその怒りは相当なものだ。腕に覚えのある者が教神派に真っ向から挑んでいた。
準備のあった教神派は魔道具も駆使して統制の取れた動きで四方八方に魔法を撃ち続けている。
言わばテロ行為であり、備えのある教神派が優位かと思われた。
しかし……
「ど、どうなっている…… 何が……」
双方に倒れた者はいなかった。
学院生の模擬戦かと思うような撃ち合いになっている。
困惑するジルヴェスターにユリウスが「ほら、アレだよ」と視線で右手のバルコニーを指す。
そこではジェフリーが長杖をバルコニーから突き出してバシバシと正確に魔法を撃ち落としていた。
ジェフリーはその繊細なコントロール力と上位の魔力量、そして内在世界の確立と陣の保存によって、致命傷になり得る魔法攻撃を見極め落とすことができた。
これは魔術士団員でも師団長クラスの技術である。
「ヒィぃぃ、まだ⁉︎ まだなの⁉︎ ねぇ、いつまでやるの! ユリウス氏ー! ディディエくーん!」
拡声も使ってない彼の叫びは庭の轟音にかき消され本人たちに届く事はなかったが、隣で「がんばって! 素敵! かっこいいわ、ジェフリー!」と応援するベルティーユがいるのでまだ暫くは大丈夫だろう。
「そろそろ良い頃合いでしょうか」
「そうだね。終わりにしよう」
シェリエルとユリウスはアルフレッドのところまで並んで歩き、スッと二人で片膝を突いた。
「陛下、どうか御命令を」
「……其方は出来た娘だな」
「ええ、良く言われます」
「そんなこと誰に言われた? 私は聞いたこと無いけど」
「ッシ! ……陛下」
アルフレッドはコクと頷き立ち上がると、低く穏やかな声で言った。
『この反乱に与した者を反逆罪に処す』
それは王の言葉だった。
王の処刑命令。裁判も何も無しに下される死の宣告。
ジルヴェスターが最初に宣言した通り、これは王への反逆である。
そして執行人は——
「ッ……」
内庭では静かに、パタリ、ドサリ、と一人ずつ倒れて行った。
「ベリアルドだ…… 全員固まれ! 結界を!」
またトサ、ドサ、と五つの塊からランダムに人が崩れ落ちる。
セルジオはこの式典中、いや、それよりもっと前、ディディエが捕まったと聞いたときから我慢して我慢して期待して我慢して、ワクワクとこの時を楽しみに待っていた。
だから大切に、一人ずつ丁寧に、彼らが死を実感する間が無いよう慈悲を持って、素早く命を断ち切って行く。
セルジオの姿を追える者はほとんど居なかった。
元から彼の速度は常人のそれでは無かったが、制限無く転移が使える今となってはたまに自分でもどこに居るのか分からなくなるほどだった。
それでも問題はない。
セルジオは戦闘中も難しいことは考えないし、どう動けば良いかは本能が教えてくれるので。
「わぁ…… お父様すごいですね。初めて見ました」
「あ、そうか。シェリエルは魔物の討伐しかしたことないもんね」
「はい。これで満足してくれるでしょうか」
「うーん、どうだろ? 陛下、どこか潰して良い領地とかありますか?」
「無い」
「はい」
ディディエは大人しく引き下がって父の勇姿を見守った。
建物から撃ち込まれる魔法はジェフリーが落とし、その狙撃手をダリアが見つけて内庭に落とす。狙撃手だけあって盾や強化に優れているので落ちても死なないが、身を起こす前にいつの間にか死んでいた。
中庭ではたまに「アハハハハ」「ウフフフフ」と笑い声が聞こえて来て、あとは悲鳴とくぐもった水っぽいうめき声だけだった。
「ま、まさか…… 貴様ら…… はじめから」
ジルヴェスターは放心するゲルルトの横に並ぶように、ガクッと崩れ落ちた。
「あー、いや、その…… ごめんね? でもさぁ、僕を投獄したら父が狂うの分かってたでしょ? ルウマン領を潰すか教神派を一掃するか迷ったんだけど…… 狂って領を襲撃するのもお前たちの狙いだろうし、それに乗るわけにはいかないじゃない?」
「狂気を鎮めるため…… そのために、ここまでしたのか」
「うん」
「領地相手だと不要な血が流れますしね。これはこれで大義名分をいただくのに苦労しましたが」
シェリエルはフゥと安堵の息を吐いてにっこり笑った。
好き勝手生きているベリアルドのなかでも、セルジオの執着だけは常に不自由だった。
騎士団にいた頃にはまだ発散の機会は多かったが、領主となってからはたまに魔物と戦えれば良い方というくらい。
しかも最厄期だというのに魔物は期待したほど多くはなく、そこに息子が捕まっただとか始まればセルジオが正気を保っていられるはずがない。
公開裁判によりディディエの無罪を証明するだけでは不十分。どうしても贄が必要になってしまったのだ。
「ま、考えたのはユリウス様ですけど」
「私も反乱分子は片付けて置きたかったからね。ちょうど良かったよ」
ひと仕事終えたとホッとしはじめる悪魔たちに、ジルヴェスターは言葉を失い項垂れた。
ここで差し違えてでも悪魔を殺すか……
だが、この老体ではそれも叶わないだろう。
ジルヴェスターは静かに諦めた。
ここを人生の終焉としたのだ。
ユリウスはそれを「おや」と見下ろして小さな想定外に目を丸めた。
とことん煽ったので最後は捨て身で向かって来ると思っていたのだ。それをセルジオに斬らせ、幕引きとするつもりだったが何とも締まらない結果になってしまった。
セルジオはすでに数十人の教神派全員の刑を執行し、「もう終わりですか?」という物足りなさそうな顔でこちらを見上げている。
「しまった…… まだ足りないようだ……」
「え、これ以上はいけませんよ。お兄様、どうします!」
「もうアレじゃない? 騎士団の訓練に放り込めば?」
「死人が出たらどうするんです!」
「じゃあシェリエルが相手してあげなよ。動けなくなるまで相手すれば気も済むでしょ」
「わたしじゃ無理です! 先生、一緒に戦ってください!」
「あー、んー…… 私、一応王族だし。危険なことはちょっと……」
その間にもセルジオがゆらゆらウロウロし始めてシェリエルはこの日一番震え上がった。せっかく場を整えて正義として剣を振るえるようお膳立てしたのに、ここでセルジオが暴れはじめたらすべてが台無しになる。
シェリエルは涙目であたりを見回す。ジェフリーはサッと目を逸らし、ダリアはさっさと建物の影に隠れた。
こうなったら……
「おかぁーさまぁー!」
迷子の子が母を求めるように叫んだ。
拡声を使ってなくても子の声はきちんと母には届く。
ディオールがバルコニーの柵に腕を寝かせ、頬を添えるように艶っぽい笑みを庭に降ろした。
「あなた、帰りましょ」
「……? ッはい!」
セルジオはシュンと血濡れのままバルコニーに戻ると、一言「汚いわ」と言われて即座に全身を洗浄していた。
それからディオールを抱き締め、熱っぽい視線で見つめ合ってピッタリくっ付いて室内に戻って行く。
「お、お母様すごい……」
「あー、アレは……」
「なんです?」
「大人の時間だ。まあそういうことだよ」
「……?」
奇妙な静けさに包まれた内庭。広場の民衆からは内庭の惨劇は見えて居ない。
階段には盾を持つ騎士たちが壁として視界を遮っているからだ。
けれど、なんとなく何が起こったのかは理解していた。反乱が起こり、それが粛清されたのだと。
騎士たちは素早く遺体を収容する。上空からダリアがバシャっと洗浄すれば、徐々に貴族たちが戻り始めた。
ジルヴェスターにとってはこれが一番ショックだった。
これまでやってきたこと、幾つも命を賭してやったことがすべて無かったことにされたようで、虚しさが胸を突いて来る。
「何も…… 成せなかった……」
ジルヴェスターの呟きはポツリと広場に落ちて消えた。
『安全が確保出来るまでその場を動かぬように。怪我人は近くの騎士に申し出よ』
ハインリは落ち着いた声で民の混乱を鎮め、罪状に反乱と民の虐殺未遂を付け加えた。
それを受けて、チャールズが判決を下す。
『ジルヴェスター・ルウマン、祭司ゲルルトの両名は称号剥奪の後、極刑に処す——』
「意外と一族全員処刑みたいなことにはならないのですね」
「そういった刑は抑止力としての意味が大きい。あとは新たな反乱の芽を潰すためだから、王の器が問われるんだよ」
二人は満場一致で死刑となったが、家門の処遇は慎重に話し合われた。
その結果、直接関与のあった者が死刑もしくは無期限の投獄。他の親族たちは家門の取り潰しもなく、爵位の剥奪と私財の一部没収だけだった。
シェリエルはそれを不服に思ったわけではないが、歴史上では家門が丸っと消されたという話もあったので意外に思ったのだ。
「先生は教神派を残したかったのですか?」
「ん?」
「陛下のご意向ではなく、先生がそうするよう手を回したのでは?」
「少し助言したくらいだよ」
ユリウスは曖昧に肯定して、連行される二人を見送った。
彼らの処刑日は決まっていない。
その判決が下っても、民の心が晴れるわけではなかった。
最厄期には人も政治も乱れるというが、こんなことがこれからいくつも起こるのだろうかと不安げな声が騒めきとなっていた。
『静粛に。不安に思うのも無理はない。少し今後の予測を話しておこう』
声の主はチャールズだった。
彼は近いうちに疫病が流行りはじめると言った。
国庫や各領地の蓄えだけで一年は持つが、それ以降の備えもある。必ず終わる厄災なので共に乗り切ろう。そう語りかけた。
『——そして、これより疫病に備えて壱式大祓いの儀を執り行う』
チャールズは「やるの……か?」と自分の言葉に疑問を持った。
ゲルルトはもう儀式をするどころではないし、民衆もそれを受け入れられない。
『えー、祭司ゲルルトの代わりに、新しく祭司を引き継いだ祭司マティアが儀式を行う』
彼、まだ引き継ぎ終わってなかったのに。と思いながらもやると言われたのでやると言った。
そこにユリウス、そしてベリアルドの姿はない。
区切りが悪かったので2話分詰め込みました。
昨日、『ジャンヌの婚活戦記』という軽いラブコメ短編を投稿しました。
良かったら箸休めにでも……





