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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第八章 学院二年生
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宣伝と指揮


 シェリエルは「あぁー……」と思ってさりげなく会場の気配を探る。

 ほとんどはこの会話に気づいていないが、イザベラの発言に耳をそばだてる者は一定数いた。

 マデリンも「ンンッ……」とスイートポテトを喉に詰まらせトントン胸を叩いている。

 イザベラはべつに大したことでは無いというように眉からうんと睫毛を遠ざけ、じっとりした瞳を横に流した。


「従順で居られない子は害になるもの。賢い子だと思ってたのに身の程を弁えないから遠ざけたわ」

「良くお気付きに……」


 彼女はスッと声を落として小さく話す。

 近ごろやけにスザンナの頭が鈍かったと。自分もいろいろあって思考が鈍っていたのであまり気にしていなかったが、こうして三人で話すようになってピンと来たのだそうだ。

 多くはぼかして語ったが、アリシアとシェリエルには何のことだかすぐに分かった。

 スザンナはマデリンに情報を流しでもしていたのだろう。イザベラの対処が遅れていればこの姉妹のこともマデリンに漏れていたかもしれない。


「ま、そういうことよ。良くある話だから気にしてないわ」


 イザベラは少しも怒りや悲しみを見せず、挑発するようにマデリンをツイと見ていた。

 本心は分からない。傷付いているかもしれないし、怒っているかもしれない。

 そこを推しはかれるほどイザベラのことをよく知らないシェリエルは、「そういうこともありますよね」とうんうん頷いた。

 話を聞いていた者たちは「イザベラの気まぐれや癇癪で専属クビにした」と受け取っていたり、「あの噂は誰かが意図的に流していて、裏切った専属がクビになった」と察したりとそれぞれだった。

 イザベラはどちらに取られても良いらしい。


 少し空気がヒリついたところで次のワゴンがやってきた。小さく切り分けたひと口サイズのハムサンドにタマゴサンド、オムレツや塩気のあるものだ。

 イザベラはチラとワゴンを見て、それからスザンナの話はしなかった。


 予想通り、前回お茶会に招いた中位の御令嬢が手本となって大きな混乱もなく菓子や軽食は受け入れられた。

 はじめ顔色の悪かった新入生たちもしっかり食は進んでいるようだ。

 この日は野菜は入れず、焼き菓子も砂糖で装飾したクッキーだけにしたので大きなクレームはないだろう。

 各テーブル、ほどよく緊張が解け会話も弾んできたところでアリシアが控えていたマチルダに視線で合図する。

 ジゼル、シャマル、エミリアやハンナが木箱の乗ったワゴンを押して入ってきた。

 上級生や上位の集まるテーブル近くで足を止めると、皆が自然とワゴンを目で追い、アリシアの説明を待つ。


「もうご存知の方もいらっしゃいますが、今日はシェリエルが手がけている美容事業の紹介をさせていただきたく存じます」


 こういった説明はアリシアに全部お任せした。

 アリシアはするりと耳に心地よい通る声で、入浴の仕組みやどんな商品があるか、これから王国内に流通される予定などを語る。

 シェリエルは大勢に向かって話すとき、少し威圧的な声と喋り方になってしまうので、「アリシアは場慣れしているし声がキレイだなぁ」と思いながらうっとり聞いていた。


「……白粉やパックなどは皆様にはまだ必要のないものだと思いますので、本日は香り物を用意致しました」


 アリシアが一度言葉を切ると、待機していたシャマルたちが木箱を開ける。ワゴン近くの御令嬢は、ずらりと並んだ試験管のようなガラス容器を見て「なにかしら?」と囁き合っていた。

 コルク栓に細いリボンの付いたそれが全員に配られて行く。


「こちらは中の紙を文箱や衣装箱に入れておくと、自然と香りが移るという商品です。枕元に置いたり、ハンカチに香りを付けるのも良いかと」


 前に教室で話した一年生が慎重に栓を開け、スンスンと香りを嗅いで顔を真っ赤にしていた。


「……これ、この香り!」

「まぁ、本当に優しい香りね……」

「わあ、こちらまで香ってきます!」


「たとえば、衣装箱に入れておくとどうなるか…… ということで、給仕係の衣装はすべてこの紙香で香りを付けています。参考になったでしょうか」


 皆が口々に何に使うだとか、いつ使うだとか盛り上がっていた。

 化粧品とはちょっと違うけれど、基本的にベリアルドの商品はスキンケアとか肌質の改善をメインにしているので、フェイスパウダーなどは成人向けになる。

 アリシアは奥の鉢植え群の向こうを指して続ける。


「本日はあちらにフェイスパウダーというベリアルドの白粉を体験出来る場を設けましたので、成人済みのお姉様方はぜひお試しくださいませ。未成年のお嬢様方はもう少しお待ちくださいね。では引き続きお楽しみを」

「ふふふ、ではわたくしが」


 さすがメヒティルさん早かった。


「メヒティル様、まだ時間はありますからごゆっくり」

「ええ、美しくなって来ますわ。イザベラ様は…… 必要無さそうですわね」

「わたくしは今朝試させて貰ったのです、お気遣いなく」

「まぁ! 白粉を塗ってその肌艶ですか! これは期待出来ますね!」


 メヒティルは花を飛ばしながら給仕係の後をついて奥へと消えていった。

 他にもポツポツ涼しい顔で給仕係に軽く手をあげ、スススと静かに移動していく。

 席についたアリシアは「ふぅ……」と息を吐いて、アイスティーを口に運んだ。

 イザベラが指先で試験管を揺らしながらそのアリシアにチラと視線を向ける。


「アリシア、こちらのお化粧品、ロランスが窓口になるのよね?」

「はい、ですが流通には明るくないのできっとロランスと中央から徐々にということになるかと」

「そう……」

「お姉様、もしお気に召したのでしたらわたくしに言っていただければご用意致しますよ?」


 するとイザベラはギン、と目を見開いてちょっとだけ魔力を揺らした。


「シェリエル、貴女本当に良く出来た子ね。代金は言い値で払うわ」

「いえ、お代は結構です、宣伝にもなりますから」

「あら、ダメよ。こういうところにどれだけお金をかけられるかが大事なんだから。下げ渡されたなんて思われたら恥だわ」

「そういうものですか」

「そういうものよ。ロランスもアレの対価は払っているんでしょう?」


 チラと各テーブルを瞳で指す。

 あちらこちらで席を立って香りを確かめたり、その流れでおしゃべりしたりと頬を真っ赤にして学年派閥階位関係なく盛り上がっていた。


「はい…… こちらも宣伝になるのでわたくしが用意すると言ったのですけど」


 アリシアは少し怒った顔で「それでも半額しか受け取ってくれなかったのです」と言って、すでに領としての取引だとか、友人間でも勘定はしっかりしなくてはとお小言が続いた。


「と言っても、予算の調整や契約などはすべて兄任せですけれど」

「あら、ルイス様もお茶会に関わっていたのね」

「はい、兄はいま給仕係の指揮をとっています」

「……? なんて?」

「ふふ、兄は今日、給仕長代理をしています」

「は?」



 ルイスは隣室でアロンと椅子を並べてアイスティーをコクコク飲みながら大はしゃぎしていた。


「ップハ! うむうむ、やはりこの魔導具は素晴らしいな! これに望鏡の魔導具があれば全体の動きが手にとるように分かるだろう。ほとんど魔力も使わないがこれはどれくらい持つ?」

「人数にもよりますが、だいたい丸一日ほどでしょうか。ルイス様であれば三日は持つかと」

「ほう! しかしこれは相当な集中力がいるな。一人であの学院戦を指揮したとは大したものだ」

「ベリアルドは人数が少なかったので出来たのです。軍の指揮となれば小隊ごとに情報をまとめ、それをさらに上げさせなければ把握し切れないでしょう」

「ふむ、たしかに。混み合って発言出来ないこともあり得るだろう、そうなると」


「(こちらジゼル、キースリングのメヒティル様のご案内終了。以上)」


 アロンは簡単な見取り図に置かれた駒を動かし、ルイスが「こちらルイス、ジゼル了解、マチルダ三番にご案内しろ。以上」と魔導具に向かって言った。


「給仕となるとまた勝手が違いますが基本的に魔導具の使い方はこういった感じになります」

「ベリアルドは普段から給仕にも魔導具を?」

「夜会の時などは使っていると聞きました。あとはシェリエル様の白薔薇の館でしょうか」

「ああ例の…… 母もたまに難しい顔で考え込んでいて、何かと思えばヨーガの間を作ろうかだとか、次のベリアルド訪問はいつにしようだとか、すっかり毒されてしまった」

「はは…… ベリアルドでも貴婦人方には大変な人気ですからね」


 この控え室には茶葉やワゴンが置かれ、使用人志望の者たちが賑やかに出入りしているが、もう二人に遠慮することもない。それどころではないので。


 二人はもう給仕の指揮にも慣れダラダラと雑談しながらチョコレートや軽食を摘んでいる。

 冷たい紅茶は興奮して汗ばんだ身体をスッと冷やして喉もすぐに潤った。

 賑やかな控え室で、ルイスはふぅと息を吐く。

 授業とは違う実践的な指揮や、新しい魔導具。

 アロンとは話も合いさまざまな学びがある。

 あのベリアルド訪問でアロンが唯一安心できる人間だったこともあり、領地の違いや身分の上下はあれど彼を友人のように思っていた。

 が、保守派の理念はその曖昧さを許さない。


「アロン、君は身分制度についてどう思う? ベリアルドは無派閥だが、個人としての意見を聞きたい」

「制度としては必要かと」

「……ふむ。今の主人や領主に満足しているのだな」


 喜ばしい答えであるが、少し寂しくも思った。

 彼がいまここで自分と話しているのも友好領として魔導具の使い方を教えるために過ぎない。

 ルイスは人望が厚く多くに慕われるので上位には友人も多いが、だからこそ他領の中位であるアロンを“目下の者”と扱うのに違和感を覚えはじめたのだ。

 情に厚く、規律に厳しいルイスだからこそである。

 アロンは黙り込んだルイスを見て、フ、と口元を緩めると「ですが義務だけで誰かに従うことはできません。私個人として心からシェリエル様を尊敬していますし、ルイス様とこうしてお話し出来ることを嬉しく思っています」と言った。


「クク、そうか。光栄だな、ククク」


 見透かされた事を恥ずかしく思いながらも不思議と嫌な気はせず、むしろ気持ちは軽くなった。

 すると。


「僕の名前が聞こえなかったなー、アローン、お前の主人は誰だったかなぁ?」

「……ディディエ様、いつのまに」


 そこにはディディエとユリウス、あといつも通り不機嫌そうなジェフリーと、なぜかロミルダまでいた。

 ディディエは彼らを案内するでもなく、アロンをネチネチと虐めている。


「ほら、言ってみな? お前の主人は?」

「……セルジオ様ですが」

「いや、そう。たしかにそうだけど!」

「はい」

「ハハハ、アロンの言う通りじゃないか。それでアロンはシェリエル以外に誰を尊敬しているのかな?」とユリウスが圧のある微笑みを浮かべ。

「せ、セルジオ様です……」とアロンが声を絞り出し。

「正気かい?」とユリウスが目を丸める。

「だからさぁ、そういうのが聞きたいんじゃないだよ。もし自由に主人を選べるなら誰にする? シェリエル以外でさ」

「……そ、それは」

「ディディエ、アロンにも立場がある。モーゼスを呼ぼう」

「それは狡いでしょ」

「あのさ、君たち何してるの? 結界見せてくれるんじゃないの? 帰っていい?」


 ジェフリーは嫌々という顔を隠しもせずに大きな息を吐いた。

 ロミルダは難しい顔で給仕係に椅子を用意させている。


「あの、一体なにが……」

「あー、なんか外の雨避けでなぜか僕が怒られたから説明も兼ねて連れて来た」

「そ、そうですか」

「おおおお⁉︎ これが噂の⁉︎ ちょっと見せてもらっても? え、どうなってるの? ユリウス大先生ボクにも使い方教えてくださいお願いしますなんでもしますから、いやなんでもは嘘です」

「アロン説明してあげなさい。私はあちらの貴婦人に叱られなければいけないから」

「あ、はい……」


 ルイスはこういうとき、出来るだけ気配を消すようにしていた。

 ロランス次期当主としては場を仕切る必要があるが、ディディエとユリウスがいるときには関わらないのが一番だからだ。

 父にもそう教わった。とにかく気配を消して状況を読み、いつでも対応出来るようにしておけ、と。


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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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― 新着の感想 ―
[良い点] ルイス様が結構楽しそうに給仕の指揮を取っておられたのでほっとしました。 遠い目をして何故こんなことに…とか思ってないかとちょっと心配していたのでした。 結局大人げない人たちが乱入してきてし…
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