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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第二章 洗礼
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5.秘密の儀式


——猫ちゃん、魔獣だったの?


 少しして光の粒は跡形もなく消え去っていた。

 夢。じゃない、よね? 

 ええと、魔法が使えるってことは魔力があって、魔力があるってことは魔獣で? でも黒ってどの神様の加護なの?

 それとも加護がなくても魔法が使えるってこと?

 魔力を持つ者は生まれるときに神に加護を与えられ、その神の属性が髪色に表れる。

 謂わば神色。神が与え給うた絶対的なレッテルである。


 存在しない色をしたシェリエルと黒猫は、加護が無いので魔法を使えないはずなのだが。

 ……いや、その考えが間違っているのかもしれない。単純に考えれば、猫ちゃんは魔力を持った猫だ。

 彼女は前世でそれに近い話を知っていた。


「もしかして、猫又?」

「ンぁ?」


 猫又という言葉に馴染みが無かったのだろうか。

 尻尾は分かれてないけれど、グリフォンがいる世界なのだから、カッパもドラゴンも、猫又だっているだろう。

 属性不明の猫にも魔法が使えるというのは、希望であり、絶望でもあった。


「すごいね、猫ちゃん。わたしは今日魔法も試したけどダメだったの。洗礼の儀もね、ちょっとは期待してたんだけど。儀式で、パァーってわたしの髪が青とか赤とか藤色になるの。お兄様とお揃いも素敵でしょ? それで…… みんなに、よかったねって言ってもらって…… ふ、つうに」


 喉の奥がキュッと閉まり、目頭に熱が集まってくる。

 そうだ、わたしは期待してたんだ。

 今日なにか変わるんじゃないかって。

 あの不吉な夢とはちがう、しあわせな未来があるんじゃないかって。

 家族が取り払ってくれた陰鬱な感情が、今になって戻ってくる。


「なッ…… なんで、わたし…… でもね、髪はね、気に入ってるんだよ? みんなが、気をつかうから、言えない…… けど」


 話しているうち、一条の暖かい雫が頬を伝った。

 一度流れてしまえばもう止まらない。

 ボロボロと大粒の涙が溢れ、誰にも聞かれたくない心の弱さが漏れ出てしまう。


「きれいな、色、でしょ? でも、ダメなんだって…… ひっく…… 神様に、愛されてないって、ひどいよね、ッ……そんな、言い方しなくてもさ……」


 黒猫は寝台から降りてちょこんと座り直す。聞いているのかいないのか、ジッとこちらを見つめている。


「知らんわッ、て言いたいよ、なにが神だ…… ヒグッ……」


 石でも詰まっているのかと思うほど喉が締め付けられて。酷く呼吸が乱れて。どうにか整えようと深く息を吐いた。


「はぁーー、……みんな優しくしてくれるのに、これからみんなのお荷物になるのが…… つらくて、苦しい」


 言葉にするとダメだった。

 整えたはずの呼吸が一気に乱れる。声を殺して唇を噛み締めても、涙だけは止まらない。

 ——わたしは、みんなの役に立てない。

 縋るように黒猫に手を伸ばし、抱きしめようとしたその時。

 黒猫が、淡く光りだした。

 一瞬、ジジッ、とノイズが入ったみたいにブレた気がした。

 シェリエルはパチパチと目を瞬いた。


「はぁ、仕方ないな……」

「え?」


 黒猫は消え。常闇のようなしっとりした少年が立っていた。

 年齢、性別、種族、その他あらゆる区別を付けようがない。

 アイスブルーの瞳に、涼やかな目元。

 スッと伸びた鼻筋に、透き通るような白い肌。

 困ったように眉を寄せても、その神聖さは損なわれない。

 つまり、息を呑むほど美麗なヒトガタだったのである。

 これが人ならざらる者の美しさ……

 グリーンのオーロラをかけたような深い黒髪が、ゆるく肩にかかっていた。

 

「綺麗な髪……」

「そう? 初めて言われたよ」

「早く教えてくれたら良かったのに。恥ずかしいところ見られちゃった……」


 シェリエルは思考を放棄した。猫又の人化に立ち会ってあれこれ考える方が野暮だから。

 けれど少しだけ。あの猫ちゃんがこんな美形になったのだと思えば、さっきまでの醜態を思い出して恥というものを知ってしまう。

 猫又は人に化けるって知ってたのに、油断してたわたしが悪いんだけど……


「猫ちゃん、いくつ?」

「十五だよ。驚かないのかい?」


 うちの猫は十八歳まで生きたけど、十五歳でも長生きよね。

 それとも、魔力を持ってたからすぐに猫又になれたとか?


「ビックリしたよ? でも今日は色々ありすぎて…… そうだ、お名前は?」

「……君の好きなように呼ぶといい」


 少し考えたあと、わずかに幼さの残る中性的な顔が薄い笑みでそう言った。

 高いとも低いとも言えない凪いだ声が耳に心地良い。


「それなら、クロ……はちょっと可愛すぎるし、のわーる、ノアでいい?」

「……?」


 ノアは表情をそのままに、わずかに首を傾げている。

 猫の姿より何を考えているのか分かりづらい。さすが猫又、(あやかし)然としている。


「そういえば、さっき仕方ないって…… どうしたの?」

「ん? 君は洗礼の儀に失敗したんだったね。そんなに魔法が使いたいの?」

「うん…… 出来るだけ、ここで普通に暮らしたいの。でも加護が無いって」


 この猫ちゃん、さっき散々聞いていただろうに、傷を抉ってくれる。


「そう。まあ、魔術士団に連れて行かれると厄介だね」

「やっぱり? 団長さんが来るかもって言ってたけど、どうしたらいいかな? 調べてどうにもならなかったらすぐ帰してくれるかな?」


 最悪、連れて行かれたとしても数ヶ月程度ならいいのだ。けれど、それ以上となると絶対に嫌だった。

 シェリエルにはもう、十年も残ってないのだから。

 人生のほとんどを実験体として過ごすのはさすがに味気ない。


「少し外に出ようか」


 ノアはそう告げるとシェリエルを抱きあげた。

 結構背が高いんだなと思っていれば、急に頬に風を感じ。 

 夜の湿った空気で自分が外に居るのだと気付く。


「え、なに、どうして!?」

「静かに。見つかると大変だよ、私が」

「ア。……ここ、祭壇?」

「あの儀式をもう一度やってごらん。私が手伝うから、言われた通りにすればいい」

「でも儀式をする人が……」


 まだ魔法陣は残っている。が、肝心の術士が全員屋敷の中だ。

 呼べばノアが不審者として捕まるし、ノア自身、人目を避けている。

 ノアは陣の中心まで来ると、シェリエルを下ろしてナイフを取り出した。流れるような手つきでシェリエルの右手を取ると、躊躇いもなく手のひらを大きく切りつける。


「イッた!」

「ほら、儀式が終わらないと治癒もできないよ。片膝を突いて、右手を陣の中心に乗せるんだ」


 やはり人の形をしていても猫なのね……

 どれほど可愛がっても戯れた拍子にザックリ引っ掻かれる事は多々あった。猫に、悪気は、ないのだ。猫だから。


「どうすれば…… 祝詞も分からないし、わたしは加護も……」

「私の言葉を復唱して。祝詞はただの鍵だからね。意味を知る必要も、気持ちを込める必要もないよ」


 よく分からないけど、これが終われば治療して貰えるみたいだし、やるだけやるしか……

 これで何も起こらなければノアも諦めるだろうと、言われた通りに膝をつく。


「背中から少し魔力を動かすけど、そのまま続けるように。いいね?」

「は、はい……」


 ノアがシェリエルの背中に手を添える。

 ほのかに体温が伝わって来た。


——我、全の加護賜いしシェリエル・ベリアルド

「我、全の加護賜いしシェリエル・ベリアルド」

 

 え? 全の加護……?

 心地良いノアの声をそのまま復唱しつつも、頭は全く追いつかない。

 突然、背中が燃えるように熱を持ち、何かが内臓を掻き回すようにぐるぐると蠢き始めた。

 ザワッと全身の毛が逆立つような震えと共に、自分が手を付いた場所からじわじわと魔法陣に光が広がっていく。


——天元に留まる神々に奏上す

「天元に留まる神々に奏上す」


 正直意味は分からない。けれど、一語一音ノアの言葉を繰り返す。静かだけれどはっきりと聞き取れる不思議な声だった。

 心が落ち着くその感覚をシェリエルは何故か懐かしく感じていた。

 陣の全体に光が行き届いたかと思えば、六神の記号がそれぞれ浮かび上がり、ゆっくりと円周上を廻り始める。

 ノアは静かに立ち上がると、祝詞を続けながら魔法陣の外までコツコツと靴を鳴らし歩いていく。


——天降し依さし奉られよ天元六神の儀を以て祝福授け給へ……

「天降し依さし奉られよ天元六神の儀を以て祝福授け給へ」


 振り返ったノアと目が合った。

 ドンッ! と大きな音が降って来た気がした。

 ビリビリと空気の揺れを肌で感じ、頭の天辺から足の指先まで世界に共振している。

 目の前は真っ白で何も見えない。

 けれど、不安な事は何一つなくて、むしろ泣きたくなるような安心感に包まれている。


 これが、祝福…… 「神に愛される」と言う意味がやっと分かった。


 湧き上がる様々な感情に身を委ねていると、白んでいた世界が少しずつ色を取り戻して行く。

 目の前の人影がハッキリとノアの姿を形作った時、辺りはいつも通りの城の庭園だった。


「え、いまのって……」

「誕生日、おめでとう」

「あッ……」


 信じられない、いや、本当は理解している。わたしはいま、洗礼を受けたんだ。でもどうして?


「これはノアの魔法?」

「いや? 私はただ手伝いをしただけだよ」

「えっと、わたしの属性、さっき、全って……」

「詳しい話は次にした方が良さそうだ」


 ノアの視線の先から、ガヤガヤと人の話し声が聞こえてきた。


「でも、手! 治しッ」


 既に痛みの麻痺した手のひらを差し出すと、ただ赤黒い血で汚れているだけで、傷口は消えていた。

 ノアがなにか小さくつぶやいてスッと手をかざすと、血も傷跡も何も残っていなかった。


「また明日の夜にお邪魔するよ。良い夢を」


 そう言い残すとノアの姿にまたノイズが入る。

 返事をする間も無く、次の瞬間には消えていた。

 酷い! この状況で置いていくの⁉︎ わたしのまわりはこんな人ばっかりだ。

 猫、いや猫又なんだけど……


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