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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第七章 ヴァルプルギスの夜

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ヴァルプルギスの現


 シェリエルはひとつ大きく息を吐き、自身の頭も冷やす。

 少し離れた集団では先ほど簡単なお化粧体験をしてもらった御令嬢、白薔薇の館を宣伝した貴婦人たちがキラキラした目でシェリエルを見つめていた。

 あとは…… と呆然とするアルフォンスとマリアを見て。


「アルフォンス殿下、彼女少しお酒が回ってしまったみたいなので……」

「あ、ああ……」


 無理はあるが体裁を整えるのは大事である。さっさと連れて行けとは言えずそれとなく伝えれば、アルフォンスは手を差し出し「マリア……」と掠れ声で呼んだ。

 マリアはボーッと床を見つめたままその手を取り、アルフォンスの腕に掴まりながらふらふらと会場を後にした。

 それを見送りパッとにこやかに固まったままの貴族たちに視線を配り……


「ヴァルプルギスの夜ですもの、こういうこともありますよね……」


 と、適当に言葉を並べた。

 それを合図に貴族たちはぎこちなくも「ははは、確かに」「いや、驚きました」「アー、そういえば……」とそれぞれ歓談に戻って行く。

 凍り付いた場で誰しも解散の合図を待っていた。

 それは何でも良かったのだ。

 突然人が倒れるだとか、会場が大規模魔法で攻撃されるだとか、とにかくキッカケが必要だった。

 たったそれだけでシェリエルはこの場を上手く納めたという印象を与える。


 それから首謀者二人をジロリと睨む。

 二人ともスンと目を逸らしているので怒られるという自覚はあるらしい。

 喧騒に紛れ二人の前に立ち塞がるシェリエル。

 人目もあるので声は最小に、談笑するような笑みを貼り付けた。


「おふたりとも、この場で正座したいのです? あれほど格好付けておいて、そんな情けない姿晒せませんよね?」

「え、いや、シェリエル落ち着いてよ。結果は悪くない!」

「シェリエル聞いて欲しい、私は被害者だ。とても怖かった」

「後で、部屋に来てください。わたくしもう少し夜会を楽しみたいので」

「シェリエル、それなら私がエスコートするべきじゃないかな」

「いや、僕も紹介したい人がいて」

「お兄様はアリシア様がお待ちですよ。ユリウス様は…… そこら辺でお友達でも探して来たらどうです? お二人で居るからこんなどうしようもない事ばかり思い付くのでしょう? 互いに悪影響です」

「……ジェフリーがいる」


 ユリウスは叱られた子どもみたいにシュンとしてジェフリーをチラ、と見る。もちろんジェフリーはブンブンと首を振って濃い紫の尾を揺らしていたが。


「あ、そうです。ジェフリー先生、先程は乱暴な真似をしてしまい申し訳ありませんでした。気が動転してしまって……」

「ア、イッ、や、全然……」

「でももうこの二人に手を貸すのは控えていただければと…… この通りロクなことにならないので」

「……出来ることならそうしたいさ。シェリエル君、何か良い魔除けのお守りとかない?」

「んー、そうですねぇ…… 困ったことに思い当たりません。一応、わたくしも気をつけてはいたのですが」

「そう…… ボク死んだ方がイイ? どーしよ、アルフォンス殿下に殺されない?」

「ギフトだとは気付かれて無いと思います。変化も大きくありませんでしたし」

「そ…… うん、アリガトネ…… うん」


 ジェフリーはしょんぼりして下唇をギュッと仕舞い込み、隣でほろほろ笑うベルティーユを見てすぐにパァッと元気を取り戻していた。


 その横では気まずそうに遠くを見つめるディディエがアリシアに冷たい視線を向けられていた。


「ディディエ様、わたくし場を読むのが下手になってしまったんでしょうか…… 何をされていたのか良く分からなくて……」

「世の中知らなくて良い事の方が多いからね……」

「そうですよね…… 御令嬢に言い寄られていたりだとか」

「それは不可抗力」

「ご自身に気があるのか確かめたりだとか……」

「それは自衛のため」

「それらの御令嬢の言動もディディエ様が煽っていただとか……」

「あー、んー…… アリシア?」

「そんなこと、ありませんわよね? とは言え、わたくしには関係の無い事ですけれど」


 と、アリシアは友好同盟を結んだ侯爵領の娘らしく微笑んだ。ディディエは特別甘い顔で彼女の名を呼ぶが、さすがに効果は無かった。

 後で父に謝罪の仕方を習いに行くしか無いと思うばかりである。


 ジェフリーはこれで解放されるかと思いきや、ベルティーユをシェリエルに取られてしまい仕方なく柱の影となっていた。

 そこへ音もなく……


「……」

「? うわ、ビックリしたッ!」

「お邪魔するよ」


 何となく元気のないユリウスが並ぶ。二人は特に会話もなく、ボーッとシェリエルたちが歓談する様子を眺めていた。



「シェリエル様、こちらわたくしのお姉様で、ミラーナ夫人です。ジェフリー様と結婚出来たのもミラーナお姉様のおかげなのですよ」


「お初にお目にかかります、ミラーナ様。先程は本当に申し訳ありません、兄がご迷惑をおかけしました」

「とんでもありませんわ。わたくしも上手く立ち回れず、恥ずかしく思います」


 シェリエルは途中からしか見ていなかったので最初の方に何があったかを聞き、また静かに怒りを募らせる。

 話すうち、結果的にディディエの目的を自分が果たしてしまった事にも気付いて。


 ディディエはマリアの内に秘めた欲を暴き、それを彼女自身に自覚させ“普通の女”にしたかったのだ。

 善人であれば自身の欲が他者を害すると知った時、必ず罪悪感が生まれる。

 欲と罪悪感を知る事は人を操る上で必要な材料であり、本人に自覚が無ければ意味が無い。

 だからディディエはあれほどまでにマリアを毛嫌いしていたのだろう。


 シェリエルは声を落として口元に手を添え、ミラーナとベルティーユに内緒話を持ちかける。


「ミラーナ様、殿方を大人しくさせるにはどうすれば良いのでしょう……」

「わたくしの意見など…… ディオール様の方がお詳しいでしょうに」

「いえ、母は…… あの美貌ですべて封じてしまうので、あまり参考には出来ないのです」

「シェリエル様もすでにその素質がおありですよ。ですがやはり…… 心底惚れさせるのが一番ですわね」


 ミラーナは可愛らしいところもあるのね、と微笑ましく思い、ベルティーユと一緒にクスリと笑う。


「ふふ、そうですよシェリエル様。あの歯を剥き出しにした魔獣のようだったジェフリー様もすぐに大人しくなったのですから」

「やはりそういうものですか…… まだまだ足りないのですね」

「……?」

「あ、いえ…… ですが、それは何だか思わせぶりというか、惚れさせたところで気持ちに応えられないと後で困りませんか?」

「……シェリエル様、大人しくさせたいと思う相手は大抵想い人ですわよ? 好いてもいない相手であれば、遠ざけるでしょう?」

「あ…… それは……」


 ポッ、と頬を赤らめてたしかに、と思うシェリエル。なんだかんだと気にかけているのはそういう事なの? と。

 本人に言われると悔しさと恥ずかしさで反射的に否定してしまうが、第三者に言われると何となく腑に落ちるのである。

 しかし今はまだ怒りと呆れでそれどころではなかった。あの二人纏めて大人しくさせたいのだ。


「では兄の場合は……」

「あ、ええと…… お兄様は…… そうですわね、どうしようもありません。兄とはそういうものですから……」


 ミラーナにも兄がいるらしく、二人で苦く笑った。

 そこへディディエを大人しくさせたアリシアがまだピリッとしたまま輪に加わった。


 ディディエは「待て」を言い渡され、今度こそ大人しく柱の影に収容されていた。


「……」

「アレ何の話してるんだろ、ユリウス聞こえる?」

「いや、上手く隠しているね」

「……んなの、ボクらの悪口に決まってるでしょうよ。ボクなんて巻き込まれただけなのに。一番年長者なのに。教師なのに」

「それを言うなら私なんて師であり王族だよ? 見たかい、あのシェリエルの目」

「いや、もうシェリエルに身分も年齢も役職も通じないから。だいたい何に怒ってるのかさっぱりなんだよね」

「やめろディディエ、それはシェリエルには禁句だよ。聞かれでもしたらどうする」

「……え、いや、御二方? もしや分かっていらっしゃらない? それでもシェリエル君が怖くてこうして影になってると?」

「え、そうだけど。あとアリシアも怒ると怖い。さすがロランスだよね、背骨が氷柱になったかと思った」

「おや、珍しいね。適当に流すかと思っていた」

「美人の怒った顔ってそれだけで怖い」

「まあ分かる」

「て、ジェフリーセンセどこ行くのさ」

「いや、あっちの影に移ろうかなと。場違い過ぎる帰りたい」

「アハハ、遠慮しないでよ。もう僕たち同じ死線を潜り抜けた仲じゃない。仲良くしよ」

「無理、本当に勘弁許して本当に」

「ジェフリー、無詠唱魔法を教えてあげた仲じゃないか。仲良くしよう」

「アー、いや本当感謝してます大天使ユリウス様!」

「はは、天使は初めて言われた。今度シェリエルに君のギフト使ってみようか」

「アンタ懲りないな! どういう神経してんだよ一体!」


 ジェフリーの大声にピタ、と動きを止めた貴婦人二人とシェリエル、アリシア。

 それにビクっと肩を跳ねさせて三人の影は静かになった。

 それを確認してから四人はまた華やいだ会話を再開する。


「では今度、ぜひお茶会を」

「はい、まだ作法に不安があるのでご無礼にならなければ良いのですが」


 シェリエルはモジモジと眉をハの字にして不安そうに三人の様子を窺う。

 それに三人はほわほわと胸を溶かして「なんて愛らしいの……」と優しい気持ちになってから、「作法が不安? 例えば教師の胸ぐらをいきなり掴むと

かかしら」と冷静になった。

 ともあれ和やかに親交を深め、シェリエルはさっき控えの間で知り合った貴婦人たちに軽く挨拶し、ある御令嬢のもとへと向かう。


「シャマルありがとう。知らせてくれて助かったわ」

「いえ…… まだお二人を?」

「もう平気よ、シャマルも夜会を楽しんで」


 ユリウスが夜会に出ると言い出した時点で、夜会でディディエたちと離れた場合、ディディエたちを見ているようにとシャマルには言っておいた。

 それでマリアたちが彼らに接触するとすぐにシェリエルは呼ばれたというわけだ。結局あっという間にマリアは暴走したが。


 シャマルは気持ち後ろに下がって黒のドレスを踏まないように二人に加わる。

 シェリエルはキュッと締まったウェストから艶のある黒を後ろに長く伸ばしているので、彼女たちの後ろには誰も近づけない。すると会場はシェリエルが歩いた通りに筋が出来て行き、その黒を追うようにまたじわりと馴染んでいく。


「あ、アリシア様…… ごきげんよう」

「イザベラ様、ご挨拶遅くなりました。ごきげんよう」

「……わたくしは、貴女が逃げ出すような真似、するはずがないと信じておりました」


 それは上位にしては拙く、けれど懸命な言葉だった。

 イザベラとは最後まで王妃の座を争った仲である。座学も魔力も家格もアリシアと同等で、年は違えど良きライバル。夜会が始まるまでアリシアの立場に一番ヤキモキしていたのは彼女だろう。

 アリシアはほろりと笑ってその気持ちを受け取る。


「はい、もしわたくしが誰かの風下に立つ時、見える背中はきっとイザベラ様であると思っています」

「もちろんよ」


 しばし二人は熱い視線を交わし、フッと笑い合う。

 アリシアはシェリエルを紹介し、今期のお茶会にはシェリエルも同席することになるだろうと告げる。


「お手柔らかに…… よろしくお願い致します」

「ええ…… こちらこそ」


 シェリエルは上位のお姉様に緊張しているが、イザベラも彼女がベリアルドであり学院戦も先ほどまでの振る舞いも見ているので魔獣を前にしたように怯えている。

 二人が互いにビクビクしていると、アリシアだけがクスクス笑っていた。

 そこへまた少女が二人。


「アリシア様! シェリエル様!」

「あらエミリア。マチルダも、心配かけたわね。それで、皆さんのご様子は?」

「はい、会場の学院生は問題なく」


 アリシアはニッコリ笑い、シェリエルはヒッと息を飲む。

 アリシアはアルフォンスの婚約者として夜会に招待されおり、アリシア自身に紹介枠が二つあった。なので両親とは別に二人の家族を夜会に参加させ、会場でどのような動きがあったのか観察させていたのだ。

 アリシアはディディエに翻弄されながらもやるべき事はきっちりやっている。この後二人から御令嬢の様子を聞き、誰が流されやすく、誰が敵意を持ち、誰が本当に信用に足る人物か慎重に吟味するのだろう。

 イザベラはそんな事だろうと思ったわ、と満足そうに口端を上げ、「ではまた」と良い笑顔で身を翻し去っていく。


 ベリアルドとロランスの少女たちは仲良くお喋りしながら、たまに果物を摘み、しばらく互いの顔を繋いで行く。

 これが本当のヴァルプルギスの夜であると言うように。


 そしてリーン、リーン、と小さな鐘が鳴ると薄っすら流れていた音楽がピタと止まる。そして、軽やかな音楽が少し主張を強めて流れ始めた。

 ダンスが始まる合図である。


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