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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第二章 洗礼
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1.シェリエル七歳の誕生日


「シェリエル、七歳の誕生日おめでとう」

「ありがとうございます、ディディエお兄様。綺麗なバラですね」


 いつもより少し早い朝。

 シンプルな一枚布のワンピースに着替えたシェリエルは、ディディエから白薔薇の花束を受け取った。

 今日でシェリエルは七歳になった。

 貴族は七歳の誕生日に洗礼を受けて初めて貴族になる。シェリエルの初めての誕生日というわけだ。

 本当は洗礼の儀が終わってからなのだが、ディディエはフライングで朝一番にお祝いを伝えに来てくれた。


 ディディエは久しぶりに顔を会わせたというのもあり、どこの美男子かと思うほど急激に背を伸ばしていた。

 成長期に加えて、上位貴族の豊富な魔力が彼をみるみる大人に変えつつある。

 身長はすでにセルジオに追いつきそうなくらい。

 藤色の癖っ毛を鎖骨あたりまで伸ばし、後ろで緩く結びよく似合っている。

 以前は猫のようにクリクリと可愛らしかった目も鋭さを増し、悪い事を考えている時などは一層悪魔らしい妖しさがあった。

 彼の瞳は透き通るような薄いグレーにライトグリーンが差し込んで、宝石のような輝きがある。


「お兄様はいつ帰っていらしたのですか? お出迎え出来ず申し訳ありませんでした」

「ついさっきだよ。転移陣とお爺様のグリフォンを使って最速で帰ってきたんだ。一番にシェリエルの誕生日を祝いたかったからね」


 ディディエは去年からオラステリア貴族学院に通っている。

 十三歳から十八歳まで貴族が通う学校のようなものだ。一年のうち半年ほどは学院にいるので、今日も三ヶ月ぶりの再会となる。

 ま、その学院に通うにあたり一悶着あったのだが。


「お忙しいのにありがとうございます」

「平気さ、学院なんて別に大した事もしてないんだし。それより、もっと楽に話してよ。家族間ならマルゴットもそれほど怒らないよ?」

「そうでしょうか…… 最近よく使用人の控え室なども見回りを始められて、油断するとすぐに怒られるのです」

「あはは、マルゴットは相変わらずだね。そうだ、お爺様も来てるよ。早く顔を見せてあげて」

「急いで準備しますね」


 お爺様も久しぶりだ。

 二年前に半年ほど滞在してから一度北部の森に帰り、それからは数ヶ月に一度シェリエルの様子を見に来てくれている。

 約束していた通り、洗礼の儀に合わせてグリちゃんで飛んで来てくれたのだろう。

 準備の途中だったシェリエルは、姿見の前に立ちメアリに髪を梳かしてもらう。


「シェリエルは随分変わったよね。ここに来た時は小汚い雑巾みたいだったのにさ」

「背も伸びたと思いませんか」


 ここに来るまで自分の姿を見た事がなかったので以前の印象はそれほど残っていない。

 けれど、たしかにこの四年間で身長も髪も伸びた。

 埃を被った綿のようだった髪も、お風呂に入るようになってつやつやと銀糸のような輝きになった、と自分では思う。

 

 準備を終えるとディディエにエスコートされ、食堂までの長い道のりを歩く。

 いまだに塔で生活しているけれど、この距離にも慣れたものだ。

 略式の挨拶と共に食堂へ入ると——


「皆様、おはよう…… ございます、?」


 冥界の扉でも開いてしまったのかと思った。

 カラフルな果物が並んだゴシックなテーブルを闇色のローブを纏った四人が囲む。

 悪魔の食卓。冥界首長会議。秘密結社の幹部会。

 思い浮かぶ言葉はたくさんあったが、ヘルメスの柔らかい挨拶でハッと正気に戻る。


「おはよう、シェリエル」

「久しぶりだな、また大きくなったか」

「お爺様、ご無沙汰しております」


 ヘルメスは相変わらず渋くてかっこいい。会うたびに渋みを増す自慢の祖父だ。

 ディオールもあれからお風呂と野菜を完全に生活へと取り入れ、ますます美しくなっている。

 セルジオは…… これと言って変わりはない。むしろ変化がないからこそ妖しさを増している。

 馴染みのある食堂だった。家族の食卓だった。

 彼らがいかにもなローブを纏って魔力をなみなみさせていること以外は。


「シェリエル、今日はこのまま洗礼の儀ですが、体調は問題ないですか」

「はい、大丈夫です」


 洗礼の儀は朝食の前に行われる。

 胃を空っぽにして身を清め、生まれた時と同じ状態で臨む為。と、言われているが実際は魔力酔いで嘔吐する場合があるかららしい。

 なかなかに現実的な理由だった。

 シェリエルが圧倒されてボウっとしていると、ディディエがばさりとローブを纏った。

 ザッ! と、皆が一斉に立ち上がる。いよいよ洗礼の儀が始まるのだ。




「す、すごいです。これをお父様が?」

「ええ、昨日一日かけて描き上げたんですよ。ディオールにも手伝ってもらいましたけど。なかなかの力作です」

「洗礼の陣を描くのは親の務めですもの」


 儀式で使う祭壇は庭の中央に用意されている。

 少し高さのある円形の舞台は、東屋のように周りに六本の柱が立っているが、屋根は付いておらず吹き抜けになっていた。

 階段を数段上がると、舞台一面に幾何学模様のような魔法陣が描かれていた。

 良く見ると外側の円の外周に沿って六つのマークがあり、それぞれ結ぶ事で六芒星になっている。

 六芒星の間にはまた別の陣が重なり、隙間なく見た事もない記号が羅列されていて一つの模様としても美しい。


「今日の儀式は僕が空、ディオールが火、父上が風、ディディエが水を担当します」


 洗礼の儀には六属性各一名ずつ必要になる。

 大抵が両親二人と、足りない属性を神殿と魔術士団から派遣してもらうのだが、ヘルメスとディディエが参加を希望したことで、王都から派遣してもらうのは二人だけとなった。


「神殿から命の属性を持つ神官、魔術士団からは地の属性を持つ魔術士団副長に来てもらいました」

「相変わらずだな、セルジオ。約束は覚えているよな?」


 芝のような緑の短髪にがっしりとした体躯の男性は、カラカラと笑いながらセルジオの肩へと腕を回していた。

 どちらかと言うと魔術士というより騎士っぽい。完全に体育会系のノリを察知し、シェリエルは若干後ずさる。


「ええ、ええ、もちろんですよ。 はい、こちらマルセル副長です」

「よろしくお願いします、マルセル様」

「あと、後ろにいるのが——」


 大柄なマルセルの後ろには、アッシュがかった薄い桃色の髪がチラチラと見えていた。

 細く小柄なせいで完全に隠れてしまっているが、どうやら人見知りな神官のようだ。

 俯き加減に背中を丸め、前髪を口元まで伸ばしているので殆ど顔が見えない。


「よろしくお願いします。お名前を聞いても?」

「名前は…… ありません」

「え?」


 思わず失礼な反応を返してしまい、慌てて謝罪しようとするが、マルゴット先生の顔が浮かび余計に慌ててしまった。

 そんな微妙な空気をセルジオがあっさりと取り払い、何事もなかったかのように話を続ける。


「ディディエはちゃんと属性を分けれるようになったんですよね?」

「もちろんですよ。一人で両方を担当出来れば良いのですが、こればかりは仕方ありませんね」


 儀式ではそれぞれの属性の位置に立ち、祝詞を唱えながら魔力を流す。

 ディディエは水と命の二属性持ちなので、属性を絞って魔力を流せるよう、わざわざ訓練してくれたのだ。

 洗礼の儀とは七歳の誕生日の日に神々から祝福を受ける儀式である。

 祝福を受けると魔法を使えるようになるのだが、それまでは魔力耐性もないため、洗浄や風の魔法といった生活魔法でも酔ってしまうらしい。


「シェリエルは中央にただ立っているだけで大丈夫です。天から光が降りてくると多少目眩や吐き気があるかもしれませんが、どうにか堪えてくださいね。終わったら存分に出して大丈夫ですから」


 デリカシーも何もあったもんじゃない。

 光の柱は遠くからでも見えるらしく、これがある種のお披露目となる。

 シェリエルは朝起きるのがあまり早くないので実際に目にしたのは一度だけ。明るい空の下でもハッキリと光の柱が降り、とても神秘的で美しかった。

 

「この魔法陣は何で描かれてるのですか」

「薬草や魔木の灰、空石を砕いたものをエルゲルの蜜に混ぜています。仕上げは、シェリエルの血ですね」


 神聖な儀式が途端に怪しげな雰囲気を醸し出して来た。


「儀式っぽいですね……」

「ほんの数滴ですから大丈夫ですよ。中央に立って起点となる箇所にシェリエルの血が落ちればそこから儀式が始まります。ね? 簡単でしょう?」


 ハイ、と小さなナイフを渡され、これで指を切れと教えられる。セルジオが普段狩りや手紙の封を切るのに使っている言わば何でもナイフなので、一応洗浄してもらった。

 前世は潔癖どころかむしろ雑な方だったのだけど、セルジオがたまに変なものをぶら下げて帰ってくるのを見ているので念の為だ。


「さぁ、皆さん準備はよろしいですか? これより我が娘、シェリエル・ベリアルドの洗礼の儀を行います」


 全員が位置に付き、シェリエルも靴を脱ぎ中央へと向かう。

 これまで何度か魔法を見せてもらったのに、自分で体験するのはこれが初めてだ。鼓動の加速を感じながら、ひたひたと冷たい大理石を踏みしめる。


 中央へとたどり着くと、魔法陣の真ん中でローブを着た大人たちに囲まれているこの光景があまりにも非日常的で。

 ここが異世界だと改めて実感する。

 思い切って指先をナイフで傷付け、足下の黒点へと滴を落とす。



「我、空の加護賜いしセルジオ・ベリアルド」


 瞬間、セルジオの足下にある陣が淡い光を放った。 


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