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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第一章 ベリアルド家
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20.ある平穏な一日


 ヘルメスが来て三月ほど経っていた。

 当初は二、三泊で帰るつもりだったらしいのだが、シェリエルの状態を長期的に確認する必要があると言って、急遽北部の森から使用人や補佐官を呼び寄せたのだ。

 荷物や使用人はそれほど多く無かったが、馬車で来るのに七日程かかり、改めてグリちゃんの凄さを思い知る事になった。


「今日はコルクが野菜を仕入れたらしいですよ。朝食にお出しする事は出来ないのですが、こっそり控室で食べるなら大丈夫だと思います」

「ホント⁉︎ 朝食は少なめでと伝えておいてもらえる?」

「はい、承知いたしました」


 いつぶりの野菜だろうか。毎日肉肉卵肉卵肉肉肉と、本当に動物性タンパク質しか出ない。

 彩りとして花は添えられていても、どう見ても食べられない花である。

 あとはひたすらパン。果物も添えられるが、さすがに口が飽きるので野菜がほしい。



 朝食の後、午後の授業まで余裕があったので早速いつもの使用人控室へと遊びに行く。ディディエと連れ立ってここへ来るのも慣れたものだ。


「本当に草や根を食べるつもり?」

「お兄様だって薬草は使うじゃないですか」

「アレだって臭いし苦いし嫌々だよ。薬効もない草や根を食べて何が楽しいんだか」


 ぶつくさと文句が絶えないが、それでも一応興味はあるのだろう。コルクが野菜の入った木箱を持ってくると、物珍しそうに一つ一つ眺めている。


「コルク、ありがとうございます! これです、これ! これが食べたかったのです!」


 まだ泥が付いたものも含め、木箱には色々な野菜が入っている。コルクが覚えたての野菜たちを一つ一つ教えてくれた。

 ナスにキュウリにトマト、玉ねぎにトウモロコシまである。前世の世界と同じ食べ物で良かった、とホッとしつつも見慣れない野菜がチラホラある事に気付いた。


「これは何?」

「ラザという豆らしいです。私もまだ勉強中なのであまり野菜には詳しくないのですが」


 ピンクのリボンのような形をしていて、明らかに食べ物には見えないソレを割って見せてくれた。

 結び目にあたる真ん中の部分に豆が入っていて、両サイドは花びららしい。この世界特有の野菜は後回しにして、早速馴染みのある物から試食する事にした。


「このトマトとキュウリを食べてみます」


 そのまま食べられそうな二つを洗浄の魔法で洗ってもらう。


「このまま齧られるのですか? 流石にお切りするくらいは出来ますが……」

「丸噛りが生野菜の醍醐味ですから」


 コルクには申し訳ないのだが…… 本当はこの世界の衛生面が心配過ぎて包丁やまな板を使った後に、火を通さずに食べるのが不安だった。

 行儀の悪さを頭のなかのマルゴット先生に謝罪しつつ、まずはキュウリを一噛り。パリっとイイ音をさせ、シャクシャクと瑞々しさが口の中を潤してくれる。

 はぁ〜コレコレ。

 少しぬるいが味も濃く美味しい。

 トマトは小さいものを選んでもらい、こちらもパクリと一噛り。ギュッと甘みの詰まった果肉はフルーツのようで、青臭さも感じない。

 これは前世より美味しいのでは? 久しぶりに食べたからだろうか。


「イケますね。美味しいです。毎日食べたいのですけど、仕入れは可能ですか?」

「そちらの野菜は可能ですが、こちらの根菜というものは今の時期は北部でしか採れないそうです」

「そうですか。手に入る時にお願いします」

「シェリエル正気なの?」

「失礼な、お兄様も食べてみてください」


 ディディエはこれまでに無いほど警戒しながら、キュウリを試したようだ。


「ウッ…… 臭い…… 薬草を薄めたみたいな味がする」


 あらま。たしかにある程度味覚が育ってから初めて野菜を食べると抵抗は強いかもしれない。この国の人たちが今まで野菜を食べずに普通に生きて来られたのなら、無理に食べる必要もないはずだ。


「無理しないでくださいね。確かに野菜は好き嫌い分かれますから。前世でも子どもは野菜嫌いが多かったのですよ。大人になると食べられるようになったりもしますけど」


 ディディエはなぜかムッとして、トマトにも手を伸ばした。自分で洗浄し、小さく一口齧る。


「ん、これはイケるね。甘さと酸味がちょうどいい」

「よかったです! そのまま食べるのに向かないものは火を通して食べましょうか」


 ぞろぞろと調理場へと移動し、食材も運んでもらう。と、ここで問題が発生した。

 キュウリとトマトを食べ、野菜欲が満たされた事でやる気が激減してしまった。


「と、とりあえず、生で食べられるものと調理が必要なものに分けますね……」


 食材を選分けながら、簡単に作れそうなものを考える。

 そうだ、わたしずっと食べたかったものがあるんだった。


「鶏肉と、ニンジン、芋、玉ねぎ、牛乳、小麦粉、バターを用意してください」


 それぞれ食材を切ってもらい、その間に鍋や調味料を揃えてもらう。さながら現場監督のように指示を出し、料理番組のような素早さで調理が進んだ。


「くつくつ煮えて来たら牛乳を少しずつ入れましょう」

「なるほど、ミルクスープのようですね!平民が食べているのを見た事がありますが、このように具材が多くとろみの付いたスープは初めてです」


 一応平民の間ではこうして野菜が食べられているのなら、身体に害は無いはずだ。魔獣も食べると言っていたし、コルクが仕入れたものなら大丈夫だろう。

 分担して作業したおかげか、すぐに簡易シチューが出来上がった。小さい器に入れてもらい、味見する。


「はぁ〜優しい味。美味しいです」


 味付けは塩胡椒のみでバターのコクと野菜の甘み、鶏肉の旨味だけだが、今まで食べてきたのが塩胡椒油味のものばかりだったので、一際美味しく感じる。

 シェリエルが食べたことで、皆もそれぞれ試食となった。


「案外乳臭くないのですね、甘みがあって美味しいと思います」

「うん、調子の悪いときでもこれなら食べられそうだ」


 使用人たちは絶賛というほどではないが、そこそこ受け入れてくれたように思う。

 別にいいの、わたしが食べられれば。ここで令嬢特権を使わず、どこで使うと言うのか。


「ふーん、悪くないね。シェリエルが食べるなら僕も一緒に食べようかな」

「本当ですか? お野菜は体にも良いので、お兄様も食べられるならぜひ」


 他にもどんな料理に使うと良いか話しながら、生野菜を扱う時の注意点などを伝える。

 シチューも本当はコンソメがあれば良いのだけど、たぶん面倒だし細かい手順など知らない。まぁ要するにダシが取れればいいんじゃない?という安直な考えで、コルクに課題を出した。


「普段は鶏や豚の骨は捨てているのですよね? わたしのシチュー作りで余った野菜と一緒に煮込んでスープを作ってみてください。ええと、ここら辺の野菜ですね」


 そう言って根菜を中心に選り分ける。肉の臭み消しに使えそうなものも教え、あとは自分で試してくれと丸投げだ。


「さっきシチューを煮込んだときのように灰汁が出てくるので、それを取り除きながらじっくりコトコト煮込むのです。先ほどのシチューも水の代わりにそのスープを使うときっともっと美味しくなりますよ。野菜の仕入れはわたしの予算から出すので、しばらく自由に研究してみてください」

「なんと! そこまでしてくださるのですか⁉︎ 私は国一番の幸せ者です」

「大げさですよ、コルク」


 わたし一人が食べるものをわざわざ別で作ってもらうのだ。本当はボーナス的な福利厚生が必要なくらいなのに、むしろ喜ぶなんて。


「いえ、私はこれまで肉の捌き方や火加減が料理の全てだと思っていたのです。それが、新しい菓子や料理に挑戦出来るとなって、興奮しない料理人などいません。本当に、このような機会をくださりありがとうございます」


 ふむ、そういうものか。たしかに、わたしもjsの新しいフレームワークが出てきた時なんかは夢中で弄りまくったもんね。


「シェリエルはやはり食への執着か…… ククッ」

「お兄様!」



 お願いした通り、夕食では昼に作ったシチューを少し出して貰った。


「シェリエル、それは、例のアレか?」

「はい、例のアレを使って作ったシチューという料理です。ミルクスープのようなものですね」


 前世が云々の事情を知らない使用人が居るので、ヤバい実験報告のような会話になってしまう。興味を示すのはヘルメスだけかと思いきや、野菜の利点なんかを説明すると、ディオールとセルジオも乗って来た。


 急遽人数分出して貰い、思いがけず皆で試食会となる。


「うむ、私のような年寄りには向いているな」

「食べれなくは無いですわね」

「うん、面白いですね」


 まあ、こんなものだろう。いいの、わたしが食べたいだけだから。

お読みいただきありがとうございます!

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皆様の応援だけが頼りです。

長い話になりますが引き続きよろしくお願いいたします。

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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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