魔力増加の謎
久しぶりの運動を終えてさっぱり汗を流し、ほかほかした身体にガウンを羽織ってバルコニーに出る。
冷たい風で湯冷めしそうだったが、芯から温まったからかまだしっとり汗をかいていた。
「シェリエル様、そろそろお支度を始めませんと」
「そうね…… 少し頑張り過ぎちゃった」
身体の調子を確かめながら、部屋に戻り大きな窓を閉める。
それにしても、ベネデッタ様は本当に良い声だったな。
ベネデッタは初回のお試し回から筋が良く、動きひとつひとつの効果や名称もすぐに覚えてしまった。それに容赦なくカウント出来るので筋トレ系のメニューに向いているようだ。
シャマルも幼い頃から走り回っていたと言うだけあって体力もあり、最近ではすっかり任せてしまっている。
案外女の子だって運動好きよね、などと思いながら朝食のためにドレスを着付けてもらう。
「本日もコルセットはやめておきますか? 新年ですから少し華やかなドレスに致しましょう」
「……任せるわ。コルセットの必要ないものでお願い」
そろそろ下着をどうにかしなければ……、育ちはじめが肝心だと言うし。
コルセットはなるべく付けたくないけど、何も無しというのはそろそろ不味い気がする。サラシは……アレは本当に楽だし動きやすいけれど、長時間は付けていられないか……
結局、普段着用はデヴィッドに頼むことにした。
朝食は運動後なので食が進み、いつもよりたくさん食べた。ディディエに「どこの騎士かと思った」と揶揄われても、騎士科を舐めるなとひと睨みすれば、兄はケラケラ笑ってそれで終わる。
「先生、今日はこのあとお時間大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。けれど、そろそろ補佐官か侍女を付けた方が良いんじゃないかな? 私もいつでも君に合わせられるわけではないからね」
気まぐれや口約束だけで振り回すなと言いたいらしい。……ごもっともである。
「侍女でも良いのですか?」
「駄目なのかい?」
ん? と二人でセルジオを見ると、セルジオはそのままディオールに視線を向けた。
「……お茶会の準備や予定の調整などは侍女でも構いませんけれど、侍女はいずれ居なくなる者たちですから、事業や貴女自身の管理には補佐官が必要ですよ。今のところは、まぁ……ジゼル嬢やシャマル嬢でも良くてよ」
「では二人にお願いしてみます……」
「けれど、二人には荷が重いのはたしかなのだから、早く何とかなさい」
メイドと違って侍女は見つけるのが難しい。中位でも上の方になると外で働く必要などなく、結婚して子育てと夫のサポートをする貴婦人がほとんどである。
「結局人材不足なのですよね……」
そう言いつつも、その原因が自分にあることは分かっていた。人見知りではないはずだけど、どうにも興味や信頼をおける相手が限られている。
側にいれば自然と情が湧くような気もするけれど……
「何を悩む必要がある? 一月もあれば仕事は覚えられるだろう?」
「あーあー、ユリウスはこれだから…… 凡人はそんなに便利な頭をしてないんだよ。もう少し人の世を学んだ方がいい」
「ディディエにだけは言われたく無いね。学んでもそれだろう? 教育が間違っているか性根が腐っているとしか思えないな」
「親の前だぞ、もう少し気を遣え」
「親の前だから言った」
二人が仲良く戯れあっている間にわたしは食事を済ませ、心のなかでごちそうさまをした。
新年早々やることが多い。まず学院戦の細かい功績をまとめたり、例の魔力増加のことも話し合うことになっている。
食事を終えたわたしたちは、揃って会議室へと移動した。
会議室というよりただ大きなテーブルが入っていて、美術品も飾られていないただの質素な部屋である。
そこにはシャマルとジゼル、それにアロンとエドガーが揃っていた。
「新年を寿ぐ祝いのご挨拶申し上げます。六神の祝福あらんことを」
「皆様にも六神のご加護がありますように」
侍女見習いの二人は新年らしいいつもより華やかなドレスを軽く摘んで僅かに頭を下げる。
ジゼルは髪色より少し暗い柳色のドレスに白の繊細な刺繍を施し、ところどころ控えめに金糸の刺繍が入っていた。彩度を落とした生地のおかげで刺繍と髪色がよく映え、落ち着きのある可憐さがジゼルによく似合っている。
シャマルは朝焼けのような明るい赤のドレスにくしゅりとした大柄の白花が大胆に刺繍されている。これは、紙の素になる魔花だろう。着物柄のようでもあり、家門をよく表した良い意匠だ。
「二人とも素敵なドレスだわ。……白を入れてくれたのね」
「は、はい……」
「デヴィッド様にご助力いただけたので……」
二人は恥ずかしそうにもじもじと頬を染める。専属見習いになった祝いにと新しく仕立ててもらったらしい。
シャマルはデヴィッドの意匠に興味があったようだし、ジゼルもお茶会の準備から仲良くやっていたので、デヴィッドには手の空いているときに相談に乗ってあげて欲しいと頼んでいた。
祝祭の間に少し城に慣れた様子のエドガーと、相変わらず穏やかな微笑を浮かべるアロン。アロンは伯爵らしいかっちりした詰襟の衣装を纏い、学院で見るより大人びて見えた。
「では、早速ですが……」
ジゼルとシャマルには少しずつ補佐の仕事を覚えるように伝える。二人はキリッと眉に力を込め、やる気を見せてくれた。
そして、アロンには学院戦の功績を提出するよう求め、エドガーにはわたしとアロンの情報をひとつにまとめるよう指示を出す。
まだわたし付きと決まったわけではないが、学院戦の範疇なのでたぶん大丈夫だと思う。
「……あとは、そうですね。一部にあった魔力量の増加についてですが、これはユリウス先生にもご意見を伺いたいと思います」
ユリウスを呼び入れると、ガタリとひとつ椅子を引く音が響いた。
アロンが目を見開いたままテーブルに手を付き固まっている。
あ、アロンは先生に会うのが初めてだった……
エドガーは流石に慣れたのか、顔色は悪いが微かに視線を逸らしてジッとしていた。
「アロン、こちらわたしの家庭教師をしてくださっているユリウス先生よ。危険度はディディエお兄様よりも低いから安心して……」
「失礼致しました…… お初におめにかかります、アロン・ゲルニカと申します。以後お見知り置きを」
アロンはすぐに姿勢を正して伯爵らしくしっかり挨拶を述べる。額に汗が滲んでいるが、ユリウスはさも興味なさげに薄い笑みで応えていた。
やっぱりあの本を読んだ人とそれ以外だとかなり反応が違う気がする…… シャマルもジゼルも驚いてはいたけど……
これでもわたしの白髪で慣れているからマシな方なのかも。ジェフリー先生なんて酷い錯乱状態だったし。
そんなことを考えながら、わたしはそわそわした会議室を魔力増加の話に戻した。
「……魔力の増加があったのは、下位の下級生の男女、それと上級生の女子生徒ですね。エドガー様、とても見やすく纏めてくださってありがとうございます」
一枚の紙には適度に見やすい大きさの文字がきちんと改行され、前回と今回の魔力量、それにどれほど増えたかが纏められている。学年、属性、性別などの付属情報もあるので、これだけでも仮説はすぐに立てられた。
「ふむ、なかなかに読みやすい書だね。余白が無駄な気もするけれど、もう例の紙は実用段階に入ったのかい?」
「こちらは試作品ですから良いのですよ。……それより。下級生の魔力増加は強化の訓練に由来していると思うのですけど、どう思いますか?」
「まず、どう訓練したか説明してくれるかな」
そういえば言ってなかったなとユリウスにやり方を説明すると、最後まで相槌もなく何かを考え込んでいた。
「循環か…… 死者は……?」
「はい? 出るわけないでしょう」
ヒュッと心臓が絞り上げられ、ドクドクと心臓が鳴る。
「おや、それはまた……」
「え、何なんですか……」
「魔力強化をなぜ洗礼後に教えないか、考えれば分かるだろう? 器がまだ出来ていない頃に無理に魔力を流せば身体が持たないからだよ。ああ……、下位だからか。この程度は誤差の範囲ということらしい」
「はは…… あー、そうです……よね」
この人、七歳のわたしに何をしたか覚えているのだろうか。それがあっての学びなの?
とにかくわたしは危険なことをしていたらしい。
でも、誤差程度なら大丈夫ってことよね!
待って、ジゼル……、ジゼルも魔力が増えたと喜んでいたはず……
恐る恐る首を振ると、ジゼルは青白い顔で引き攣った笑みを浮かべていた。
「ジゼル、何か身体に異変は⁉︎ 胸が苦しいとか、肌がひび割れるとかはない?」
「……はい、とても健康です。以前より朝もスッキリ目覚めますし」
「そう、良かった……」
下位貴族の下級生が強化出来るようになれば集まりは普通のヨガに切り替えていた。ジゼルはその短期間で魔力を増やしたことになる。
わたしは反省した。思いつきに他人を巻き込んではいけないと。良かれと思ってやったことが大変なことになるかもしれないのだ。
「……外から操作しなければ問題はないようだね。七歳から十五歳くらいまでの子どもを集めて検証出来れば一番だが」
「いけません、わたくしも来期は控えますから……」
「なんだ、勿体ない。上位も含めて検証すべきじゃないかい? まだこの数名の成人女性が説明付かないよ」
資料には下位貴族の五、六年生が数名、名を連ねていた。
これはアロンも首を傾げていたように、成人後に魔力量が変化するのはとても珍しいことらしい。
「ジゼルとシャマルは何か気付くことはない? 彼女たちはヨーガにも参加していたわよね?」
「あの、彼女たちは下に妹や弟が居るので、彼らから強化の訓練を聞いたのではないでしょうか」
「あら、内緒よって言ったのに。でもあり得るわね……」
お茶会のときにでも聞いてみよう。成人していればそれほど害も無いようなので、他に喋らなければそれで良いか。
……下の兄弟に教えることもあるか。後で手紙を出しておこう。
すると、エドガーが窺うように口を開いた。
「あの……シェリエル様、私は以前、その……外から魔力を引き出していただきましたが…… 問題ないのでしょうか」
「あ…… ユリウス先生、大丈夫ですよね?」
「問題ない。成人済みで器も元々高位のものだからね。まだ安定しないかもしれないけれど、しばらくすれば慣れるよ」
穏やかに笑うユリウスに、エドガーは「ありがとうございます」とホッと息を吐いた。
「先生、この程度なら問題ないということですよね?」
「まぁ、下位なら君のやり方で問題ないだろうね。いくら口が開こうがたかが知れている。しかし…… 根源の魔力量が増えている可能性もあるな。調べてみたい」
出た…… この顔はどうにかして検体を手に入れ独自に調べてみようかな、という顔だ。むしろ、良く実験も無しにここまで知識を得たものだと思う。
ユリウス曰く、人にはそれぞれ根源で生成される魔力の許容量があり、身体の成長に合わせ口も開いて行くらしい。
いくら見た目は似ていても前世の身体とは違うのだ。
その魔力は血液のように根源から身体へ供給され、使った分がまた根源で生成されるのだろう。身体の方に限界があるのでそれを無理やりねじ曲げるような実験は非人道的でやってはいけないことだ。もうやってしまったけど。
と、そこに。
「ユリウス、様……、私には今年入学の弟がおります。良ければ……、お試しになられますか」
「アロン! 何を言っているの、弟を生贄にするなんて!」
「シェリエル様、これは大変な発見です。誤差程度と言いますが、もし、その根源……ですか? 元の魔力量が増えるという事を話していらしたのでしょう? 試してみる価値はあるかと」
アロンは根源だの口だのという話を今の会話で察したらしい。
「だからと言って身内を差し出すなんて……」
「身内だからです。他の者を犠牲にする訳にはいきませんが、我々兄弟にはシェリエル様にも領主様にも大きな恩がありますので。もし、シェリエル様や領地の為になるならば、弟も喜んで身を差し出すでしょう」
「……わたし、何もした覚えがないのだけど」
突然のアロンの申し出に、ユリウスは「アロン卿だったね、良い心がけだ」とにっこり口角を吊り上げていた。
まだ会ったこともないアロンの弟はこうして唯一の実験体としてユリウスに差し出された。
会議が終わると皆でお茶会を予定していた。城に滞在中のベネデッタも誘ってあるのでなんだかまだ学期中のような気分になる。
「先生も良ければご一緒にどうですか」
「……では遠慮なく。ディディエも呼んで良いかい?」
後で面倒なことになる、と言いながらユリウスは片耳を光らせる。
サロンへの移動中、ひょっこりディディエが顔を出すと、一同は「なぜ⁉︎」という顔をして盛大に驚いていた。
にこりと笑うディディエはわたしを見るとぶすっとむくれて耳元で囁いた。
「エドガーが正式にシェリエル付きになったよ」
「……ッ!」
「本当、全部いいとこ取りしちゃってさ」
今までセルジオと話し合っていたらしい。
祝祭の間に事業の説明をしながら勧誘してみたものの、マイナス要素が多過ぎてエドガーは領地に付くと思っていた。そもそも、領地付きと事業の文官では地位も規模も将来も違うのだから。
驚きと喜びのまま振り返れば、エドガーは微かに笑って頷くように目を伏せた。





