学院戦・一日目①
■〈藤の雫〉登山組
ジュール(五年)+ワイバーン
オラース(六年)
ライアン(五年)
クレマン(五年)
noname(六年)
noname(六年)
■陣営
赤)不死鳥の溜息 [ロランス+キースリング+その他]
黄)金獅子の塔 [ガーランド+その他]
青)月夜波
緑)暁の翡翠 [ツインズ+その他]
紫)藤の雫[ベリアルド]
朝早くから貴族学院には各地から我が子の勇姿を見届けようと、多くの貴族が集まっていた。
城壁や城壁塔を使い、正門から本館までぐるりと父兄そして見学の下級生が囲む形となる。
パタパタと本館の窓が開き始めると、バルコニーは強烈に彩られ、小窓からも上位貴族たちが顔を出せば、すべての視線が向けられた。
ゴーン。ゴーン……
鐘の音と共に、空に空いた五つの穴に別の空間が映し出される。
それは山の中、各派団体の生徒たちを高い木の上から見下ろすような光景だった。
「それでは学院戦初日、これより開戦とさせていただきます」
ワッ、と学院全体から歓声があがる。
そんな中、ある会議室では間の抜けた声が響いたのだった。
■
「これで終わりですか? 開会の挨拶とか無いんですね」
「シェリエル様! 今はそれどころではありません! すべては指揮に掛かっているのですよ!」
アロンは珍しく声を張り上げる。
窓にピタリと付けられた長机に向かい、慣れない通信の魔導具を操作しながら地図と空中に映し出される映像を確認していた。
「やはり少な過ぎたかしら? 他はどこも三十人はいるわ」
叱られたシェリエルは気を取り直し、真面目な顔をして窓の向こうの五つの映像を見つめる。
赤の布を腕に巻いた〈不死鳥の溜息〉は、ロランスとキースリングが主体の派閥である。
他にも黄、青、緑とそれぞれ布を巻き、ジリジリと山道を歩き始めていた。
それに対し、ベリアルドは六名という心許ない人数だ。インカム頼りの作戦に、会議室に集まった生徒たちは誰もが心配そうに眉を寄せた。
『こちらジュール。アロン、索敵開始します、どうぞ』
「こちらアロン。ジュール、了解。では皆さん、作戦開始です」
映像にはバサリと何かが降ってきて、あっという間に空へと飛び立っていた。
ジュールのワイバーンだろう。
「このままワイバーンでこちらに向かうのはダメなのですよね?」
「はい、 “徒歩で“ となっているので、転移も従魔も使えません。ああして望鏡魔法であちらの様子を映していますし、他にも多くの士団員が山の中で監視しています」
そうなると、ベリアルドは実質五人である。
空に映し出された映像は、望鏡魔法という空属性の魔法だった。鏡に写した映像をそのまま別の空間に転移することで実現している。
学院戦は魔術士団と騎士団が主体となり、中継から救護、不正管理までしてくれる国の行事だった。
『こちらジュール。アロン、全団位置確認。翡翠がマカの大木から北東二十一……』
ジュールの報告をアロンが地図に書き込みながら、望鏡の映像とすり合わせる。
「こちらアロン。全員、西に迂回、タジ谷のルートを進め。そこから少しの大岩より前に罠の可能性あり」
『こちらオラース。了解』
アロンは前日までに人の歩けるルートをすべて頭に入れ、教師や魔術士たちが罠を張りそうなところ、休憩出来そうなところを書き出していた。
ジュールに敵の監視をさせ、極力交戦を避けて静かに進む。これがベリアルドの作戦だ。
「皆、頼みますよ…… 厳しい戦いになるでしょうが……」
アロンの声は通信には乗せていない、祈りのような呟きだった。
■
「オラース、次は俺にも報告させてくれ!」
「うわ、ライアン狡い! オレもやってみたい!」
「わはは、譲らん。なるべく報告者は絞るようにとアロンに言われただろう?」
「穴にでも落ちろ」「そーだ、そーだ!」
山を歩く五人の男たちはここぞとばかりにはしゃいでいた。
表情だけは引き締めていたが、口元は常に動いている。
領地を代表する大変な役目だというプレッシャーと、新しい魔導具、見渡す限りの自然に、敵の接近はジュールが監視してくれるという安心感。
たった六人での作戦は、大いに男たちを高揚させた。皆成人済みと言っても心は少年のままなのだ。
「しかし、この魔導具……インカムは凄いな」
オラースは間違って魔力を通さないよう、耳裏のインカムを軽く触る。
実際に交信してみてもほとんど魔力を使わず、最先端の技術で戦えていることに、気を抜くとにやけ面を晒してしまいそうだった。
「ああ、状況が分かるというだけで精神的な疲労がかなり違う」
「ライアンは去年、泣きべそかいてたもんな」
「開始早々、獣用の罠にかかった奴に言われたく無いが? おいどこを見てる、お前だよクレマン!」
昨年、縄に足をとられ木に吊り下げられたクレマンは、ベリアルドで最速の離脱者だった。
今年は記録更新にならないといいな、と揶揄われながらも、うるせぇーと軽く笑って返す。
一行はザクザクと落ち葉を踏み鳴らし、怪しい場所は槍で突きながら進行した。
と、またもインカムから声が響く。
『こちらジュール。不死鳥がライラプスを放った。不死鳥から西三十五、南十五。以上』
ライラプスという名に五人はうげ、と鼻に皺を寄せた。
ライラプスは犬科の魔獣であり、橙の毛並みが茶色に見えるので野犬と見間違いやすい。
けれど、その鼻は野犬のそれとは比べ物にならず、牙も顎の力も容易く人の命を奪える代物だ。狩には重宝するが、狩られる側になるとなんとも厄介な魔獣なのだ。
「不死鳥の奴ら、どういうつもりだ? 早すぎるだろ」
オラースは文句を垂れながらも、黙々と細い獣道を掻き分ける。
「ジュールのワイバーンに気付いて近くに居ると勘違いしたんじゃないか?」
「あり得るな、ワイバーンとライラプスってどっちが強いんだろ」
ライアンはチラと空を見上げて微かな期待を滲ませた。あわよくば、ジュールになんとかして貰えないかと。
「従魔をワイバーンに食わせようとするな。恨まれるぞ」
——ドンッ!
と、地鳴りのような爆発音が山中に響く。
「早過ぎないか⁉︎ 方角分かるヤツ!」
キョロキョロと見えるはずもないのに周りを見回す五人の男たち。
『こちらジュール。アロン、金獅子の方角で爆発。罠と思われます、どうぞ』
『こちらアロン。ジュール、隊が分断してないか確認を。接近するライラプスを見つけたら再度報告を、以上』
『こちらジュール、了解』
それを聞き、すぐに五人の意識は自分たちの進路に戻る。
本来、その都度高い木に登り距離感を確かめたりするのだが、今年はその必要もなく罠や獣に気を配ればそれで良かった。
そのおかげでほとんど魔力も使わず、良いペースで進めている。
その後もオラースたちは敵と遭遇することなく、ハイキングのようにひたすら山を登った。
■
ベリアルド司令本部、という名の会議室。
「え、アレが罠です? 微かにここまで音が聞こえましたが……」
「はい、多分ですが風の魔導具でしょう。地中に埋めてあったり、仕掛けを触ると降ってきたりします。直撃すると十名ほど吹き飛びますが身体強化していれば死にはしませんよ」
シェリエルは目をパチパチさせ、少し見通しが甘かったかもしれない、と冷や汗を垂らす。
罠と言っても落とし穴や網で吊り上げられるくらいだと思っていたので。
「防御系の魔導具も作っておけば良かったですね」
「作ろうと思って作れるものなのですか!? シェリエル様は魔術の才が……」
アロンはほぅ、と隣のシェリエルを見つめ、「いかん、いかん」とまた作戦に集中した。
そうして雑談を交えながらも、シェリエルはアロンの隣で位置情報の取り方などを学んでいた。交代で指揮を取るために。
そんな中、大きなワゴンを押しながら会議室に入って来たのはコゼットだった。
「シェリエル様! 先に朝食をお召し上がりください」
「ありがとう、コゼット。手の空いている者は食事にしましょう」
空いたテーブルに集まった者たちにコゼットは一枚ずつ皿を配る。
ローストチキンと茹で卵のスライスなどをパンに挟んだものと、いくつかの果物。手軽に食べられる軽食だが、硬いバゲットにはみっちりとたくさんの食材が挟まれている。
ジゼルとシャマルも次々湯を沸かし、流れ作業のように使用人学科の者たちが紅茶を淹れていく。
今は学院戦の最中なので、皆シェリエルを待たずに食事を始めていた。
「あれ? このバゲットサンドいつも食べてるものと違うな……」
「本当だ、パンなのにサッパリする、のに色んな味がする……」
「はい! こちらはシェリエル様にいただいたレシピなんです! オニオンのスライスや木の実の塩漬けを刻んだものが入っていて、ソースも特別なのですよ!」
腰に手をあて胸を張るコゼット。
学院戦中は食事も各自で賄う為、シェリエルはいくつかコゼットにレシピを教えていた。
もちろん、上級生を含めた数人の料理人見習いたちで作ったものだが。
「凄いぞコゼット、お前は天才だ! おかわり!」
「ああ、良い料理人になるぞ! おかわり!」
「天才なのはシェリエル様で、鶏を焼いたのは…… て、褒めても何も出ません! 一人一食です!」
ワハハと笑い声が上がり、キュウと顔を真っ赤にしたコゼットは忙しく動き回った。
シェリエルは席につき、密かに安堵していた。野菜を使った料理はとくに男性陣には馴染みが無い。食べなくても死にはしないが、ただ自分が食べたくて野菜入りのレシピを教えただけだった。
「ジゼルとシャマルも一緒に食べましょう。支援とは言っても休む暇が無いでしょう?」
「ありがとうございます、シェリエル様。では、わたくしたちも失礼します」
数週間の準備期間を経て、下級生も随分と距離を縮めていた。自領だけというのもあるのだろう。
今年は真ん中くらいの順位を目指すと言っても、空気は例年通りの緩いものだった。司令官を任されたアロンだけは例外だったが。
■
「おかしいな…… 藤の雫はなぜあの人数であれほど躊躇無く進んでいる?」
ある会議室の窓から望鏡魔法の映像を見つめながら、ルイス・ロランスが呟いた。
ロランスの次期当主、アリシアの兄である。
「お兄様、今年はシェリエル様も参加しているそうです。また何か突飛な策を取っているのかもしれません」
「何か聞いていないのか? あの人数、初日は捨てたものと思っていたが……。やはり、ベリアルドは読めないな。ディディエ様も酷いものだった……」
何も聞いていないと首を振るアリシア。
遠い目をしたルイスは昔を懐かしむというより、嫌な記憶に心をチビチビ削られているような悲壮感が漂っていた。
「シェリエル様は変わってはいらっしゃいますが、それはすべて合理的なお考えあってのことです。ディディエ様よりは予測が付きやすいのでは?」
「しかし…… 見たところ罠にしか気を配っていないのに、まだどことも戦闘に入っていない。うちが随分前にライラプスを使ったようだが、裏手に位置するのだろうか」
時は正午過ぎ。
もういくつかの団は戦闘があり、不死鳥も隊が三つに分かれていた。
そうなるとランダムで映像が切り替わるので、自団の様子でさえすべてを把握することが出来ない。
初日はこうして待つことしか出来ず、待機組は気を揉むばかりであった。
対する登山組も、何が起こるか分からない山の中で常に警戒したまま進まなくてはならない。
隊が分かれ、離脱者が増え、味方はどんどんと減っていく。遊撃に出た味方が敵を減らしてくれると信じて、一歩間違えば遭難する山中をひたすら突き進むのだ。
よって、三日間で一番疲弊するのが、この遊撃戦と言われていた。
「ッチ…… やはり読唇は無理か。あれで監視員の位置を良く把握している」
「お兄様、そろそろ妨害作戦を立てなければ」
「……仕方ない、ベリアルドは無視だ。皆集まれ! 金獅子と月夜波を想定して作戦を練るぞ」
「ハッ!」
素早く待機組が声を揃えた。
ルイスは他の者に望鏡の映像を監視させ、自分たちは机を囲む。
遊撃戦は山を登るだけではない。敷地内に入ると敵団の妨害が許されているので、半数はこうして待機組として残るのだ。
同じ時、他の会議室でも似たような会話がなされ、各自次の戦いに備えていた。





