助力と選択肢
「シェリエル様…… 本当に申し訳ッ……」
通信の魔導具で呼び出されたわたしは、すぐに自室にベネデッタを招き入れた。
「少し触れますね。ヨガのように、ゆっくり息をしてください。深く吸って、吐いて……」
瞳を左右に揺らしながら錯乱したようなベネデッタの肩に手を置く。
先週と今日、ベネデッタが姿を見せなかったことで多少は予想していた。
知らせを受けたときは肝を冷やしたが、エミリアのように穢れに呑まれているような様子はなく、まだ大丈夫だと安堵する。
ベネデッタの内にある泥団子のような穢れは、一時小さくなっていたのでこのまま消えるかと思ったが、今では逆にどろりと蠢いているようだった。
「ベネデッタ様、少し魔力を流してもよろしいでしょうか? 理由は後で説明しますので」
「はい…… シェリエル様にすべてお任せ致します」
虚な瞳に遠慮することなく、穢れめがけて魔力を流していく。
逃げ惑うように暴れる穢れも、魔力で包み込めばすぐに大人しくなった。
しかし、このまま消滅させることは出来ないらしい。
「何があったか話せますか?」
「あの…… 何を話せばいいか…… いえ、すべて、聞いていただけますか」
「ええ、時間はたっぷりありますから」
ベネデッタの話はどれも醜悪で、正直エミリアの時より酷いと思った。
ベネデッタの家——アイゼル家は中位でも真ん中くらいの爵位のない貴族であり、事業が傾いていて領主からも見放された没落家門だった。
学院時代から親交のあったエブリーの父が、ツインズの上位貴族であるオリバーの家との繋ぎを作ってくれたという。
傾いた事業とは言え、オリバーの家の事業とも関係があり、ベネデッタを嫁がせれば外戚としてツインズに招くという契約がなされたのだ。
要は、ベネデッタの父は娘を対価としてツインズに移る切符を手にした。
オリバーの家は跡継ぎと、前世でいう子会社をタダで手に入れた。
ベネデッタの産む子が両者を繋ぎ、ベネデッタ以外が得をするという話だった。
「政略婚は珍しくないですが、畑女というのは初めて聞きました。ベリアルドでもあるのかしら?」
「ベリアルドではあり得ません! いえ、あるかもしれませんが……」
あまり大っぴらにして良い話題ではないらしく、遠慮がちに話してくれた。
理論としては「まあそうだろうな」という感想しかなく、わたしが聞かされていなかった理由も把握した。
上位の娘にとっては縁のない話なのだ。王族ともなればそれなりに差は出るかもしれないが、その場合は魔導具を使うだろう。
だが魔力の低い貴族たちには上がいる。身分違いの恋や、悪い上位者に騙されないよう、学院入学前には必ず教わるそうだ。
ジゼルもシャマルも不快感のためか、ぎゅっと全身に力が入っている。
そして、マリアやマデリンの話にまで及ぶと、腐乱死体を目の前にしたような顔で口元を押さえていた。
「ベネデッタ様はこれまでどうして穢れを溜めずに済んだのでしょう」
すると、ベネデッタは表情を変えずくるりと後ろを向き、慣れた様子で衣装を解き始めた。
「え、ベネデッタ様!? リヒト、外へ出て!」
シュミーズを捲り上げ、ドロワーズを下ろしたベネデッタの臀部には、いくつもの痛々しさが走っている。
「わたくしが十の時からです」
ここまで正気を保てたのは、そのオリバーの調教のせいか、あるいは彼に対して気持ちが無かったからか……
「まだ痛む傷もあるでしょう。触れてもよろしいですか?」
「はい、お見苦しい物を申し訳ありません」
羞恥心は擦り切れたのか、ベネデッタはただじっとしていた。
そっと彼女の肌に触れ、治癒の魔法をかける。
赤い線は跡もなく消えたが、古傷は残ってしまった。
古傷を治すには一度皮膚を削って再生すれば良さそうだが、それにはちゃんと麻酔や消毒が必要だ。今ほいほいとやる訳にはいかない。
「痛みが……消えてしまいました」
「古傷の方は後日治しましょう」
「……? 治るのですか?」
きょとんと振り返ったベネデッタは、今日初めて人間らしい顔をしていたように思う。
「ええ、工程は知らない方が良いと思いますが、痛みもなく綺麗に治せるはずです」
「ありがとうございます。ですが、また増えるものなので……」
「ベネデッタ様は、その…… このままでは穢れに堕ちる可能性があります。実は、少し兆候があり、一時的に良くなっていたのですがまた悪化しています。わたくしは今ベネデッタ様の穢れを祓うことは出来ますが、根本の問題が解決しなければ子を産む前に穢れに堕ちるでしょう」
ベネデッタはサッと青ざめ、ガタガタと震えだした。
目に見えて穢れが濃くなり、落ち着かせる為また少し魔力で調整する。
「わたくし、が魔物に? 死ぬだけならまだしも…… 魔物になるなんて…… そんなの、あんまりではありませんか」
「ええ、ですから、わたくしの出来る範囲であれば、ベネデッタ様の望む未来のため助力しましょう。これは領地関係無く、魔物討伐を課されたベリアルドとしての義務ですから」
「わたくしの……望む、未来?」
「はい、今わたくしが出来る範囲ですと…… ひとつは、心を麻痺させ人のままオリバー様に嫁ぐ。次に、ベネデッタ様の家門アイゼル家を潰しベネデッタ様のみベリアルドに移籍する。この場合はベネデッタ様はベリアルドの貴族に嫁ぐ形になりますね。あとは、オリバー様を処分し縁談自体を無くしてしまう。あ、処分というのは物理的にです、父がこっそりやってくれるでしょう」
ベネデッタは絶句したままパチパチと瞬きを繰り返していた。
あれ、ちょっと分かりづらかっただろうか?
「あ、転領案はアイゼル家の事業がベリアルドの利益になるなら家門ごと取り込むことも可能なのですけれど、領地間の問題になり少し時間が必要です。それでもやはり輿入れは必要でしょうね。後はわたくしの家族の趣味の範疇なので、すぐお約束出来るのですが……」
「あ、の…… 申し訳ありません、事が大き過ぎて、頭が付いて行きません…… わたくしが嫁ぐ以外、戦争の火種になってしまうのでは……」
「シェリエル様! もう少し平和な案は無いのですか!? どの案も……良くありません」
シャマルも困ったようにジゼルと視線を交わしていた。
うーん、平和な、平和な……
本人が納得するなら奴隷用の薬を使ってボヤッとしたまま嫁ぐのが一番平和なのだけど、まあ、後味は悪い。
それに穢れのことを伝えてしまったので、今すぐ根本から解決出来る策を提示し、安心を与えないといけない。
一度穢れを祓っても、発作的に穢れに堕ちるなどされると本当に困る。
「ベネデッタ様は復讐したいというようなお気持ちは無いのですか? 一応それを加味して案を出してみたのですが」
「復讐…… その、両親のことは貴族として仕方ないことと諦めておりますし、オリバー様は…… よく分かりません。憎い気持ちが無いと言えば嘘になりますが」
「ああ、復讐しても罪悪感が芽生えるといけませんものね」
スッキリするかと思ったが、やはり調教が効いているらしい。だとすると、どう転んでも穢れを溜めるか。
調教のスペシャリストなら城に一名いるが、洗脳を解くとなると北部の森で長期コースだ。
うーん、穢れを溜めずに平和に生かす方法か……
「わたくしに、ベリアルド貴族との縁談をいただけませんでしょうか」
突然、ベネデッタがハッキリと口にした。
「家門ごとベリアルドに取り込むとなると、少し時間がかかりますよ? それに保証はできません」
「わたくしは両親を捨ててでも、生きたいと思います。ただ、弟と母のことだけが気がかりで……」
「そうですか、ではそのように手配しましょう。少し、お茶を飲んでゆっくりしていてください」
わたしは部屋を出ると、転移門を使わず自力で城へと転移した。
「……という訳なのですけど、カザス領のアイゼルという家門をベリアルドに取り込めませんか?」
すぐにセルジオとディディエを捕まえることができた。というより、さっきまでお茶をしていたので、サロンにそのまま残っていた。
「アイゼルですか、聞いたことのない家門ですね。ザリス、すぐに調べて貰えます?」
「はい、少々お時間いただきます」
「あー、父上、アイゼルは僕も知りませんが、カザス領なら好きに出来ますよ?」
ディディエは青年実業家みたいな顔をして軽く言ってのけた。
「好きに、とはどの程度です?」
「まあ、それこそ没落貴族程度なら取り潰しから取り込みまで。ほら、前に闇オークションの資料を手に入れたでしょう? アレを僕なりに調べて整理しておいたんですよ。たしか、カザスの領主は違法な薬草を他国から仕入れ、闇オークションに売っていたのを黙認していました。実行犯ではありませんが、黙認の賄賂を受け取った証拠も揃っているので、良い交渉が出来るはずです」
「お兄様ッ!! 素晴らしいです!!」
このベリアルドの城に来て、一番ディディエを尊敬した瞬間かもしれない。
「フフフ、どう? 僕が天才で美しくていつでも妹を愛してる素晴らしい兄だって分かった?」
「はい、お兄様は天才です!」
「それだけ? もっと褒めてくれていいんだよ?」
「お兄様は世界で一番かっこいいです!」
「シェリエルッ! なんて愛らしい僕の妹!」
キャッキャと浮かれるわたしたちを他所に、セルジオは「うーん」と渋い顔をしていた。
「まー、それなら良いですけど、役に立たない家門を取り込んでも面倒なだけですよ? 畑女として娘を差し出すのは当主の手腕がそれほどお粗末だということですからね」
「あの、畑女というのは良くあるのですか?」
「ベリアルドでは本人の強い意志が無ければ、魔力の離れ過ぎた婚姻は認めてません。ベリアルドは土地の魔力が比較的濃いので、穢れの影響も他とは違いますからね」
命を賭してでも愛する人の子を産みたいという女性の意志があれば、それは許すらしい。
そこらへんは臨機応変にというわけだ。
「でも魔力の差なんてそれほど違いはありませんよね? どうして他領では平気なんでしょうか」
「文化の違いですよ。それが正しい、当たり前だという常識があれば、人は罪悪感を持たないようです。正義だってそうでしょう?」
「たしかに……難儀なものですね」
「まあ僕たちには縁のない話ですね、常識なんて」
揃ってワハハと笑い、アイゼル家をどうするか決まったら連絡を貰えることになった。
「ねー、でもさ。そのベネデッタ、だっけ? これまで調教で何とかやって来たんでしょ? なんで今ごろ穢れなんて溜めたわけ?」
「……?」
「いやさ、幼少期からの調教による洗脳ってさ、そうそう解けるもんじゃないんだよ。不確かな感情と違って、痛みって明確だろ? だからさ、何がなんでも心を守ろうとするわけ。頭が勝手にね。リヒトもそうだっただろ?」
「でもリヒトもここで…… ああ、もしかしたら、わたしが洗脳を上塗りしたからかもしれません。あと、穢れも軽く祓っていました」
「うーん、それなら、穢れ自体消えても良さそうなんだよね。それに兆候はシェリエルが関わる前からあったんでしょ?」
ふむ、と二人考え込み、わたしはベネデッタの話を思い出す。
最近の揺れはたしかにわたしの所為だと思う、が。うーん、というかマリアと接点があったことに驚いた。
せいぜいオリバーから話を聞くくらいかと思っていたのに、紹介までされていたとは。
「ああ……、罪悪感を煽られたからかもしれませんね。自責の念は恐怖や憎しみよりも穢れを呼ぶのでしょう?」
「うん、そうだね。だから僕たちは並大抵のことじゃ堕ちない。家族に関わること以外は。……て、シェリエル何かしたの?」
「いえ、わたしというか、一人ものすごく厄介な人が居て…… 本人に悪意はないのですけど、やたらと罪悪感を煽るのですよ」
お茶会の様子も聞いていたので、なんとなく想像がついた。
それに、教室や寮での様子からしても、若干カルトのような信仰心が芽生えている。
「えー、なに面白そう! それ前に言ってたやつ?」
「ええ、まぁ…… エミリア様もマリアに随分煽られたようなので。もっと早く気付くべきでした」
「じゃあそいつを処分する? そうすれば穢れ対策も楽になるんじゃない?」
「まあ、それが一番手っ取り早いですよね」
「おっと、僕の出番ですか? 王命でない暗殺は死罪になりますけど、我が子の頼みならば上手くやりますよ」
ニコニコとピクニックの計画を立てるみたいに前のめりになるセルジオ。
出番をくれと期待の眼差しである。
「お父様はやはり暗殺業もやっているのですか?」
「数年に一度程度ですよ、今は比較的平和ですし、昔ほどじゃありません」
それでもあるんだ……
よしよし、これで一連の穢れ騒動とはおさらば出来る。
と、浮かれ気味だったわたしは、そのすぐ後に少し泣くことになるのだった。
結論は出ませんでしたが、物騒な選択肢が並びました。
今回は基本的に上塗りしていくスタイルです。洗脳には洗脳を。混乱には混乱を。
(シェリエルの意図したものではありませんが)
『裏表シンドローム』
ジェフリー先生の短編を「設定・番外編」に追加しました。
読まなくても本編に支障ないですが、絡んでいたりもします。
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