進捗確認と調整
「本当にこのような場所でお過ごしになっているのですか……」
「エミリア、言葉が過ぎますよ」
カッパー寮の会議室に入ったエミリアはマチルダに叱られ、つい口が滑ったというふうに口を真一文字にしていた。
アロンが「やはり本館の会議室を用意すべきでしたね」と申し訳なさそうにわたしを見れば、エミリアは鯉のように口をぱくぱくさせる。
「あ、いえ、申し訳ございません。その、わたくしは何も問題ないのです! シェリエル様の生活にご不便があるのではと……」
「ふふ、エミリア様は心配してくださったのですね。色々と工夫しているので大丈夫ですよ」
カッパー寮は古く質素ではあるが、自室には虫用に物理結界を張っているし、たまに廊下などで虫と遭遇した折にはリヒトが即座に対処してくれる。
そう話すと、なぜかベリアルドの面々すらも苦い笑みを浮かべていた。
「ベリアルドでは女性もこのような会議に参加されるのですか? 初めてのことで少し緊張致します」
「他の御令嬢は……、たぶん無いと思います。本日も勉強会みたいなものだとお考えください」
今日はお茶会の中間報告及び進捗確認である。
講師としてロランスのマチルダ。そして、補佐にエミリアが来てくれた。
これまではジゼルやシャマルが寮室にお呼ばれしてだとか、授業の合間に雑談がてらで教わって来たが、一度全体を把握したいと思ってわたしが招集した。
前世では嫌いだった会議の類も、今世ではやらなければ不安で仕方ない。口頭でやり取りされることが多いので、認識の齟齬が生まれやすいのだ。
使用人学科を専攻している上級生のポレットが丁寧にポットの紅茶をカップに注ぐ。
全員に癒しのティーカップが行き渡ったところで、アロンが報告を始めた。
「お客様の一覧は資料にある通り、人数は十四名。圧迫感が出ないよう、三十名用のサロンを使うつもりです。主賓は立てず、白を基調とし、六神色を取り入れます。席次はこれで暫定とし、アリシア様に最終確認をしていただく予定です。次に——」
男性的な会議の進め方をするアロンに、マチルダとエミリアは必死に視線を集中させていた。
それぞれに資料は用意してあったが、メモを取ったり資料を見ながら話を聞くという習慣がないので初めは皆こうなるらしい。
「——今決まっているのはここまでです。何か気になるところや間違いはございますか」
「やはり、ベネデッタ様もお呼びすることにしたのですね……」
ベネデッタとはエミリアの見つけた穢れの兆候がある御令嬢のことだ。
マチルダは筆頭候補でもあるので、穢れの件も聞いたようだ。
憂いを含む質問に、アロンは表情を変えず淡々と答える。
「次のお茶会がいつになるか分かりませんから、なるべく早く繋ぎを作っておく方が良いと考えています」
「はい、アリシア様からもそう伺っております。……上位の方は三名しかいらっしゃらないのですね。中位の方を中心にしたのには何か理由があるのですか?」
「上位の方を中心にしてしまうと、中位貴族は萎縮してしまいます。それに、上位の方だけ集めるには我々の経験が足りていませんから」
「分かりました。初めての主催ですし、それでよろしいかと思います。ええと……あとは」
思い出すような素振りをするマチルダに資料を見るよう促すと、ハッと手元の紙に視線を走らせた。
「こちらの軽食とはどういう意味でしょうか? お茶会ではなく朝食に招待すると?」
アロンの視線を感じ、わたしは説明を代わる。
「わたくしの運営するサロンでは菓子だけでなく軽い食事も提供しているのですけど、そちらを少しずつお出ししようかと。甘い菓子ばかりでは飽きが来ますから」
「お茶会で晩餐会や夜会を再現するということですか?」
ん? 立食では無いが…… あ、だから晩餐会か。
たしかに普通のお茶会では砂糖菓子しかないので、食べ物の量は多めだ。
「そうですね、軽い食事会のような雰囲気になるかもしれません」
「それは、また…… 豪勢なお茶会になりそうですね」
「……?」
そこでエミリアが控えめに手で合図し、発言の許可を取る。
「あのクッキーや焼き菓子なのですけれど…… わたくしは大変美味であり、素晴らしい菓子だと思います。甘過ぎず、さまざまな味があって……ただ……」
そこでエミリアは口籠もる。言わなければいけないけど言いたくない、みたいな躊躇の仕方だった。
「エミリア様、遠慮なさらず仰ってくださいね。ジゼルもシャマルもあの菓子を幼少期から知っているので、他の方々がどういった感想を持つかはとても参考になります」
「……ッ! あの、見た目があまりよろしくないかと! 特に色が……乾いたパンを連想させるので、それが甘いというのに違和感が…… あと、使用人の食事や隠れて楽しむ甘味のような印象になってしまいます」
ほう、たしかに!
原材料はほとんど同じだしあながち間違いでもない。
昔、和菓子嫌いの同僚が「豆を砂糖で甘くするだけでも意味不明なのに、それで甘い米を包むとか気持ちが悪い」とおはぎを盛大にディスっていたことを思い出す。
それと同じような感覚なのかもしれない。たぶん違うが。
「味や香りは大丈夫でしょうか?」
「はい、一度口に入れてしまえばすべて目を瞑れるくらいに美味しい、デス……」
「では本当に見た目なのですね。メレンゲとチョコレートだけにしましょうか」
「シェリエル様、上位の方には焼き菓子の話も広まっていますので、無ければ無いで気を落とされるかと」
マチルダの意見にも頷くしかない。
うーん、マカロンとかなら受けそうだけれど……
記憶にあるカラフルな菓子を思い浮かべ、即座に無理だなと却下する。
マカロンを作ろうと思った事がないのでレシピを見た事が無いのだ。しかも分量や温度など結構難しいお菓子だったはずで、今から研究するには時間が足りない。
「エミリア様、ありがとうございます。自領ではやはり忌憚無い意見は出づらいので、今教えていただけて助かりました」
エミリアは照れたようにキュッと俯き、「いいえ、滅相もありません」と縮こまった。
とりあえず、メニューはあと回しにして茶葉や装飾に使うものなどに問題無いか確認してもらう。
諸々の話が終わると、休憩がてらメレンゲを摘みながら一息つく。
「どのようなお茶会になるのかとても楽しみですね」
「ロランスの皆様をヒヤヒヤさせないよう頑張ります……」
「あの、今更ですけれど、こちらの資料は筆跡も何もまったく同じものなのですね。もしかして、本の制作にも関係が?」
「はい、仕様は秘匿事項なのですけれど、同じ魔導具を使っています」
マチルダとエミリアは「ほぅ」と改めて互いの資料を見比べながら観察していた。
複写の魔導具はユリウスイメージアップ作戦の為に考えたものだったが、案外いろいろと使い道があって大助かりである。
招待状も複写で作る予定なので招待客が決まれば後は早い。
会場の装飾もデヴィッドにイメージを伝えると絵に起こしながらデザインしてくれたので、今は現物を確認しながら細部を詰めているところだ。
その他は礼儀作法の授業で習ったことがほとんどでわたしたちだけでも進められた。上位貴族として適切かをチェックしてもらい、お茶会の確認は一旦切り上げる。
「それで、例のシルバ生…… ベネデッタ様ですが、あと二週持つと思いますか?」
マチルダが不安そうにハンカチを握りしめる。
「エミリア様、いかがです? その後モヤが増えるだとか濃くなるだとかはありますか? 常に纏っているというわけでも無いのですよね?」
エミリアは療養が終わってもベネデッタの監視のためにシルバ寮に残ってくれていた。朝と夕、それに移動の際にそれとなくベネデッタを見てくれている。
「はい、あれから意識して観察していますが、三日に一度ほど夕食時にモヤを纏っているくらいです」
「何とも言えませんね…… 彼女の身辺で何かわかったことはありますか?」
「それが……、ベネデッタ様も婚約中とのことで、お相手がツインズの上位貴族のようです」
扉の側に立っていたリヒトがぴくりと反応する。きっとわたしと同じことを考えているのだろう。
「その方、もしかしてマリア様の件でわたくしに喧嘩を売ってきてた方では?」
「……はい、ロバート様に調べていただきましたところ、以前シェリエル様に無礼を働いた者だとか」
ロバート案外役に立つこともあるのね……いや、そうじゃなくて。
ツインズと聞いて過剰反応かと思ったが、エミリアも身に覚えがあるからかしっかり調べてくれたようだ。
「考え過ぎかもしれませんが、念の為マリア様の周囲も探っておきましょう。そちらはシャマルにお願いするわ」
「はい、仰せのままに」
「アロンは何か聞いていませんか? ゴルド寮でマリア様の名を聞くようなことは」
「その相手の男というのはゴルド寮の生徒だと思われます。何度か食堂でマリア嬢の名を耳にし、ひやりとしたのを覚えていますから。それが別人であればもっと厄介なことになりそうですね」
「ええ……、本当に」
エミリアと同じく嫉妬による穢れだろうか。
とりあえずヨガにでも誘ってみよう。
「あ、エミリア様。前に話していた体操教室のお話なのですけれど、お茶会の二日後にお試しでやってみようかと思っています。ロランスの皆様も参加されませんか?」
「シェリエル様!? この忙しい時に何をしていらっしゃるのです!?」
それにはシャマルとジゼルも虚無の顔で頷いていた。
気持ちは分かるが、これも対穢れ作戦として外せないのだ。
「お茶会と違って準備するものは衣装くらいですし、それほど手間でもないのですよ」
「はい!? 衣装!? 何をやっているんですか!!」
えへへと誤魔化し笑いをしながら概要を説明すると、ロランスの二人は目をパチパチさせながら口をまるく開けていた。
今回、一番大変なのはデヴィッドかもしれない。
会議後すぐに夕食を済ませると、そのデヴィッドと打ち合わせだ。
「デヴィッド様、遅くに申し訳ありません」
「いいえ、いいえ! これまでも楽しいことはいつも深夜に行っていたので、まだお昼間くらいの感覚ですわ!」
「ありがとうございます、今日はお茶会の衣装でしたね」
「はい! ドレスは仮縫いが終わり、今日靴を完成させたところです!」
ドレスはお茶会とは関係なく仕立て途中だったので、揃いの靴を作る余裕が出来たのだとか。
木箱から出された一足の靴は、前世でよく見たヒールのある靴だった。
「素晴らしいです……」
「ええ、そうでしょう? 職人もめきめき腕を上げ、履き心地もずいぶん良くなりましたの」
これまではバレエシューズに指二本分くらいの踵を付けたローヒールばかり仕立てていた。
可愛らしく動きやすいのでとても気に入っている。
けれど、今回の靴はキュッと踵が拳ひとつ分くらい上がり、シルエットもシュッとしていて少し大人っぽい。
淡い水色のシルクに濃い青のガラスビーズで刺繍が施されていた。
側面から伸びた同色のシルクリボンは、いつもの靴と同じように足首に巻くのだろう。
試着してみると、案外安定感があり自然と背筋が伸びる。
「お茶会くらいなら平気そうですね、とても可愛くて驚きました」
「本当はもっとヒール部分を細く高くしたかったのですけれど、それはまた追々ですわね」
う……
自分で言っておきながらハイヒールが流行ると嫌だなと思った。
ディオールあたりは喜びそうだが、こんなものが常識になるとつらいのはわたしだ。
「有事の際に走りづらいですから、ヒールは抑え目で……」
「走らなければならない有事など、御令嬢がそうそう遭うものではありませんわよ?」
「それもそうですが……」
つるりとした廊下をコツコツ歩いてみたが、そこまでヒールも高くないので頑張れば走れそうだった。
前世とは比べ物にならないほど体幹が鍛えられているせいかもしれない。
キャッキャとはしゃぐデヴィッドと木箱に納められた装飾用の布を確認していく。
「こちらはテーブルの中央に、こちらはお席の装飾用ですわね。あとは……、そうです! リボンはこちらに纏めてありますから、図案を参考にお使いください!」
「まぁ! とても分かりやすいです! ありがとうございます!」
デヴィッドのデッサンには水彩画のように淡く色付けされていて、このまま飾っても良いくらい華やかなテーブルセットが描かれていた。
「意匠を考える時間が一番幸せなのです! それは服でも靴でもテーブルでも同じですわ!」
「デザイナーでありコーディネーターですね、デヴィッド様は」
「……こでぃねーた?」
はて?と首を傾げ、その後ついでというように頼んでいた他の衣装たちも試作品を見せてくれた。
いくつか生地や形の修正点を話し合い、だいたいの終わりが見えてきた。
最後にドレスを試着しそのまま部屋着に着替えると、ガウンを羽織ってお茶をしながら少しお喋りをする。
「先日クロエ様からお手紙をいただきました! 新しい本がもうすぐ出来上がるそうですよ」
デヴィッドはすっかりクロエと仲良くなったようで、わたしより頻繁に連絡を取っている。
「あら、では製本の準備もしておかなければいけませんね。紙の製造も安定してきましたから、たくさん作れそうです」
「それではついに本の販売を? 流通に関しては多少知見がありますから、いつでもご相談くださいね」
「ありがとうございます、その際はぜひ」
デヴィッドの実家は貿易を生業とする家門なのでとても心強い。
他にも他愛ない世間話やがっつり商売の話をしながら、夜更けのお茶会を楽しんだ。
◆◆◆
週末。休日の昼下がり。
今では白薔薇の館と呼ばれるスパサロンの調理場に訪れていた。
コルクと他の菓子職人を集め、「クッキー・改」の研究中だ。
研究と言っても、大したことはしていない。
「この魔導具は本当に万能ですね。粉砕の魔導具が発展した理由が分かる気がします」
「はい! ですが、シェリエル様が改良されたこちらの魔導具が国内でも最高の性能ですよ!」
最初は何だったか…… カカオの実を粉砕するかクレイラの泥を粉砕するかで改良を始めたのだ。
ああ、カカオは石臼で練り潰すからここまで細かくしようと思ったのはクレイラが始まりか。
粉砂糖の粒度によって砂糖菓子の口溶けが変わるので、元々粉砕系の魔導具は発展していたが。
その粉砂糖に果実の汁とメレンゲを加え、淡い色のアイシングシュガーを作っていた。
口の小さな搾り金口を作る時間はないので、蝋で加工した袋に小さく口を作ってそのまま絞り出す。
「こうして絵を描くように装飾したいのです。硬過ぎない程度に乾くと良いのだけど」
「これは焼かなくても良いのですか?」
「ええ、普通に乾くはずよ」
メレンゲって生卵なのになんで乾いたら保存期間が延びるんだろ? よく分からないからお土産にするには検証が必要かも……
硬さは少しずつ調整すれば良いので、それほど手間のかかる実験でもなかった。
色とりどりのアイシングシュガーが出来上がり、各々クッキーに向かって試行錯誤していると、何人か絵の得意な料理人がコツを掴んだらしく可愛らしいアイシングクッキーを完成させた。
ちなみにわたしの作ったものはただのマーブル模様になってしまった。これはこれで可愛いと思うのだけど……
コルクも一枚完成させて、フンと満足気に腰に手を当てて眺めている。
「やはり、こちらの方が断然見栄えが良いですね!」
「うーん、これだと甘過ぎるしわたしはそのままのクッキーの方が美味しいと思うのだけど」
「徐々に慣れていただくのが良いのではありませんか? このアイシングというのも出来るだけ薄く致しましょう」
「ありがとう。それにしても、ベリアルドでそれほど反発は無かったのは何故かしら?」
「ディオール様がお広めになったからではないでしょうか」
まあ、そうか。心中ではうげっと思っていても、笑顔で口にするしかないものね……
食べてしまえばあのエミリアも気に入ってくれたようだし。
「ではお茶会はこのアイシングクッキーとメレンゲ、チョコレートを中心にするわ」
「はい! 得意なものに練習させておきますのでご期待ください!」
というわけで、菓子の色問題は解決したのだった。





