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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第一章 ベリアルド家
15/469

15.シェリエルの秘密


「おや? ディオールにこんなに美しい妹が居たとは聞いていませんが? 幼少期からずっと一緒に過ごして来たと言うのになんということでしょう。しかしおかしいですね、世界で一番美しいのはディオールであるはずなのに、こちらの美女が眩しすぎて私の目はどうかしてしまったのでしょうか」

「そうでしょう、そうでしょう。ご安心くださいませ、わたくしが貴方のディオールですわ。シェリエルは天才でしたの、あまりの美しさにドレスが間に合わないのですけど、新調しても良いかしら?」

「おお、なんと! そこの美しい貴女はディオールでしたか。やはり僕の妻が世界で一番美しいというのはこの世の真理なのですね。好きなだけドレスでも宝石でも買いましょう」


 なんか始まってた……

 なるほど、ディディエはセルジオの遺伝が強いらしい。

 いつまで続くのか分からない茶番を使用人一同も笑顔で見守っている。

 食事がはじまって間もなく、ディオールからある通達がなされた。


「シェリエル、貴女の事業にわたくしも出資するわ」

「出資、ですか?」

「ええ、その代わり一番に使うのはわたくしよ。良くて?」

「もちろんです、お母様。出資が無くてもこの事業はお母様の為にあるのですからそのつもりでいました」

「あらあら、なんて出来た娘なのかしら。けれど資金は多い方が出来ることも増えるもの。期待しているわよ」

「ありがとうございます」


 食事の席で笑っているディオールは初めてだった。

 本来、これが彼女の姿なのだとしたら、この数年どんな気持ちで食事をしていたのだろうか。

 もしも、わたしが妾の娘だと思ったままだったらどれほど苦しめていたことか。


「おやおや、また僕だけ仲間外れですか? 父にも何かないのです? 僕もシェリエルと絆を深めたいのですけど」


 諸悪の根源であるセルジオはムッと不服を意を示した。

 ま、どうせなにも考えていないのだろう。とりあえず言ってみるというような拗ね方をするのだ、この人は。


「お父様にも感謝していますよ。教師の手配や予算の配分、ありがとうございます」

「いえいえ、それは親としての義務の範囲内ですからね。もっとこう、特別な何かが欲しいんですよ。あ、そうだ。シェリエルは剣術に興味はないですか?」


 なんだって? わたしまだ五歳よ?


「父上、女の子に剣など持たせるものではありません。シェリエルが怪我でもしたらどうするのですか」

「ディディエはすっかり過保護な兄になってしまいましたねぇ。僕だってもっと父親したいんですよ」

「僕が一番シェリエルと長く過ごしてきましたからね。父上にはまだ早いのではないですか?」


 シュン……、と項垂(うなだ)れるセルジオをフォローする人物はいない。

 次の瞬間には飄々と肉を切り分けているので、セルジオも本気で落ち込んでいるわけではないのだ。

 ……それにしても、剣術か。前々世のこともあるし、いつかは習ってみたい。


 これまでに無いほど賑やかになった食卓は、普通の家族のようで少し胸が熱くなった。

 気にしていないつもりでも、やはり他所者感というのは感じていたのだ。

 明日は家族で夜のお茶会をすることになり、食後それぞれ席を立つ。花を飛ばしながら一緒に出ていく両親がまたも砂糖菓子のように甘い。

 それで。メアリと共にシェリエルも自室へ戻ろうとすると、ディディエに呼び止められた。


「後でシェリエルの部屋へ行ってもいいかな? 夜のお茶会をしよう」


 お昼寝もしているのでまだ少し大丈夫そうだ。

 部屋に戻るとすぐに寝間着に着替え、すぐに寝れるよう準備する。




「お邪魔するよ。シェリエル」


 果物を手土産にディディエがやって来た。濃い紫の房は前世でも見慣れた葡萄だった。

 メアリがディディエ好みの紅茶をいれてくれると、ディディエはすっかり慣れた様子でいつもの席に着く。


「まずは、お疲れさま。こんなことになるとは思わなかったけど、上手くいって良かったよ」

「お兄様の助けがあったからです。ありがとうございました」

「ふふ、じゃあさ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? 前に言ってたシェリエルの秘密」


 ああ、すっかり忘れていた。そういえば、仲良くなったら教えると言ったきりになっていたっけ……

 ディディエも最初の数ヶ月は露骨に探って来ていたが、いつの間にか何も聞かれなくなっていたので忘れたかと思っていた。

 彼はちゃんと待っていてくれたらしい。


「別に大した話ではないのですよ?」

「そう? これまでのこととか、今回の母上のこと、全部その秘密が関係してるんじゃない?」


 さすが、ディディエお兄様。

 たまに心が読めるのでは思ってしまうくらい、ディディエには嘘や誤魔化しが通じない。


「まあ、そうですね。ベリアルドの呪いと比べれば本当に大したことないのですが、わたし前世の記憶があるんです」

「前世の? いつからその記憶が?」

「生まれて数ヶ月くらいでしょうか。前世はこことは違い、科学という技術が発達した世界で、わたしは二十七歳で死にました。その記憶がそっくりそのままあるんです」

「へぇ〜おもしろいね。じゃあ中身が大人ってことかな?」


 顎に手をやりジッとこちらを向いている瞳には、疑いや呆れなどは感じられない。

 そのせいか、シェリエルも以前のような焦りはなく、ちょっとした身の上話のような感覚で話す。


「それも少し複雑で…… 他にも色々混ざっているせいか、自分が大人なのか子どもなのかハッキリしないんです。この五年はろくに歩けない子どもの身体ですし」

「そりゃあそうだろうね。ベリアルド家の人間は特に」

「どういうことです?」

「そこらへんは僕の専門外だけど、要するに、ベリアルドは生まれてからすぐ大人と同じくらいの知識と人心を叩き込まれるだろ? それは、そうしないと人にとって害となるからだ。だから、ある意味では大人と遜色ない」


 たしかに、知識だけで言えばディディエは普通の大人など軽く超えている。

 振る舞いや自制心なども社交や人心の授業で強制的に叩き込まれるので子どもと言えるのか怪しいのだ。


「ああ、だからお兄様を可愛らしいと思えないんですね」

「なんだい、失礼だな。僕はとても愛らしいと母上には評判なのに」


 実際、何も分からない何も出来ないシェリエルにとって、ディディエは兄として頼れる存在だった。

 最初こそどうにか逃げようとしていたけれど、結局のところ、その時点で彼女はディディエを年下の男の子として見ていなかったということだ。

 ……そうか。だって、敵わないから。お兄様には。


「これがわたしの秘密です。前世では魔法はありませんでしたけど、少なくとも美容と食事に関してはここよりも発展していました」

「なるほどね。でも、それだけじゃないだろう? 母上の血抜きの件、どうして病気になるかもなんて思ったのかな?」

「それは…… 前世は魔法で治癒ができない代わりに、医術が発達していたのです。病気の原因や感染経路なんかも殆ど解明されていましたから」


 これは嘘じゃない。この世界の仕組みと違うのかもしれないけれど、病気や感染経路の知識は前世のものだ。

 もし違っていたなら、それで良いし、母親の死を予言するような事は気が引けてしまう。


「あのね、母上のメイドの一人が病を患っていたよ」


 え? 聞いてない。じゃあやっぱりあの夢は本当に起こることなんだろうか。

 けど、いつ、どうしてディオールが死んだのかわたしは知らない。


「その病は発症までに数ヶ月から一年の期間があって、それまで特別な検査をしないと本人でさえ気づかない。でも発症したら治癒することは不可能だ、魔法で病は治せないし、その病に効く薬草も見つかってない。どういう意味かわかるよね?」


 発見の困難な不治の病。そして……


「それは人から人へ感染するのですね」

「うん、今回の事でそれもハッキリしたんだ。シェリエルが母上を救ったんだよ」


 だから、今日あれほど素直に入浴も洗髪も試してくれたのか。でもよかった。まだ安心は出来ないけれどとりあえず危機は回避できたんじゃないだろうか。

 シェリエルはホッと安堵の息を吐く。


「どうして分かったの? 単なる偶然かもしれない、もしくは誰かの差金かもしれない。父上がその商人とやらを調べているはずだけど、シェリエルはそいつが何者か知っていた?」


 うーん、どうしたものか……

  気が引けるのは確かだが、スパイ容疑をかけられるのも困る。実際そこらへんの事情は本当に知らないし。

 と、悩んでみたが。

 よく考えたら未来の夢より前世の記憶の方が事案としては()()()のでは?

 ならもう良いか……


「わたし、前世の記憶を得る前まで、自分が死ぬ夢をずっと…… 毎日見てたんです」

「え? シェリエル死ぬの?」

「らしいです。今すぐにじゃないですけど。自分が死ぬとき周りにいた人たちの存在というか認識というか。そういうのは覚えていて、その夢でお母様はわたしがここへ来て数年で亡くなっていたんです」

「ちょっと、待って。じゃあ夢の通りになってるってこと? この家のことも僕のことも知ってたの?」

「何となく、ですよ? 夢を見る時、摩訶不思議な夢でも夢に出てくる人や自分のことを、こういうものだって分かった上で話が進むみたいな事ありませんか? そんな感じで、自分はこういう人間でいまどうしてこうなってるか、みたいなのを理解してたんです。ベリアルド家に引きとられ、妾の娘として育ったと認識がありました。でも他のことや顔や名前は目が覚めると朧げで、あまり役には立たないんですけど」

「じゃあ僕はその時シェリエルの側にいたんだ? 僕は何してたの?」


 これは……言ってもいいのかな。ある種呪いになってしまわないか。

 いや、案外面白がるだけかもしれない。


「そうですね、笑っていました。学院の生徒たちが集まっていたので、こんな派手な最期を迎えられてよかったな、と」


 ディディエは俯いて小刻みに肩を震わせている。

 ああ、ツボに入ってしまったのだろうか。あまり自分の死を笑われるのはあの夢を思い出して嫌なのだけど。


「……りえない。あり……ない。…え………い」

「え?」


「ありえないありえないありえない。学院? じゃあ早くて八年、遅くても十三年でシェリエルは死んでしまうの? 僕はその後も生きているということだよね。人はいつか死ぬよ? でもシェリエルとあと数年しか一緒にいられないなんて、しかも僕がその死を笑っていた? ありえない。死ぬ? 絶対に許さない。そんなこと許されるわけない。許さないから、僕より先に死ぬなんて。誰がそんなことを? 絶対に嫌だ。シェリエルが死ぬなんて無理。何これすごく嫌な気分。僕たち狂わないんじゃなかったの? 頭がおかしくなりそうねぇどうし」 

「お兄様!! ごめんなさい! お兄様! わたしは大丈夫ですから! 落ち着いてください!」


 シェリエルはパッとディディエの手を握った。

 冷たくなった指先が震えていて、焦点の合わない薄いグレーの瞳がぐるぐる蠢いている。 

 不安なのだ。怒っているのだ。

 彼はいま、シェリエルの死を拒絶し、悲しみ、猛烈に怒っている。


「シェリエル、死なないよね? 死ぬなら僕より後にしてよ」


 ああ、お兄様はわたしを……

 ディディエはきちんと妹としてわたしに向き合ってくれていた。

 ……じゃあわたしは?

 今までディディエ自身をちゃんと家族として、兄として……

 わたしはどこかでディディエを心ない悪魔だと諦めていなかったか。

 どうせそういう人だからと。

 いつも受け身で、何かをしてもらうばかり、逃げることばかり考えて、自分とは違う生き物のように線を引いて、保身ばかりで、優しさに安心して……

 ディディエが揺らす感情がシェリエルの喉奥を締め付ける。

 痛くて苦しかった。


「や……約束します。ごめんなさい…… おにいさま」


 やっとのことで絞り出した言葉ごと、ディディエがやさしく抱きしめてくれる。

 胸の痛みにポロポロと涙が溢れていた。


「大切ってこういうこと? シェリエルは僕の大事な妹だよ。僕が生きてる限り絶対に守ってあげる」


 わたしもちゃんと向き合おう。

 ポンポンと慣れない手つきで背中を叩くディディエが、とても兄らしく思えた。


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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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― 新着の感想 ―
[一言] 体はディディ、心はドンキー。なんてできた物語なのでしょう!! だからゲームの売り上げもシリーズの存続も認知度も素晴らしかったのね!!
[良い点] ヤンヤンしてきましたねぇ( ◜ᴗ◝ )
[良い点] これでディディエが演技だったら もう脱帽です この後の展開がさらに楽しみになりました!
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