ベリアルドと晩餐
最後におまけがあるので長いですが、肌に合わないなと思ったら飛ばしてください。
あー、本当に疲れた死ぬかと思った。
「シェリエル様!!」
寮の自室に戻れば、シャマルとジゼル、それにリヒトが今にも泣きそうな顔で待っていた。
そのまま寝台に飛び込みたかったけれど、そういうわけにもいかないらしい。
「シェリエル様、本当に申し訳ありません…… わたくしまで気を失ってしまって…… 何のお役にも立てませんでした……」
「ジゼル、わたしが意図的にやったことよ、謝るのはわたしだわ。怪我はない?」
「はい…… 失神の訓練も受けておりますから……」
わあ……
咄嗟の時にはどうにもならないが、意識を失いかけた時に先に膝の力を抜くだとか手をどう構えるだとかいう訓練がある。
おかしな事をするなあと思っていたけれど、コルセットにより気を失いやすい淑女にとっては必須の訓練らしい。
なお、わたしは人前で倒れたら命は無いと思えと言われているので訓練を受けたことはない。
「何があったのです、本当にシェリエル様がご乱心なされたのですか……?」
「ご乱…… そうね、貴女たちには話しておくわ。これは他言を禁じます」
あらかた話し終えた後も、三人は青い顔をして口を噤んだままだった。
もう寝たい。城に帰るとまた詰められそうなのでこのままここで。
「少し休むわ、夕食は城で摂るから、時間になったら起こしてもらえる?」
「はい…… かしこまりました」
扉の閉まる音と同時にわたしはスッと気絶するように眠ってしまった。
「シェリエル! 魔人が出たというのは本当ですか!」
「ねぇ! 何で僕に連絡しないの! で、大丈夫なの?」
仮眠したあと城の食堂に顔を出せば、セルジオとディディエがもの凄い勢いで駆け寄って来た。ユリウスから話を聞いたのだろう。
「あー、はい、少し休んだので」
本当は内臓がちょっとおかしいくらいに痛む。何が起こってるんだというほど痛む。三日ほど高熱が出た後のように肋骨の内側から節々まで痛む。
「で、本当に魔物に!?」
「いえ、魔物化までは。先生に手伝っていただいて内から祓ったので」
ユリウスも話すならちゃんと全部話しておいてくれと思いつつも、夕食をとりながらここ数日のことを詳細に話す。
もうこの話は三度目だが、兆候があったことや祓い方などすべてを話すのは初めてだ。
食事中に話しても誰一人顔色を変える事はなく、ディディエなどは少し嬉しそうにしている。
「二件ほどお父様が討伐に出られたとロミルダ先生から伺いました。王都で出たのですか?」
「ええ、そうなんですよ。最初は二月ほど前ですかね、魔人は堕ちて間もない頃だと頭を落とせばすぐに動かなくなるんです。きっと人だったときの意識が残っているんでしょうね、面白くないですか?」
「面白くはないですが興味深いですね」
「それを面白いと言うんですよ」
そんな調子で人型の魔物、魔人を討伐するときのコツを伝授される。次学院で出たら役立てろと。
「はぁー、なんでユリウスを呼んで僕を呼ばないのかな? ねぇ、シェリエル?」
「お兄様がいても話がややこしくなるだけではないですか」
「酷いな、僕もかなり討伐実績はあるんだけど」
「討伐が目的ならユリウス先生も呼んでいませんよ。わたしは討伐では無く穢れを祓いたかったのですから」
ぶちぶちと不満を漏らすディディエ。いつになったら外見だけでなく中身も大人になるんだろう。
当主の席で同じくぶちぶち「僕も呼ばれてません」とパンを齧るセルジオを見て、ダメだなと思った。
「まー、でも内から祓うねぇ。凄いことだとは思うけど、ユリウス居ないと出来ないじゃん」
「そうなんですよね。通信の魔導具を開発しておいて本当に良かったと思いました」
「え、なに? いつからユリウス従魔になったの? あいつ泣くよ?」
「先生は泣きませんよ、ちょっと笑って舌打ちするくらいです」
ハハハとひとしきり笑い、ユリウスがいない事に気付く。
「そういえば先生は?」
「そりゃあ、休んでるんだろ? 言っとくけど、ユリウスは別に穢れに耐性があるわけじゃ無いんだから、穢れに堕ちた存在と内から繋ぐなんてことすれば普通即堕ちるよ? あまり酷使すると壊れるから気を付けなね」
「え…… そんな……」
何でも無いみたいな顔をしていたのでよしなにやってくれたのだと思っていた。
自分で体験したから分かる。あれは意思や精神力ではどうにもならない。即穢れに堕ちると言われても納得だった。
自身の感情ならば、まだ思考によってこれはこうだったから仕方ないだとか、次からこうしようだとか、無理やりでも納得しようとする事で感情を抑えることが出来るかもしれない。
けれど、純粋な感情だけを流し込まれると濁流に呑まれたようにただ翻弄されるしかないのだ。
それは強烈な毒となる。
どうしよう、わたしまで人でなしになってしまった気分だ。
「ふふ、ディディエにそこまで心配して貰えるとはね」
ふわりと現れたユリウスは少し顔色が悪いものの、いつもの穏やかな涼しい微笑みを浮かべていた。
ほのかに甘く燻ったような香りがして、身なりに気を使うなど珍しいなと気が逸れる。
追って現れたオウェンスが疲れた顔でユリウス用の椅子を引き、ユリウスは慣れた動作で晩餐の一席へと加わった。
……ハッと我にかえり。
「先生! 大丈夫なのですか!? 申し訳ありません、危険なことをお願いしてしまって!」
「構わないよ。私にとっても貴重な経験だったしね」
なんとまあ研究熱心な。
ユリウスの前にはすぐに夕食が準備され、慣れ親しんだ食卓が完成する。
「それで、祓いはどうやって?」
「本当に内から祓っただけですよ。ええと、無詠唱で魔術を展開するときのように、祓いの儀を行ったのです。初めてだったので声にも出しましたけど」
「ふむ、あれほど深く繋いでいたのに他人の領域と見做されたのか。祓いの儀は他者にしか効果が無いから、完全に同化して上手く行くとは思わなかったよ」
「そうなのですか?」
実際、エミリアの感情は自分の物のように感じたけれど、頭では自分で思考出来ていたので個人の自覚はあった。
感覚的には納得していても理論的に説明が出来ず、それ以上考察は進まない。
「先生、またお願いするかもしれませんが、その時はわたしだけを繋いでくださいね?」
「完全に自身を切り離して他者同士を繋ぐことは出来ないよ。それに、あまり薄めると君の状態を正確に読み取れない」
「そんな…… では先生もかなり穢れに触れたのでは? 祓いの儀、しますか?」
「軽くね。私は問題ない。それより…… 君、少し石化していないか?」
は? と全員が固まった。もちろんわたしも。
ユリウスはゆっくりわたしの近くまで寄ると、そっとわたしの手を取って眺める。
少し擦ったのだと思っていた。よく見るとあかぎれのようにひび割れている。
「ほら、これが石化の症状だよ。服に隠れた部分は私が確認するわけにもいかないが、身体が痛むんじゃないか?」
「あ…… はい、かなり」
「シェリエル! 何で言わなかった!」
ディディエの怒声にやっと自分が良く無い状態なのだと理解する。
いや、だって筋肉痛とかそういうアレかと…… 今更石化なんて……
もう初めて知らされた時から六年になるのだ。上手く付き合って来たつもりだったので、少し擦った程度の傷で石化だなんて思うはずがないだろう。
「石化ってこんな感じなんですね」
「ああ、まず全身がひび割れて鱗が落ちるように皮膚が崩れはじめる。そのうち手足が固まり動けなくなって、石像のように固まるらしい」
「わぁ……、ひどい」
「うん、まあそこそこ酷い最期になると思った方が良いね」
「石化したわたしを素材にしたいとか思ってます?」
「それは考えたことも無かったな…… なかなか良い案だね」
アハハと笑っていたのはわたしたち二人だけだった。
「いやいや、あなたたち、それ面白いです?」
「いえ、全然」
「で、ユリウス、それ何とか出来るんですよね?」
「少し観察と実験をする必要があるね、私も実物を見たのは初めてだから」
そんなわけで、わたしは数日学院を休むことになった。
ユリウス大先生の患者兼、実験体として。
学院側も他の生徒を納得させる為、わたしとエミリアを謹慎処分にするつもりだったらしいので、ちょうど良いとも言える。
一度寮に戻って諸々の手配を済ませ、自室に戻ると、ユリウスからとんでもない提案が飛び出した。
「はぁ? 先生正気ですか!?」
「私が君に何かすると思うのかい? 少し前まで人の膝の上でも平気で寝ていただろう。別に同衾するなどとは言っていない、君が眠っている間、定期的に観察するだけだよ」
ユリウスはわたしの部屋で一晩過ごすと言うのだ。
「ユリウス先生、この姿を見てください! わたし、結構良い年頃なのです、子どもはもう終わったのですよ」
バッと両腕を広げるわたしに、はぁ、と溜息を吐くユリウス。
本当にわたしをそういう目で見ていないことは分かる。けれどメイドですら夜間にずっと側にいるなど無いのに、男性と二人きりの部屋で眠るなんて。
しかもユリウスはすでにちょっとクラっとするような色気まで纏った大人の男性になっていて、出会った頃の僅かな少年らしさも完全に抜け切っている。
わたしも別にそういう対象として見ているわけではないけれど、暢気に寝ていられるほど鈍くもない。
非日常のドキドキを別の何かに勘違いしてしまったらどうするんだ。
「仕方ないな…… では、ディディエも呼んで晩酌でもしているよ。君、良い酒を作っているだろう? 診察料だ、出しなさい」
「ひ、人が死にかけているのを肴に酒盛りするつもりですか……!?」
「まだ死にはしないさ。このまま夜通し実験をしてもいいんだよ? 君が疲れているだろうと思って先に休息をと思ったのだけれど、必要ないかい?」
んーー、本当に、この男!
しかし、すべてはわたしの為なのだ。ぐぬと唇を噛み締め、戸棚からライナーの作った蒸留酒のボトルを取り出す。
「本当に! 変なことしないでくださいよ!」
「何の冗談だい? そういう心配は……」
ユリウスは馬鹿にしたように視線を上下させ……
「フフッ…… いや失礼。まあ、そのうち君も育つよ、人は皆等しく年をとるからね。ククッ……」
馬鹿にしたように声を殺して笑った。
元気があったら一戦交えるところだった。
「……ッ静かにしていてくださいね!」
「防音の結界でも張るよ」
本当に、何しに来たんだろ。大丈夫なのかな、この人に任せて。
ふと冷静になれば、何故この身分不詳の怪しげな男に自分の命を預けているのかと不思議に思う。
刷り込みって怖い。よく考えなくても生まれた時から洗脳されているようなものだ。
だいたい…… わたしは同じ年の子たちに比べて成長は早い方だ。アリシアよりも背は高いし、顔立ちだって元からシュッとしているので幼さは…… まだちょっとあるけどほとんど無い!
それを、何? わたしが自意識過剰なの?
メアリを連れ浴室でドレスを脱ぐと、ハッと息を飲むメアリと共に、わたしの不満は消え去った。
肋骨のあたりが爬虫類の肌のようにひび割れている。なるほど、と怒りも鎮まるくらいに。
「シェリエル様…… これは……」
「大丈夫よ、たぶん。そのうち治るわ」
湯に浸かればふやけたのか、少しだけひび割れが閉じた気がした。お風呂万能説…… いや、そんな訳ないが。
後の検証実験のためにも経過はきちんと観察しなければ。と、恐々指でなぞれば、ボコボコと指先に硬さが伝う。
滲みるかと思ったが下にきちんと皮膚があり、鱗が浮き上がるように凹凸を作っているらしい。
入浴を終えるとすでにディディエが来ていて、二人で酒を飲んでいた。本気で酒盛りする気らしい。
「シェリエルの発明で一番の成果はこの酒だね」
「ああ、悪くない。渋みも甘ったるさも無く香りも良い」
「二人とも、酔っ払ってわたしのこと忘れないでくださいね」
はーい、とヒラヒラ手を振る二人を置いて、わたしはそのまま寝台に入った。メアリに天蓋を閉じてもらい、すでに小さく寝息を立てているシエルにピタと張り付く。
様子がどうだとか聞かれもしない! 本当に心配しているのかあの人たちは!
シクシク泣きそうになりながらも枕に頭を埋めると意外にもすぐに意識が遠のいた。
長い一日がやっと終わる。
■
防音の結界に閉ざされた空間は視覚的には何の変化もなく、寝台を横目に見ながら二人は酒を飲んでいた。
これほど強い酒は滅多になく、氷をカラカラ音させながらちびりちびりと舌を濡らす。
「ねぇ、なんでシェリエルあんなに怒ってたわけ?」
「子ども扱いがお気に召さなかったらしい」
「あー、いや僕もどうかと思うよ? ユリウス一人でここに泊まるつもりだったんだろ?」
「眠りはしないよ、ただたまに観察しながらここで研究でもするつもりだったさ」
「うーん、ユリウスは情操教育受けてないんだっけ?」
「いや、それなりに知識はあるが?」
「んー、なんか、人って難しいよね。知識だけでは足りないんだって改めて実感した」
「は? 何が言いたい」
「えー、聞く? ま、言うけどね。……シェリエルもさ、もう見た目だけなら十四、五には見えるじゃん。それで一晩二人でいて本当に何も起きないと思うの?」
「実年齢が十三ならば、十三以外にはあり得ないだろう。適齢期は十六からだと習っている」
「おーー、え、なに? ユリウスって実は滅茶苦茶頭悪かったりする? あー、ごめん、感情が馬鹿なだけだった」
「ん? いまとてつもなく不愉快なんだが」
「良かったじゃん、それが感情だよ、思い出した?」
「はぁ、君たち兄妹は本当に良く似ているね。たまに首をへし折りたくなるよ」
「ふふ、やっぱ似てるかな? 手塩にかけて育てた甲斐があったよ」
「普通は同族嫌悪するものではないのかい?」
「やだな、同族愛しかない僕たちに何言ってるのさ」
「それもそうだな」
「で、どうなの?」
「なにが」
「クソ、鈍すぎて殺したくなる」
「言葉が悪いぞ、シェリエルが真似をしたらどうする」
「僕より兄貴面するのやめてくれる? 立場無くなるだろ」
「ハハ、今度お兄様と呼ばせてみようかな」
「やめなよ、それちょっと色んな意味で危ないから」
「冗談だ」
「てかさ、ユリウス実はもう情緒育ってんじゃないの?」
「私は元々何の問題もないが?」
「またそうやって誤魔化す。本当は今日かなり危なかったんじゃない? 穢れ」
「……いや?」
「感情が開けばそれだけ穢れにも反応しやすい…… だから、また鈍らせようとしてそんな葉っぱ使ってんでしょ?」
「驚いたな、君、そっちの知識もあったのか」
「お爺様がたまに使うからね。感情を、あまり甘く見ない方がいいよ。穢れを溜めない僕が言っても説得力ないけど」
「ああ、そうだね、気をつけるよ」
「後で祓ってあげる。感謝してよ?」
「はは、長く観察する為だろう?」
「それもあるけどね。シェリエルが知れば気にするからさ」
「そうかな? 小言が増えるだけだろう」
「ユリウスは本当にバカだなぁ」
「はは、とても不愉快だ。香でも焚こうかな……」
ユリウスの珍しく自虐的な冗談にディディエの我慢は限界だった。
元より我慢などしていなかったが。
「んふっ、アハハハハ! ちょっとやめてよ。この酒と一緒にすると絶対マズいって」
「なんだ、やったことあるのか」
スンと真顔に戻ったディディエは抑揚のない声でストンと白状する。
「……小さい頃一回だけ使われた。良い感じになり過ぎちゃって禁止された」
今度はユリウスが言葉を詰まらせながら笑いを堪えていた。
堪えているつもりになっているだけだが。
「アハは、本当に、キミ、ろくでもないね」
「いやさ、ハハッ。あれはー、まあ不可抗力だって」
「ククッ……」
二人はグラスを煽ってはヒイヒイ息を切らせていた。
酔っ払っているのだ。
「はー、この酒変な薬草入ってない?」
「よし、錬金術で解析してみよう」
「ちょっ! ほんと、バカじゃないの、アハハ」
「おっと…… まずいな、シェリエルのことを忘れていた。少し見てこよう」
「ゆりうす、変なことするなよ!」
「君たちしつこいな」
「えー、でも、ほんと、ちゃんと治してよ? シェリエルが石になったら…… 部屋に飾ろうかな」
「クククッ……」
「アハハ、今ちょっと死にたくなったわ、シェリエルには黙っといて」
「毛虫を見たときくらい嫌な顔をするだろうね」
「わかる、でも案外自分ではえげつない自虐ぶち込むんだよね」
「しかも、あの子それで場が和むと思ってるだろう? 本当に…… アハハ、ろくでもない」
一応、二人は定期的にシェリエルの様子を見に行き、手足に変化が無いか確認はしていた。
しかし、翌朝シェリエルは久しぶりに怒りで拳を震わせることになる。
戸棚にあった蒸留酒のボトルが、空の状態で三本転がっていたからだ。
そこに二人の姿は無く、朝食にも現れなかった。
ディディエとユリウスは寝不足と二日酔いで午後まで寝込んでました。
一応、ちゃんと心配はしてます。ユリウスが焦ってないので、ディディエもまあ大丈夫なんだろうなって思ってます。





