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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第一章 ベリアルド家
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14.対ディオール戦


 ついに決戦の日がやって来た。

 ディディエも一緒に来てしまったが、しばらく一人で待ちぼうけになるだろう。


「お待たせしました。一通り揃いましたので、早速ですがご案内します」

「このわたくしをここまで待たせたのだから、効果が無ければ覚悟なさいね?」


 突き刺さるプレッシャーに耐えながら、例の部屋へと案内する。

 ディオールの部屋からそれほど離れていない、少し奥まったところだ。

扉を開け、中に入るとバラの香りが優しく漂っていた。


「ここは…… あら、これ血溜桶じゃない」

「いえ、浴槽です」


 そこはすかさず訂正する。そんな物騒な名前が付いていたとは……

 色々好きにして良いと言われたので、危うく拷問部屋になりそうだった部屋を浴室へと改造させてもらった。

幸い、桶と呼ばれていたものは白磁で作られる予定だったので、馴染みのある浴槽の形にしてもらい、部屋をタイル張りにするくらいで済んだ。


「血ではなく、湯に浸かっていただきます」

「湯に? そんなことでキレイになるわけないでしょう? 水は肌が乾燥するから嫌よ」

「大丈夫です。保湿剤も用意してますから」


 ディオールは渋々ながらドレスを脱がされ、浴槽に浸かったようだ。

シェリエルは一応衝立の向こうで待っていた。人肌より少し暖かい湯を溜めてもらい、そこに少しのオイルと精油を入れてある。

 バラの花びらを浮かべているので見た目にも華やかだ。


「はぁ、案外気持ち良いものね。いい香りだわ」

「たくさん汗をかくので、こちらをお飲みください」


 水にレモンと蜂蜜、それと少しの塩を加えたスポーツドリンクもどきだ。メイドたちにも好評だったので、きっと大丈夫だろう。


「あら、美味しいわね、これ」

「普通の果実水より飲みやすいと思います。頭がフラフラしたりしていませんか?」

「ええ、今のところは。それより貴女も入りなさい。危険があれば幼い貴女の方が先にダメになるもの」

「ッ……」


 たしかに信用の無いわたしが作った初めてのお風呂に入っているのだ。それくらいの保険はかけておきたいだろう。

 緊張しつつも服を脱がされ、浴槽へと向かった。わたしには少し深いがディオールの足元にちょこんと座ってみる。


「ふぁ〜〜」


 久しぶりの、いや現世初のお風呂だ。思わず命の洗濯という言葉を噛み締めるほどに気持ち良い。


「だいぶ汗が出たようなのでお化粧を落としてもらいます」

「化粧を落とすの? まあ子ども相手にどうという事もないわね」


 またも渋々承諾してくれる。プライドは高いが美容への興味の方が勝つのだろうか。

 メイドは教えた通り、搾りたての植物油で丁寧にディオールの顔をマッサージしていく。オイルクレンジングの要領で化粧を浮かせ、湯を軽く絞ったシルクの布でオイルを拭き取ってもらった。

 

 その後は洗顔だ。お試しで作って貰った高品質の植物油石鹸をしっかり泡立て、手が肌に触れないくらい優しく洗う。


「石鹸で顔を洗うなんて、人を何だと思っているのかしら。でもこの石鹸香りがいいわね。これも貴女が?」

「はい、昨日出来たばかりです。顔に使っても問題ないので全身に使えます」

「そういえば最近メイドの肌艶が良くなったと思っていたのだけど、普通の石鹸でも効果が? でもそれだと乾燥するだけよね?」

「メイドには製品の試験と練習も兼ねて、いくつか使って貰いました」

「そう。なら期待できそうね」


 目を瞑ったまま横たわるディオールは、同性のわたしから見てもとんでもない色気がある。

 日常的にコルセットを巻くからかウェストはくびれ、腕や腰回りは少し肉付きが良く女性特有のたっぷりした曲線を強調していた。

 そして立派なお胸も…… そんな女神に次はシャンプーを体験してもらう。


「髪を洗います。こちらも新しく作った洗髪剤なので、艶々になりますよ」

「貴女、このところ白金のように艶があるものね。そろそろ我慢の限界だったのよ?」


 褒められているはずなのに手放しで喜べない。

 どうか満足して貰えますように、と願いながらシェリエルも一緒に髪を洗われた。

 新しい石鹸を使い蜂蜜と塩を入れた改良シャンプーだ。地肌もスッキリとして痒みもない。


 その後は、しっかり汗をかき、全身を石鹸で洗い上げると、温まった身体が冷えないうちに寝台でマッサージを受けて貰う。

 いつものオイルマッサージ中、顔にはフローラルウォーターで保湿をし、香りの付いたオイルを少しだけ馴染ませる。

 シェリエルはその間に髪を乾かしたりドレスを着たりと身支度するだけだ。

 ディオールも丁寧に髪を乾かされ、仕上げのヘアオイルまで全ての行程が終わると、メイドが緊張で手を震わせながら手鏡を渡す。


「あらあらあらあら!」


 聞いた事もない甲高い声が部屋に響く。ディオールは一瞬も鏡から目を離さず、自分の顔に見入っていた。


「この鏡、時の魔法がかかっているわけではないわよね? そんなもの存在しないものね? 貴女のギフトかしら? いいえ、この手触り、本物だわ。五歳は若返ったんじゃないかしら。しかもこの髪艶なんてこの世に存在するものじゃなくてよ? あら貴女が居たわね。けれどそれでもやはりわたくしの髪が一番だわ。わたくしこの国一番の美しさでしたのに、世界一になってしまったのね。ああ、なんて罪深いの」


 ディオールは顔の造形がそれはもう恐ろしい程に整っていて、アイラインやマスカラなど必要ないほどパーツがしっかりしている。

 けれど、見るからに肌が硬く毛穴が開いていて、オイルの上に厚く重ねた白粉(おしろい)が年齢を感じさせていた。

 それがたった一度の半身浴とクレンジング洗顔で溜まりに溜まった老廃物は排出され、そして適度な保湿で開ききっていた毛穴は目立たなくなっていた。

 それでも長年溜め込んだ負担や汚れがあるので、少し荒れているところもある。あとは地道にケアしていくしかないだろう。


「数日続ければもっとキレイになるはずです。保湿剤はこれからも開発する予定なので、出来ればもう物騒な美容法はやめていただけると……」

「ええ、ええ、いいでしょう。色々と試して来たけれど、これほどすぐに効果が出るなど今までなかったもの。貴女、こちらに才があるんじゃないかしら。きっとそうね、あら嫌だ、どうしましょうこんなお肌何年ぶりかしら」


 聞いた事もない早口が部屋に響く。相変わらず目線は手鏡からブレる事はない。

 メイドが苦労しながら軽装のドレスを着せ、どうしても手放さない手鏡をそのままに、薄く粉をはたく。


白粉(おしろい)は薄くで充分だと思います。では、ディディエお兄様に見て貰いましょう」


 一向に手鏡を離そうとしないディオールを浴室から出す為、無理やり誘導する。廊下を移動中もディオールの手は靡く髪をくるくると触り続けている。真紅の髪は深みを増し、日光を反射して炎が揺らめいているようだった。


 ディオールの自室に着くと、本を読んでいたらしいディディエがパッと顔を上げた。


「これはこれは。僕に姉がいたとは初めて知りました」

「まあまあまあ! ディディエもそう思うわよね。シェリエルの作った化粧品は素晴らしいのよ。最初は湯に浸かるなんてと思っていたのだけど、それが存外気持ち良くて、肌も髪もこの通りよ」

「おや、母上でしたか。あまりに美しいとまた悪魔だ何だと騒がれてしまいますね」

「そうなのよ、困ったわ。美し過ぎるのも罪よね。けれど良いのよ、美しさは正義だから」


 なんだこの茶番は。

 お風呂でふやけたシェリエルの頭は、この今までにないテンションの会話に完全に置いてけぼりを食らっている。


「シェリエル、何をしているの? 早く座りなさい。ほら、あなたたちも早くお茶の準備を」


 ……初めて名前で呼ばれた気がする。

 ディオールはソファーに座るなり、また手鏡の虜になってしまった。

 これまでの準備や練習を頑張って来たメイドたちもニコニコと手際よく準備をはじめる。


「ディオール様、これらの商品は売れるでしょうか?」

「シェリエル、わたくしの事は母と呼びなさい」


 不意に手鏡から目線を上げたディオールは、毒のない美しい顔をしていて、思わず頬が熱くなる。


「はい、お母様……」

「それで、売れるか、ね…… 他の者に教えるには惜しいわ。でもかなりの利益になるのも確かよ。上位貴族は簡単に金貨くらい出すでしょう。後はどう売るかね」


 正直、文化や設備の問題から難しいかと思っていたので小躍りしそうなくらいに嬉しい。

 けれど、たしかにどう売るかだ。そこらへんはベルガルとライナーに相談しながらが良いだろう。


 しばらくあれこれ話していると、ディオールがドレスを合わせると言い出したので、シェリエルたちはそそくさと部屋を後にした。

 久しぶりに湯船に浸かったこともあり、メアリに抱っこされるとすぐに眠ってしまった。

 起きたらまたすぐにあの茶番が待っているとも知らずに。


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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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