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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第四章 事業

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124/470

【番外編】巫女と悪魔【スピンオフ】

番外編というかスピンオフというか読み切りの短編です。

別作品として切り出していましたが諸事情があり差し込みました。

飛ばしても問題ありません。


<あらすじ>

この国には《神子》と呼ばれる神力も持つ者がいる。女は巫女に、男は神官に。

その中でも歴代最強の巫女と名高いアナスタシアは、牢獄のような神殿から抜け出す唯一の道、「エドワード王太子との婚約」を目前に控えていた。

しかし、儀式に呼ばれたアナスタシアはそこで、一年前に突然現れたリリィという異邦人に婚約者の座を奪われたのだと知る。

生まれて初めて、半日限りの自由を手にしたアナスタシアは……


15,470字  2021年 05月23日 20時16分


——嗚呼、いっそのこと全員殺してしまおうか……


 久しぶりに神殿から出られたというのに、何だこの茶番は。

 婚約者に、夫になるはずだった王太子は甘い笑みを浮かべ。

 アナスタシアが立つはずだった王太子の隣には、目を赤くした小動物のような女が、幸せを体現するかのようにしなだれかかっていた。



 この国には神の覚えめでたき特別な力《神力》を持った《神子》が存在する。

 その神力は水や火を操るだけでなく、土地や生物を蝕む瘴気を浄化し、病や傷をも癒すことが出来る。

 女は巫女に、男は神官に。

 アナスタシアも巫女の一人だった。

 徹底的に管理され、務め以外では神殿から出ることさえ許されない神子は、神力の弱る老後にしか自由は無い。

 だが、もうひとつだけ……

 王族の伴侶となることは神子としての使命よりも優先される。

 アナスタシアも王太子妃となることで十八年間過ごした神殿から抜け出せるはずだった。



 夏の夜のような紫がかった濃紺の艶髪に、宝石のようなサファイヤブルーの瞳。肌は透き通るように白く、薄い唇は感情を隠すのに長けていた。

 すらりと長い手足は魔物の討伐の為しなやかに鍛えられ、美しさと強さを兼ね備えた完璧な巫女。

 それがアナスタシアだった。

 数々の功績とその美貌。容赦なく振るう剣の才は光の騎士にも勝り、冷静な判断力と冷酷な実行力を持つ、誰よりも強い歴代最高の巫女。


「アナスタシア様、これは何かの間違いです…… だって王太子様はアナスタシア様とご結婚されると……」

「黙れ、これが事実だ。王太子の婚約発表の場で、そのような言葉を口にするでない」


 低く地を這うような重い声には、明らかな怒りが。

 血が滲むほど噛み締められた下唇には、内に秘めた悔しさが。

 それでも、アナスタシアは巫女としてこの場に立つ以上、彼らの婚約を祝福するしかなかった。


 神め、それほどわたしが気に入ったのか。だが、いくら苦難を敷かれようが、幻の希望を見せられようが、お前などに本当の祈りを捧げはしない。



 婚約の儀が終わり、王太子エドワードに呼ばれた最奥の間。

 努めて冷静に、何の感情も返してはならないとアナスタシアの矜持が囁く。


「アナスタシア、突然のことで驚いただろう。だが、まあ、そういうことだ。其方は神の寵愛を殊更に受ける身。私の寵愛はこのリリィにこそ必要だったのだ、分かってくれるな?」


 ピンクブロンドの髪を濃いピンクのリボンで可愛らしく飾りつけたリリィは、男の庇護欲を唆る華奢で小柄で如何にもな少女だった。

 一年前に他国から流れ着いた異邦人であり、そのまま神殿入りした新人巫女。

 神子は貴重な存在故に——そしてこの可憐な容姿もあり——すぐに国民にも神殿にも、果ては王族にまで受け入れられた。


「ええ、勿論です、王太子殿下」

「私たちの仲ではないか、以前のようにエドワードと呼んでくれ。これからも、良き友人として私たちの力になって欲しい」


 唇に滲んだ血を舐め取り、一瞬で傷を治す。このために頭を下げるという作法があるのだな、と乾いた笑いが漏れた。


「わたしからもお願いします! 姉様に会えなくなるなんて、そんな寂しいことリリには耐えられません!」

「ハハッ、本当にリリィはアナスタシアに懐いているな。少し妬けるぞ」

「だって、姉様は綺麗で強くてとっても優しいんです! みんなの憧れなんですよ!」

「知っているさ、彼女を独占することは神をも敵に回しかねないからな」


 嗚呼、こいつらには知能というものは備わっていないのだろうか。感情を読み取るという能力がごっそりと抜け落ちているように思う。

 いや、分かっていて敢えてか?

 くだらない。この世界もこの人生も、本当にくだらない。


「アナスタシア、其方の進退に多少なりとも混乱を招いたことは自覚している。詫びとして何か望むものはあるか」


 ここでは「いえ、畏れ多いことにございます」と辞退するのが正解。しかし、アナスタシアは聖女の如き微笑みを浮かべ……


「では、今日一日、わたくしに外出許可をお与えください。これでも新たな生活のため心の準備を整えて参りました。急な話に、少し神力が揺れております故、調律の時間を頂きたいのです」

「そ、そうだな…… 勿論だ。神殿には私から言っておこう」


 神力が揺れるというのはあながち嘘ではない。

 無邪気に笑うリリィを見ているだけで今にも神力が暴走しそうだ。


 旅の途中盗賊に襲われ、助けを求めてこの国の境界を跨いで来たリリィは、事件のショックで記憶を失くしていた。

 その可哀想な身の上と、可愛らしい仕草と、すぐに溢れる涙ですぐに巫女の地位につき、「そんな恐ろしいことは出来ない」と泣くことで討伐には参加しなかった。

 治癒の能力は他より優れていた為、神殿で怪我人の治療はしていたが、あまりに酷い傷は見ることすら出来ず、アナスタシアにとってはただの役に立たない巫女崩れだった。

 そして、リリィはアナスタシアがやっと手に入れた王太子の婚約者という自由への道を、微笑みと涙だけで奪い取った。


 神子が強く心を乱せば、瘴気に取り込まれ悪しきモノへと変わってしまう。

 アナスタシアほどの巫女がその予兆を仄めかせば、原因となったエドワードが断ることも出来ないのは当然だった。




 本当にこれで良かったのだろうか。

 護衛も監視も付けず、騎士服のような討伐用の巫女装束に剣を一本だけ刺し、国外には出られない特殊な魔導具の腕輪を付け、一人静かな丘の上で王都を眺める。

 初めて、一人になった。

 一度知ってしまえば、余計に未練が残るだろうか。いや、王妃になったとしてもこのように一人で出歩くなど許されない。

 そう考えれば、この一刻は王妃の座よりも価値があるようにも思える。

 常に巫女見習いが監視するように張り付き、絶え間なくやってくる傷んだ民を治癒する日々。

 魔物や魔獣の討伐、土地の癒しでしか神殿を出ることが出来ない窮屈な生活。

 神力はすべて国ために。神子という名の国の奴隷。

 こんな人生に何の意味がある。この時間がわたしの最良の時だ。

 嗚呼、このまま死んでしまおうか……


——ギィィイイィィィィィィ!!


 はぁ…… やはり神は見ているのだな。すべてを放棄しようとした途端これだ。

 金属の擦れるような、地獄から漏れ出た断末魔のような叫び声。それに、この醜悪な瘴気は……


 木々を薙ぎ倒しながら、生物の形を失ったどろどろと瘴気の素を垂れ流す魔物が飛び込んで来——


「おっと、これはいけないね。少し遊びすぎた。お嬢さん、危ないから下がっていて」


 魔物は一人の青年にすでに討伐されようとしていた。まさしく、断末魔だったらしい。

 青年は的確に魔物の動きを止め、地に縫い付けるように剣を突き刺すと、浄化の祈りを始める。


《六神降し依さし奉られよ 種種の罪事 天つ罪 國つ罪ーー》


「流る水神の御力 詠栄給へ 祓へ給ひ清め給ふ事を」


 つい先程まですべて投げ出したいと思っていたのに、自然と青年の声に合わせ、祈りを重ねていた。

 歌うように紡がれる祈りは心地良く、今まで体感したことのない調に、アナスタシアの心までも癒やされていく。


「驚いた。この国でも祝詞は同じなんだね」


 シュルシュルと跡形も無く消え去る魔物を見送り、青年が地に刺さった剣を鞘におさめる。

 青年は澄んだ湖のような水色の髪を一本に縛り、薄いグレーの瞳を輝かせた。


「其方、異邦人か?」

「あぁ…… そうだね。僕はクロード、君は?」

「アナスタシア」


 また神力を持った異邦人か。他国と国交のないこの国では珍しいが、リリィの前例もあるので神官として受け入れることになるだろう。


「アナスタシア、良い名前だ。こんなところで一人で何をしていたんだい? 貴族の御令嬢が護衛も付けないなんて不用心すぎるよ」

「貴族ではない。わたしは巫女だ。其方は旅人いうわけでも無いのだろう? 神官として入国を希望するなら、神殿に案内しよう」

「巫女? その髪色で珍しいね。僕は少し用があってお邪魔しているだけだから、この地に留まるつもりはないよ」


 ほう、それをわたしの前で宣言するとは、余程の自信家か無知故か。

 この国は商人であっても貴族であっても他国との接触は禁じられている。唯一、神力を持つ者だけが、神子として入国を許可され、そして神子は国を出ることは許されない。

 剣を抜いたアナスタシアは、捕縛対象としてクロードを見据えた。


「あれ? どうしてそんなに殺気立っているのかな? 美人とは戦いたくはないんだけど」

「悪いが間者の疑いがある者を、巫女であるわたしが見逃すことは出来ないよ」


 先ほどの魔物との戦闘である程度疲弊しているはず。軽く地を蹴り、低く構えた剣をクロードの足元へと滑られせば、逃げる足も失う……


「良い剣筋だね。女性にしておくのは勿体ない」


 キンッ! と足元で剣を止められ、しかも余裕の批評まで付いてくる。捕縛など生ぬるいことを考えている場合ではなかった。殺す気でかからねば。


「え、怒った? 失礼だったかな? 褒めたつもりだったんだけど。悪かったよ」


 容赦無く首筋、心臓、足の付け根、急所となり得る場所を狙うが、悉く止められる。まさか、わたしの剣が及ばないだと!?


「貴様、何者だ! 何が目的でこの国に来た!」

「ああ、そっちに怒ってるのか。お使いで来ただけだよ。一人殺したら帰るから」

「やはり間者ではないか! 誰を狙っている!」

「いや、それは言えないけど。罪人だから心配しなくて良いのに」


 手が痺れ、腕がギシギシと動きを制限し始める。これほど本気で打ち合ったのはいつぶりだろう。少なくとも、この身長まで育った十三の頃からは、訓練でも討伐でも苦戦することなど無かったように思う。

 神子は神力によって身体能力を強化することができる。

 アナスタシアは強い神力と研ぎ澄ました剣技により、最強の巫女である…… はずだった。


「その使命を果たしたところでこの国からは出られないぞ」

「え、そうなの?」


 間抜けな声とは裏腹に、かち合ったアナスタシアの剣をしゅるりと下方向へと滑らせ、ガンッ!と靴で踏み止めた。

 手を抜かれていた……!

 それは屈辱とも取れる行為だが、何故かアナスタシアは毒気が霧散するように、すっかり戦意を失くしていた。


「特殊な結界がある故、神力を持つ者は外には出られない。わたしくらいの力を持つと、このような魔導具でも縛られるがな」

「神力…… 魔力のことかな? そういうことか、参ったな。あまりこの国のことは詳しくなくてね」

「そうだろうな。貴様は神力も剣技もある。神官として神殿入りする以外、この地で生きる道は無いと思え」


 それは、少しの願望が混じった警告だった。

 この男となら、少しは討伐も祈りの儀式も、マシに思えるのではないかと。


「クロードだよ、クロードと呼んでくれないかな?」

「はぁ…… 今はそんなこと……」


 言いかけたアナスタシアの頬に、クロードの左手が触れる。


「触るな! 貴様、何を考えている!」


 反射的にクロードの手首を掴み、そして、自身が犯した禁忌を自覚した瞬間、踏まれたままの剣も、握った手首も離し、後ろに跳び退いた。


「急にレディーに触れるなんて無作法だったね。つい…… そんな可愛い顔されるとさ」

「か、かわっ!?」

「ふふ、強くて凛々しいお姫様が、急に隙を見せるから……」

「おひめっ…… ンンッ! そんな甘言が通じると思うな! 貴様は今、巫女を穢したのだぞ!」


 自身に対する戒めでもある。甘言に惑わされてはいけない。可愛いだの、お姫様だの、そんな言葉で揺れるような脆弱な精神は、とうに捨てた。


「穢す? 男に触れられたくらいで、君が穢れを負うわけないだろう?」

「貴様、知らないのか? 神力は男女が触れ合うと薄れて行くのだ。夫婦として神に誓約し、許しを得てでは無いと……」

「いやいや、そんなまさか」


 ケラケラと可笑しそうに笑うクロードにだんだん腹が立って来る。頬が熱いのも、きっと怒りのせいだろう。


「許しを得ずに男女が交われば、必ず二人は呪われ魔物になる。触れ合いが長ければ長いほど瘴気を纏い、やがて神力は失われるのだ」

「それは…… 罪だと信じているから穢れを呼ぶだけだよ。僕の国では婚姻前でも女性をエスコートするし、婚約すれば触れ合いだって…… ああ、婚約後というのは、一応魔力とは関係の無いただのしきたりだけどね」


 この男は何を言っている? 彼の言う魔力が神力であるのは確かだ。他の国ではそのような禁忌を平気で犯すというのか……

 困惑に身を固めるアナスタシアの前に、いつの間にかクロードが迫っていた。


「試してみる?」


 流れるような手つきで濃紺の髪を一房すくい、アナスタシアの目を見つめたままその髪に口付けた。

 先程の魔物のように、クロードの視線に縫い付けられたアナスタシアは動けない。

 硬直した手を掬い取られ、今度はその手の甲に唇が触れる。


 神力が……

 薄れるどころか、嵐のように吹き荒ぶ。全身の血が沸騰するような、けれど嫌な感じはしない高揚感。


「ほら、嘘じゃない。君はこんなことでは穢れないよ。嫌な奴に触れられると穢れを負うこともあるけどね。……もしかして、僕のこと気に入った?」


 すべての熱が顔に集まり、熱病を患ったかのように頭がクラクラする。

 いけない、となんとか理性を総動員し、触れるクロードの手を捻り上げた。


「……ウッ! 悪かった、少し調子に乗りすぎたよ。もう、触らな、イッ……」


 それほど強く捻ったつもりは無いが…… と視線をやれば、腕の内側が、溶けていた。


「お前! あの魔物に!? 何故言わない!!」

「ああ、君に夢中で忘れていた。こんな腕で触れて気分を害したかな? でもほら、手は綺麗なものだから」

「そういう話では無いだろう!」


 飄々と笑うクロードを怒鳴りつけ、神力で生み出した水に命の加護を加える。

 そうして出来た《聖水》で傷を洗い流し、酷く爛れた傷口に治癒をかけた。


「嘘! 無詠唱!? 君、魔術も凄いんだね」

「討伐でいちいち呪文を唱えていては命がいくつあっても足りないだろう。祈りは詠唱が必要だがな」


 とはいえ、無詠唱で聖水を作れるのはこの国でアナスタシア一人だった。

 治癒を助けるこの水は、本来は神殿で何人もの神子が聖杯を囲んで生み出すものだ。


「ありがとう、心配してくれたんだね」

「巫女としての義務だ」

「義務ねぇ」


 妖艶に笑うクロードに、怒りに似た感情が湧き立つが、不思議とこの距離を嫌だとは思わなかった。

 それよりも、絶対だと思っていた禁忌を破り、そして、何の問題も——感情の混乱はさて置き——無い自身の身に混乱する。


「なぜ、我が国は…… これほど神子を縛るのだ……」

「そんなに厳しいの?」

「今こうして一人でここに居ることが、王太子との婚約を反故にされた詫びによる、生まれて初めての自由、だと言えば少しは伝わるか?」


 自嘲するようなアナスタシアの言葉は、堰を切ったように止まらない。


「寝食すべてに監視が付き、思想すらも制限される。監視する巫女見習いは早く巫女へと上がる為積極的に巫女の言動を拾い、目溢しひとつない」


 神子である巫女と神官は徹底的に接触を避け、数年に一度、一組だけ夫婦が組まれる。相手は選べず、神の思し召しだという神官と交わり、子を成すのだ。

 神力が衰え、神に仕えることが出来なくなってから、ようやく神殿から出ることを許される。

 その年になって出来ることと言えば、自然を眺め天に召される準備をするくらいだろう。

 それが、神力を持って生まれた神子の運命なのだ。


 そう語るアナスタシアに、クロードは特に同情する様子もなく涼し気な声を漏らす。


「まるで奴隷だね」

「ああ、奴隷だな」


 己の身を縛る戒律を、理不尽だと同意してくれたような気がして……

 ふわりと気持ちが軽くなった。


「君が居るなら、この国で過ごすのも悪くない」

「お前は名前で呼んで欲しいという癖に、わたしを名前で呼ばないのだな」


 何を思ったわけでもない。強いて言うなら、クロードの甘い言葉に一矢報いたかったのだ。

 色香を纏う美しい声が、不意に耳を響く。


「アナスタシア」

「……!」


 呼ばれて初めて気付く。この男の、甘い声は毒だ。

 片膝を付き、つい今しがた癒したばかりの手を差し伸べるクロード。


「アナスタシアとお呼びしてもよろしいでしょうか」


 既に、毒は回り切っていた。

 アナスタシアは自然と、自身の手を重ねる。

 それを同意と受け取ったクロードが、恭しくもう一度手の甲に唇を落とした。


「ふふ、でも長いからシアって呼んでもいいかな? 僕の国では愛称で呼ぶのは家族と恋人だけなんだけど」


 戯けるように笑うクロードを、今は腹立たしいとは思わない。ただ、美しいと…… そして。


「好きに呼べ」

「シア、それは僕の恋人になってくれるということだよね?」


 しまった…… どこまでわたしは浮かれているのだ!

 浮かれている? このわたしが? 見ず知らずの異邦人に!?


「この国にそのような習慣は無い」

「でもさっきの流れ、どう考えても同意だっただろう?」

「気のせいだ」

「つれないねぇ。でも僕しつこいよ? うちの家系、愛する人への執着が強いんだ」


 ニヤリと笑うクロードは、どんな魔物よりも恐ろしく感じた。

 美しい姿で人を堕落へ誘う悪魔……


「あい、する、って、貴様、正気か!?」

「本能みたいなものだから、仕方ないよ」

「待て、早まるな! わたしたち神子は決められた者としか婚姻出来ないのだぞ!」

「結婚まで考えてくれるなんて、嬉しくて泣きそうだ」


 一滴の涙すら流しそうにない飄々とした笑顔に、担がれているのだろうか、とまたも腹立たしさが舞い戻ってくる。


「ふざけるな! そもそもお前、神官になる気があるのか?」

「そうだね、対象も神子? になってる可能性が高いし、神官になった方が動きやすそうだ」

「その対象とやらは一体何をしてお前に追われている?」


 これほどの手練れが他国にまで追ってくるような凶悪犯…… この国に紛れ込んでいるとなれば、巫女としても見落とせない。

 染み付いた義務感に嫌気がさしながらも、まだこういった会話の方が冷静でいられると呼吸を整える。


「シアになら話しても良いかな。王族の暗殺未遂だよ」

「まさか…… そのような……」

「いやぁ、本当にお恥ずかしい。僕も役人の無能さに腹を抱えて笑ったよ。勿論逃した役人は始末して来たけど」


 暗殺や処刑を担う家系に生まれたと話すクロードは、その内容の血生臭さに反して照れるように笑う。


「それで、その男の身形は…… 力のある神官であれば、分かるやもしれん」

「いや、神官じゃなくて巫女だよ。名前はリリアンヌで、髪はピンクブロンドっていうのかな?」

「え……?」


 アナスタシアは似た名前の、それらしい髪色の、最近この国に流れ着いた異邦人の…… 巫女を知っていた。

 つい先程、わたしが長年夢見た自由を奪い取った、あの女だ……!



「え、王太子の婚約者!?」

「ああ、今朝、発表と婚約の儀が執り行われた」

「はぁ…… 間が悪いなぁ」

「本当にな」


 丘に腰をおろし、二人並んで王都を眺める。

 リリィがこの国に来てからのこと、アナスタシアが王太子の婚約者となるはずだったこと、それらを話し終えても、まだ時間の余裕はあった。


「でもシアには幸運と言うべきかな?」

「何故だ…… わたしは自由を……」


 と言いかけ、たしかに今では王太子と婚約しなくて良かったと思えた。

 あれほど望んだ婚約も、ただの自由への道筋でしかない。

 そして、王妃と言えど神殿より少しマシという程度の自由しか無く、愛してもいない相手と交わることに変わりは無いのだと改めて思い知る。

 もう少し触れてみたいとさえ思うクロードとの出逢いによって。


「シア、触れても?」


 見透かされたように甘い声が耳元で響き、冷めたはずの熱が揺り戻される。


「い、いや…… それは……」

「もう少し、確かめよう? 嫌だったら言って?」


 余裕に満ちていたクロードの瞳は、いつの間にか熱を持ち、思わず息が止まる。

 クロードのしなやかに筋肉の付いた長い腕が肩を抱き寄せ、反対の手はアナスタシアの細く白い指を絡め取った。


 魅入られる……


 恐ろしく整った顔に見つめられ、バクバクと暴れる心臓の音が共鳴するように二人の距離は縮まった。


 唇が重なる……


 それは蜜より甘く、毒よりも身体を熱くする。

 神力が湧き立ち、誰よりも強いはずのアナスタシアが、翻弄される。

 

 永遠にも思えたその触れ合いは、息が続くほどの時間でしかなった。

 呼吸を乱すアナスタシアの髪をクロードは優しく耳に掻き上げ、そっと顎を持ち上げる。


「ごめんね、やはり僕は、君を好きになってしまったみたい」

「クロード……」

「やっと名前で呼んでくれた」

「わたしは……」


 言葉が、出てこない。これが、好きという感情なのかすら分からない。ただ、胸が締め付けられ、枯れ果てたはずの涙が溢れそうで、今この瞬間、時が止まって欲しいと……


 もう一度唇を重ね、今度は額をコツリと合わせたままクロードが囁いた。


「一緒に逃げる? アレを始末したら、僕の国に一緒に帰ろうか」

「何を言って……! そんなこと出来る訳がないだろう!」


 思わず絡めた指を振り払い、両腕で硬い胸板を押し退ける。


「君が望むなら、叶えるよ。この国で神子として過ごしても良いし、国を出たいなら手を尽くそう」


 悪魔のような囁きにぐらりと心が揺れる。


 これまで巫女として国のために生きてきたわたしが、国を…… 民を捨て、逃げることが出来るのか……

 いや、今捨てようとしたではないか。


「本気か?」

「神に誓うよ。まぁ、あまり信仰心は無いんだけどね」


 これもきっと幻の希望なのだろう。

 縋った途端に、神はわたしから取り上げるに違いない。

 けれど、くだらないと捨てかけた人生、もう少し足掻いてみても良いかもしれない。


「神子となるならば、神を敬う振りくらいはしろ。わたしのようにな」

「良い顔するね」


 二人は妖しく笑い合い、そして、また唇を……





 アナスタシアが新しい神子を神殿に連れ帰ったのは、日付が変わる直前のことだった。

 深夜にも関わらず、神官、巫女、見習いたちが聖堂で待機し、大巫女と大神官と呼ばれるそれぞれの長まで揃い、ピンと空気が張り詰めていていた。


「アナスタシア、その者は?」

「新たな神子に御座います。森で魔物と戦っているところに偶然居合せ、討伐と浄化をしているうちにこのような時間に」

「なるほど。その色、たしかに神子に間違いない」


 神子には神力の証として、鮮やかな色が頭髪に表れる。神力を持たない者は、貴族も平民も王族でさえも皆必ず茶系の髪色をしている。澄んだ水色の髪をしたクロードは、誰がどう見ても神子であった。


「クロード・ベリアルドと申します。旅の途中、魔物から逃げるうちに、気付いたらこちらの国に足を踏み入れておりました」

「そうか、それも神のお導きであろう。神官として我が国に仕える気があるのだな?」

「はい」


 恭しく頭を下げるクロードには、この国の作法を軽く教えておいた。元々他国で貴族をしていたらしいクロードは教養が高く、高位の巫女たちもその美しさに見惚れている。

 気に入らない。戒律はどうした、と言いたくなるその苛立ちが、ただの独占欲だと気付き羞恥で更に心が荒む。


「シア、これからよろしくね」


 気づけば解散の流れになっていた。こんなところで思考を飛ばすなど、わたしらしくもない。


「アナスタシアと呼べ。その…… 愛称は、ここではダメだ」

「ふふ、何とか二人になれる時間を作らないとね」


 出来るのだろうか…… この監視の張り巡らされた檻の中で、そんなことが。

 だが、手を尽くすと言ったクロードの言葉は、嘘では無かった。


 一月もすれば、クロードは正式な神官として、それどころかアナスタシアと同じ高位の神官にまで上り詰める。

 実力としては妥当。何せ、国最強と言われるアナスタシアを負かした人物なのだから。

 二人の上には、大巫女と大神官しか居ない。

 自然と難易度の高いお務めは二人が出向く事になり、他の神子を振り切り僅かな合間に逢瀬を重ねた。


「シア、無理をしたんじゃない?」

「いや、少し息が上がっただけだ」


 深い谷の底まで魔物を追い、無事討伐を終えた二人が大岩に腰を下ろす。

 連れの神子たちはここへ降りるほどの身体能力は無く、討伐も本来数時間かかるため、久しぶりにゆっくりと話すことが出来た。


「クロードは本当に魔物を追い込むのが上手いな」


 クロードは明らかに谷へと魔物が逃げ込むように仕向けていた。他の者は気付いていないだろうが。


「実家でも魔物の討伐がお役目みたいなところあったからね。それより、大巫女と大神官になるにはどうすれば良いのかな?」

「アレは多くの神子を産んだ夫婦神子がなるものだ。神殿の父と母であり、王族との政治力も必要となる」

「だったら僕たちもたくさん子を作らないとね」

「わたしたちが夫婦になることは…… 無い」


 これほど触れ合っておいて、その事実を受け入れるのは胸を切り裂かれるような痛みを伴った。

 もし、別の神官があてがわれでもしたら、わたしはその時こそ命を断つだろう。


「神の思し召しというやつ? それなら気にする必要無いよ。あれ、あの二人と王族が決めてるみたいだから」

「は? どういうことだ」

「神子の数と神力を調整してるんだよ。増え過ぎると貴族たちの立場が危うくなるからね。高位同士の結婚が無いのはそのせいさ。それで僕と結ばれる事はないと思ったんだろ?」


 そうだ、強すぎる巫女と神官は夫婦になることはない。

 だが、その理由が調整だと? 神の名を騙り、我々を管理していたのが国だったなど、本当にただの奴隷ではないか……


「だが、だからと言って、どうにか出来る話では……」

「殺せばいいんじゃない? 僕なら上手くやれる」

「ダメだ、私欲での殺生は呪いが生まれる」


 わたしも国の為に幾人もの人の命を奪って来たが、それは使命があったからだ。神子が私欲で人を殺めれば、精神は腐り瘴気に蝕まれ魔物になり果てる。


「あれ、この国でもそうなんだ? でも僕なら平気だよ、そういう家系だから」

「そんな事あり得るのか……? それは余りにも危険……」

「ふふ、でも悪い事はしないように教育されてるから安心して」

「今まさに悪巧みしてただろうが」


 とにかく、私欲の為に人を殺してはならないと言い聞かせる。

 突然神殿の長が死ぬことになれば、組織としても混乱は避けれない。


「それよりリリィのことは良いのか?」

「準備はしてるよ。ただ、王太子の婚約者ともなるとそれなりに警備が厳重で苦戦してる。その過程で色々知れたから無駄足は踏んでないつもりだけどね」

「一体どうやって……」


 わたしが婚約破棄の代償に得た自由を、ここに来て一月のクロードが手にしているのが不思議で、そして羨ましかった。

 今こうして束の間の自由を得ているのもクロードのおかげで、例え一人の時間を手にしてもクロードとの時間に使うだろうと思えば、彼の自由を妬みはしなかった。


「少し人を動かすだけだよ。僕が目を合わせて笑うと大抵の人間は言うことを聞いてくれるからね」

「聞きたくなかったよ、最悪な男だな」

「でもそんな僕でも愛してくれるだろう?」


 否と拒めない自分に腹を立てながらも、甘い口付けに身を委ねる。


「クロード…… あまり調子に乗るなよ」

「そんな潤んだ瞳で凄まれてもねぇ?」


 揶揄うように瞼に頬に耳に、とクロードの柔らかな唇が触れていく。


「ま、まだ……ッ」


 必死に抵抗しようにも手首は抑えられ、文句を言おうにも口を塞がれ、為す術もなく溶かされる。

 が、必死に理性を掻き集め、がしりとクロードの頬掴んだ。悲しいかな、アナスタシアはそれほど非力ではないのだ。


「こら、話は終わっていない!」

「本気で暗殺頑張ろうかな…… 夫婦になれば好きな時にシアに触れられるのに」

「おい、待て。まずはリリィだろ!」


 こうして二人の甘い語らいは、物騒な話の合間を縫いながら交わされるのだった。





 王太子エドワードがリリィと婚約して一年。すなわち、クロードがこの国に来て一年。

 華々しい会場には多くの国民が集い、神子が騎士が貴族が、壇上に向かって整列する。

 今まさに、エドワードとリリィの結婚式が、始まろうとしていた。


 神官と巫女は間違っても身体が触れ合わないよう、中央に走る絨毯を挟み二手に分かれている。その先頭に立つのはアナスタシアと、そしてクロード。


「王太子エドワード様、リリィ様のご入場です」


 管楽器の音色が会場を包むと、割れんばかりの拍手と歓声が二人を迎える。

 リリィはピンクブロンドの髪を靡かせ、白のベールを被って王太子の腕に手を添え歩く。

 壇上の大巫女と大神官のもとへと辿り着いた二人は、揃ってこちらを振り返り……


「ヒッ……!」


 と短い悲鳴をあげ顔色を変えたリリィ。その視線は神官の立つ方へと向けられ、幸福感に溢れていた顔は、いまや恐怖に崩れ落ちる寸前だった。


「リリィ? どうした?」

「あ、悪魔が…… なんでこんなとこまで……」


 震える声も浮かべる涙も、これまで見たリリィの可憐な少女らしいものではない。

 本気で、心の底から恐怖する、人間の本能的な怯えに変わる。

 ざわりと会場が揺れ、何事かと皆あたりを見回すが、リリィが恐るものが何なのか誰一人として見つけられなかった。

 尋常ではないリリィの怯えに、大神官が動く。


「リリィ様、お気を確かに…… クロード! アナスタシア! リリィ様に祈りを!」


 気が触れたと思ったのだろう。人は緊張で気を失うこともある。心を落ち着かせる為に、この国最高の神子を呼び寄せたのだ。


「いやぁぁぁぁ!! 来ないで! 悪魔が! リリを殺しに来る!」


 だが、壇上に向かうのは見目麗しい神の愛子たち。クロードもアナスタシアもリリィを安心させるよう笑みを深め、ゆっくりと近付いて行く。


「どうしたんだ! リリィ、あれは神官と巫女だ。悪魔など何処にも居ない!」

「アレは、悪魔なの! エド! お願い、あいつを殺して!」


 指さしたのはクロードかアナスタシアか。ぶるぶると震える腕は、既に壇上に上がった二人のどちらを示しているのか分からない。


「やめないか! 神への冒涜だぞ! 本当にどうしてしまったんだ…… こんな大事な時に」


 心配と、困惑、そして若干の怒りが混じったエドワードの声に、リリィは癇癪をおこした子どものように泣き叫ぶ。


「なんで信じてくれないのッ! アレは、リリを追ってきたベリア…… ヒッ!! イヤァ! お願い! 殺さないで! 何でもするから!」

「おやおや、新婦の顔が台無しですよ。ねぇ、ーーーー様?」


 特別声を潜めた呼び掛けは、錯乱するリリィの声に掻き消されエドワードには届かなかった。しかし、クロードの些細な動きも見逃すまいと目を釘付けにしていたリリィだけは、その唇の動きが、自身の本当の名を呼んだのだと理解する。


「あぁぁあぁぁぁ!!! お願い、クロード様! 本当に何でもするから! お願いよ! わたし今日王太子妃になるの! だから! 何でも! お金でも地位でも! 何でもあげるから!」

「お、おい、リリィ! 何を言って……!」


 必死に命乞いするリリィに、エドワードが青ざめる。今日妻になるはずのリリィが、見るに耐えない醜悪な姿で、神官の足元に這いつくばっているのだ。

 そして、王太子妃の座を命乞いの道具にし、権力を神官に捧げようとしている。

 これは悪い夢か、と言わんばかりにブンブンと頭を振った。


「そうです、私は、クロード・ベリアルドです」


 ただ、神官は名乗っただけ。

 美しい顔で神をも射落とさんばかりに微笑んだだけ。


 リリィは壊れた。と、群衆は思った。

 奇声をあげ、神官に両手を伸ばし、そして縋り付いてしまった。

 事もあろうに、この国最高峰の神官に。

 

《神子において、男女の触れ合いは神力を損なうため禁忌とする》


 この常識が、人々を絶望へと突き落とした。

 自分たちの守護者を、一人の少女が穢してしまったのだ。

 民衆からは悲鳴があがり、神官たちは剣を抜き、巫女は目を覆う。

 貴族は大変なことになったと頭を抱え、見事地獄絵図が完成した。


「触れるな。我らの神官だ」


 地をも切り裂くような凛としたアナスタシアの声と共に、リリィの首元には剣が当てられる。ドタっと尻餅をつくように身を引いたリリィが、クロードから離れた。

 人々は、絶望から救われる。我らの神官を、我らの巫女がお守りくださったと。


「クロード、問題ないか?」

「いえ、少し神力が…… 私は何という罪を……」


 芝居がかったクロードの嘆きに、一度安堵した民衆は再び絶望に落とされる。そして、神子たちは怒りに燃えた。


「リリィ、お前は一年間、神殿で何を学んだ? 気でも触れたのか?」

「は? いや、だって…… そんな、嘘よ…… 触れたくらいで魔力を失うなんて……」


 冷たいアナスタシアの問いに、焦点の合わない目はうろうろと彷徨いながら、違う違うと反論を繰り返す。

 堪らずエドワードが強くリリィの肩を揺さぶった。


「リリィ、何てことをしてくれたんだ! クロードはこの国の宝だぞ! もし神力が失われたらどうするつもりだ!」

「え、エド? クロード様を知ってるの? リリのこと、みんなで騙したのね?」

「何を訳の分からないことを! いい加減にしろ!」


 あれほど何でも許し庇ってきたエドワードが、リリィに怒声を浴びせる。

 リリィの怯えは猜疑心と怒りに変わり、それはエドワードに向けられた。


「だから! クロード様はリリを追ってきたオラステリアの処刑人だって言ってるでしょ! あの悪魔がなんでこんなとこにいるのかって聞いてるの!」

「リリィ、記憶が無いというのは嘘だったのか……? たしかに彼はオラステリアの人間だが、お前は罪人だったのか?」


 呆然とするエドワードに、しまったと顔色を失くすリリィ。

 その後ろで、クロードだけがひっそりと愉悦の笑みを浮かべていた。


「悪魔付きだ!」

「罪人の悪魔付きを処刑しろ!」

「他国の罪人が殿下と神官を穢したんだ!」


 どこからとも無く聞こえてきた野次は、いつしか大きな合唱へと変わり、神官も巫女も、騎士さえも殺気立つ。


「うるさい! うるさい! うるさい! 神子に触れたくらいで魔力が消えるものか! あんた達は騙されてる!」


 リリィの叫びに、クロードとアナスタシア以外の人間が、一気に怒りを膨らませた。

 この国を、神を、冒涜したと。

 殺せと、人々が声をあげる。


 しかし、パッとエドワードが片手を上げれば、ピタリとそれは止み。


「この場は婚儀の為の祭壇だ。リリィの処分は別途場を設ける」


 それを合図に、騎士が泣き叫ぶリリィを引きずり壇上から下ろした。


「クロード、其方が処刑人だというのは本当か?」


 壇上の数名だけに聞こえる声でエドワードがクロードに問う。


「処刑人というわけではありません…… ただ、自国の罪人を追って旅をしていたのは確かです。オラステリアに問い合わせて頂ければ確認は取れるかと」

「そうか…… 何故、今まで黙っていた?」

「リリィ様にはお会いしたことが無かったので…… 仕事は諦め、ここで神官としての生活にも慣れてきた矢先のことで、私も驚きました」

「詳しい話はまた後でしよう。アレはこちらで処刑する。其方の国で何をしたかも調べるが、民衆の前でお前に触れたのだ、リリィの極刑は避けられない。……これで仕事を完遂したのだな」


 クロードはエドワードに対する評価を改めた。問われれば計画を話すつもりではいたが、自分で気付くとは思わなかったのだ。






「ねぇ、僕に触れると極刑だって」


 すべてを終えた二人は瘴気で満たされた森の奥深くで、甘いひと時を過ごしていた。


「初めて会った日から何度も言っているだろう」


 クロードは直接リリィに近付けないと判断し、この禁忌を利用し処刑を完了した。

 悪趣味だとは思いつつ、それでも咎める気はない。


「見られたら、僕たち二人とも処刑だね」

「しつこいぞ」

「死ぬときは一緒だよ」

「クロードは意外と乙女だな」


 唇を啄みながら短い会話を繰り返す。


「シアが冷たい」

「これが本来のわたしだ」

「そういうところも、ッ……愛してるよ」


 慣れたと思ったクロードの囁きに、またも赤面させられ悔しさと愛しさが募る。


 あの大騒動の後、面倒な呼び出しがいくつかあった。

 

 まず神殿では、クロードが本当に神官として神に仕える気があるのかと再度尋問があった。入国時にもある程度調べはあり、初日にして難無く乗り切ったクロードにとっては、準備済みの尋問など世間話に等しかった。

 あくまで、この地に踏み込んだのは魔物に襲われたから。そして、リリィの錯乱は偶然だったと。


 同じ説明を王宮でも繰り返す。国交の無いクロードの母国とはそれほど密に連絡は取れない。大陸の機関を通し、簡単に身元確認をするしか出来ないが、それでもリリィ、もといリリアンヌの罪状は明らかとなった。

 もし、あのエドワードと婚約したあの時期に罪の告発だけしても、過去の罪だとエドワードが流した可能性もある。

 一年待ったのは、そのためだった。


「安心し切ったところに、僕が現れたら錯乱するしか無いもんね」

「なぜ悪魔と?」

「ああ、僕の家系は国でそう呼ばれてるんだ。悪い意味で有名人なんだよ」

「悪い意味で、ね」


 ふふっと漏れる二人の笑いは、瘴気を飲み込むほどに幸せに満ちている。


「でもあれはかなり焦った」

「……?」

「シアが王太子の婚約者にって話」


 クロードの尋問が終わった後は、またもわたしへの婚約話が浮上したのだ。

 元々、神力の低い異邦人のリリィが王妃になることに反対した者は多かった。無理に推し進めたエドワードを責め、廃嫡を回避したければアナスタシアを娶れとせっついた。


「少し面倒だな」


 実はまだ解決していない。ただ、アナスタシアがエドワードを殺気に満ちた目で睨み潰して帰って来ただけだ。


「やっぱり逃げようか」

「この瘴気はどうする?」

「別に僕たち二人が居なくても何とかなるよ」

「そうかな?」


 出産を管理され、国の守護者として使い潰される神子達に自分たちも押し付けるのか?

 彼らを犠牲にして、わたしの矜持は傷つかないか?

 わたしは、クロードさえ居ればそれで良い。


「クロード、もう少しだけ……」

「それはどっち? この口付け? この国での生活?」

「後者だ」

「残念」


 見つかれば終わり。ただ、自身の神力さえ維持すれば、疑われることはない。

 この国の常識が、わたしたちの罪を覆い隠してくれる。


「そろそろお務めの時間だ」


 アナスタシアは剣を抜き、クロードの背後に迫った魔物を一突きにする。

 クロードは最後に一度軽く唇を重ねて、浄化の祈りを唱え始めた。


 

 神子たちが森の深部に到着した頃には魔物の気配は消え、森の瘴気は晴れていた。

 一定の距離を保つ二人の神子が、瘴気に当てられた魔獣たちの血を浴びながら斬り捨てている。

 剣技に見惚れこそすれ、二人が交わす視線の意味には気付かない。

 この国で最強と謳われる巫女と、母国で悪魔と呼ばれた神官は、今日も秘かに恋をする。


一章終わりに入れてましたが移動してきました。

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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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― 新着の感想 ―
本編と全く関係ない話ですか…? 読んでて違和感しかない。 本編の楽しさを中断された不快感。 短編としては面白かったけど。
最初の投稿日の年月日追加ありがとうございます! 改めて読み返しましたが本編とは少し違ったこの文章がすごく好きで…だからこそクロード好きになったのかなって思いました。 クロードとシアちゃんがいつかシェリ…
[一言] ん?ん?クロード?? クロードってシェリエルのお父さんやんけ! クロード、ディディエとセルジオそっくり、ベリアルドって感じしますね笑
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