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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第一章 ベリアルド家
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11.恐怖のお茶会


 数日後、初めてディオールのサロンに招かれた。

 あの兄がなにを言ったのかは知らないけれど、こうもすんなり面会してくれるなんて。

 意外というか、拍子抜けというか。

 ディディエと並んで長椅子に座っていると、テーブルには先日作ったメレンゲ菓子が並んでいた。


「ま、まさかお兄様?」

「あ、これなんていうの? 名前」

「メレンゲです。メレンゲ」


 クッキーというものが無いらしいので、ただのメレンゲで良いだろう。

 咄嗟に答えたけれど、まさかそのまま話す気じゃ……


「ヒソヒソと何です。それで? 今日はどうしたのかしら」


 ピシャッと雷が落ちたように背筋が伸びる。

 毎日食事の際会っているが、こうして対面するのは二年ぶりじゃないだろうか。

 燃えるような赤の髪と唇は苛烈なディオールに良く似合っている。

 いまは別のものを想像してしまって直視出来ないのだが。


「これは最近シェリエルが作り出したメレンゲという菓子です。やっと完成したので母上にも召し上がってほしいとシェリエルが言うものですから」


 ディオールは「ほぅ……」と、扇子で口元を隠しつつ、訝しむようにメレンゲを見つめる。


「砂糖菓子と似ているようだけど? これを貴女が?」

「はい、砂糖菓子よりも食べやすいかと……」


 なんてこと……、あわよくばコルクに押し付けられないかと考えていたのに。

 このままじゃわたしが食に執着する食いしん坊になってしまうじゃないの。

 ディディエに促されて引き攣った頬で一粒口に入れる。緊張で上手く笑えてない気もするが、均等に絞り出されたメレンゲは美しく、サクサクと崩れたあとスッと溶けて行く。

 コルクのメレンゲ作りはどんどんと上手くなっているようだ。

 仕方ないと言いたげにディオールが一粒口に運ぶと、少しして目をまん丸にさせ固まった。


「いかがです? これなら社交界で使えるのでは?」


 ヤバいブツを勧める闇商人のような笑顔のディディエは本当に十二歳なのだろうか。

 それよりディオールはどう思ったのか、それが一番気になっている。


「そう…… これを貴女が。まぁ、随分と平和な才に目覚めたようで安心したわ」

「作ったのは料理人です。わたしは少し知恵を貸しただけなのです」

「その知恵が一番大事なのよ? 凡人が思いつかないようなことだから、価値があるの」


 良かった、一応大丈夫だったみたい。

 そもそもレシピも前世の記憶なのでわたしが考えたものではないのだけど……

 とりあえず危険視されるよりはマシだと思うことにした。


「そういえば、母上も最近新しい美容法を考えられたと言ってましたよね」

「ああ、あれは別にわたくしが考えたものじゃないのよ。異国の商人が勧めるものだから試してみているの」

「異国の? それは信用できるのですか?」

「持っていた商品はどれも本物で一級品だったわ。それに簡単な民間療法みたいなものだから、試してみてもいいかと思って」


 簡単な、ではないですよお義母様(かあさま)? だが、死に至るほどのめり込んでいる様子もない。

 一体どうなっているのか。


「効果がなければどうするのです?」

「今全身が入る(おけ)を用意させているの。今度それに浸かってみるわ」


 完全にスプラッターじゃないですか!


「あ、あの、よろしいでしょうか」

「なにかしら?」

「その…… 血液を使っているのですよね? メイドが何人も倒れていますし、ディオール様も危険です」


 彼女の死因はこれに違いない。こんなよく分からない悪魔のような美容法で病気にならない方がおかしい。


「メイドにはきちんと報酬を与えてるわ。少し休めば血は戻るもの。けれど、危険というのはどういうことかしら」

「他人の血液は危険です。もし病気を持っていたら、感染してしまいます。本人が発症していなくても、病気を持っている事があるのです」


 途端にスーっと空気が凍りつく。目線だけで射殺されそうだ。

 頼りのディディエも訝しむように無言のままこちらを見ているだけで、嫌な汗が流れる。


「なぜ貴女がそんな事を知っているのかしら。(やまい)(けが)れがもたらすのよ? わたくしのメイドが穢れを溜めていると?」


 初めてこの城に来た時の圧をビシビシと感じる。

 正直、めちゃくちゃ怖い。

 せっかく「憎い愛人の娘」から「厄介な親戚の子ども」くらいになったのに。

 いや、でもこの時期にディオールが死ぬかもしれないのだ、出来るだけ原因を排除しておきたい。

 怖いし面倒過ぎるけれど、ここで引くわけにはいかないでしょう。


「病は人から人にうつるものもありますよね? 空気や血液で感染する恐れもあるかと。もし今の美容法を考え直してくださるのでしたら、別の美容法を提案させていただきます」


 ただではやめてくれないのは想定済みだ。そのため一応いくつか案を考えてあった。前世にあってこの世界にないもの。


「そう、一度チャンスをあげましょう。たしかに少し匂いが気になるのよね……」


 ふぅ、なんとか糸口は掴めた。あとは結果を出すだけだ。

 破綻寸前のプロジェクトにアサインされた時のヒリつきを思い出す。

 まずは現状把握から……


「では、少しだけディオール様のメイドをお貸しください」

「いいわ。好きになさい」


 



「あの母上と取引するなんて、やるじゃないか」

「そんな事よりお兄様は平気なのですか? 桶にメイドの血を溜めて浸かると仰ってたのですよ?」

「まぁ、悪趣味だよね。臭そうだし」


 それだけ? 

 やはりベリアルドというのは少し感覚がズレているらしい。

 付いてきてもらったメイドの中には先日倒れていた二人もいた。


「早速ですが、普段のディオール様のお手入れ方法やお化粧方法を教えてください」

「奥様は寝る前に洗浄の魔法で身を清め、その後オイルを」

「洗浄の魔法?」

「はい、シェリエル様はまだ洗礼が終わっていないので湯拭きだけですが、魔力の耐性が出来ると魔法で身を清めます」

「お風呂は?」

「オフロ、ですか?」


 そういえばまだ入浴していないな?

 お風呂という言葉もなくどうしているのか不思議だったのだが。

 どうやらこの世界に入浴という文化は無く、魔法で身体を洗うらしい。

 なんて便利なの! 最高じゃないの!


「では湯に浸かることは無いんですね。その、良ければ手だけで良いので見せてもらえませんか?」


 桶やタオルは必要無いらしく、そのまま一人のメイドが腕を出し、もう片方の手で短い杖を取り出した。

 待って、もしかしてわたしこの世界で初めて魔法を見るんじゃ……


 メイドが長い呪文のようなものを唱えると、杖から出た水が腕を包み、少しして跡形も無く消え去ってしまった。

 前々世から通しても初となる本物の魔法にキャッキャと声をあげたいところだったが、淡々とメイドの異世界トークが続き、それどころではなかった。


「これで終わりです。普段は三人で専用の魔法陣に魔力を注ぎ、全身を洗浄します。その後、マッサージ用の寝台に寝ていただき、全身を香油でマッサージするという流れです。頭髪は艶を保つため週に一度同じように魔法で洗浄しております」


 ほぅ〜、なんか前世より楽で良い。

 シェリエルの脳内では暗闇で魔法陣の中心に立つディオールと、その周りに膝を付くメイドたちが怪しげな儀式を繰り広げているが、たぶん血液パックよりはまともな文化のはずだろうとその妄想は掘り下げないでおいた。

 しかしである。


「って、週に一度!?」

「洗浄魔法は水に移した汚れをそのまま水と一緒に消す魔法ですので、水に移らない汚れは取れないのです。ですから、月に一度はお嬢様のように桶で湯を使って頭を洗います」


 そうですよね……さっと水洗いしてるだけですもんね。

 いや、そうじゃなくて。湯洗いが月に一度ってそれはまずいでしょう。


 けれどメイドたちはさも当たり前のように淡々と説明を続けた。

 曰く、洗浄魔法は水と火の属性が必要で、魔術を展開するときの加減で温度も調整するという。

 中位でも上の方の侍女ならば一人で全身を洗えるが、魔力量が少ないメイドは数人がかりで行うそうだ。


「顔はどうするのですか?」

「湯で濡らした布で丁寧に拭かせていただきます。お化粧前はオイルを塗り、その上に白粉をハケで塗るのです。最近では湯拭きした後、血液をハケで塗り、もう一度湯拭きしてお休みになられています」


 おお…… それは何というか……

 わたしも前世でそれほど美意識が高かったわけではない。

 ひきこもっていたので毎日化粧はしないし、コスメヲタクでもなかった。

 それでも人並みのケアはしていたので自分の知識でもある程度効果は出せそうだと確信し、頭の中でプランを練っていく。

 その後も今作っている桶や設備、その他化粧品の事を聞き、その日はメイドを帰した。


「シェリエルも美容に興味があるの? 何もしなくても肌はもちもちで真っ白だし、雪の積もったようなまつ毛も透き通るようなサファイアブルーの瞳も天使のように美しいと思うよ?」

「ありがとうございます、お兄様。お兄様も悪魔のように美しいですよ」


 ハイハイといつものように聞き流すと、授業でもらった紙にひとつずつ書き出していく。

 節約のためにかなり小さく詰めて書いたけれど、ディディエには「無駄な使い方して……それくらい覚えられるでしょ」と文句を言われた。

 この世界で紙は貴重だ。木でも動物の皮でもなく、魔花の花びららしい。


「えーと、アレもあるしコレもあるし。あとは保湿……クレンジングはオイルを……うーん、どこで手に入るんだろ?」

「言ってごらんよ。僕情報収集力はすごいんだから。」

「じゃあ……信頼できる商人を紹介して貰えませんか? 無駄遣いはしないので。出来れば美容品に明るく、幅広い商品を取り扱っている商会だと助かります。お義母様の為に必要なんです!」

「じゃあ僕のお願いもふたつ目だね」


  お願いという言葉に薄寒いものを感じながらも、今はディディエに頼るしかなかった。

  まだこの世界で数人の使用人しか顔見知りがいないのだから。


「商人か……そういえば最近面白いのを見つけたんだ。きっと役に立つと思うよ」 ディディエに用意出来るものだろう

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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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