フォルデン伯爵家のお茶会
つやつやと波打つウェーブした髪に藤色のリボンが飾られ、薄桃色のドレスには何段もフリルが重なっている。
恥ずかしい。恥ずかし過ぎる……
淡い色合いのドレスは年相応で可愛らしいのだが、どうにも自分のイメージではない気がして照れが勝るのだ。
「良く似合ってるよ。僕が仕立てただけはあるね」
「本当にそう思ってます?」
「うん、滲み出る内面との落差も最高だ」
「…………」
ディディエの腕に添えた手にギュッと力を込め、この少女らしいふわふわの衣装から浮かないよう笑みを浮かべた。
ベリアルド領から遠く離れたこの地はまだポカポカと暖かく、馬車を降りると本当に他領に出てきたのだと実感する。
今日の目的は脱法奴隷の所有者を探り、可能ならば奴隷を強奪するという物騒なものだ。けれど、目の前には童話の絵本から飛び出したようなファンシーなガーデンパーティーの会場が広がっていた。
邸宅の主、フォルデン伯爵はわたしの白髪にも一切の戸惑いを見せず、快く出迎えてくれた。さすが他国との貿易をやっているだけはある。
貴族の挨拶を交わし、本来の目的を気取られぬよう慎重に表情を作った。
「これはこれは! 我が家のお茶会が領外では初めてと聞いておりましたが、何とも落ち着いていらっしゃる! 藤の君が自慢したくなるのも頷けますな!」
彫りの深い陰影のくっきりした面立ちに、短く刈り上げた頭髪。フォルデン伯爵は真っ白な歯をキラリと光らせ、快活に笑った。
「父上、あまり大きな声を出してはシェリエル様を驚かせてしまいますよ」
柔らかな声でフォルデン伯爵を窘めるのは、長男のサイラスだ。母親に似たのか、フォルデン伯爵とは真逆の穏やかな佇まいで、この庭園も彼が整えたのだろうと勝手に納得する。
「こんな素敵なお庭でお茶会が出来るなんて、とても楽しみです」
「お褒めに与り光栄です。我が家は母を早くに亡くしまして、お茶会はすべて弟に任せているのですよ」
「デヴィッド様が……」
思わず反応してしまったが、サイラスは別の意味に取ってくれたようで「弟からは想像も付かないでしょう?」と庭の奥で令嬢を持て成すデヴィッドに視線を送った。
今回のお目当てはその弟のデヴィッドだった。父親に良く似た剛を体現したような厳つい面差しは、たしかにこのファンシーな庭と結び付かない。
テーブルに案内され、早速ディディエと念話を繋ぐ。
「(彼が本当に購入者なのです? 人当たりも良さそうですし、悪い人には見えませんけど)」
「(悪いやつほど裏の顔を上手く隠すものだよ)」
「(そうですね……)」
身近にこれ以上ない猫被りが居たのを思い出し、わたしは改めて気を引き締めた。
テーブルには緑と淡い色合いの花がバランス良く飾られ、透け感のある布が飾りに使われている。
「(たしかフォルデン家は布の輸入を生業としているのですよね? お茶会はどうしても女性の方が多くなるので、とても良いアピールになっています)」
「(商売を学びに来たんじゃないんだから…… まあ、かなりやり手ってことだね。ほら、そろそろこっちに来るよ)」
小花に彩られた庭園から少し浮いたデヴィッドは、席を立つと良く目立つ。
話を切り上げ挨拶しに来てくれたようだ。
「ディディエ様、シェリエル様、本日は我が家のお茶会にご参加くださり誠に光栄にございます」
「デヴィッド様、お招き感謝します。妹の初めてのお呼ばれは僕が同伴すると決めていたので、とても楽しみにしていたんです」
優等生スマイルに良い子を憑依させたディディエは完璧な貴族令息だった。もはや誰これ状態だ。
デヴィッドはディディエの学院での活躍を褒めそやし、ディディエも慣れた様子で受け流す。
これが貴族の社交か……
プレゼン形式なら問題ないのだけど、こういった会話は授業だけでは不安が残る。
「シェリエル様のお召し物も本当に良くお似合いです。父と兄もさぞ喜んだことでしょう」
「ありがとうございます。兄が仕立ててくれたのですけど、フォルデン商会の布は本当に素敵で、すっかり虜になってしまいました」
今日の衣装はフォルデン家が輸入した布を使い、ディディエが仕立てた物だった。一目で見抜くあたり、事業の手伝いをしているというのは本当らしい。
給仕をしてくれるメイドも誇らしそうにおかわりのお茶を注いでくれた。裏の顔があるとは思えないほど、使用人に至るまで良い雰囲気だ。
「シェリエルは衣装部屋を改造したり、これから新しい衣装を仕立てると言って、どうやら服飾にも興味があるようなんですよ」
「なんと! それは素晴らしい。ぜひ我が商会をお引き立て願いたいものです! シェリエル様はやはりフリルやリボンがお好きなのですかな?」
厳しい顔がパッと明るく輝き、本当に家業を大事にしているのが伝わってきた。
「とても可愛らしいとは思うのですけど、あまり似合っていない気がして……」
「滅相もない! とてもお似合いですよ! 似合わないというのはこの会場と私の事を言うのです」
カラカラと快活に笑う様は父親のフォルデン伯爵にそっくりだった。
「このお茶会もデヴィッド様が整えられたと聞きました。とても素敵な会場ではありませんか。細かな心配りや繊細な色合わせは学ばせて頂きたいです」
デヴィッドは一瞬目を細め、「照れますな」と頭を掻いた。
ディディエは会話の中で探ると言っていたが、わたしには何が罠で何がお世辞なのか分からない。しばらく当たり障りない会話が繰り広げられ、特に気になる点もなくデヴィッドは「また後ほど」と言って席を立った。
「何かわかりました?」
「シェリエルを連れてきて良かったよ」
「……?」
役に立ったならいいけれど…… 置いてけぼりにされたままパステルカラーの砂糖菓子をちびりと齧る。
貴族のお茶会は基本持ち回りで開催される。財力のある貴族は年に何回も主催し、貧しい貴族でも完全に回避することは怠慢を意味していた。
それは女主人の居ないフォルデン家も例外では無い。まだ婚姻前の息子二人を目当てに、そして招待されたディディエのような未婚の貴族を目当てに、令嬢たちが集うのだ。
女性の社交場としてのお茶会と、婚活のためのお茶会。今日は確実に後者の色が強かった。
主催の挨拶回りが終わると、どこからともなく令嬢たちが群がってくる。学院でのお勉強は良いのかと心配になるが、藤の君と縁を繋ぐ方がよっぽど将来のためになるのだろう。
ディディエの参加を聞きつけ、招待客の同伴が増えたとデヴィッドも笑っていたくらいだ。
「ディディエ様、ごきげんよう。名乗りをお許しいただけますか」
「名乗りなど必要無いですよ、カミラ嬢。こうして言葉を交わすのは初めてですね」
ディディエの華やかな笑顔に、カミラは頬を真っ赤に染め、ぷるぷると震えている。こそりとディディエが何かを耳打ちすれば、カミラはそのままフラフラとどこかへ行ってしまった。
「何をしたのです?」
「別に?」
優等生スマイルから貴公子スマイルに仮面を付け替えたディディエは、次から次へとやってくる令嬢を甘ったるい言葉で捌いていった。
「こんなところでお会い出来るなんて神々のお導きかしら……」
「では僕も神々に感謝の祈りを捧げなくてはなりませんね」
補佐官として付いてきてくれたディルクはすでに慣れた光景なのか、眉一つ動かすことはない。心なしか眼差しがじっとりしているようにも思えるが……
「(お兄様、不味いのでは……)」
「(たしかに、これじゃあ何しに来たのか分からないね)」
周りのテーブルから隙を窺う令嬢たちの視線が痛い。また一人追い払うと、ディディエはわたしの手を取り立ち上がった。
「シェリエル、少し庭を見せて貰おうか。あとはディルクに任せよう」
「はい、お兄様」
付いて来ようとする令嬢たちに、パチリと片目から星を飛ばし、「キャーー!」と小さい悲鳴が上がった。その隙に早足で会場を後にする。
ちらりと振り返れば、会場に残されたディルクが意図を察したのか、ディディエに負けず劣らずの笑みを作って令嬢に笑いかけていた。
「さすが藤の君ですね。お兄様が御令嬢にあれほど丁寧に対応されるとは思いませんでした」
「もしかして妬いてる?」
「違います、ただ意外だっただけです」
アルフォンス殿下に対する暴言や、アリシアへの飄々とした態度からは想像が付かなかっただけだ。
「僕ってこの通り顔も頭も良いだろ? 男と違って、ただ彼女たちの欲しい言葉と微笑みを返すだけで簡単に操れるって気付いちゃったんだよね。これもシェリエルのおかげだよ」
「わたし、お兄様の微笑みに惑わされたことはありませんよ? あ、ジゼル様……!」
人の友人でなんて事を学んでるんだ。全く調査が進んでいない焦りより、兄の将来の方が不安で仕方ない。
「それで、デヴィッド様はどうでした?」
「それがさあ、シェリエルに物凄く興味というか好意を持ってるみたいなんだよね。たしかに購入した奴隷は幼い子もいたけど、こないだの幼女趣味の貴族とはまた違う感じ?」
「わたしがフォルデンの事業に好感を示したからでは? わたしも入浴に興味があると言われたら嬉しいですよ」
「そういう感じじゃないんだよね。利益に繋がる客を見つけたというより、それ自体が利益みたいな? それに絶対にバレてはいけないものを隠してる。それだけは確実。それがバレたら身の破滅だと思ってるくらい厳重に隠してる」
ちょっと顔は怖いけれど良い人、という印象を持っただけに、自分の人を見る目が不安になってきた。
「奴隷が見つからないのはなぜでしょう」
「もしかしたら、他国に売り払ってるのかもね。シェリエルの髪色は珍しいから高く売れそうだし、それならシェリエル自体を利として見ていたのも納得じゃん?」
「貿易業ですし、積荷に紛れてということでしょうか? でもわたしに対しては好意を持っていたのでしょう?」
「うーん、布地にもすごい愛着持ってたし、そういう感じかなぁ?」
これまで調査が進まなかったというだけあって、ディディエはいまだに曖昧な様子で頭を捻っていた。ディディエは所有する土地はすべて調べ上げ、屋敷に出入りする使用人も把握している。
それでも脱法奴隷とおぼしき平民や貴族の気配すら掴めないということは、すでに居ないと考える方が自然だった。
「お客様、それより先はご遠慮くださいませ」
いつの間にか会場から出ていたようで、屋敷のメイドに呼び止められた。
「ごめんなさい、とても素敵なお庭だったのでつい夢中になってしまって」
「ありがとうございます、そう言って頂けると主も喜びます」
メイドは自分が褒められたかのように満面の笑みを返した。
薄い茶色髪からメイドが平民であることが窺える。貿易で成功している伯爵や次期当主のサイラスなら貴族のメイドを雇えるはずなので、きっとデヴィッドのメイドだろう。
「このお庭は普段からデヴィッド様が整えられているのですか?」
「はい、奥様が亡くなられてから、ずっとデヴィッド様が管理されて来ました」
ディディエは何か思いついたのか、また貴公子スマイルを貼り付け、あざとく腰を屈めてメイドを覗き込んだ。
「君は、デヴィッド様をとても慕っているんだね。この素敵な庭も、デヴィッド様の人柄がよく出ている」
「は、はい……! デヴィッド様はとてもお優しくて、わたくしのような下々の者にも、お仕事をくださって……!」
ドギマギと頬を染めるメイドは、本心からデヴィッドを慕っているように見える。ディディエにはどう見えているんだろう。
「そうだよね、裏であんなことをしてても良い主であることには変わりないもんね」
「……ッ!」
途端に顔色を失くし、口を開けたまま固まるメイドは、笑みを深めたディディエを見てガタガタと歯を鳴らした。
「い、え…… 何のことだか…… あの、わたくしはこれで」
「あれ? どうしたの? 知られちゃ不味いことだった? でも安心してよ、僕たち口は硬い方なんだ。奴隷なんて、別に珍しくもないしね」
「違います! そんなッ! 本当に失礼します!」
勢いよく腰を折り曲げ、くるりと身を翻すとメイドは蹴躓きながら屋敷の方へ走って行った。
「どうやらメイドたちは知っているようですね」
「うん、どう使われているか知った上で隠し、それでも慕ってる。殺しては無いかな。こないだの下衆みたいな使い方もしてない」
「良家に養子に出すと言って他国に売っているのですかね? それならメイドたちも率先して協力しそうですけど」
他国に売られてしまったのならば、わたしたちにはどうしようもない。成り行きでここまで来てしまったが、本来闇オークションや脱法奴隷は国が取り締まるべきものなのだ。
「やっぱ、自分で潜入しないと分かんないもんだね。はぁ…… ユリウスを使えればもっと簡単に調べられたのに」
「あの同調の能力は便利ですけどとても大変みたいですよ」
「少しは休めただろ? 後で頼んでみようかな」
「ふふ、先生を使うのは高く付きますよ」
奴隷転売の確実な証拠が見つかり、この国に目当ての奴隷が居ないとわかれば、この件から手を引くことになった。
テーブルに戻ると、また藤の君の甘い言葉を聞きながら、一仕事終えた気で静かにお茶を飲んだ。
「次は死体盗んでるやつか…… 臭そうで最悪」
「今日は華やかでしたものね」
会場で伯爵と挨拶を交わし、正門で馬車を待つ。本当ならすでに到着しているはずだが、他領のお茶会では連絡の行き違いなどよくあることらしい。
ようやく到着した馬車をディルクが調べ、ディディエと一緒に乗り込むと、来た時に使った領地の転移門を目指す。
赤褐色の街並みはベリアルドの貴族街とは違っていて、同じ国でも異国に来たような気分になる。
その景色が、一瞬、グラりと揺れた。馬車が揺れたのかと窓枠を掴むが、ディディエたちは驚いた様子もない。初めてのお茶会で疲れてしまったのだろうか。
「お、にいさま…… ちょっと気分が……」
「シェリエル? どうし……!」
手を伸ばしたディディエが、バランスを崩してガタリと膝をついた。隣ではディルクまでも苦悶の表情で額を押さえている。
「毒か…… やられたね……」
「にいさ、ま……」
ぐるぐると脳をかき回されるような不快感と共に、わたしの意識はここでプツリと途絶えた。





