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確かめ合う



 エリザが夕食を終えると、デヴィッドがやって来た。どうやら仕事帰りのようだった。お茶でもどうかと提案すると、おやすみを言いに来ただけだといって、エリザの頭をそっと撫でると慈しむように微笑んだ。


「今日は冷える。これを置いていくからね」


 おやすみと言って、デヴィッドは着ていたコートを椅子にかけると部屋を後にした。エリザは風呂に入ったら後は寝るだけなのに、なぜコートを置いて行ったのか分からずに首を傾げた。


「明日リハビリに散歩に行くと思ったのかしら?」


 不思議に思いながらコートを取り上げてハンガーにかけていると、コツンと音がした。振り返ってみると、再びコツンと何かが窓を叩いている音がした。

 ぎょっとしながらも窓に近づくと、一羽の白い小鳥が窓の縁にちょこんと佇んでいた。窓を開けると小鳥が入って来て、ピピと鳴いた。よく見てみると足首に手紙が括り付けてあったので、エリザはそっと手紙を取った。


 花壇の外灯の下で待っている。


 ルカからだ。小鳥を見つめると、小鳥はエリザの頭に飛び乗った。それを合図に、エリザはコートを羽織ると部屋を飛び出した。不思議なことに、廊下には使用人の姿はなかった。


 忍び足で廊下を抜けて階段を降りると、回廊から外へ出た。外はすっかり夜の闇に包まれていた。秋に差し掛かって空気はひんやりとしていたが、デヴィットのコートのおかげで寒さを感じることはなかった。


 建物に沿うように花壇が並ぶ一角に出ると、外灯の下で空を見上げている人影が目に入った。

 エリザは走った。はやる気持ちを抑えきれなくて、髪の毛がボサボサになるのも気にせず走った。


「そんなに慌てて来なくても、逃げたりしない」


 外灯の下までやって来ると、苦笑して出迎えたルカの顔がよく見えた。慌てて駆け寄って来たエリザの頭から、小鳥がルカの肩へと飛び移ると、ぽんと音を立てて消えた。どうやら魔法だったようだ。


「魔法……?」


「伝書鳥だ」


 驚きで目を丸くするエリザの肩に、ルカの手が乗せられた。


「寒くないか?」


「大丈夫です。父がコートを貸してくれましたから」


「そうか……」


 走ってはだけたコートをかきあわせるようにして、ルカがボタンを留めてくれた。ぶかぶかのコートを着たエリザを可笑しそうに見下ろして、ルカはくすりと笑った。


「そんなことを聞く前に、もっと言うべきことがあるよな……」


 言った直後、ルカの顔が泣き出しそうに歪むと、コートを掴んだままの手が背中に回された。そのままきつく抱きしめられて、エリザは息をのんだ。


「ルカ様……」


「……あの時、エリザが倒れた時、心臓が止まるかと思った……。運ばれて治療を受けている間も、どうなるか分からないと言われた時も、生きた心地がしなかった。何も手がつかなくて……エリザが死んだらと思うと、怖くて仕方がなかった……」


「心配をかけてごめんなさい」


 抱きしめるルカの手は震えていた。エリザはルカの背に手を回した。ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、ルカの胸に耳を押し当てた。エリザの心音とルカの心音は、同じくらいの速度で早鐘を打っていた。ルカから緊張と不安と恐怖を感じ取って、生きていてよかったと思った。この人を悲しませないで済んだことに、安堵した。


 どのくらいそうしていただろうか。ふいに身体を引き離されると、ルカはエリザの両手を取った。ぎゅっときつく握りしめられて、困ってルカを見上げる。

 抱きしめられて手を握られて、こんなことをされたら勘違いしてしまいそうだ。でも嬉しくて、どうしたらいいのか分からずにいると、ルカが真っすぐに見つめてきた。


「俺はバカだったよ……。エリザがあんなことになって、ようやく自分の気持ちに気づくなんて……。エリザは前に言ったよな?好きになった相手には幸せになってほしい。俺には、幸せになってほしいと。……それは、今も変わらないか?」


 ルカの藍色の瞳が揺れた。不安と期待に満ちた瞳には、正真正銘エリザしか映っていなかった。その事実に、エリザは震えた。鼓動が早まる。


「もちろんです」


 か細い声で答えると、ルカは息を止めてエリザの顔を見つめ、そして長い息を吐き出した。次いでエリザの手を握る手に力が込められて、エリザは期待で胸が膨れ上がった。


 ルカの瞳が愛しさで満ちている気がするのは、気のせい?だとしたら、なんて神様は残酷なのだろう。でも、これが勘違いではないというのならば……。


「エリザ。よく聞いてほしい」


「はい……」


「いつからか分からないけれど、きっとずっと前からエリザのことが好きだった。……気づくのが遅いよな。でも、こんな俺でよければ、この先もずっと一緒にいてほしい」


「それは……側近補佐として?それとも……」


 それを聞いたルカは、はあと呆れたようなため息を吐き出してエリザを引き寄せると、唇が触れそうな距離で言った。


「愛してる。結婚してほしい。……断ることは、許さない」


 愛してるだなんて言葉を、ルカから聞くことになるだなんて思ってもみなかった。それも、自分に向けて。

 信じられない思いでルカの目を見つめ返した。至近距離で見るルカの顔は綺麗だった。


 絶対に手に入らない人だと思っていたのに、ルカのほうから飛び込んで来た。この人が喉から手が出る程ほしいと思っていた。けれど、好きだからこそ幸せになってほしいと身を引いたのに、ルカの口から愛しているだなんて、結婚してほしいだなんて言葉を聞けるとは思ってもみなかった。


「信じ……られません」


「それじゃあ……」


 と、ルカの顔が傾いた。寄せられた唇が、エリザの唇と重なった。突然のことで反応出来ないエリザに、ルカは抵抗しないのをいいことに吸い付いてきた。

 薄く唇を開いて、唇の柔らかさを確かめるようにエリザの下唇を挟み込んだ。なぞるように唇を押し付けられて、ようやくエリザの思考回路が正常に動き出した。


「……ち、ちょっと!」


 どんと両肩を押して顔を引き離すと、不満げなルカの顔。真っ赤になって抗議したが、お構いなしにルカはエリザを抱きしめた。


「好きなんだよ……どうしようもないくらい」


 首筋に顔を埋めてポツリと零す。熱のこもった吐息が首筋にかかって、エリザは身体を震わせた。恥ずかしさが込み上げてきて、バタバタと手足を動かして抵抗の意を表したが、ルカは動じることなく無駄に終わった。なんだか悔しくなって、エリザは言った。


「なら……どうしてすぐにお見舞いに来てくれなかったんですか?」


「実家に帰って祖父と話し合っていた。好きな女がいるから、エレノアとは結婚出来ないと言って、婚姻の話はなかったことにしてもらった。それから、ハーディス子爵にエリザとの結婚を申し込んでいた」


「父に?!」


 驚きで固まったエリザの身体を引き離すと、ルカは平然とそうだと答えた。


「貴族は相手の親に縁談を申し込むのが普通だからな」


「父はなんと?」


「ハーディス子爵はエリザがいいならと了承してくれた。今日エリザに結婚を申し込むこともすでに話してある」


 エリザはコートを見下ろした。だから、これを置いていったのか。それどころか、最近デヴィッドの様子がおかしかったのは、ルカから結婚の話があったからなのか。合点がいって、エリザは俯いた。


「……それで?」


「え……?」


「返事は?」


 ルカの手が顎にかかる。上を向かされて視線が交ざり合う。ルカの唇は湿り気を帯びていた。キスしたからだと、頬がかっと熱くなった。

 エリザはたまらずに視線を逸らそうとしたが、ルカが許さなかった。今度は頬を両手で挟み込んできて、熱っぽくエリザ、と名前を呼んだ。


「こ、断ることは許さないのでは……?」


「そうだが、俺はエリザの気持ちが知りたいんだ」


「私は……私のほうが……」


 ずっと前からルカのことを好きだった。

 何度も諦めようとして、だけど出来なくて、もどかしい気持ちを抱えたままここまで来た。でも、それをどうやって伝えたらいいのだろう。

 考えているうちに恥ずかしさはどこかへ消えて、涙が滲んできた。ルカの顔が歪んでよく見えない。泣いても伝わらない。言葉にしてどのくらい伝わるか分からないけれど、口にした。


「愛しています……!」


 エリザはルカの胸に飛びついて、しがみつくようにして泣いた。


「あなたよりも、ずっと……ずっと!」


 嗚咽混じりに言うと、ルカは強く強く抱きしめ返した。そして額に一つキスを落として、耳元に唇を寄せてそっと囁いた。


「いいや……俺のほうが愛してる」


 いいえ私です、俺だ、私!俺!というバカみたいなやり取りをして、最後は二人で気持ちを確かめ合うように唇を重ねた。



 そうしてエリザの長いようで短い片想いは終わった。



 

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