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崩れ落ちる 1



 翌朝。睡眠時間が少なかったにも関わらず、エリザはすっきりとした気分で目覚めた。身支度を整えて食堂に降りると、簡単な朝食を済ませて執務室へ向かった。


 途中、アーノルドと出くわした。アーノルドはエリザの姿を見つけるなり、ご機嫌な様子で駆け寄ってきた。


「おはようございます。アーノルド様」


「おはよう!エリザ!」


「相変わらず朝から元気ですね。今から訓練ですか?」


「そうだよ。マリア様の護衛も兼ねることになったから、もっと強くならないとね」


 そうですかと答えて、二人並んで歩き出す。


「エリザはその後どうだい?女官長からは何も言われていないかい?」


「ええ。あの……少し話をしました」


「話……?」


 アーノルドが眉根を寄せた。そういえば、ジェーンと園遊会の途中で会ったことは誰にも話していなかった。危害を加えられたわけではないし、個人的な話だと思っていたから、なんとなく黙っていたのだが、ここまで言ってしまったら全て話したほうがいいだろう。

 エリザはジェーンと話したことをアーノルドに聞かせた。アーノルドは、はじめこそ険しい顔をして聞いていたが、話を聞き終えると、そうかと呟いた。


「女官長は王妃殿下のことを本当に慕っていたんだな……。だからこそ、離れていってしまうのが辛くてあんな風に変わってしまったのか……」


「そうですね。でも、女官長は私の話を聞いてくれました。今のままではいけないと分かっているんですよ」


「そうか……。だけど、あの女官長相手によく言ったね」


「その……つい。黙っていられなかったんです」


「エリザはおとなしそうに見えて、危なっかしいところがあるからな……。今度からは充分気をつけておくれよ。本当に危ないのは女官長じゃない。いつ誰がどこで見ているのか分からないんだからね」


 優しく諌められて、エリザははいと素直に返事をした。そんなエリザを見て、アーノルドはくすりと笑みを零すと、それにしてもと話を切り替えた。


「……なんだか今日はいつもと雰囲気が違うね」


「そうですか?元気がないように見えますか?」


「いいや。なんだかちょっと……綺麗になったように思うよ」


 まさかの返答に驚いて足を止めると、アーノルドはにっこりと微笑んだ。


「き、綺麗って……?」


「うーん……なんかキラキラしてるというか、しゃんとしてるというか」


「なんだか……とても抽象的ですね」


 よく分からないと首をひねるエリザに、アーノルドは顔を寄せて言った。


「そうだね。でも私には分かるよ。……エリザ、君は恋をしてるね?」


「な、何を突然……」


 エリザは盛大に慌てた。誤魔化すことも出来ずに動揺していると、アーノルドは小さく吹き出した。


「私を誰だと思ってるんだい?私はたくさんの女性を恋に落としてきたんだ。恋する女性を見れば分かるよ」


「はあ……」


「残念ながら相手は私ではないようだけど、私達は親友だからね。恋の相談なら喜んで乗るよ」


 確かにアーノルドがたくさんの女性を相手に恋愛をしてきたのは事実だ。少しはいい助言をもらえるかもしれないと思ったが、今のエリザに相談するようなことはなかった。

 昨夜告白して気持ちの整理はついている。ただ、誰かに話を聞いてほしいという気持ちは確かにあった。けれど、アーノルド相手に恋の相談だなんて、むず痒くて仕方がない。結局、エリザは結構ですと断った。


「相変わらずつれないねぇ」


「アーノルド様に恋愛相談してもねぇ……」


「冷たいなあ。私はいいアドバイザーだと思うよ?」


「元恋人達の化粧品を捨てずにとってある時点で、そうは思えませんが」


 つんと顔を背けると、あれはもう捨てたよとアーノルドがしょんぼり返した。それがなんだか可笑しくて、エリザは笑った。


 ルカへの想いに区切りをつけることが出来たとはいえ、まだ完全にふっきれたとは言い切れなかった。ルカを思い出すと胸は痛むけれど、アーノルドと話していたらそれも和らいできた。またしても元気をもらっていると気づいて、エリザは頭を下げた。


「お気持ちだけ受け取っておきます。私は大丈夫ですから」


「そうか……。それじゃあ何かあったらいつでも相談してくれ」


 はいと答えたエリザに、アーノルドは手を振って去って行った。アーノルドと別れたエリザは、執務室へと向かうと、いつものようにルカの机の片付けからはじめた。



 数時間後、アーサーとオーガスタ、ルカは三人で出勤してきた。ルカと視線が合い、いつも通り挨拶を交わす。ルカは落ち着いた様子で、朝礼をはじめようと声をかけてきた。エリザははいと答えて立ち上がると、ソファ席へと移動した。


 いつも通りの朝だった。昨夜のことは二人共噯にも出さずに、淡々とスケジュールの確認をして、疑問があれば質問してそれに答える。上司と部下のやりとりに、エリザは少しだけ寂しさと小さな痛みを覚えたけれど、これでいいのだと自分を納得させた。

 これまで通り。何も変わらずにいられることを、ありがたいと思わなければいけない。これからもルカの隣で、彼の幸せを見守るのだと決めて、エリザは背筋を伸ばして前を向いた。


「少し急だが、明日マリアも一緒に昼食をとることになった」


「お二人で昼食を?」


「いや。それが側近の方々もご一緒にとのことだ。これから先、長い付き合いになるんだから、今のうちに親しくなっておきたいそうだ」


「そう。それなら、いつも通りのラフな昼食会ってことでいいのかしら?」


「そういうことだな。あまり気負わずに、親睦会とでも思ってくれたらいい。ただし、明日は時間厳守で頼む」


「承知致しました」


 朝礼が終わると、エリザは護衛の資料を整理して改めてアーサーに渡した。アーサーは資料を熱心に読み込むと、これでいいとサインをした。


「出来たら一度直接話がしたいと、騎士団長に言っておいてくれないか?」


「承知致しました」


 エリザは早速資料をまとめると、六華殿へと急いだ。



 六華殿でロージーにアーサーからの伝言を伝えると、今からでも四人の護衛を執務室へ挨拶に行かせようと決まった。エリザはロージーと訓練所へと降りて行った。


 訓練所では騎士達が走り込みをしていた。ロージーはエリザを訓練所前で待つように言うと、騎士達を呼んできてくれたのだが、なぜかその中にアーノルドも加わっていた。


「アーノルド様も?」


「こいつも一応マリア様の護衛に含まれているからな。とりあえず連れて行く」


「まあ、仕方ないですね……」


「おいおい。二人共私に対する態度があんまりじゃないか……」


 アーノルドが肩を落として嘆くと、その場の一同は思わず吹き出して、笑いながら執務室へと向かった。



 早々に護衛を連れて帰ってきたエリザに、アーサーは仕事が早いなと驚いてみせたが、早速簡単な面接をしたいと、一同をソファ席へと案内した。


 それから、面接がはじまった。騎士を志望した理由や、実家について。恋人や友人等の交友関係から、休日には何をしているか、酒は飲むか、煙草は吸うか、魔法は使えるか。

 さすがというべきか、アーサーの質問は簡単な面接では済まなかった。よく行く歓楽街まで話が広がったが、王子相手に誤魔化しはきかないので、皆真面目に答えていた。


「よし……。それじゃあ面接はこのくらいにしよう」


 アーサーの掛け声で、四人の騎士達はほっと一息ついた。アーノルドはすでにアーサーの専属騎士でもあるために、面接はせずにソファでゆったりと待っていて、その隣でロージーも眠そうに目を擦っていた。


「では、明日からでも護衛についてもらうとしよう」


「二名ずつ交代で護衛につかせますが、当番はこちらで組んでもよろしいでしょうか?」


「任せよう」


「承知致しました。では私達は戻ります」


 騎士達が立ち上がってぞろぞろと歩き出す。エリザも見送るためにそれに続いた。最後尾を歩くアーノルドが、執務室の扉の前でふと立ち止まると、エリザのほうに振り返って耳打ちした。


「ところでエリザ。上司を好きになるなんて、難儀なことだね」


「なっ……!」


 エリザは絶句した。みるみるうちに顔が赤くなる。


 なぜ分かったんだ?!


 驚くエリザを尻目に、アーノルドは可笑しそうにエリザの頭をぽんと叩くと、颯爽と行ってしまった。閉められた扉の前で、エリザは横目でルカの様子を伺って、すぐに後悔した。


 ルカは不機嫌そうにこちらを見ていた。今の会話は小さくて聞こえていないはずだが、なぜそんな顔をしているのか。

 見られていることが恥ずかしいのとなんだか恐ろしいのでルカから視線を逸らすと、いそいそと自分の席へと戻った。途端にルカが話しかけてきた。


「あいつ、何だって?」


「いや、あの、その……」


 あなたのことが好きだとアーノルドにバレましたなんて言えるわけもなく、しどろもどろでまったく言葉が出てこない。エリザがそんな調子だから、ルカは追求を諦めると、ため息を吐いて机に向かった。


「本当に友人なんだろうな?」


 疑わしげに問われて、はいもちろんとそこははっきりと答えたエリザだったが、ルカはいまいち納得していないように、ふうんと答えて書類に視線を落とした。

 エリザは冷や汗をかきながらも、なぜこんなにも慌てなくてはならないのだろうと疑問に思いつつ、なんとか仕事に戻った。



 何はともあれその日、エリザとルカはいつも通りに仕事をこなすと、一緒に寮へと戻って夕食を共にし、おやすみなさいと挨拶を交わして自室へと戻った。


 ベッドに潜り込んだエリザは、ルカとこれまで通りの関係でいられることに安堵しつつも、目を閉じた瞬間に寂しさと虚しさが去来して、幼子のように丸まって必死に自分をなだめた。

 そうしていると自然と眠気がやってきて、いつの間にか夢の中へと入りこんでいた。



 その日、不穏な夢を見た。


 エリザは川辺りに立っていた。辺りを見渡すと、どんよりとした曇り空の下に、どこまでも続く緩やかに流れる川と、それを取り囲む平野があった。

 殺風景な景色の中でぼんやりとしていると、対岸で誰かが手を振っているのが見えた。目を凝らしてみると、それがマチルダであることに気づいた。


 しかし、夢の中のエリザは、マチルダがすでに死んでいることを忘れていて、ただ母親が対岸で手を振っていると思い、軽い調子で振り返した。

 そうしているうちに、エリザは異変に気づいた。マチルダは必死で何かを伝えようと、声を張り上げて手を振っていた。そのただならぬ雰囲気に、耳を凝らしているうちに、マチルダがすでに亡くなってしまったことを思い出した。


 エリザは川に飛び込んだ。マチルダに会いたくて。何を伝えようとしているのか知りたくて。

 それなのに、突然川の勢いが強くなり、水かさが増してきて、川の流れに飲み込まれそうになった。進むのを断念したエリザは、川から這い上がって再び対岸へと目を凝らした。


 マチルダはエリザに手を伸ばしていた。エリザも同じように手を伸ばした時、マチルダの声が耳に届いた。


「エリザ!こっちへ来たらダメよ!」


 マチルダの叫び声と共に、エリザは目を見開いた。

 ぜえぜえと息を荒くして、飛び起きる。上体を起こして辺りを見渡すと、見慣れた自室。ベッドの中にいるんだと気づいた瞬間、小さく息をついた。

 よかった。夢だったと安堵した瞬間、どんな夢を見ていたか頭から抜け落ちてしまった。


「嫌な夢を見ていたと思ったんだけど……」


 いくら思い出そうとしても、その日見た夢の内容を思い出すことは出来なかった。








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