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染まる 2



 アーサーの婚約者候補を絞り込むのに一週間を費やした。その一週間、側近達は夜遅くまで令嬢達の調査に追われた。

 特にオーガスタは個人で協力者を雇ったり、変装して聞き込みしたりと、あの手この手で情報をかき集めるのに大忙しで、睡眠時間を大幅に削られていた。


「睡眠不足で肌はボロボロ!艶と潤いが足りないわ!ルカ!魔法でどうにかしてよ!」


「無理言うなよ……。俺はそんな大層な魔法は使えないんだよ。化粧品でも買ってどうにかしろよ」


「特別手当をたっくさんもらわないと採算が合わないわ!きぃー!」


 この一週間で、オーガスタはキャラが崩壊しつつあった。ともあれ、そんな地獄の一週間を乗り切った側近達に、婚約者候補が三名に絞られたことが発表された。


 お茶の時間に皆で机を囲みながら、オーガスタが令嬢達の情報を読み上げていく。


「西州のマリア・ティント伯爵令嬢は十七歳。今年十八歳になるが、未だに婚約者はいない。理由は皆ご存知のとおりだから割愛するわね。とはいえ、彼女には何人か有力な婚約者候補がいるのよ。だからいつ婚約してもおかしくない状況ね」


「年齢が年齢だしな」


「次に、ヘレナ・カナレット侯爵令嬢十ニ歳。エリザは知っているかもしれないわね。北州一の領地を持つ侯爵家の令嬢で、来年から王都の学園に通う予定ね。今まで候補に上がらなかったのは、年齢の問題。彼女自身は優秀なようだけど、性格は少しのほほんとしているわね」


 カナレット家とハーディス家は、領地が隣り合わせでかつては付き合いがあった。しかし、エリザとヘレナは年齢が離れている。デヴィッドが伯爵位を返上した時、ヘレナはまだ四歳だったために、ヘレナはエリザのことを覚えていないだろう。


「次にアンリ・ゲインズバラ伯爵令嬢十四歳。東州の下位伯爵家の次女で、無類の本好き。学園での成績はトップだが、人見知りで友人は少ないみたいね。今まで候補に上がらなかったのは、下位伯爵家ってこともあるけど、消極的な性格のせいもあるわね」


「殿下はどのご令嬢とも学園でお会いになったことはないのですか?」


「アンリ・ゲインズバラ伯爵令嬢なら知っている。成績優秀で生徒会の書記に勧誘されていたから。結局断られて、話したこともないが」


 ということは、ほとんど接点のない令嬢ばかりが候補に上がったことになる。

 ルカは令嬢達の資料を眺めながら、マリアの資料を指差して言った。


「これだけの情報を聞くと、やはりマリア嬢が最有力だな。しかし、西州の令嬢を王室に入れることに陛下は賛成してるのか?」


「父上も母上も問題ないとは言ってる。むしろ西州との縁が深くなることは隣国への牽制にもなっていいのではないかと。だが、中央貴族が黙っているかな……」


 ものすごく今更だが、本国の名はアラバスターといい、三日月のような形をしている。

 北州から下がった所に東州があり、その隣に中央、西州と続いて、険しい山脈を挟んで隣国ヘリオドールへと繋がっている。


 戦時中、ヘリオドールと隣接しているということもあって、西州の国境沿いでは多くの被害が出た。裏を返せば、戦火は中央まで広がることはなく、軍と西州の活躍で国境沿いで留まったといえる。

 現在は西州一丸となって復興に努めたおかげで、人も戻ってきて王都に負けず劣らず栄えている。


「そこは殿下や陛下に抑えてもらうしかないわよ。それに、中央貴族なんてプライドの高い軟弱ばかりだもの。西州の猛者に比べたら屁でもないわ」


「オーガスタお前……そういや西州の出身だったな」


「そうよ。西州は男女問わずに頑固で気が強いのよ。だから、本当の問題は中央貴族じゃなくて、ティント伯爵率いる西州軍団の説得ね。娘を嫁にやるもんかって絶対に言い出すわよ」


 一同は黙り込んだ。


 エリザはティント辺境伯が王妃に謁見に来た時に、たまたま立ち会ったことがあった。

 その時の印象は、筋骨隆々の猛者。眼光鋭く、額に刀傷があって、大柄。熊を素手で倒せると聞いても納得出来る戦士のような男だった。


 そして驚くことに、ティント辺境伯とデヴィッドは、一時同じ騎士団に所属していたことがあるとかで、エリザがデヴィッドの娘だと気づいて挨拶をしてきた。

 その時ばかりは、鋭かった眼光は和らいで優しい顔つきになった。恐らくマリアの前ではいつもあんな優しい父親の顔をしているのだろう。


 そんなティント辺境伯の愛娘を王家の嫁に……。推薦しておいてなんだが、波瀾しかないとエリザは思った。


「まあ……まだマリア嬢に決まったわけではないからな」


「そうだな」


 アーサーとルカが頷きあっていると、オーガスタがところでと切り出した。


「私としてはもう一人候補がいると思ってるんだけど」


「誰だ?」


「殿下の幼馴染であり、ルカのはとこでもある、エレノア嬢よ。上位伯爵令嬢で身元はしっかりしてるし、学園の成績は優秀。シャーリー殿下の侍女見習いで、王家の信頼が篤い。これ以上ない存在じゃないの」


 エリザの肩がピクリと跳ねる。

 オーガスタがなぜ候補にあげないのよと尋ねると、ルカが即答した。


「エレノアはだめだ」


 それを聞いた瞬間、エリザの胸にずきりと痛みが走った。思わず胸に手を当てると、アーサーが続けて言った。


「じゃじゃ馬娘に王妃なんて無理だな」


「あらそんなことないわよ。愛嬌もあるし可愛いし、適任じゃないの」


 エリザは妙にドキドキしてきて、このやり取りを身動き一つせずに聞いていた。


「そういうことじゃない」


「ルカの言うとおりだ。これ以上ホーキンス家の親戚筋を王室に入れるつもりはない。それこそ権力過多になってホーキンス家が妬まれて潰される。貴族間の均衡を保つためにも、エレノアという選択肢はない」 


 まともな返答が帰ってきて、オーガスタはそれもそうねとあっさりと引き下がった。


 エリザはざわめく胸を抑えて、ルカの横顔を伺った。ルカはなんだか難しい顔をして机に並べた資料を見下ろしていた。エリザはそっとため息を吐くと、どう処理していいかわからない感情を持て余したまま、打ち合わせを続けた。




 それから打ち合わせが終わり、エリザは当日出すお茶菓子について相談するために料理長に会いに厨房へと向かった。


 そして料理長と菓子職人の三人で打ち合わせを終えたエリザは、資料片手に水明殿の廊下を歩いていた。


「あら、エリザ様」


 顔を上げると、エレノアがヴァイオリンの入ったケースを抱えていた。


「エレノア様。それは……?」


「シャーリー殿下が弾きたいというので、アーサー殿下のものを拝借してきたんです。それを今から返しに行くところです。あ、アーサー殿下にバレたらうるさいので、このことは秘密ですよ」


 うふふとエレノアは可愛らしくおどけて見せた。エリザとエレノアは自然と並んで歩きはじめた。


「シャーリー殿下はヴァイオリンを弾かれるのですね」


「それがあまり。正直下手くそなんですよ。楽器を弾くのはアーサー殿下のほうが上手なので、シャーリー殿下はご自分の楽器を持たないんです」


「練習したら上手になるのでは?」


「練習嫌いなんですよ」


「まあ」


「エリザ様は楽器を弾かれますか?」


「ピアノを少し。とはいっても昔の話なので、もう弾けないと思いますが」


「まあ!そうなんですの?!すごいですわ!」


 エレノアが目を輝かせた。


「是非聴いてみたいですわ!」


「もう六年以上弾いてませんから、きっとひどい演奏になりますよ」


 エリザは四歳から十五歳までの間はピアノを習っていた。母が病気になってからは一時は弾くのをやめたが、侍女になってからはまれに王妃の茶会等で無茶振りされて弾くことがあった。


 しかし、それも十八歳を過ぎると呼ばれなくなった。茶会や夜会のような華やかな場所には、若い華やかな娘のほうがいい。行き遅れのエリザは、お払い箱になったのだ。それ以来エリザはピアノを弾いていない。


「それでも!私もシャーリー殿下と同じで、まるで楽器を弾けないんですの。ですから、楽器を弾ける方が本当に羨ましいんです!あ、ルカもヴァイオリンを弾けるんですよ!」


「ルカ様も?」


「そうです。私は、アーサー殿下とシャーリー殿下の遊び相手として、幼少の頃から王宮に通っていたんです。そこにルカも子守役として呼ばれていて、アーサー殿下とシャーリー殿下にヴァイオリンを教えたのはルカなんですよ」


「まあ。そうなんですか……」


 幼い頃からルカと付き合いのあるエレノアは、エリザの知らないルカをたくさん知っているのだろう。そう思うと、小さな嫉妬が芽生えた。


「とはいっても、シャーリー殿下と私は全然習得出来なかったんですけどね。でも……」


 エレノアは立ち止まると、エリザの手を取った。


「エリザ様の手は細くて長いから、お上手に決まってますわ!今度機会がありましたら、是非聴かせてくださいませ!」


 ね?と可愛らしく小首を傾げてウィンクをされたら、頷くしかない。エレノアは跳んで喜ぶと、エリザの手を取ったまま歩き出した。

 エリザは引っ張られるようにして歩く。存外力が強くて驚いた。


 手を繋いで歩く二人を見て、通りかかった中年の女官が、姉妹みたいねと言って笑った。エレノアはそれを聞いて喜んだ。


「エリザ様と以前お会いした時に、姿勢や歩き方、立ち居振る舞いが綺麗で、すらりとしてて素敵だなって思ってたんです。そんなエリザ様と姉妹だなんて!」


 ふふっと笑ったエレノアは心底嬉しそうだったが、楽器保管庫の前まで来ると、残念そうに眉を下げた。


「エリザ様。ここまでお付き合いくださってありがとうございました。ピアノの演奏を聞ける日を楽しみに待ってますね!」


「あまり期待しないでくださいね。聞かせるほどのものではありませんので」


 それでも期待してますわと笑って、エレノアは跳ねるように楽器保管庫へ入って行った。エリザは執務室へと戻るために、踵を返して階段を降りた。


 それにしても、エレノアは表情がころころ変わって感情豊かだ。顔は可愛いし愛嬌があって、いるだけで場の雰囲気が明るくなる。

 その上、小柄なのにしっかり胸はあって、女性らしい身体付きをしている。肌は白くて透き通るようだし、髪もツヤツヤだ。


 対するエリザは、痩せ型。背は高いほうだが、胸はないし愛嬌もない。長所といえば、真面目に働くことくらいだ。


 以前ルカはエリザのような痩せっぽっちは好みでないと言っていた。だとしたら、エレノアのような女性らしい可愛い人が好みなのだろうか。

 ふと、エリザは歩を止めた。


 ――エレノアはだめだ。


 ルカの声がはっきりと脳裏に蘇って、エリザは唇を噛み締めた。

 あれはきっとエレノアはルカと結婚する予定だから、アーサーの婚約者候補にするわけにはいかないと言いたかったのだ。


 心臓に棘が刺さったかのように、エリザの胸は痛んだ。ルカを手に入れたいだなんて思わないけれど、好きでい続けることがこんなにも苦しいとは思わなかった。


 ルカが結婚する日まで、どうにかこの気持ちを諦めなければいけない。ルカをこれ以上好きにならないように。エレノアに嫉妬しないように。徐々にルカへの気持ちを小さくして、綺麗さっぱり捨ててしまうのだ。

 しかし、今のエリザにそんなことが出来るだろうか。


 エリザは資料を抱き抱えると、ぶんぶんと頭を振った。

 とにかく今は、しっかり働くことが一番だ。そして借金を返済して、そして、その後は……。


「余計なことを考えるのはやめよう……」


 自分に言い聞かせて、頬を叩いて喝を入れると、ようやく歩き出した。




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