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美しい思い出 2



 夕刻。エリザがたまたま羊皮紙やインクの補充をして執務室へと帰っている途中、またもやアーノルドと出くわした。どうやら訓練終わりのようで、いつもよりもやや疲れた顔をして歩いていたが、エリザの姿を認めるなり、まるで犬のように駆け寄ってきた。


「エリザ!重そうだね!持とうか!」


「いえ。少しも重くないので結構です」


「そう言わずに」


 アーノルドはエリザの抱えていた荷物を強引にむしり取った。仕方がないのでエリザが小さく礼を言うと、二人は並んで歩きだした。


「三日後の夜会は私がアーサー殿下の護衛につくからね」


「ええ。存じております」


 アーノルドはこんな性格だが、剣の腕は第三騎士団の中で随一であり、来週開催される国王主催の夜会でアーノルド付きの護衛と決定していた。

 こうした夜会では見目のいい騎士が会場の警備を受け持つことが決まっているので、アーノルドの名前が上がるのは当然といえた。


「そういえば、先日は王妃殿下のドレスについて教えてくださってありがとうございました」


「王妃殿下が元に戻ったのはエリザが進言したからかな?」


「いえ。アーサー殿下が面と向かってお話してくださいましたので」


「へえ。それは意外だ。アーサー殿下は王妃とは一定の距離を保っているように見えたからね」


 アーノルドはアーサーの護衛につくことが多いから、何かと気づくこともあるのだろう。


「ところでエリザ。三日後の夜会は出席するのかい?」


「いえ。私は女官として会場に控えている予定です」


 今回アーサー付きの女官として夜会に出席することになったのは、招待客として夫婦で夜会に出席する女官が多かったから、独身のエリザが選ばれたのだ。


 そして、エリザには今回の夜会でやらなければならないことがあった。

 それは、ティント伯爵令嬢の様子を探ることである。彼女がどんな振る舞いをしているか、女性の視点で見て欲しいとアーサーに頼まれていたのだ。

 ちなみに、オーガスタも似たような任務を請け負っており、他の伯爵令嬢を調査する予定で、ルカは夜会に招待客として出席する予定である。


「ならば私達は近い場所に控えていることになるんだね。当日はいつも以上に気合を入れていかないといけないな。正装姿の私はかっこいいよ。きっと見惚れてしまうだろう」


「ああそうですか」


「……相変わらずつれないな」


 アーノルドはそう言いつつも楽しそうだ。


 エリザはここ数日で、実はアーノルドのことを少しだけ見直していた。

 キャロラインのドレスについて教えてくれたこともあるが、以前ロージーに警備資料を持って行った時にたまたま聞いたのだが、アーノルドは毎日早朝訓練を欠かさないそうだ。


「早朝訓練を毎日してるのは、うちの団の中ではアーノルドくらいだよ。チャラチャラしているように見えて、実は努力家でね。アーノルドは綺麗な顔をしてるし、入りたての頃は棒みたいな細い身体をしてたから、イビられることが多くてね。それで必死になって鍛錬して、あそこまでになったんだよ」


 ロージーから言われて、エリザは驚きを隠せなかった。以前廊下で出くわしたのは、早朝訓練に行く前だったのだ。


 見てくれだけで人を判断して、アーノルドは自己愛の強い女好きとしか見ていなかったが、それだけじゃないのだと知って、エリザは少し反省した。

 悪い男ではない。面倒臭くはあるが。


「アーノルド様は夜会に出席されないのですか?」


「騎士だから、報奨式や祝賀会があれば出席者に回るけど、私は元は平民だから騎士になった時に得た男爵位しかないからね。基本的には警備に回っているよ」


「まあ。そうでしたか」


「それに私はあまりダンスが得意ではないしね。女性をエスコートするのにダンスが下手ではね」


 またもやアーノルドの意外な一面を知ってしまった。どうせどこかの高位貴族の子息だと思っていたが、平民だったとは。

 エリザは少し親近感を覚えた。本当に人は見かけによらないものである。


「でも、いつまでもダンスが下手なのも考えものだ。エリザのためにダンスの練習もすることにしよう」


「いや、私はアーノルド様がダンスが下手でもどうでもいいです」


「またまたぁ!エリザは照れ屋だな!」


 ハハッと笑うアーノルドにげんなりして、エリザはそれ以上何も言わなかった。やはり、鬱陶しい男である。




 アーノルドと別れて執務室へと戻ると、ルカに大量の手紙の代筆を頼まれた。それを必死でこなしている間に、アーサーは夕食の時間になっていなくなり、オーガスタは調査の仕事のために直帰すると言って出て行った。


 執務室にはエリザとルカのみが残った。ルカは、エリザが書いた手紙を魔法を使って飛ばしていく。それが終わる頃には、すっかり窓の外の闇は濃くなっていた。


 そろそろ上がろうと、二人で執務室の戸締まりをして廊下に出た。明日の予定の確認をしながら、疲れた足取りでのろのろと歩く。

 こんな時間にも関わらずに、寮へと向かう廊下にはちらほらと使用人の姿があった。


「夜会が近いから皆準備に追われてるんだな。お貴族様は気楽に酒飲んでダンスしてればいいが、使用人は大変だ」


「そういうルカ様も夜会に出席されるじゃありませんか」


「俺は使用人側でもあるからな。それに夜会はあまり好きではない。エリザは?」


「私が夜会に出席していたのはデビューしたての頃の数回ですから。夜会は開くのも出るのもお金がかかりますからね」


「でもドレス選びは得意なんだから、着飾るのは好きだろ?」


「私は……」


 エリザは黙り込んだ。ハーディス家が借金を抱えて以来、エリザはお洒落をするのを完全に封印した。

 伯爵令嬢の頃に着ていたドレスや靴や扇子にアクセサリー等、売れるものは全部売ってしまった。それこそデビューの時に仕立てた思い出のドレスや扇子も全て。


 しかし、母のマチルダが元気だった頃は、マチルダとエリザと侍女達だけで開くファッションショーが、エリザの楽しみだった。

 着てみたいドレスを絵に描いたり、夜会に出た時は皆がどんなドレスを着ているのか見るのも好きだった。

 将来どこかに嫁いで夜会に出た時は、どんなドレスを着ようか想像するのも好きだった。


 でも、それもマチルダが病気になるまでの話だ。それ以降は、エリザは自分が着飾る姿を想像することはなくなった。それどころではなくなったからだ。

 借金を返済するのに必死で、お洒落をしたりマチルダを失った悲しみに暮れる暇はなかった。余計なことを考えなくていいため、働いているのが一番だった。

 だから、エリザは自分がもう一度夜会に出るだなんて、考えたこともなかった。


「……エリザ?」


 黙ってしまったエリザを心配してルカが声をかけた時、背後から声がかかった。


「ルカ!」


 振り返ると、パタパタと小走りに駆け寄って来たのは、侍女の制服を着た小柄な娘だった。まだ十代だろう。緩やかにカールした長い白金の髪をハーフアップにして、薄茶色の目に長いまつ毛、少し垂れた眉に、薄い唇の可愛らしい顔立ちをしている。

 エリザは見たことがないが、どうやらルカの知り合いらしい。


「エレノア」


「ルカと王宮内で会うのは珍しいわね」


「こんな時間まで仕事か?」


「夜会が近いから。ルカも相変わらず忙しそうね」


 二人は親しげに名前を呼び合い、砕けた口調で話している。エリザは胸がざわめくのを感じた。

 ちらとエレノアがこちらを見やったので、ルカがエリザを紹介した。


「こちらはエリザ・ハーディス子爵令嬢だ。アーサー付きの女官で、現在は俺の仕事を手伝ってもらってるんだ」


「いつもルカがお世話になっております。私はエレノア・グリメットと申します。シャーリー王女殿下付きの侍女見習いをしております」


「俺のはとこなんだ。祖父の弟のグリメット伯爵の孫がエレノアになる」


「そうでしたか」


 エリザは、二人がはとこと聞いて内心でほっとしていた。そんな自分に気がついて、少し動揺してしまう。悟られないように平静を装っていると、エレノアが無邪気な笑顔を浮かべた。


「あ、そういえばルカ。昨日ドレスが届いたのよ。今回もわざわざ仕立ててくれてありがとう」


「間に合ってよかった。サイズはどうだった?」


「ピッタリだったわ!当日はタウンハウスまで迎えに来てくれるのよね?」


「ああ。早めに行くからそのつもりで」


「分かったわ。よろしくね!……それじゃあ、私は先に行くわね。遅くなると同室の子に叱られてしまうから」


 ルカが分かったと答えると、エレノアはエリザに向き直ってぺこりと頭を下げた。


「エリザ様。ルカは口は悪いけど根はいい人ですから、よろしくお願いしますね。ではおやすみなさい」


「おやすみなさいませ」


 エレノアは華やかな笑顔を浮かべると、小走りに駆けて行った。その背を見送ってから、ゆっくりとエリザとルカは並んで歩き出す。


「エレノア様はとても可愛らしい方ですね」


「見た目はな。あれで中々のじゃじゃ馬娘なんだよ。今年で十八になったっていうのにな」


「夜会にはお二人で出席されるのですか?」


「ああ。グリメット伯爵がエスコートを頼むといつも押しつけてくるんだよ」


「そうでしたか……」


 十八歳と若くて、華やかで可愛らしい見た目に、伯爵令嬢ときた。きっと引く手数多であろうことは容易に想像出来た。


「ご結婚の予定はあるのですか?」


「……まだだな」


「あれだけ可愛らしいのならば、縁談には困らないでしょうね」


 そうだなと言ったルカの声が低かった。この話題に触れてほしくないのだろう。エリザはなんだか落ち着かない気持ちになって、それ以上エレノアについて聞くことを止めた。


 そのまま黙ったまま寮まで行くと、エリザはまっすぐに大浴場へと向かい、ルカは食堂へと向かった。




 エリザは風呂に浸かりながら、エレノアとルカのことを思い出して、胸の内側に苦いものがじわじわと広がっていくのを自覚していた。


 二人の会話を聞いていれば、二人が心を開きあっているのがよく分かった。はとこ同士だからと一度は安堵したが、夜会に出席する度にルカがエレノアのためにドレスを仕立てていると聞いて、またもやエリザは動揺してしまった。


 彼女に似合ったドレスを考えて、採寸も間違うことなくピッタリに仕上げる程、二人は仲がいいのだ。もちろんルカが直接仕立てているわけではないだろうが、それでもエリザの気分は沈んだ。



 エリザはのろのろと風呂を上がると、食堂に寄らずにまっすぐに自室へと向かった。そして、食事も取らずに布団へと潜り込んで、そのまま寝てしまった。


 その日、エリザは嫌な夢を見た。

 朝起きてすぐに夢の内容は忘れてしまったけれど、エリザの胸には重いしこりが残っていた。



 

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