表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/49

美しい思い出 1



 エリザが側近補佐の仕事をはじめて三週間が経過した。

 エリザは、いつものように小食堂でアーサーとルカ、オーガスタの四人で昼食をとっていた。エリザが冗談半分で毒見をすると申し出てからというもの、なんとなくエリザが一番に食事を口にするようになっていた。


 その日の昼食は、ほうれん草ときのこのトマトパスタに、グリーンサラダ、野菜たっぷりのコンソメスープに、蒸し鶏の香草焼きと蒸し野菜、海老とほうれん草のクリームソテーだった。


 エリザが各料理を一口ずつ食べたのを確認してから、一斉に皆が食事をはじめる。

 毒見といっても、運ばれてきた料理はすでに毒見が済まされている。その上、王族が使用する食器には全て毒を検知する魔法がかけられているため、毒が入ると食器の色が変わるようになっている。

 つまり、エリザはただ料理を一番に口にしているだけだった。


 それにしても、こんな美味しい昼食を食べられるなんて、側近補佐になってよかったなと、エリザはこの時ばかりは心から感謝した。おかげで、骨張っていた身体が、少しだけ肉がついて太ってきたのだ。


「そういえばエリザ。母上の衣装は以前のように派手すぎない上品なものに変わった。今では交代で侍女が選んだものをベースに、靴や帽子、アクセサリーを一緒に決めているそうだ」


「そうですか。それはよかったです」


 エリザはほっとした。キャロラインのドレスのことはもちろん、アーサーがキャロラインとの距離を少しずつ縮めていっているようで、このまま親子関係がうまくいけばいいと思った。


「それにしても、エリザはドレス選びが上手なのね。侍女になってからドレスのことを学んだの?」


「いえ。私の母がドレスにうるさくて。昔からドレスを仕立てる時は必ず呼ばれて、一緒にデザインを考えたり、ドレスを買いに行ったりしていたんです。母も自らドレスを作ることもあって……」


 話している内に、エリザは母のマチルダがドレスについて熱く語るのを思い出して、ついつい笑ってしまった。

 まだ幼いエリザの選んだドレスにいちゃもんをつけ、質のいいドレスの見分け方、コーディネートの仕方、体型に合ったドレスの選び方、色の組み合わせ方などたくさんのことを教えてくれた。

 今にして思えば、あの頃が一番幸せだったと思う。それはエリザにとって大切なマチルダとの記憶だった。


「私は母の影響を受けて育ったのです」


「だから縫い物が得意なのか」


「はい。裁縫は母から教わりました」


「そういえばエリザ、お針子の仕事は辞めたのか?縫い物をしている時間はないだろ?」


 ルカに聞かれて、エリザはいえと首を振る。


「時間を見つけては縫い物をしていますので、続けていますよ」


「時間……なんてあったかしら?」


「朝起きてから少し時間があります」


「エリザ、君は一体何時に起きてるんだ?」


 アーサーに問われて、エリザはさすがに夜明け前とは言いづらかったので、日の出の頃ですと無駄な嘘をついた。すると僅かにルカが眉をひそめたので、エリザは慌てて付け加えた。


「侍女の頃の習慣が抜けなくて、自然と目が覚めてしまうのです」


「毎日夜遅いのだから、もっとゆっくり寝ていればいいのよ!」


 そうですねとオーガスタに苦笑を返した。その隣で、ルカはなぜか難しい顔をしていた。




 昼食を終えてルカと二人で六華殿へと向かう途中、ルカが唐突に言った。


「エリザ、きちんと食べてきちんと寝ろ」


「食べてますし、寝てます」


「嘘つけ。どうせ夜明け前に起きて縫い物して、早めに執務室来て仕事してるんだろ?」


「そ、それは……」


「いくら習慣だからって、こっちに来てからは夜も遅いんだ。オーガスタの言うとおりよく寝ろ。寝る子は育つっていうだろ。夜明け前に起きるなんて老人くらいだぞ。そしてもっと食べろ」


「食べてます。それにしても、なぜ夜明け前に起きてると分かったんですか?」


「東の寝室で俺は一睡もしてなかったからな」


 エリザは驚いた。ルカはぐっすりと眠っていると思い込んでいたからだ。


「アーサーが暗殺者の可能性があるから、寝るなとうるさくてな」


「てっきり眠っているのかと思ってました」


「いや、まあ……最後の夜は迂闊にも眠ってしまった。あの日は疲れてて、気を抜いていたんだよ。隣でエリザはすやすや眠っているし、つい……つられたんだよ」


 バツが悪そうにルカが頬をかきながら言うものだから、エリザはなんだか嬉しくなった。エリザの前で気を抜いていたということは、少しは心を許してくれていたということだ。たったそれだけのことだったが、エリザは笑みを零していた。


「おい。笑うなよ。それから、アーサーには言うなよ」


 くすくすと笑って返事をしないエリザの頭を、ルカが軽く小突く。エリザは可笑しくて、分かりましたと言いつつも、六華殿までの道中を笑って歩いた。




 警備体制について話がまとまり執務室へと戻ってくると、オーガスタも今しがた調査から戻って来たところだった。

 何の調査をしていたのか不思議に思っていると、休憩がてらお茶を飲みながら話し合おうということになった。

 ユーリにお茶を頼み、一同がソファへと移動すると、早速オーガスタが資料を読み上げていく。それは、アーサーの婚約者候補の令嬢達の資料だった。


 今有力者候補である高位貴族の令嬢は三名いる。

 バレット公爵令嬢、ホーン侯爵令嬢、ケント侯爵令嬢の三名だ。この三家は戦前からずっと王室に忠実で、国を支えてきた名家である。この三家から令嬢が選ばれたのは妥当といえた。


「……と、いうわけよ。アーサーはどのご令嬢がいいと思う?」


「そうだな……」


 と言ったっきり、アーサーは黙り込んだ。それきり何も言い出さないので、ルカが口を挟む。


「政治的にはどの令嬢を選んでも問題ないだろう。後はアーサーの好みで選べばいいじゃないか」


「簡単に言うな」


「なら顔と身体で選びなさいよ」


「下品だぞ。オーガスタ」


 難しい顔をしてアーサーが言った。しばしの沈黙の後、ふいにアーサーはエリザを見た。


「エリザはどう思う?」


 突然話を振られたエリザは考え込んだ。

 実はエリザは、この令嬢三人を知っていた。キャロラインに挨拶をしに来たり、お茶会に出席したりと顔を合わせる機会が何度かあったからだ。

 とはいえ、令嬢達はもちろんエリザのことなど覚えていないはずだ。エリザは、お茶会では裏で紅茶を用意したり、令嬢をサロンまで案内する役割を担っていたので、そんな影の薄い裏方侍女を覚えているとは思えない。

 だからこそエリザは、この令嬢達の本性を知っていた。


「私はどの方もおすすめ致しません」


 はっきりと言い切ったエリザに、三人は一様に目を丸くしてみせた。オーガスタに至っては、ぽかんと口を開けている。


「なぜだ……?」


「ここだけの話ですが、顔は三人共お綺麗ですが、あまり性格がよろしくありません。バレット公爵令嬢は、親の権力をふりかざして我儘を言いたい放題。その上、まだお若いのに金遣いが荒いです。ホーン侯爵令嬢はプライドが山のように高く、人に頭を下げることが出来ません。そしてケント侯爵令嬢は、空気が読めなくて口が軽いです。とても頭が悪うございます。よって、アーサー殿下のためを思えば、他のご令嬢を選ぶべきだと思います」


 エリザのいい様に、三人は口を真一文字に引き結んだ。ルカが唸り声を上げていると、いつの間にかやってきていたユーリが、堪えきれなくなって笑い声を上げた。


「エリザ!あなたよくご存知なのね!ああおっかしい!ここまではっきり言った女官は初めてよ!」


「その……言い過ぎました」


 とはいえ、今言ったことに嘘はない。

 ようやく笑いを引っ込めたユーリが聞いた。


「それじゃあエリザは誰がいいと思うの?」


 問われてしばし考えた後、エリザは正直に言うことにした。


「上位伯爵令嬢の中からお選びになってはいかがでしょう?西のティント辺境伯のご令嬢は聡明な方のようですし、東のバルマー伯爵令嬢も愛嬌があって社交的で、頭の回転が早いお方でしたよ」


「伯爵位か……辺境伯家でぎりぎりってところだな。西州の者達は昔からティント辺境伯家を中心に結託しているが、だからこそ王室派とは一線を画している。西はかなり栄えているし、戦中は国境線上の戦いに自領の騎士団を派遣して功績を上げている。だが……ここ数代は西から王室に嫁いだ者はいないな」


「西は王室崇拝とは無縁の独立心の強い州ですからね。でも、だからこそエリザはお薦めしているのよね?だって、エリザは王室崇拝とは無縁なんですから」


 あっさりとオーガスタに言われて、エリザはどきりとした。動揺してカップを持った手が震えた。アーサーが驚いた目でエリザを見ている。


「王室崇拝とは、無縁……?」


「あの、あの……その……」


「エリザが崇めるのは現金だよな。王家を崇めたところでトラブルに巻き込まれるだけだし、それなら淡々と金を稼いでいたほうがいいよな」


 と、ルカは意地悪な笑顔を浮かべている。エリザはぐうの音も出ずに顔を赤くした。

 事実だからこそ恥ずかしかったし、そんなエリザの思考回路を完全にルカに読まれているのも恥ずかしかった。そんなにも自分は分かりやすかっただろうかと、エリザはむっと眉根を寄せた。


「エリザはティント伯爵令嬢を知っているのか?」


「王妃殿下のお茶会に何度かいらしていてお見かけした程度ですが、気づかいの出来るしっかりとしたご令嬢だと思いました」


 エリザが気を取り直して言うと、ふうんとアーサーは意外にも興味を示したようだった。


「では、次は伯爵位の令嬢を調査するとしよう。特にティント伯爵令嬢を緻密に。オーガスタ、明日から頼んだぞ」


「かしこまりました」


「ルカやエリザも、情報が入ったら知らせるように」


 それを聞いたエリザとルカは、なんとも言えない表情になった。これでまた明日から忙しくなる。とはいえ、そう仕向けたのはエリザ自身なので、文句は言えない。


「そういうわけで、エリザ。伯爵令嬢の資料をまとめておけよ。明日までに」


 ルカに言われて、エリザははいと小さく答えるしかなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ