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逃走、そして転職 2



 ルカに連れられてエリザがやって来たのは、王の謁見室だった。

 謁見室に入るなり、国王夫妻とアーサー王子が椅子に腰掛けて待ち受けているのを見て、萎んでいた不安が一気に膨れ上がった。王まで出てきて事態がとんでもなく大きくなっている。


 その上、国王夫妻の真向かいには、デヴィッドの姿まである。エリザが真っ青な顔をしていると、隣を歩くルカが小声で大丈夫だと囁いた。

 見上げると、ルカはエリザを安心させるように小さく微笑んだ。怯むことなく堂々としたルカの存在が心強くて、エリザは意を決して歩き出した。


「エリザ、大丈夫かい?」


 デヴィッドの隣に立つと、デヴィッドが気づかうようにエリザの背中に手を回した。デヴィッドは怒っていなかった。そのことに少しほっとして、エリザがはいと答えると、デヴィッドは安堵したように目尻を下げて、短く頷いた。


 ルカは少し下がったところで控えていて、謁見室の部屋の隅には、護衛と例の衛兵の他に、ジェーンとオーガスタの姿もあった。


「エリザ・ハーディス子爵令嬢。早速だが、面倒な挨拶は省いて本題に入る」


 明朗な声で言ったのは、王のイーモン。御年五十を迎えたばかりだが、鮮やかな金の髪に青い瞳は陰りが一つもない。若々しいキラキラとした王輝を放つイーモンを前にして、エリザは緊張で身を固くした。


「まずは、今回キャロラインとアーサーの親子喧嘩に巻き込んでしまったことを、謝罪する。申し訳なかった」


 頭こそ下げなかったが、素直に謝罪を口にした王に動揺したエリザは、なんと答えていいか分からずに、首を左右に振って応えた。


「今回キャロラインや女官長が、エリザ嬢に強要したことは、上に立つ者としてやってはならないことであった。本人達は現在は深く反省しており、もう二度とこのようなことをしないと誓った。そして、アーサーや秘書官のホーキンス卿は、王妃に嘘をつくように強要した。これについても、本人は深く反省している」


「私も嘘をついてお金を受け取りました。受け取ったお金は全額返金し、いかなる処罰も受けるつもりです」


「その必要はない。今回そちらを巻き込んだのは、キャロラインだ。お金は迷惑料として受け取ってほしい」


「それは、出来ません。してもいない仕事の報酬を受け取ることはなりませんし、迷惑料などもっと受け取れません。お金はきっちり返金させます」


 デヴィッドが決然と言い放つと、イーモンはふむと考える素振りをしてから口を開いた。


「ハーディス卿はこうと決めたら聞かないからな。では、お金は全額返金してもらう代わりに、こちらからは慰謝料を払う。これに異論があっても取り合わない。いいな?」


 はっとデヴィッドは頭を下げた。エリザはヒヤヒヤしながら今のやり取りを聞いていた。


「そういうわけで、エリザ嬢に処罰は与えない。今後もキャロラインの侍女としていつも通り仕事に励んでほしい」


「陛下、そのことなのですが……私は侍女を辞めさせていただきます」


 きっぱりとエリザが言うと、慌てたようにキャロラインが立ち上がった。


「どうして?!」


 キャロラインは目をうるうるとさせてエリザに問いかける。エリザは決まりが悪くなって唇を引き結んだ。


「理由を聞いてもいいかな?」


 イーモンが優しく言った。エリザは正直に、ルカに話した通りのことを語った。


「……それに、私が同僚からお金を受け取っていたのは事実です。王妃殿下はそのことは目を瞑るとおっしゃってくださいました。しかし、本来ならばきちんと処分してもらわなければいけませんでした。私はあの時辞めるべきだったのです」


「だけど、エリザに辞められたら私が困るわ……!」


「ありがたいお言葉ですが、私の代わりはいくらでもおります。それに、私も二十四歳です。そろそろ侍女を辞める頃合いだと思います」


「エリザが私の衣装を選んでくれるから、私はいつもセンスがいいと言ってもらえていたのに……エリザがいなくなったら……」


 あからさまに肩を落としたキャロラインを見て、イーモンがふむと頷く。


「エリザ嬢が辞めれば王妃への処罰にもなるだろう。それに、伽を命じるような主人に仕え続けるのは、エリザ嬢のためにもならん。そうさせたのは王妃自身だということを、忘れぬように」


 厳しい口調で言ったイーモンに、キャロラインは目に涙を溜めながらもはいと小声で返事をした。端で黙って控えていたジェーンも、神妙な顔つきで頭を下げた。

 どうやら今回のことでキャロラインやジェーンが反省しているというのは本当のようで、見るからに落ち込んでいた。


「さて、キャロラインへの処罰はエリザ嬢の辞職を認めることと、女官長の二週間の謹慎としようか。そして、アーサーだが、いい加減にもう少し人を信用してもらわないとならんな。キャロラインともきちんと話し合わなければならないが、これはそもそもお前の疑り深い性格や潔癖症を心配するところからはじまったんだ」


「誰でも信用していては国が傾きます」


 平然と答えたアーサーは、キャロラインとは打って変わって落ち着いている。自分は悪くないと思っているのは、エリザの目から見ても明らかだ。


「誰でも疑っていては味方がいなくなるぞ。……そんな風だから、お前に仕える使用人達から人を増やせと苦情がくるんだ。さて、お前の処罰はどうしたものか……」


「陛下、発言をお許しいただけますか?」


 今まで黙っていたルカが突如声を上げた。エリザがルカのほうへ振り返ると、ルカはまっすぐにイーモンを見上げていた。その目に迷いはない。


「ホーキンス卿。発言を許そう」


「ありがとうございます。アーサー殿下への処罰ですが、私に提案がございます」


 そう言って、ルカはエリザの隣に並んだ。


「なんだ?」


「先程アーサー殿下の使用人から苦情がくると陛下がおっしゃった通り、私共側近は休む暇も与えられない程、忙しない環境の中で働いております。それもこれもアーサー殿下が、中々外部の人間を雇い入れてくれないからです。そこで、アーサー殿下の処罰として、エリザ・ハーディス嬢をアーサー殿下の使用人として置いていただきたいのです。そして、その人見知りや疑り深い性格も治していただければと思います」


 エリザは驚きのあまり何も言えなかった。そして、驚いたのはアーサーも同様だった。


「ルカ!」


 今まで冷静に話を聞いていたアーサーは、音を立てて椅子から立ち上がると、眉を寄せてルカを睨みつけた。しかし、ルカは気にした様子もなく続ける。


「現在アーサー殿下の使用人の中に、若い女性の側近は置いていません。ここにいる者ならばご存知の通り、アーサー殿下は少々潔癖のきらいがございます。特に若い女性に対しては尚更です。このままでは、王妃殿下が危惧したように、婚約者の選定すら危ういでしょう。そこで、若い女性を傍に置くことによって、女性への耐性が出来てよい方向へ向かうのではと考えました。これはアーサー殿下への処罰になると同時に、王妃殿下の心配事をなくすいい案だと思うのですが、いかがでしょう?」


 すらすらと言ってのけたルカに、アーサーは絶句している。その横で、イーモンはにやりと笑った。


「そうだな。それは中々にいい案だ。その案を採用しよう」


「陛下!」


 アーサーが批難の声を上げるも、ルカもイーモンもまったく聞こえていないかのように取り合わない。


「しかし、ホーキンス卿、そなたの処罰はどうする?」


「そもそも私はアーサー殿下の命令に従っただけで、立場的にはエリザ嬢と同じで巻き込まれた側です。私にも慰謝料を払ってほしいくらいですが、今回は使用人を増やしてくれるならば、結構です」


 しゃあしゃあと言ってのけたルカを、エリザは心臓に毛が生えているのかと驚いて見上げることしか出来なかった。

 イーモンは、それもそうだなと、あっさりとルカの処罰を取り下げた。そしてあっという間に話がまとまると、ルカはエリザに向き直った。


「エリザ・ハーディス子爵令嬢。手が足りないのは事実です。我々アーサー殿下の側近を助けると思って、手を貸してくれないでしょうか?」


「で、ですが……」


 慌てふためくエリザは、どう返答したものか分からずに、助けを求めるようにデヴィッドを見やった。


「エリザ、せっかくだからお受けしなさい」


「お父様、でも私なんかが……」


 意を決して侍女を辞めると決めたばかりなのに、急なことで頭が回らない。受けろと言われても、とエリザは言葉を濁した。


「これもいい機会だ。働いてみて自分には出来ないと思ったその時は、辞めたらいい」


「ハーディス卿の言うとおりだ。是非一度働いてみてくれんかね?」


 イーモンにまで言われてしまったら、断ることは出来ない。エリザはなんだか言いくるめられたような気もしたが、最終的には了承した。


「そういうわけで、エリザ嬢これからよろしくお願いします」


 にっと微笑んだルカの笑顔をどんな顔で見たらいいのか分からずに、エリザは困惑したまま弱々しく頷くしかなかった。




 謁見室を出たエリザは、デヴィッドと並んで歩きながら事の経緯を説明した。デヴィッドはエリザを責めることなく、ただ話を聞いて大変だったなと慰めてくれた。


「それにしてもエリザ。焦って借金を返そうとしなくてもいいんだよ。二人でゆっくり返していけばいいんだ。仕事だって、嫌になったり辛かったら辞めてもいいし。とにかく無理をしないでほしい」


「でも、私は少しでも早く借金を返したかったんです」


「もちろんその気持ちは分かる。だから、私はアーサー殿下の使用人になるように言ったんだ。エリザが私にチャップマン財務大臣の秘書官になればいいと言ってくれたようにね」


「お父様……」


「エリザ。本当は侍女の仕事を辞めたくなかったんだろ?ならば、今度はアーサー殿下に仕えて、やれるだけやってみなさい」


「……はい。お父様、迷惑かけてごめんなさい」


「いくらでも迷惑かけたっていいんだ。私の娘なんだからね」


 エリザの頭を優しく撫でて、デヴィッドは笑った。エリザは少しだけ泣いた。



 こうして、エリザの異動が決まったのだが、そういえばアーサー殿下の使用人になるのは分かったが、それがメイドなのか侍女なのか、聞くのを失念していたのだった。



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