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王子のお茶会 1



 夜明け前に東の寝室から自室へと帰ってきたエリザは、縫い物をしていつもの時間になると、ニーナを起こして支度をし、仕事へと出かけた。


 いつも通りに淡々と仕事をしてから、朝礼に出る。

 あくびを噛み殺してゴードンの広い額を眺めながら、エリザは昨夜のことを反芻していた。


 ルカの手で運ばれてからというもの、ルカを変に意識してしまうのではと思ったが、昨夜は会話をはじめるといつもの調子に戻ったので、変に思われることもなかったはずだ。

 それどころか、昨夜のルカは一段と疲れていたようで、どことなくエリザに気を許してきたのかなと思うことさえあり、エリザもまたルカには気を許しつつあるのを自覚していた。でないと、男の人と同じ寝台で朝まで眠ることなど出来ない。


 ルカがアーサーのためを思って行動していることは分かるし、悪人ではない。父親と同じ秘書官ということも、気を許しつつある要因の一つだと思う。


 エリザはルカの寝顔を思い出して、なんとも言えない気持ちが湧き起こってきた。

 ルカが気を許してくれていると思うと、落ち着かない気持ちになるのと同時に、なんだか顔がニヤけてしまうのだ。そんな自分が恥ずかしくて気持ち悪くて、エリザは頭をふるふると振って気を引き締めた。


 今は仕事中だ。ルカのことを考えている場合ではない。エリザは背筋を伸ばして、しっかりしなければと自分に言い聞かせた。



 朝礼が終わると、王妃付きの侍女達だけ残るように女官長のジェーンに言われた。

 綺麗に並んだ侍女達を見渡して、ジェーンはにっこりと笑顔を浮かべた。


「さて、来週はアーサー殿下のお茶会が開かれます。王妃殿下も出席を予定しております。そこで今回はお付の侍女を二名付けます」


 王子のお茶会、侍女二名というワードに色めき立つ侍女達。目当ては王子かその友人の高位貴族か。どちらにせよ、若い侍女には顔を売るチャンスの場である。


 誰が選ばれるのか、妙な緊張感が満ちている中で、エリザだけは知らん顔。エリザはこの手のお茶会や夜会に随行したことは一度たりともない。

 こういった場には、決まって容姿端麗で華やかな見た目の若い侍女が選ばれる。王妃の美しさを損なわないよう、王妃に見合った見目麗しい高位貴族の令嬢が好ましいのだ。


 その点、エリザは地味で痩せているので、王妃の傍に控えているだけで陰気な雰囲気にさせてしまう恐れがある。絶対に選ばれないと、確信していた。


「今回は若いアーサー王子のお茶会ですから、若い侍女の中から一名と、慣れたベテラン侍女から一名選びたいと思います」


 なるほど。となると、侍女二年目辺りから一人と、二十歳前後の侍女が選ばれるのか。


「まずはルイーザ。お願い出来るかしら?」


「は、はいッ!お、お任せくださいませ!」


 ルイーザは勢いよく頭を下げて応えると、信じられないといった表情で、目をうるうるさせている。微笑ましくそれを眺めていたエリザに、ジェーンがエリザの名を呼んだ。


「はい」


「あなたも同行してちょうだいね」


「はい。…………えっ?」


「この後詳しく説明があるから、エリザだけ私の執務室へ来てくれる?」


「……はい」


 ちょっと待て。今私も同行するように言った?

 まさかそんな……確実に言ったよね?


 ジェーンが使用人ホールを出て行くと、わっと侍女達がエリザを取り囲んだ。


「エリザが茶会に同行だなんて、初めてのことじゃない?」


「ああ、羨ましいわぁ!」


「エリザ様頑張ってくださいね!」


 同僚達がきゃあきゃあと持て囃すのは、今までエリザがこの手のことに選ばれたことがなかったからだ。だから、羨望はあれど嫉妬する者はほとんどいなかった。

 それはそれとて、エリザは呆然としていた。


 なぜ自分が選ばれたのか?

 答えはきっと、アーサー王子主催のお茶会だから。アーサーとエリザを会わせて様子を見るつもりだろうか。

 だとしたら、エリザはどんな顔でアーサーと会い、どう振る舞えばいいのだろう。


 正解が分からないエリザは頭を抱えた。お茶会は週末の午後から開かれる予定だ。その夜はいつものように東の寝室へと行くことになるのだろう。

 それはともかく、王妃に不審に思われないようにしなければいけない。お金を受け取った癖にアーサーと寝ていないとバレたら、今度こそ本当にクビだ。


「どうしたらいいんだろう……」


 何食わぬ顔で侍女の仕事をまっとうすればいいのだろうが、エリザは嫌な予感がしていた。

 ……ろくなことが起きない気がする。




 エリザがジェーンの執務室へ入ると、ジェーンはご苦労さまとエリザを労った。


「昨夜も遅かったでしょうに、朝から仕事で悪いわね」


「いえ。とんでもございません」


「お茶会の件だけどね。今回のお茶会にはアーサー殿下と同年代のご令嬢やその親達が出席する予定なのよ。そこで、あなたにはアーサー殿下の好みのご令嬢がいないか見て欲しいの」


 やっぱり裏があったのかとエリザは思った。しかし、そんなことを頼まれてもエリザにはアーサー殿下の好みの女性など知る由もない。話すどころか会ったことさえないのだから。


「わ、私はそういった話は殿下としておりませんので、分かりかねます」


「あらそう?でも、寝室からは話し声が聞こえると報告を受けているのだけど。おかしいわねぇ……」


 エリザはギクリとした。ぶわっと冷や汗が吹き出す。

 ま、まさか廊下で見張っている衛兵が盗み聞きしていたのだろうか?

 さすがに会話の内容までは聞かれていないと信じたいが、非常にまずい展開だ。ここは慌てず焦らず、落ち着いて説明をしなければならない。


「あ、あの……会話はしておりましたが、好みのタイプについては話しておりません」


「なら何について話していたのかしら?」


「私の出自ですとか、どういった仕事をしているかとか、父についてなどを……」


 嘘は言っていないので、比較的落ち着いて話すことが出来たと思うが、制服の下は冷や汗が流れ続けているし、心臓はどくどくうるさい。


「アーサー殿下のことですから、エリザのことを根掘り葉掘り聞いてきたのでしょうね」


「……ええ」


「アーサー殿下は少々疑り深いところがあってね。だけど、エリザのことは受け入れて三度も床を共にしているでしょう。お茶会でアーサー殿下の様子を見て、気に入った方がいらっしゃるようなら教えてほしいのよ」


 はあ、とジェーンはため息を吐き出すと、エリザを上目遣いで見やる。探られているような何かを見透かすような視線だ。エリザは、平静にと自分に言い聞かせるも、心臓は今にも口から飛び出しそうだった。

 ジェーンはエリザから視線を外すと、ふうと小さく息を吐いて、憂い顔で言った。


「アーサー殿下と王妃殿下は血が繋がっていないでしょう?でも、王妃殿下はアーサー殿下を本当の息子と思って接してきたつもりなのよ。だけど、アーサー殿下のほうが少々難しい年頃でね」


「ええ……」


「王妃殿下は少しでもアーサー殿下にいいご令嬢と縁談を結んで欲しいと思っているのよ。自分達のように恋愛結婚してくれたらとても嬉しいとね。……エリザには、そんな王妃殿下の気持ちを少しでも理解して協力して欲しいの」


「は、はい」


「というわけで、よろしくね?」


 ジェーンが有無を言わさぬ笑顔を浮かべた。エリザは頷くしかなかった。



 エリザは執務室を後にすると、とぼとぼと歩きながらため息を吐く。


 なんだか事態はどんどん面倒くさい方向へ向かっている気がするが、エリザにはどうすることも出来ない。

 王妃の気持ちも王子の反抗も、エリザには関係ない。当人で解決してくれたらどんなに嬉しいだろうと思うのだが、そうもいかないから難儀だ。


 エリザは深いため息を吐いて、仕事へと戻った。

 それからいつものように淡々と仕事をこなして昼間になると、一人になりたくて昼食を持って裏庭へと向かった。


 その日は曇り空で、人はまばらだった。

 いつもの長椅子に腰掛けて、ぼんやりしながらパンを頬張る。


 考えるのは帽子屋のこと、デヴィッドのこと、アーサー王子のお茶会のこと、そしてルカのことを考えだしたところで、背後からエリザ・ハーディス嬢と声をかけられた。


 驚いて振り返ると、そこには長身の美女が立っていた。灰茶色の髪をきれいに縦に巻き、侍女の制服を着ている。背筋をぴんと伸ばしてそこに佇んでいるだけで、絵になる妖艶な女性だった。


「はい」


「私はオーガスタと申します。アーサー王子殿下の侍女をしております。エリザ・ハーディス嬢にお話があってまいりました」


 オーガスタは切れ長の目を細めて綺麗に微笑んだ。


「あっ!はい!隣にどうぞ!」


 エリザが慌てて端に寄ると、オーガスタが隣に腰掛けた。見上げる程背が高く、どこか独特の雰囲気を持っている。エリザは圧倒されつつも、急いで食べかけのパンをしまった。


「お昼時に申し訳ありません」


「いえ。それで、お話というのは……」


「お茶会にご出席されるとお聞きしまして、その件でアーサー王子殿下から言付けを預かって参りました」


 それを聞いてエリザは一気に緊張した。身を固くしてはいと返事をするエリザに、オーガスタは安心させるように柔らかい笑顔を浮かべた。


「王妃殿下が何かを企んでいようと、何事もなく普通に振る舞ってください。こちらのことは気にしないようにと」


「はあ。……それだけでしょうか?」


 もっと何かを要求されるのではと思っていたエリザは、拍子抜けした。


「ええ。変に振る舞うとかえって怪しまれてしまいますから。ですから、エリザ・ハーディス嬢は普段通りにお過ごしくださいませ」


「はい。承知しました」


「それから、お茶会で何かあっても白を切るようにとも」


「何か……とは」


「さあ。私にも分かりませんが」


 その何かがあった時に白を切り通せるだろうか。エリザは不安に思いつつも、なんとか頷いた。

 そんなエリザの不安を感じ取ったのか、オーガスタはそっとエリザの手を取ると、手の甲を撫でて大丈夫ですよと色気たっぷりに言った。


 ジェーンとはまた違った色香を漂わせたオーガスタに手を撫で回されて、エリザはなんだかいけないことをしているような妙な気持ちになって、そわそわした。


「私達も傍に控えておりますから、何かあればお助けしますので」


 助けられるようなことが起こるのだろうか。エリザは安心するどころか尚更不安になったが、はいと答えた。

 するとオーガスタはさっと手を離すと立ち上がり、優雅なお辞儀をして、颯爽と去って行った。


 エリザはポカンとしてそれを見送ると、深いため息を吐いて、どんよりとした曇り空を見上げて、誰にともなく祈った。


 頼むから何事もなく、アーサー殿下によいご令嬢が見つかって、さっさとお茶会が終わりますように。


 

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