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金勘定する侍女 1

使用人や王宮内、階級等の設定は、独自のものとなっております。






 侍女エリザ・ハーディスの朝は早い。

 日が昇る頃に起き出して、同室のニーナを起こし、顔を洗い歯を磨き、制服に着替えて身支度を済ませる。それが終わるとニーナの髪の毛をくくってやり、二人で仕事に向かう。


 そして空が明るんで来た頃に、エリザの仕事ははじまる。


 まずは衣装部屋で今日着る王妃のドレスやアクセサリー、帽子、靴等を選ぶ。

 今日の気温や天候、スケジュールに合わせてドレスを数着選んでおき、それに見合った靴やアクセサリーもすぐに持っていけるように準備しておく。


 それが終わると、今度はメイド室へ向かう。


 すでに起きて準備をしているメイド達に挨拶をして、仕事をしていて何か気付いたことや、変わったことがないかを簡単に聞いて回った後、ようやく使用人ホールへと向かう。


 その途中で王妃付き侍従のウィリアムとばったり会ったので、三人一緒に並んで歩く。


「エリザ。今週までに頼んでおいた宝石類の確認はどうなっていますか?」


「全て終えています。紛失はなく汚れもありませんでしたが、一点だけネックレスの留め具に破損がありましたので、宝石職人に修繕の手配をお願いしました。明日の午前に取りに来てくださるそうです」


「エリザは仕事が早くて助かります。それから靴の検品もお願いします。こちらは今月末までで結構です」


「かしこまりました」


 エリザが恭しく頭を下げると、ウィリアムはにこりと微笑んだ。


「ニーナは少しの間しか王宮にはいないかもしれませんが、エリザを見習ってよい侍女になってくださいね」


 ニーナはほんのりと頬を朱に染めて、はいと可愛らしい声で返事をした。


 ウィリアムは今年で二十八歳になる。

 代々王族に仕える執事を排出してきた宮廷貴族パジェット伯爵家の出で、父親は国王の執事をしており、完璧に仕事をこなす執事として周知されている。


 ウィリアムは現在王妃の侍従として仕えながら連絡係のようなこともしており、国王夫妻のスケジュールを完璧に把握しやりくりしている。父親の血をしっかりと受け継いだ仕事の出来る侍従である。


 ウィリアムは金の短髪に緑色の瞳をした、目元が涼やかな端正な顔立ちをしている。

 外見がよくて物腰も柔らかく、未だに独身ということもあって、王宮に勤める女性達から圧倒的な支持を得ているが、色恋の噂は皆無である。


 以前エリザが結婚願望について聞くと、一人前になるまでは結婚しないと言っていた。執事は既婚者よりも独身者の方が都合がよく、主人から重宝され優遇されるからだろう。


 そしてニーナは、今年の春から行儀見習いとして侍女になったばかりの十六歳。

 王立学園を卒業したばかりで、西の山岳地帯に領地を持つブロンテ伯爵家の長女である。


 茶髪に同色の瞳をした丸顔の可愛らしい顔立ちをしている。性格は明るくて少しおっちょこちょいで、あわてんぼうの子犬のようだとエリザは思っている。


 両親からは、行儀見習いとして王宮で働く二年の間に結婚相手を見つけるように言われており、それが出来なければ親の決めた相手と結婚しなければいけないそうだ。

 だから、ニーナは騎士や宮内官に顔を売るのに必死になっている。今のところ上手くいっているようには見えないが。


 それにしても、ウィリアム相手に顔を赤くしているところを見ると、やはりまだあどけなさの残る少女だ。素敵な人を見つけて恋愛結婚に憧れているのだろうと、エリザは思う。


 貴族に生まれながら恋愛結婚を望むことは、昨今ではあまり珍しくない。相手が貴族で家格さえ合っていれば、結婚が許されることも増えてきた。

 貴族の平均的な結婚年齢も遅くなってきており、昔の政略結婚ばかりという状況からは変わりつつある。

 というのも、現国王夫妻がまさに恋愛結婚であるから、その影響が一番大きいのかもしれない。



 エリザ達が使用人ホールに到着すると、まだ使用人達は揃っていなかった。

 席に座ってニーナに茶葉の種類について教えていると、遅れてやって来た女官の一人が、エリザを捕まえた。


「エリザ。悪いんだけど昨年の今頃に出していた茶葉のリストが必要なんだけど、残っているかしら?」


「昨年度の伝票を見れば分かりますよ」


「よかった!それ、今日中に欲しいのよ!お願い出来るかしら?」


 エリザにだけ聞こえるように耳打ちして、お願いと手を合わせてウィンクまでするものだから、内心呆れつつも頷いた。


「悪いわね。助かるわ!夕方までで大丈夫だから」


「分かりました。では夕方にお渡し致しますね」


「お願いね!ありがとう!お礼はきちんとするから。夕方に渡すわ」


「分かりました」


 そっと離れていく女官を見送った後、エリザは小さく息を吐き出して俯いた。そして、誰にも気づかれないようにほくそ笑む。


 エリザがこうして仕事を押しつけられる、もとい頼まれるのは今にはじまったことではない。日常茶飯事のことである。


 普通ならば自分の仕事は自分でやれと思うところだが、エリザにはむしろありがたいことだった。

 なぜならば、それ相応のお礼はきちんともらっているからだ。だからエリザは怒らないし、むしろ感謝する。



 国王夫妻に仕える使用人達が揃うと、ようやく朝礼がはじまった。

 今日の国王のスケジュールを、王室家令のゴードンが淀みなくすらすらと読み上げていく。

 エリザは頭の隅で今月の給金の計算をしながら、ゴードンの薄くなった頭髪を眺めていた。



 エリザは今年二十四歳になったばかり。

 栗色の髪に同色の目はぱっちりとしているが、それ以外のパーツは凡庸。眉が隠れるくらいの前髪に、ストレートの長髪を後ろでだんごにしてくくり、濃紺のリボンで留めているだけ。

 化粧はしているが人並み程度。自他共に認める凡庸な外見をしている。


 対する侍女達は流行に敏感だ。この国の侍女は制服を着用するのが決まりとなっている。何代か前の女王が、侍女達のおしゃれ戦争に嫌気がさして決めたそうだ。


 メイドのモノトーン調のお仕着せとは違い、侍女の制服はロング丈の、バーガンディ色のワンピースだ。

 ドレスこそ着られないが、リボンの結び方を変えてみたり、腰のベルトをリボンやコルセットにしてみたりと、皆工夫して個性を出している。侍女達は皆おしゃれをして、綺麗になることに熱心だ。


 そして、ある者は豊富な話題で王妃のご機嫌を取って女官になろうと野心を燃やし、またある者はいかに身分の高い結婚相手を見つけるかに執心している。


 もちろん侍女全てがそうとは言わないが、少なくとも王妃に仕える侍女達は、そうしてメラメラと闘志を燃やしている者が多い。


 かくいうエリザは、そんな侍女達を斜め後ろから三歩、いや五歩は下がったところから眺めている。なんだかものすごく大変そうだなと思いながら。


 侍女の仕事は、基本的に主人の身の回りの世話をすることだ。着替えを手伝い髪を結い、化粧をしてお茶を出して、外出する際は同行し主人の補佐をする。


 しかし、エリザは侍女でありながら完全に裏方業に徹している。

 主人の身の回りの物を管理し、行儀見習いの新人侍女の教育をする。裏から侍女や主人のサポートをし、滅多に主人の前に出ることはない。


 エリザはどちらかというとメイドに近い位置にいる。むしろメイドになりたかったと思う。


 侍女を雇うのは王妃個人であり、王妃の反感を買ったり問題があれば解雇されるが、気に入られると侍女から女官へ昇進し、国に仕えて官位を得ることも可能だ。

 しかしこれは至難の業であり、下級貴族であるエリザには到底無理な話である。


 侍女として長く仕えたくとも、若くて綺麗な侍女を側に置いたほうが見栄えがいいから、歳を取ると自然とお役御免になる。

 そうなる前に、皆必死になって結婚相手を探したり、女官になるべく邁進する。それが出来ない者は王宮を去るか、他の役目を与えられて異動する。


 エリザは侍女として働ける期限もそろそろだと悟っていた。二十代に入ると侍女を辞めていく者はぐんと増える。多くが結婚退職するのだが、エリザにその道は辿れない。


 エリザは十六歳で結婚し、先の戦争で夫を亡くした未亡人、ということになっているからだ。



「……というわけで、エリザ。来月に向けて新調したドレスが明日には届きますので、不備がないか確認をお願いね。それからドレスに合わせて扇子も新調してあります。その話は後でします」


 女官長のジェーンに言われて、エリザはかしこまりましたと頭を下げた。


 朝礼が終わると、エリザはジェーンに呼び止められた。


「扇子の件なのだけど、いつも通り商会を通さずに城下の工房に直接オーダーしてあるの。悪いんだけど正午に取りに行くことになってるから、お願いしてもよろしいかしら?」


「かしこまりました。代金はどのように?」


「先払いだから品物だけ受け取って来てちょうだい。受け取り伝票を忘れずに」


「かしこまりました」


 ジェーンはいつも助かるわと、エリザの肩を叩いた。にこりと綺麗な笑顔を浮かべたジェーンは、四十代とは思えない程若々しい。


 艷やかな黒髪に紫色の瞳。背が高くすらりとした体躯。二十代が着るようなドレスを着て化粧をしても、まったく違和感がないから驚きだ。


 幼少の頃から王妃と付き合いがあるジェーンは、上位伯爵家の出で現在はサザーランド公爵夫人である。

 王妃の信任厚く、見事な出世街道をひた走り女官長の座を射止めた。ジェーンは侍女の憧れであると同時に、嫉妬の対象でもある。


 しかしエリザは、ジェーンに憧れや尊敬の念を抱いたことはない。エリザは王宮内でのし上がろうなんて一瞬でも考えたことはないからだ。


 エリザが欲しいのは地位ではない。

 お金だ。金しかない。

 金のためにと割り切れるから、嫉妬と羨望が飛び交う王宮の魔窟で働けるのだ。


「では、失礼します」


 ジェーンに頭を下げて使用人ホールを出たところで、さすがにジェーンにお礼をねだることは出来なかったなと舌を出した。


 もしもチップをねだろうものなら即クビだ。

 というか、同僚の侍女からチップをもらって仕事を代行していることがバレたら、それこそクビなのだろう。


 だが、エリザは喉から手が出る程お金が欲しいので、このままバレるかバレないかの危険な綱渡りを続けるしかない。


 エリザには借金があった。

 正確にはハーディス家の借金だ。その借金を返済するために、身を粉にして働いている。


 今侍女をクビになったらどうしよう。

 エリザは衣装部屋へと向かいながら、クビになった時のプランを考えつつ、ニーナに茶葉の種類の説明をして歩いた。


「エリザ様は本当に聡明な方ですね。私エリザ様が教育係でよかったです!」


 ニーナがきらきらと瞳を輝かせて言うものだから、エリザは内心決まりが悪くなりながらも、にこやかに礼を言った。


 せっかく褒めてくれて申し訳ないんだけど、私の頭の中はお金のことしかないのよ。とはさすがのエリザも言えなかった。




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