出立
「ブドウジュースがあるんです!待っててくださいね!」
メイジーはマイペースに言うと、キッチンへと向かった。ちなみに両親はでかけているらしい。
「ま、まあ、とにかくちょっとわかったことを整理していこう。まず、ダメージなんだが、ジェイル、マントが破れた以外に何も変わったことはないのか?」
ジェイルはヤタガラスに背中を引っ掻かれた。アーマー越しとはいえ、普通ならダメージを負っているはずである。しかし外傷や痛みはなかったという。ということは、この世界ではダメージはないということか。
「ああ、いや、でも、なんだ、倦怠感?引っ掻かれたときに、疲れがどっときたな。マラソン走ってて坂道にさしかかったような」
よくわからん例えだな。
「ダメージ=体力ゲージが減る、ってことになってんのか?」
エイロンが椅子に座りながら言った。
「その可能性が高いな」
と俺はエイロンの意見に賛同した。痛みはないが、ダメージが疲れとして残っていくのか。
「まだ確定はできないな」
リンのことばに、全員が頷いた。痛みといえば、あれはどうなんだ。
「エイロン、赤ずきんのばあさんのライトニングキャンディを舐めた時、痛いっていってなかったか?」
「ああ、痛かったぞ」
うーん、どういうことだろう。
「私があんたのかかとを蹴った時はどうだったんだ?」
「ああ、さっきか?蹴られた感覚はあった。ただ、痛みはなかったな」
とジィエルは答えた。
とりあえずダメージについてまとめてみる。
「まだ仮説だが、モンスターの攻撃をくらうと痛みはないが体力ゲージが下がって、マーセナリー同士で接
触すると感覚?はあるが痛みやゲージの下がりもない。キャンディだと痛みがある」
ん?うまくまとめられなかった。
「マーセナリー同士だとノーダメって言っていたな、ハンバーガーだかラインバーガーだかのとこにいた女が。あとは、NPC関連で痛みを感じるところが決まっているんじゃないか?」
なるほど、とリンの分析に頷く。しかし、なにぶん情報が少なすぎる。
「弱い敵からダメージ受けてみて、確認してみるか」と俺が提案すると、みんなが頷いた。回復はどうなるんだろう。
「ジェイル、削られた体力は回復したのか?」
「いんや、まだ疲れたままだ」
時間で回復、というわけではないのか。
「みなさん、お待たせしました!」
ブドウジュースとクッキーののったお盆を片手に、メイジーが現れた。
口々にお礼を言って、ジュースを飲み始める。
芳醇な香り、ぶどうのほどよい甘さ、すっきりとした後口。「うまい!」と自然に声がでた。クッキーもうまい。普通にうまい。
むしゃむしゃとジェイルとエイロンがクッキーをほおばる。リンは優雅にもゆっくりとブドウジュースを飲んでいる。育ちがいいのかね。
メイジーはうれしそうに、「まだありますよ!」とおかわりをとりにキッチンへと向かう。
「ん!むむむ!やや回復した感!」
「ダメージが?」
俺が訊ねると、「うむ!」とジェイルはクッキーをほおばりながら答えた。
飯を食えば回復するのか。回復薬探す意味もなかったか。
「おかわり、どうぞ!あ、あと、ジェイルさん、マントを見せてください」
メイジーは、ジェイルから破れたマントを受け取ると、ソーイングセットを取り出した。
「おいおい、手、大丈夫か?」
リンが、メイジーの手を見ていった。絆創膏のようなものを指先に巻いている。
「ええ、ちょっとぶどうを取るときに切ってしまって。でも、ぜんぜん」
「痛いだろう。私がするよ」
リンが、ソーイングセットを開く。
「できんのお前?」エイロンのことばに、「で、できるわ!」とリンはやや控えめに、怒った。マスクもせずひらひらのネグリジェを着ているので、なんというか、いつもの調子じゃないのだろう。しかし、器用に針に糸を通すと、さっさとマントを縫っていく。
「じょ、女子っぽい」
ジェイルが驚きの声をあげると、「女じゃ!」とリンは今度は口を大きく開けて反応した。おお、今度はいつもの調子で怒っている。
マントが破ける前とほとんど変わらない状態に戻ると、感心したのは俺たちだけではなかったようで、メイジーが目を輝かせながら、ソーイングセットをリンにプレゼントした。
「あ、ありがとう」
メイジーに押されるように、リンはソーイングセットを受け取った。
あれだけ飲んだにしては、すっきりとした目覚めだった。頭痛もない。マーセナリーだからだろうか。
カーテンから、柔らかな日差しがこぼれている。ベッドでは、ジェイルとエイロンがまだ眠っている。
ソファーから起き上がると、少し肌寒かった。茶色いローブから『妖術師の装束』へと着替えると、寒さが消えた。装備には体温調節機能もあるらしい。
リビングへ向かうと、
「おはよう」
マスクはしていないが、装備を着用したリンが言った。「おはよう」と返す。
「おはようございます、ココア、いれますね」
メイジーは、そそくさとキッチンへ向かう。特に酔っている様子はない。彼女も昨晩かなり飲んでいたが。
「あいつらは?」
「まだねてるよ」
「ふーん」
柱時計がチクタクと動いている。
二人っきりってそういえば初めてだな。
キッチンから、メイジーが戻ってくる。
「どうぞ、ココアです」
「ありがとう」
ほどよい甘さ、とてもおいしい。
「朝ご飯、用意しますね。シチュー温めてるんです」と立ち上がったメイジーに、リンが「私も手伝うよ」と腰を上げた。メイジーはそれを固辞すると、さっさとリビングを出ていく。
「なんだか申し訳ないな。で、今日はどうする?」
椅子に座りながら、リンが言った。
「とりあえず、オオカミを探しにいくか。途中にモンスターがでてくるだろう。そこでいろいろ試そう」
がちゃりとドアが開くと、ジェイルが入って来た。
「おう、早いなお前ら」
「エイロンは?」
「まだ寝てる」
あいつ、朝弱かったけど、ゲームでもそれが反映されてるのか。
「ジェイルさん、起きたんですね。朝ご飯にしましょう」
エプロン姿のメイジーがお盆を片手に現れた。テキパキと料理をテーブルに並べる。アツアツのシチューが食欲をそそる。
「8時か」
ジェイルが、柱時計をみながら言った。そして、「電車にのってる時間だな」と自嘲気味に笑い、シチューを一口啜った。
かちゃりとお皿にスプーンが当たる。
優雅な朝である。
リンは、優雅にもゆっくりと、食後の紅茶を飲む。昼食後の、である。ティーカップを置くと態度を一変、
「ってもう13時じゃねえか!」
と机をばんと叩いた。
「うお、どうした急に」
ジェイルが、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。
「いや、あんたらののんびりペースに乗せられた私も悪いけど!」
「のんびりいこうぜ」とジェイルが言うと、隣でエイロンが大きく頷いた。
9時過ぎに起きたエイロンは、時間をかけて朝食を済ませると、散歩に出かけた。なんやかんやで11時過ぎると、飯食ってからいかね?とのジェイルの提案で、結局出発が遅れてしまった。
「まあまあ、特に出発時間決めてなかったしさ」
リンをなだめる。エイロンののんびり加減ってなんか伝染するんだよね。でも、そろそろ出発しないとまずいか。
メイジーにお礼を言い、俺たちは家を出た。メイジーは「無事に帰って来てくださいね!晩ご飯、用意しておきますから!」と俺たちを送り出した。天使かなにかかな。
「またデイバック俺が持つのかよ」
エイロンがぐちぐちと言っている。あとで代わってやろう。