little red riding hood
リンの静止も聞かずに、ジェイルがテントとテントの間を抜け、細い路地に入っていく。はぐれないように付いていく。
細い裏路地に、怪しげな看板の店が並んでいる。
「なんかマーセナリーっぽいの歩いてんじゃん。ビンゴじゃね?」
ジェイルがドヤ顔で振り向く。
リンは顔をしかめ「お前いつかやけどするぞ」と言った。
「ま、とにかく入ってみるか」
俺は適当な店の前で立ち止まった。看板には、『Little Red Riding Hood』と書かれている。ジェイルが、「オッケイ」とためらうことなく店に入っていく。
薄暗い店内に、オレンジの明かりがぽつぽつとともされている。
「なんだ、飴ばっかか」
ジェイルが呟いた。
棚には飴が入った瓶が並べられている。どれも色が違う。それにしても、本当に飴ばかりだ。
「なんや、いい時計しとんな」
「うわ、いたのかよ」
ジェイルが仰け反る。
棚の影から、赤いずきんを被ったばあさんが出て来た。「マーセナリー様はええなあ」と不気味に笑い、
「キャンディ食べてみ」と瓶の蓋を開け、ジェイルにキャンディを差し出した。
「いやだよ、どんな味するかわかんねえし」
「あんたこういうときはいかないのかよ」
「じゃあお前がいけよ、リン」
とジェイルは言い返した。リンは、「いや、私はいいよ」と俺とエイロンの方を見た。
「なんだよ、ただの飴じゃん」
エイロンが近くにあった瓶の蓋を開けて、黄色い飴らしき何かを口に入れる。
「がは、いてええええ」
悲鳴とともに、エイロンが飴を吐き出した。
「ぎゃはははは」
赤ずきんをゆらしながら、ばあさんは奇妙な笑い声を上げた。
「なんだよこれ!」
「それはライトニングキャンディ!舐めるとめっちゃびりびりする」
「いらねえよそんなの!」とエイロンが怒った。「出るか」と俺はジェイルとリンの方を向くと、二人は真
顔で頷いた。
「いや、まてまて、今のは冗談、で、なにがほしい?」
「回復薬」
俺が言うと、「んなもんない」と鼻をほじってばあさんが答えた。
「いてて、ひー、口が、ひー、んだよ!、出るよ!じゃあな!」
「まてまて、兄ちゃんら、この街にきたばっかやろ?」
「なんでわかる」
「ねえちゃん、そりゃ、ずっと住んでるやつらはこの店こんからなあ」
「ひー、ひー、あんたがひー、変な飴あげすぎてひー、悪い噂がたったんだろうよ!」
苦しそうに訴えるエイロンに、うむ、とばあさんは頷く。
「まあまあ、許してえや。遊びや遊び。今ちょっと困ってたとこなんや。願いきいてくれへんか?」
「なんであんたなんかの」
「いや、リン、まてよ、これはクエストになるのか、つまり」
「クエスト?なんのこっちゃ」
ん。npcにはクエストだと通じないのか。
「つまり、仕事の依頼になるのか」
「せや、不細工。報酬もあるで」
顔は関係ないだろうよ。しかし今更だが、イケメンなアバターにしておけばよかった。
「ようようばあさん、依頼を受けるかどうかは俺らの権利だぜ。で、報酬は」
ジェイルが、優男な風貌とは真逆なことを言った。
「10ゴールドでどうや?」
うーん、高くもなく安くもない。が、とりあえずお金がないし、
「どんな依頼でしょうか?」
と訊ねた。
「依頼はな、あんたらに狼をさがしてほしいんや」
薄暗い店内、お茶を出されることも椅子を勧められることもなく。赤ずきんの老婆は話しはじめた。
老婆は、ブレーメン平原の東にある狩人の村に住んでいた。とにかくキャンディが好きで、キャンディばかりつくっていたが、村のものは誰も見向きしてくれなかったという。
「お店出すためにせっせと金貯めてた20代のころや。狩人の村を北東にいくと森があってな。そこになんや珍しいきのことかいろいろ取りにいってたんや。じゃあな、狼が現れたんや。こりゃやばい、おもてとっさにもってきてたキャンディ投げたんや。じゃあその狼がそれぺろぺろなめよるんや。それからというもの、妙にその狼が懐いてな。時々森にいってはキャンディあげてたんや」
それから年を経て、老婆は念願かなえてブレーメンでキャンディ屋さんをオープンした。狩人の村から引っ越して間もない頃、ブレーメン平原に狼が現れたと噂を聞いた。ブレーメンの近くに狼が現れることはまれであった。あいつがキャンディをもらいにやってきたか、と考えた老婆は、なんとか狼をみつけた。そして、城外の人が寄り付かない場所を覚えさせて、月の満ち欠けをたよりに、定期的にキャンディをあげていたという。
「ところがや。ここ2回きてへんのや。今までずっときとったのにやで」
「いや、その狼何歳だよ。しんでんじゃない?」
エイロンがぼそりと言うと、「んなわけあるかい!」と老婆がエイロンを叩いた。
「狼の寿命しらへんのか?10年20年で死ぬかいな。それに、先月あったときはぴんぴんしとったんやで」
現実とゲーム内とは寿命感覚が違うらしい。そもそもnpcに寿命があるのかわからんが。
「狼っつったってなあ。探せんのか?」
ジェイルの問いに、老婆が答える。
「住んでる森でなんかあったんかもしれへん。それとな、あの狼はな、あたしがつくった赤ずきん被ってるんや。見たらすぐわかるわ。あと、一匹狼や。群れではおらんはずやで」
「その赤ずきんのせいではぶられてんじゃね?」
エイロンがぼそりと言うと「めっちゃよろこんでつけとるわ!」と再び老婆がエイロンを叩く。いや、エイロンの説が正しい気がする。
「で、どうすんの?」
リンは俺を見た。
「まあ、狩人の村ならそんなに遠くないし、レベルも高くない。初クエなら妥当じゃないか。いろいろわからないこと探りながら、進めていくか」
「うっしゃ、つうことで、早速レッツラゴー」
ジェイルが、店の扉を開けた。
「で、どうやっていく?」
裏路地を歩きながら、リンが言った。
ゲームでは、地域ごとにある転移石を使ってワープすることができた。だが、アゴラにあるはずの転移石が、さっきはなかった気がする。あったっけ。
「転移石、アゴラにあったっけ?」問うと「いや、なかったな。ワープはできないと考えた方がいいんじゃないか」とリンが答えた。
「マラソンかよ。狩人の村ってちょい遠いぜ」
とジェイルは頭を掻いた。
商店区に戻って来た。さきほどよりも人が増えている。
ウォッチを見る。11時を過ぎていた。
この世界に来たのが日の出ぐらい。ジェイル、エイロンと合流して国防省に向かい、リンと会ってなんやかんやマーセナリー登録して、商店区に戻って赤ずきんのばあさんにクエストを依頼されて。合計で5、6時間たったか?現実世界と体感時間は変わらないな。現実と違うのは、気力体力ともに落ちていないこと。さすがに全く疲れがないわけではないが、明らかに現実よりも体力がある。それはみな同じだろう、一人も休憩を欲している様子はない。お腹は、ジェイルとエイロンと食べてから結構時間が経つが、そんなにすいていない。みんなはどうだろうか。
「腹は?減ってる?」
「いんや、俺は」
とジェイルが答えた。「俺も全然」と、朝情緒不安定に大食いしていたエイロンも答えた。
ぐーっと、雑踏のなかにいてもわかるお腹の音がした。
マスクに隠れきっていない頬が赤らんでいる。
「ってお前、朝くってねえの!?やばくね!?」
モノクルのなかの目を大きくしながら、エイロンが急なハイテンションで言った。こいつのスイッチの入り方はいつも急だ。
リンがエイロンを肘打ちする。
「いい!私はいらない!」
「いや、まあ、なんか食ってくか。うめえぜ、酒場の飯。当然ビールもあるしよ」
ジェイルは飲みたいだけだろう。
「いらない!いくぞ!私だけ食べるなんて店にも失礼だ」
「いや、俺は飲むけどよ」とジェイルは呟いた。
「まあ、どっちにしろ城を出るんだし、保存食とか軽食買って狩人の村向かうか。どうせ俺らも腹減るだろうしさ」
とりあえずの方針を俺が打ち出し、商店区をうろつく。
「リュック買うかリュック」
ジェイルが、鞄を物色している。
「それはデイバックっていうんだよ、デイバック。大きいのじゃなくていいの?じゃあ背負子じゃなくてデイバックでいいね」
とエイロンが訂正を入れ、リュック、いわくデイバックを選ぶ。そういえば一人キャンプとかいく変人だったなエイロンは。
エイロン主導のもとデイバックを選び、出店で謎の干し肉を買う。タッパーに詰めてデイバックに入れる。
「なんの肉だ?」リンの問いに、「ボアってかいてあったぞ」とジェイルが答えた。
「ボア?」
なんだっけボアって。時々ゲームでもでてくるな。
「猪だよ。まあ、食べれるでしょ」とリンが俺の疑問に答えた。
竹でできた筒をそれぞれが買い、大樽の並んだ水売り場で水を買う。俺は、『妖術師の装束』の腰紐についている飾り用らしきとっくりに水を入れ持ち運ぶことにした。とっくりも喜んでいるだろう。酒ではなく水だが。エイロンが「これいるな」などと、露天でなにやら買ってはデイバッグに入れている。一通り買い物を終え、商店区を抜ける。
「とりあえずこんなもんでいいか」
テール橋の手前で俺は言った。
「じゃあ、行くか、狩人の村!」
ジェイルが歩みを進めようとすると「まてまて」とエイロンがそれを止める。
なんだよ、とエイロンの方をみなが見る。
「なんで俺がデイバック背負ってんだよ!老人だぞ!」
鳥が鳴いている。ウェルズ川の流れる音は優しい。
「さて、行くか」
「いや、待てよジョブレス!なんで俺が背負ってんだ!」
元気な老人である。
「いや、エイロンってそういう役回りかと」
「そこは平等に行こうぜ!」
まあ、そうだな。
「私は、悪いが持ちたくはない。シーカーに機動性がなくなれば致命的だ」
「戦闘のこと考えるなら俺もごめんだぜ。前線に立つファイターがリュック背負ってちゃあ、話になんねえぜ」
「デイバッグな、デイバッグ」と細かく訂正しながら、エイロンは俺の方を見た。二人の意見はごもっとも、キャスターである俺かサモナー(テイマー?)であるエイロンが持った方が、戦闘の影響は少なそうである。
「そういえば、エイロン、グリモワールは?」
「ああ、なんか小さなボタンがあって、コンパクトにできた。ほら」
とエイロンは胸ポケットからメモ帳サイズの古い書物をだした。エイロンが書物のある部分を押すと、ポンともとの大きさになった。
「戦闘では大きくしなきゃいけないのかな。まだよくわからん」
とエイロンはグリモワールを小さく戻すと、再び胸ポケットに閉まった。
「ふーん。じゃ、行くか」
「おう、レッツゴー!じゃないyo、ジョブレスくん。ここは平等に、じゃーんけーん」
「ぽん!」
街の外に出ると、爽やかな風が頬をなでた。
「後で変わるよ」
すねているエイロンに、俺は言った。
「いいやつ!お前って」
単純なやつ、お前って。昔からグーをだすのは変わっていないようである。
結局、戦闘地域はまだまだということで、交代制で荷物を持つことになった。
日は頂点にある。