もとの世界へ
「まあ、なんだ、あれだな」
とジェイルはぽりぽりとほっぺを掻く。ジェイルにしては珍しいな。もったいぶっている。
「何だよ」
「残るにせよ、俺の結婚式までには帰ってこいよ」
「ははは、ひひっひ、腹いてえ」
「笑うなよ!」
「いや、お前にそんな一面があったとは」
「うるせえ!寝るぜ俺は」
「おう、おやすみ」
さて、どうする。
目を瞑るが眠れない。色々考えてるようで、結局思考を堂々巡りさせているうちに朝が訪れた。
ーーーーー
「そんな、こんなにもいいものを」
メイジーがジェイルに言った。
「メイジーと婆さんにはめちゃくちゃ世話になったからよ」
「ジェイル、お前さんというやつは、ええもんくれるやんか!」
と婆さんはジェイルの背中をぽんぽんと叩いた。
ジェイルが買ってきたのは、高級フライパンや大鍋など、調理器具一式であった。キャンディを作るのに鍋のサイズが小さいと大変そうだ、と。よく見てるなあいつ。
「みなさんも、帰ってしまうのですか!?」
メイジーの問いに、
「俺は、残るよ」
とエイロンはあっさり答えた。
俺はぱっとエイロンを見た。平然としている。本当、小学校の頃から一緒だが、今でも変わったやつだなと思う。
「そうですか!よかった、リンさんとジョブレスさんは?」
時計の針がちくたくと動いている。クリが、赤いずきんを揺らして「くう〜ん」とないた。
「まだ、なんだろう、あれだけど、とにかく、うん、あれだな」
と曖昧に返事をする。どうしよう。まだ決めてない。
「おいおい、しっかりまとめろよ」
とジェイルにあきれられる。
「わ、私は、私も、わからない。けど、メイジーと婆さんには本当に感謝してる」
とリンはぽつりとことばを落とした。
正午が近かった。ジェイルは、メイジーと婆さん、後で起きて来たウィズとグレコに別れの挨拶を済ませ、俺とリンは曖昧なまま、エイロンはいつもと変わらず『Little Red Riding Hood』を出た。
国防省に向かいながら、見送りにとついて来たエイロンに訊ねる。
「漫画の方はいいのか?エイロン」
うーん、と少し考え込み、エイロンは口を開く。
「ファンタジーに行きたかったんだ。でも、現実には、ないだろそんなの。ならつくっちゃえって。だから俺、漫画描きはじめたんだ」
「あれ?お前の賞取ったの青年誌の恋愛ものじゃかったか?」
「こらジェイル、それは言うな。描き初めのころの話だよ。少しでもここにいるぜ、俺は」
とエイロンは言い切った。
「お前に恋愛ものが描けるのか」
「こらリン、俺をなんだと思ってんだ!」
なんて話しながら、小高い丘をのぼり、国防省の前まできた。
心拍数が上がっている。気がするが、ゲームだからか心臓の鼓動は感じない。
ふと、後ろを振り返った。アゴラにはちらほらマーセナリーが歩いている。
雲が轟々と動いていた。
「おい、行くぞ、ジョブ」
ジェイルに言われ、国防省に入っていく。
ーーーー
「エイロン、結婚式までには戻ってこいよ」
「はいよ。ご祝儀は期待すんなよ」
とエイロンは笑った。
「帰るやつはこの円の中に入るんじゃ」
最後までだるそうに、ハンバーガーが言った。まあ、こいつも色々仕事が大変なんだろうな。
ジェイルが、円の中に入る。
「お一人だけでよろしかったでしょうか?」
エリーが訊ねた。
リンは、何も言わない。
ハンバーガーが、腕時計を見た。
「エイロン」
「なんだ、ジョブ」
「メイジーと婆さんに、ありがとう、って伝えといてくれ」
「直接言っとけよ、馬鹿」
ジェイルに言われ、「優柔不断なんだよ」と俺は答えた。「いつまでたっても変わんねえな」とジェイルは嬉しそうに笑った。
円の中に入る。
「もう時間ないぞ、ええな」
とハンバーガーが立ち上がり、謎のボタンを持った。
「ま、待って、私も帰る」
「は、早く、こちらへ」
エリーに押され、リンはつまずきながらも円に入る。
「ほい、じゃあの」
ハンバーガーがボタンを押す。
視界が、手を振るエイロンが、モザイク状に乱れる。
リンが、リンも、現実世界に戻る。リンも。
「早く聞け、馬鹿!」
ジェイルにこつかれる。
「り、リン!」
と俺はリンに手を差し出す。
「な、なんだ」
とリンは顔を上げ、俺の手を取った。上目遣いのリンと目が合う。頬が赤く染まっている。心臓の鼓動が、高鳴る。
「リン、向こうでも、どこに」
すとんと足下がなくなるような感覚。落ちる。目の前が真っ暗になる。




