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すとっぷばいざげえむ  作者: ジョブレスマン
35/39

無理ゲー

 地上に降りると、灰は収まっていた。

 ノアとジェイルが座っており、黒髪の少女が横たわっている。そのそばにいる白いローブの男をみてほっとする。


「ごめんね、ジース」


 シゼイが舌を出しながら言った。


「反省は後、とりあえず回復。ジョブレスも。少しはましになる」


 とジースはロッドを構えながら答えた。肩で息をしているように見える。かなりダメージは溜まっているだろうに、たいした人だ。

 白い光に包まれると、疲れが回復していくのが分かった。「ありがてえありがてえ」とジェイルはジースを拝んだ。


「みなさん、ありがとうございます!」


 三郎とアニマルプラネットの面々が塔から現れた。その後ろには、二人のマーセナリーがいた。髭を蓄え、深い皺のある白髪の老ファイターとこれまた白髪ロンゲのまさに聖人といわんばかりの少し汚れた白いローブと年季の入ったロッドを持った老魔法使いだった。まさに歴戦の2人組。めっちゃ強そうだが、牢にいたのか。しかし、数が合わないような。


「三郎さん、よかった。他のマーセナリーは?」


 俺の問いに、三郎以下他の面々は、暗い表情になる。


「消えて、消えてしまったんです」


 三郎は声を振り絞った。

 三郎いわく、消えたのはやはりここに残っているメンバーよりも早くに牢に閉じ込められていたマーセナリーらしい。


「すみませぬ、お腹が、すいて、力がでないよう」


 老ファイターがキャラにあわぬセリフで膝をついた。


「あ、わっしも」


 と老魔法使いが続く。

 塔で消えたマーセナリーを思い出し、不安に駆られる。


「干し肉であれば」


 ジースが二人に差しだす。


「おお、ありがたや」


 二人は聖母を見るような目でジースを見た。ジースが光って見えたが、魔法使ってるわけではないよな。


「おい、大丈夫か?」


 ジェイルが意識の戻った少女に声をかけた。

 ウェーブのかかった黒髪が乱れている。切れ長の目が、不安そうに辺りを見渡す。


「君は、ウィズ、であってる?」


 ジースが問うと少女は頷いた。口を開けて何かを話そうとする。が、声がついてこない。

「しゃべれねえのか?」とジェイルが訊ねるとウィズは俯きながらこくりと頷いた。ゆっくりと立ち上がろうとするが、ふらついて倒れそうになり、ジェイルがなんとか支える。


「とにかく街まで戻るか」


 と俺はジースを見た。ジースは無言で首を立てに振った。

 暗澹とした雲が上空を覆っていた。

 時間を確かめようとウォッチを見る。さらさらと腕に何かが舞っている。


「おいおい、嘘だろ」


 老ファイターが老らしかぬ口調で呟いた。

 もくもくと灰が集まっていく。

 枝のように伸びた二つの腕、パンパンにふくれあがった大きな顔。何度目だ、今日この顔を拝むのは。だらりと口を開けると、町中に声にならない叫び声を上げる。さっきとは様子が違う。怒りのようなものを感じる。


「教会の中へ」


 ジースの指示に従い、一斉に教会を目指す。

 精霊の二本の腕が、ジェイルを襲う。ジェイルはそばにいたウィズをかばうように懐に抱き込む。ノアがジェイルの前に飛び出し、大盾を構える。

 激しい衝突音とともに、ノアが吹っ飛ぶ。


「ノア!」


 ノアのもとへシゼイとジースが駆け寄る。

 精霊の口が再び大きく開いた。真っ黒な口内が露になる。

 風が通り抜けたかと思うと、次の瞬間、灰がつぶてのように飛んでくる。

 疲労感が一気に襲う。


「ジェイル!」


 うずくまるジェイルに駆け寄る。息が荒い。

 少女はジェイルの懐から、震えながらも立ち上がり、精霊に向かって何かを訴えようとしている。しかし、声にならない。

 精霊は、正気を失ったように、無差別に灰のつぶてを吐き散らす。

 地面にうつ伏せて、なんとか耐える。

 炎でもう一度気をそらせ、なんとか教会の中へ逃げられれば。

 気を高め、ロッドを構える。


『ヘルファイア!』


 大火を灰の精霊に向けて放つ。途端、激しい睡魔が襲う。

 頭が回らない。

 立っていられない。

 頬に地面が当たる。ひんやりと気持ちいい。

 みんなは、教会に逃げられたのか。

 まあいいや、とにかく、今は眠りたい。


「はあ、はあ、馬鹿、はやくこれのめ!」


 ジェイルか。うるさいな。

 無理矢理何かを飲ませられる。


「にっがこれ」


 眠気が覚める。なんだっけこれ、ケイさんにもらった、そうだ、MM打破だ。


「起きたか、行くぞ、俺もきつい」


 ジェイルの肩を借り、なんとか立ち上がる。


「二人とも、大丈夫?なんとか、教会まで」


 そばにいたシゼイが、弱り果てた少女を抱え言った。

 灰は一旦収まっているようだ。ジースとノアが三郎たちに抱えられて、教会の空洞へ入っていくのが見えた。

 灰の精霊は虚空を見ている。かと思えば、ゆっくりと、視線が動く。今度ははっきりと、ウィズの方を見た。精霊の顔が崩れる。大口を開け、再び声にならない声を上げる。さっきよりもねばっこく、耳障りで、不快感の強い甲高い声だった。

 地面に埋もれた教会の、半楕円の空洞が、数歩先にあった。

 空洞の中で、ジースとノアが横たわっているのが見えた。そのそばにいる三郎が、こちらへ手を伸ばそうとしたそのとき、灰の壁がそれを遮断した。

 シゼイが尻餅をつく。少女はかろうじて地面に手をついた。

 ジェイルがどさりと膝から崩れ落ちた。俺は、立ちすくんだまま精霊を見上げた。

 精霊は、ぱんぱんに膨らんだ顔一杯に口を開け、その不快音を全快にし、灰をまき散らしはじめた。今度は誰に向けるでもない。街全体を灰で埋め尽くさんばかりの勢いで、吐き散らかす。


「無理ゲーだろ」


 ジェイルが呟いた。

 終わりか。終わったら、どうなる。ゲームで死ぬとどうなる。現実に戻るのか?みんなとは、リンとはもうお別れか?誰か、頼む。誰か、いないのか。神的な。神もいまや安っぽい感じがするな。しかし、神よ!

 上空に、分厚い雲があった。日を隠し、街に影を落としている。影の中にも影はできる。別の大きな影が、街を覆った。影の主が、何かを放つ。放たれたそれは、俺がさっき放ったものとは比べ物にならない威力で、空全体を赤く染める。


「夕方か、今?」


 と俯いていたジェイルが俺を見た。

「いんや」と俺は空を指差した。暗澹たる雲は割れ、太陽が高くあった。そのそばを悠々と飛んでいる巨大な影がある。


「おいおい、これは、っておいおい、ありゃあ」


 ジェイルが立ち上がる。俺はへたりと地面に座り込んだ。

 教会に日が射す。灰はおさまり、精霊は空をぼーっと見つめている。


「え、炎竜です!」


 いつのまにか隣にいた三郎が、ごくりとつばを飲んだ。

 炎竜が、ゆっくりと街へ降りてくる。風が吹くと、辺りの灰が吹き飛んでいく。教会の前に降り立つ。日に照らされた黒くつややかな鱗がきらりと光る。一挙一動が、その仕草が、美しく神々しい。大きくも涼やかな瞳が、灰の精霊を見ている。そこには母なる愛が感じられる。炎竜とは、かくも大きな情をもった生き物なのか。その瞳から、数滴の涙がこぼれ落ちた。それは精霊に対する憐憫か、優しさか。


「ねむ」


 炎竜は、大きな声で呟いた。

 めっちゃでかい声で呟いた!?

 しかも結構声が低い。


「お、おい、なんだ、しゃべったのか?」


 とジェイルが俺を見た。


「ん、しゃべれるけど」


 炎竜が答えた。

 あっけにとられ、返すことばがない。


「その子、もう大丈夫だから。あとは頼んだよ」


 大きな口をにんまりさせ、炎竜は羽を広げた。

 風がぶわりと吹くと、炎竜は飛び立った。優雅に、パナラボ山の方へと向かっていく。

 あっけにとられた状態を継続していると、灰の精霊が動き出した。ウィズに向かって。

 一応身構えるが、戦うmpもhpも気力もない。


「あ、あ、だ、大丈夫、今度は」


 ウィズが、初めて声を発した。母親に似ているな、と思った。

 ウィズは、精霊の方へと両手を伸ばし、言う。


「大丈夫、私はどこにもいかない」


 精霊の目が、口が、顔がだらりと崩れ落ち、人の形へと象られていく。

 灰色の髪の毛に、灰色の肌の少女。肌との境目が分かりづらいが、灰色のワンピースを着ている。出来のいい粘土作品のような印象である。

 精霊と思われるその少女は、ウィズの手を取ると、ぎこちなく笑った。


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