灰の精霊の嘆き
塔に繋がる階段が現れた。四つん這いのまま数段昇ると、ようやく立ち上がることができた。
「すみません、足手まといになるかもしれないので、僕らはここで」
三郎が申し訳なさそうに言った。干し肉を食ったとはいえ、まだまだ空腹は解消できていないらしく、アニマルプラネットのメンバーは階段にへたり込んだ。ザックを託し、俺たちは先へと進む。
「君は平気そうだね、シゼイさん」
「シゼイでいいよ、ジョブレスくん。私は牢に入ったの最後だったから。さっき干し肉ももらったしね」
「俺も、ジョブレスでいいよ」
アンヘーレで食った朝食が最後だったな。疲労感はあるが、空腹感はまだあまりない。
「おい、大丈夫か?」
先頭を行くジェイルが声をかけた先には、甲冑姿の男と、ローブを着た黒髪ロングヘアーの女がぐったりと倒れている。
「腹、腹が、減って」
男がかろうじて声をだした。
ジェイルは巾着を探り、「干し肉もうねえぞ」と俺を見た。
ヒールキャンディでもやるか、と巾着を手探る。
「これでもなめ」
て、と男の口もとへやった手が、空を切る。
おぞましい風の音。薄暗く灰の舞う階段。
ヒールキャンディが、手からこぼれ落ちると、石に当たって小さく跳ねた。
「消えた」
消え入りそうな声で、ノアは言った。
甲冑の男、ローブの女、両方が突如いなくなった。
マーセナリーが、消えた。
どんよりと、心にまで灰が舞っているように暗い。
ジェイルが、重い空気を動かすようにのっそりとキャンディを拾い「大丈夫だよな?」と俺を見た。「3秒ルール的にはな」と俺が返すと、ジェイルはキャンディを口へ放り込んだ。
「10秒はたってましたよ」
シゼイが笑いながら言った。「汚い」とノアがぼそりと呟いた。
「とりあえず、上へ向かおう。ジースを助けないと」
急な階段を上っていく。頂上に近づくにつれ、大気に舞う灰が濃くなっていく。
階段の果てに、大きな鐘があった。四方に壁はなく、風と灰がもろにあたる。
柱に隠れるように身を屈め、慎重に外の様子を伺う。
灰の精霊が見下ろせる位置にいる。枝のように伸びた二つの腕、パンパンにふくれあがった大きな顔。そんなに距離はないが、精霊はこちらにきづいていない。地上は灰で覆われていて、ジースの姿が確認できない。
「どうする?」
とジェイルが俺を見た。
精霊に攻撃しても意味はない。ならなにもできないのか。しかしそもそも精霊がゾンビを出したり、きまぐれに人を襲ったりするはずがない。誰かに操られている?ザックか?しかしザックが倒れたのに、なぜ収まらない。この辺りにまだ別の誰かが?もしくは、精霊自身が正気を失っているからか?目を凝らせ、何か、操るにしても、何かあるはずだが。
なんだ、あれ。精霊の体の一部が、ひと際黒くなっている。
「あれ、なんだろうな」
俺が指差すと、三人もその先を注視する。
「コア、ですか?」
とシゼイが目を細める。
「でも、精霊に、コアはない、って、ジース言ってた」
ノアが小声で言った。
「射ってみましょうか。灰の壁に邪魔されそうですが」
シゼイが矢を取り出すと「でも、なんか、人の形してねえか?」ジェイルが言った。
そう見えなくもない。
「ジース、かな?」とノアがぼそりと問うと「いや、俺の目では女の子だね、100%」とジェイルは自信満々に答えた。俺にはわからんが、性別鑑定士ジェイルが言うんだ、間違いなのかも。「助け出す方向で、なにかいい方法はないかな」
俺は3人を見た。灰の精霊の情報がなさすぎて、どうしたらいいかまじでわからない。
「灰の精霊ってのはそもそもなんなんだろう」
疑問を口にする。
シゼイが口を開く。
「灰の精霊は、伝説の炎竜の炎から生まれたと言われています。もし操られているのであれば、それ同等の炎を見せれば、正気に戻らなくても、何らかの隙を作ることができるかもしれませn。その、へ、へる、へる」
「ヘルファイアね、ひひひ」
「うるさいよジェイル。時間もないし、シゼイの案で行こう。俺がへ、ヘルファイアを最大で放つから、その隙にジェイルが突っ込む」
ジェイルは剣を抜く。
「ジェイル、私、が、道をつくる」
「大丈夫か?」
ジェイルがノアを見る。「愚問」と言い、ノアは「フォルムチェンジ」と呟き、大盾をさらに大きくした。
「援護します」
シゼイは再び矢を取り出した。
「おっけい、とりあえず、そんな感じで」
杖を構え、気を高める。ありったけの力を込めて。
『ヘルファイア!』
灰の精霊のすぐそばにヘルファイアを放つ。「おお」と我ながらその威力に驚きながら、急激な眠気に襲われる。
辺りの灰が静まり、灰の精霊が、きょろきょろと何かを探しはじめた。ぱんぱんにふくれた顔が、ぐにゃりと歪んでいる。探し物が見つからないと悟ったのか、どす黒い目を閉じ、ゆっくりと口を開けたかとおもうと、今度は叫び声を上げた。泣いているのか怒っているのか、何かの揺らぎを感じる。
ノアが大盾を構えたまま塔から飛び降りる。灰の精霊の、ひと際灰が渦巻く少女らしき物体に向けて。大盾が分厚い灰とぶつかる。灰に押し返され、ノアが吹っ飛ばされる。そこに、道ができた。ジェイルがすぐさま飛び降りる。灰の精霊の両腕が、ジェイルを襲う。が、シゼイの高速の弓がそれを吹き飛ばした。ジェイルは、灰の抵抗を受けながらも、左手に付けた盾を前になんとかその物体にいきつき「薄皮ああああ一枚!」と叫びながら、斬りつけた。
物体を覆っていた灰に、亀裂が出来る。その中から、黒髪の少女が力なく現れた。ジェイルは、なんとか少女を抱きとめる。灰の精霊が、悲痛な叫び声とともにどさりとぐずれていく。支えのなくなったジェイルは、少女を抱えながら落ちていく。
そのとき、地上で白い球体が現れた。
「ジースだ」
シゼイが、安堵の表情を浮かべ言った。
「ふう」と俺が大きく息をつくと「疲れたね」とシゼイがにっこりと笑った。
満身創痍だ、今回は。




