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すとっぷばいざげえむ  作者: ジョブレスマン
33/39

ザック、解放

 オレンジの光が揺れると、風が小さく吹いた。

 大気に何かが舞っている。

 灰か。

 土を踏む音が近づいてくる。

 目を瞑り、大きく息を吸う。

 まだ、消えたくない。

 もう少し。もう少しだけでもいいから、この世界に。

 狂言師の杖を構える。

 大きく息を吐き、目を開く。

 人影が、螺旋の終わりに怪しく揺れている。

 土を踏む音が大きくなる。

 影が揺れる。

 ごくりとつばを飲み込む。


「ああ、よかった」


 現れた見慣れた女シーカーに、ほっと胸をなで下ろし、構えた杖をだらんと下ろす。


「リン、ここに飛ばされてたのか」


「ああ」


 リンが、近づいてくる。顔がちょうど影になっていて、表情が読みとれない。


「見つけられなかったら、オドアドの紐で探そうと思って」 


 と、俺はことばを止める。リンの手首に目が行く。オドアドにもらった腕紐がない。俺を捜すために使用して消えたのか?いや、待てよ。


「ジョブレス」


 とオレンジの光にリンの顔が露になる。

 マスク越しにもわかる、口角がにやりと上がっている。でも、いつもと違う。なんだ、怖い。


「死ね!」


 リンは短刀を振り上げた。

 やばい。


「あぶない!」


 と牢の方から女の声がした。かと思うと、矢が背後から放たれる。

 短刀が俺を斬りつける前に、リンの顔にその矢が突き刺さった。

 リンの顔が灰に変わり、さらさらと崩れていく。

 黒髪の少年が、中から現れた。


「マジックウォールを突き抜けるなんて。雑魚しか牢にいないと思ってたけど」


 少年はにたりと笑い、牢の方を見た。


「しゃがんで!」


 再び女の声が地下に響いた。

 俺は言われるがままにしゃがむ。

 牢より放たれた矢が、再び少年を襲う。が、少年が息を大きく吹きかけると、弓矢は途端に勢いをなくし、地に落ちた。


「突き抜けてくるだけすごいよ。褒めて上げる」


 とりあえず敵っぽいのはわかる。てかこの黒髪少年は、たぶんそうだろう。


「ザックくん、か?」


 呼びかけると、少年は俺を睨んだ。

 取り合ってくれる感じはないが、とりあえず形式的に伝える。


「お母さんと妹さんが心配してたが」


 ザックくんらしき少年の顔が、みるみるうちに強張る。もう一つ聞いておかなければいけないことがある。恐る恐る口を開く。


「君のお姉さん、ウィズさんは?」


 しんと静まり返る。


「僕は彼らとは違う。僕は僕の道を行く」


 ザックは、地面に手をかざす。

 灰がちりちりと舞いだす。

 魔法で攻撃するか、いや、視界が悪くなる前に、ええい。

 バールのようなもの、すなわち狂言師の杖で、少年に攻撃する。

 灰が少年を守るように壁を作る。構わず、そのまま殴る。

 灰で守りきれないと悟ったザックが、横へステップする。


「すごいね、普通のロッドはそんな打撃攻撃力はないってデータにあったけど」


 ザックはにこりと笑った。


「伝説の狂言師IMが使ってた杖だ。なめてもらっては困るね。食らえ、Mチョップ!」


 ザックを殴る。が、灰がどさりと重く、手応えがない。


「マーセナリー、ははは、やっぱり可笑しい。でも、おかしいよね」


 ザックの表情が一変する。


「だって、この世界の人じゃないでしょ」


 ぞくりと背筋が凍る。そのことばにか、ザックの表情にか。どちらにもか。

 ちりちりと音がする。

 灰が舞っている。


『ash to ash』


 ザックは唱えた。

 灰が地下に渦巻く。牢の中から悲鳴が上がる。ザックの高笑いがこだまする。

 疲れが蓄積されていく。

 マーセナリーが消えるってのは、どういう意味だ。

 消える?

 意識が遠のいていく。

 消えるのか?

 リン、ケイさん、シャイディー、エイロン

 だめだ。立っていられない。膝をつくと、疲労感がさらに増す。

 消えたくない。

 ぼんやりとした視界に、オレンジの灯りとそれに照らされた影が見えた。黒い、大きな影。揺れ動いている。

 誰だ。


「うおおおおおおお」


 ジェイルだ。


「くそ、もうか」


 ザックの声。


「まあいい、実験は成功し」


「うおりゃああああああ」


 ジェイルはザックの声をかき消さんばかりに声をあげる。

 どうなってる。

 灰の渦が弱くなり、視界が明瞭になっていく。


「な、なんだお前!」


 とジェイルに掴まれたザックがもがく。


「ガキじゃねえか」


 とジェイルはザックをこつんと殴った。するとザックの体から黒いもやがぶわりと抜けていき、そのまま気を失った。


「大丈夫か、ジョブレス」


「ああ、なんとか」 


 とかいいつつも、疲労が半端ない。巾着にあったヒールキャンディを取り出す。


「これ、結構うまいな」


 キャンディはひんやりとしていて、舌との温度差が心地よかった。

 疲れは少し取れたが、ゲームのように回復薬で簡単に全快とはいかないようだ。

 深呼吸をして、ジェイルの肩を借りて立ち上がる。

「歩けるか?」と珍しく心配そうなジェイルに「ん、大丈夫よ」と少し強がる。

 灰は完全に収まっている。


「お前一人か?ジェイル」


「私も、いるけど」


 ジェイルの背後から、ずいと少女が顔をだした。


「うわ、ノアちゃん、いたのね」


 言いながら、牢の方を振り返る。

 憔悴しきったマーセナリーのなかに、弓を持って毅然と立っているポニーテールの女が一人。あの弓は、水滸伝シリーズの武器、『游子弓』。ゲームに入ってすぐに見た、あの女の子だ。


「シゼイ!」


 ノアが、出会って初めて大きな声をだした。


「ノア!」


 ポニーテールの女が反応した。


「あなた、いつも、いなくなる」


「ごめんごめん、ノア。心配かけたね。今回ばかりはどじっちゃった」


 割と元気そうなポニーテールの女、シゼイとは反対に、「早く、早くだしてくれ、お腹がすいて。消えちまう。消えちまう前に」と牢の中のファイターらしき男が弱々しく言った。他のマーセナリーも口々に弱音を吐く。怖い、腹が減った、消えたくない、早く出してくれ。


「お、あんたは、五郎だったか?なにがあった?」


 とジェイルが三郎に声をかけた。


「さ、三郎です。この町にきて、灰に襲われて、牢にいれられて。それから、それから、マーセナリーが、牢の中に居たマーセナリーが、突如消えてしまったんです」


「消えたってのは、どういうこった?五郎」


「三郎です。そのままです。4人が、ほぼ同時に消えたんです」


「三郎さん、その4人に共通点は?」


 俺の問いに、三郎はうーんと考え込む。

 他のマーセナリーが、口を開く。


「あいつらは、同じクランだった。それと、一番先に閉じ込められてたやつらだった。俺はまだ消えたくないんだ、早く出してくれ」


 考察の前に、この場をなんとかしないとね。しかしこの牢は壊せるとして、透明なシールドのようなものはどうすれば。


「これ、私、見たことある。この世界の魔法使いが、使ってた」


「どうすりゃいいんだ、ノア」


 ジェイルが問うと「同じ場所に、双方向から強い攻撃を加えれば、壊れる。はず」とノアが小さな声で答えた。


「この辺でいいか?」


 ジェイルは剣で透明な壁を確認し、一点を示す。


「そうですね」とシゼイは弓を構えた。


「ちょ、ちょっとまて、これめっちゃこわいぞ」


 ジェイルは、弓を構えるシゼイを見て言った。飛んでくる矢に向かっていくのはそりゃコワイだろう。魔法の方がいいな。


「俺がいくよ」


「大丈夫か、ジョブレス」


「眠気はないから、MPはかなり残ってる」


「えっと、じゃあ、すみません、そちらのタイミングにあわせます。え、あれ?その衣装、水滸伝シリーズの装束?」


「え、ええ!そうなんですよ!その弓も、水滸伝シリーズの?」


 気づいてくれた!初めてこの衣装に触れられた!


「そうなんです!まさか水滸伝ガチャ引いてる人いたんですね!」


「ええ、僕も自分以外にいるなんて!」


「は、はやくしてくれぇ」


 息絶え絶えのファイターに二人して「ごめんなさい」と謝る。

 ロッドを構え、気を集中させる。


『ヘルファイア!』


 炎と矢がぶつかる。衝撃音と同時に、大きな火花が散る。


「消えた」


 ノアは壁のないことを確認し、小さく呟いた。

 ジェイルが木の格子を叩き割ると、


「やった、出られた!やったぞ!」


 とマーセナリーたちは、おぼつかない足取りで次々と出て行く。


「お、おい、まだ外はやべえぞ」


 ジェイルの静止も聞かずに、次々と階段を上がっていく。


「ありがとうございます、ジョブレスさん、みなさん」


 ケモナー、いや、アニマルプラネットの面々がでてくる。わかりやすく、みんな動物の装備をしている。


「大丈夫ですか、三郎さん」


「ええ、なんとか、ジョブレスさん。ただ、この三日飲まず食わずだったもので。なぜか乾きはないのですが、空腹がすごくて」 


 ほらよ、とジェイルが巾着に入れていた干し肉をアニマルプラネットの面々に渡す。


「あ、ありがとうございます。えっと」


「ジェイルだ。帰ったらビール奢れよ、五郎!」


「はい!」


 いいのか、三郎よ。


「あ、あの、その装束は」


 シゼイが、俺の方を見て言った。


「これは、公孫勝の来ていたとされる妖術師の装束で。その弓は、まさかあの『游子弓』?」


「そうなんです!花栄が使ってた弓で、まさか水滸伝ガチャがあるなんて最初は本当に驚いて」


 三国志好きは多いんだけど、水滸伝って話せる人少ないんだよね!テンション上がっちゃう!


「シゼイ、急がないと」


「ごめん、ノア。急がないとね」


 シゼイに続き、「ごめんごめん」と俺も謝った。テンション上がってる場合じゃないね。


「いくか。まだ外の灰は収まってねえぜ、たぶん」


 とジェイルはザックを背負い、階段を上がっていく。

 上りながら、シゼイとアニマルプラネットのメンバーに外の様子と今までの状況を簡単に説明する。


「ごめんね。私のせいでジースとルドルフが」


「シゼイ、無事で、良かった。みんなそう、思ってる」


 ノアのことばに、シゼイは「ノアノア〜」とノアに抱きついた。ノアは「重い」と呟いた。

 階段をのぼり、地下から出る。相変わらず屋根が近く、四つん這いになる。


「で、どっち向かうんだ?」


 ジェイルは振り返った。


「ジースを探したいが、とりあえず塔に上って上から探すか」


 と同意を求めるように、俺も後ろを見た。特に意見がなさそうだったので、建物の奥にある塔のほうへと進んでいく。教会内にジースの姿はなかった。牢屋から逃げ出したマーセナリーたちも。彼らはどこへ行ったんだろう。


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