消えたマーセナリー
「ひゃっぽう、最高だぜ!」
幾ばくか歩いたところで、ジェイルの声が聞こえた。
足早に向かうと、戦闘中のジェイルとノアがいた。
ノアの盾が青く光っており、そこに数体の灰ゾンビが集まっている。その横から、ジェイルが剣を振り下ろす。
「おう、お前ら、無事だったか」
もう一体の灰ゾンビを切りながら、ジェイルが言った。
「あれ、死なねえな」
ジェイルは再度灰ゾンビに切りかかる。が、再び復活する。
「へそだよ、へそがコア、弱点だ」
俺が言うと、「あ、そうなの」とジェイルはへそを突刺した。灰ゾンビが崩れさる。
「どうやって倒してたんだよ」
「いや、一刀両断してたら死んでったからさ。10体はやったぜ。なあ、ノア」
「うん」
ノアはこくりと頷いた。
なんかいいコンビになってる。
「ははは、ルドルフが嫉妬しそうだな。とにかく無事合流できてよかった。さて」
ジースは、地面に埋まった大きな建物を見た。
町のシンボルだっただけあって、相当な敷地面積を有していたことが伺える。塔部分は地面からせり出したように一等高くなっており、その最上階には古びた鐘が見えた。下半分が地面に埋まった、半楕円の空洞がいくつかに地上に浮き出ている。当時は美しいステンドグラスでもはめ込んであったのだろうか。覗き込めば中の様子がわかるか?頑張れば入れそうである。
しゃがんで中をのぞこうとしたとき、光が射した。
光?上空を見る。
「晴れたな」
空を覆っていた灰が消えていた。辺りに灰が舞っている様子もない。
地面に埋まった大きな教会、村の背後に佇む雄大なパナラボ山。観光地だったというのも頷ける。
久しぶりに澄んだ空気を吸い込む。清々しい。
「ルドルフたちはどこだろうか」
ジースは誰に言うでもなく言った。
全く見当がつかない。ワープ系の魔法か。そんな遠くまでは飛ばせないとは思うのだが。オドアドの紐でリンの居場所を調べるか。しかし一回きりだしもったいないような。
「おいおい、そんな悠長なこと言ってる場合でもなさそうだぜ」
とジェイルは剣を抜いた。
ジェイルの視線の先、教会の上空を見る。
灰色の巨大な塊が教会の背後に蠢いている。段々と、一つの形に象られていく。
枝のように伸びた二つの腕、パンパンにふくれあがった大きな顔。
ゆっくりと口を開くと、辺りに灰をまき散らす。
慌てて口を覆う。視界が悪くなる。
「灰の精霊だ!」
ジースが声を上げた。精霊?って悪いやつなの?
俺の心の質問に答えるように、ジースが言う。
「精霊はよっぽどのことがない限り敵対しない。なにかがおかしい!」
「んなこと言ってる場合か!」
ジェイルが灰の精霊に切り掛かる。
どさりと砂を切ったような音がする。斬りつけた部分は、すぐに灰で修復される。
「だめだ、精霊にはコアがない!灰そのものなんだ!」
「じゃあどうすりゃ」
ジェイルは態勢を立て直す。
灰の精霊は、おもむろに両手を上げた。地面がちりちりと音を立て始める。大気中に舞っていた灰が集まり、灰ゾンビに象られていく。精霊がゾンビを作り出す、とは。やはり何かがおかしい。が、思考している暇はない。
灰ゾンビが襲ってくる。ジェイルは俺を守るように盾を構える。
「ジェイル、俺はいい。ジースのホーリーライトの時間を稼ぐんだ」
「ジョブレス、そりゃノアに失礼ってもんだぜ」
ジースの前で、ノアが盾を構えている。ノアの盾が青白く光ると、吸い寄せられるように灰ゾンビが3体寄ってくる。
『フォルムチェンジα』
ノアが唱えると、盾は細長くなり、先端部分が尖っていく。その尖った部分を灰ゾンビに突刺す。
「おお、すげえ」
観戦気分で感嘆の声が漏れた。大盾ってあんなんできたの?なんで大盾人気なかったんだ!
『ホーリーライト!』
ジースは唱えながら、ロッドを突き出した。白い球状の光が辺りを覆う。
灰ゾンビが消えていく。
灰の精霊は、再びおもむろに両手を上げる。再び灰ゾンビが現れる。
「きりがねえ、どうする、ジョブレス」
ジェイルは俺を見た。
灰ゾンビが10体以上はいる。一旦引くのが懸命か。
大きく何かを吸い込む音。
なんだ。
灰の精霊の方を見る。ぱんぱんの顔が、さらに大きく膨らんでいる。
「逃げろ!」
ジースが叫んだ。
「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
と灰の精霊が、そのぱんぱんに膨らんだ中身をぶちまけた。
山鳴り?地鳴り?体の芯から揺さぶられるような、大きな波動にさらされる。一瞬遅れて、突風がくる。さらに一拍置いて、灰の雨が鞭のように打ち付ける。
どっと疲れが押し寄せる。
風が止まない。辺り一帯に灰が舞っていて、一寸先も見えない。口も開けられない。
ジースは、ノアは、ジェイルはーー。確認できるほどの余地はない。
疲労がたまっていく。
風に押され、右へふらつく。足がずるりと滑る。足下を見る。教会の空洞ーーー入れるか。体をねじ込み、なんとか入り込む。外の様子を伺うが、灰の竜巻はやみそうにない。塔の部分へ行ければ、上から様子が確認できるかもしれない。四つん這いのままに、薄暗い教会内を進んでいく。
前方から薄く光が漏れている。塔の方だろうか。いくらか進んだ先で、こつりと、右ひざに固い物があたった。ここだけ土の地面ではなく、格子に組まれた鉄の枠になっている。格子の下に目を凝らす。土の凹凸ができており、階段のようになっている。地下があるのは明白だ。気にはなるが、外の状況は一刻を争う。そのまま進もう。
「ーけて」
遠い声が聞こえた。弱々しくも、しかししっかりと残響している。
地下からだ。
辺りを見渡す。敵らしき影はない。声の主がマーセナリーなら仲間が増えていいが、しかしこの感じだと手負いの可能性が高いな。
「たすけて」
今度はしっかりと聞こえた。
ええい、ままよ。
格子を持ち上げる。結構重い。頼りない土の凹凸を足場に、急な斜面を降りていく。螺旋状になっており、傾斜が段々と緩やかになっていく。
オレンジの明かりが怪しく光っている。
「ああ、助けてくれ!」
壁にかけられたオレンジのランプ。その向こうに、木の格子があった。中にはマーセナリーらしきものたちが、10人はいるだろうか。奥までは光が届いていないので、もう少しいるかもしれない。
「助けてくれ」
わらわらと格子の方へマーセナリーたちが寄ってくる。憔悴しきったような顔、しかし俺が来たからか、どこか表情に明るさも見える。
これぐらいの木なら壊せそうだが、と格子に触れようとすると、何かに触れて反発を受けた。格子以外に、透明ななにかが魔法で張られているのかもしれない。
「ジョ、ジョブレスさん」
聞き覚えのある声だった。あの変な角の付いた頭は。
五郎だ。
「バッファロー三郎です」
「三郎さん、こんなところで」
最初の頃に商店区で会って以来か。相変わらずバッファローのヘルムをしているが、あのときよりも精気が感じられないというか、やつれたというか。
「消えて、消えてしまったんです」
消えた?他のマーセナリーたちも、口々に話しだす。
「そうだ、消えちまったんだ」「早く、早くたすけて、私たちも消えてしまう」
「えっと、何が消えてしまったんですか?」
三郎が、悲壮感露に言う。
「マーセナリーがです、一緒に捕まっていたマーセナリーが、消えてしまったんです」
オレンジの光が揺れると、風が小さく吹いた。
大気に何かが舞っている。
灰か。
土を踏む音が、地上から近づいてくる。
目を瞑り、大きく息を吸う。
まだ、消えたくない。
もう少し。もう少しだけでもいいから、この世界に。
狂言師の杖を構える。
大きく息を吐き、目を開く。
人影が、螺旋の終わりに怪しく揺れている。
土を踏む音が大きくなる。
影が揺れる。
ごくりとつばを飲み込む。




