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すとっぷばいざげえむ  作者: ジョブレスマン
30/39

地図にない集落

 木漏れ日が道に揺れている。しとやかな風が心地よい。

 リンとルドルフの間はひびが入ったかのように空気が悪いが。


「エイロンくん、だいぶごねてたね」


 ジースが苦笑いした。


「まあ、行きたい理由も不純だったし、いいでしょ」


 すまんな、エイロン。

 エイロンに宿での待機をつげると「ノアたんは俺が守るんだ、俺も連れて行くんだ!」と言い張った。灰の竜巻やレベルの高い灰ゴブリンぐらいならいいのだが、宿にて他のマーセナリーから「サントンでマーセナリーがガチで消えたって噂だぜ。お前らも気をつけていくんだな」と忠告されたからだ。さらに街で情報収集を行ったが、それ以上の情報は得られず。消えた=灰の竜巻に飲まれた、なのか、他になにかあるのか。灰の竜巻を考えると、メンバーが分断されることも考えられる。今回はまじでプレイヤー自身に危険が及ぶ可能性がある。


「カー!カー!」


 ヤタが俺の肩に止まった。主人の名前が出て来たので反応したのか。

 もしも俺たちに何かあったときは、ヤタがすぐさま宿へと戻り、エイロンに危機を知らせる。その役割をエイロンに説明すると、「ふむ。それがノアたんの危機をたすけるのなら」と渋々ながらに納得した。

 バチバチと悪い空気のリンとルドルフ、朝っぱらからビールを飲んで最後尾であくびをしているジェイル、黙々と歩き続けるノア。チームプレイは期待できそうにないな。


「この川がそうかな」


 ジースは地図を見ながら呟いた。

 川が蛇行している。ジースを先頭に、川をのぼっていく。

 畑がぽつぽつとある。その先に、小さな家、というか小屋といえばいいのか、が、いくつか見えた。


「たぶんここが、地図にない集落」


 ジースは地図をたたんだ。

 アンヘーレから少し離れた森のなかである。街の人から集落の存在を聞いたジースが、一度寄ってみようと提案した。情報収集にいいだろうと乗ったわけだが。


「なんかさびれてるな」


 集落全体から陰鬱な雰囲気が漂っている。街の人いわく、サントンに住んでいた一部の人たちが作った集落なんだとか。それ以上はあまり話してくれなかったが、何か訳ありなのかもしれない。

 川沿いの畑に、老夫婦がいた。


「あの〜こんにちわ」


 ジースがぺこりと挨拶をする。

 老夫婦は、俺たちを一瞥すると、無言のままに畑仕事に戻る。


「うーん、警戒されてる感じかな」


 ジースは頭をぽりぽりと掻いた。

 小川で、手ぬぐいを頭に巻いた少女と母親が洗濯をしている。微笑ましい光景なはずだが、なんとなく陰鬱で、話しかけづらい。それはジースも同じようで、俺と目が合い、苦笑いした。

 任せっきりでは悪いと、大きく鼻から息をすったとき


「は〜い、お二人さん、僕も手伝いましょうか?」


 ジェイルがいい意味で空気を読まずに声をかけた。

 ぴくりと母親は反応したが、再び服を洗い始める。少女も俺たちをちらりと見たが、母親の手伝いを再開した。

 第二声は発しやすい。


「警戒されるのも何か理由があるのでしょうが、ただ、助けてほしくて。仲間がいなくなってしまったのです。なにか最近この辺りであったおかしなこととか、なんでもいいので情報がほしいくて。できればこの先にあるサントンという村の」


 やや早口になってしまった。

 川音がむなしく響く。

 ジースと顔を合わせ、再び苦笑いする。引き返そうとしたそのとき、少女がこちらを向いて「お、お姉ちゃんと、お兄ちゃんが」と震えた声で言った。「何かあったのですか?」ジースが間髪入れずに問いかける。母親は「やめなさい」と言うと、洗濯物を持って立ちあがった。少女も俯きながら、母親に付いていく。川沿いから上がってくる道が一つしかなく、二人はこちらへ向かってくる。母親は、なるだけ感情を出さないように無表情を作っているように見える。


「カロヤの村とは大違いだな」


 ジェイルが呟いた。

 カロヤじゃ結構な歓待を受けて酒ばっか飲んでたな、とオドアドにもらったピンクの紐を見て思った。 


「そ、その腕のひもは?」


 すれ違い様に、母親が言った。


「え?ああ、これは、オドアドという魔法使いからもらったもので」


「オドアド、オドアド様は生きておられるのでしょうか」


 態度一変、興奮気味に母親が詰め寄ってくる。「ええ、まあ」とたじろぎながら答えた。


「家へ付いて来てくだされば、お話しできることがあるかもしれません」


 にごしたように言うと、母親は少女とともに足早に通り過ぎていく。

 ジースとアイコンタクトをとり、無言のままに二人の後に付いていく。

 日は頂点にある。


 お世辞にもいい家とはいえない、土壁の平屋におじゃまする。


「適当にどうぞ。なにからお聞きし、なにからお話ししましょうか」


 母親は、お茶を出しながら言った。

 丸テーブルに椅子が5つある。そばに木製の縁台があり、適当に座る。

「失礼」と断って、母親は頭に巻いた手ぬぐいを取った。ウェーブのかかった黒髪が肩口まで伸びている。倣って、少女も手ぬぐいを取る。母親と同じウェーブのかかった黒髪が、奇麗に舞った。エイロンが居なくてよかった。


「あー、ではまあ、そちらが気になることからお聞きしていただいて」


 俺はお茶を一口すすり、言った。


「そうですか。それでは、オドアド様とはどこで?なぜあなたたちがその布をお持ちに?」


 母親の問いに、俺はカロヤでの出来事を簡単に説明した。母親は、「そうですか、よかった、お元気なのですね」と初めて嬉しそうな顔をした。そんな母親を見てか、少女もにこりと笑っている。


「あの、どうしてこの紐を見てわかったのですか?」俺が問うと、少女は嬉しそうに


「その布は、私たちウィザの一族が魔法をこめるときに」と言いかけ、はっと母親の方を見た。


「ネイル」


 小さく、しかし怒りのこもった声で、母親が少女を睨んだ。「ごめんなさい」とネイルと呼ばれた少女は、しゅんと小さくなった。


「魔法?あんたら魔法使えんのか」


 ジェイルは空気を読まずに訊ねた。母親は一度ため息をつき


「ええ、そうです」


 と答えた。


「隠す意味あるのか?」


 とジェイルがあっけらかんに問うと母親は


「ふふ、面白い方ですね。オドアド様が気に入る理由もわかる。オドアド様のお知り合いというのであれば、特段問題はないでしょう。いろいろと、わけがあるのです」


 と話しはじめた。

 彼女たちウィザの一族は、もともとはサントンの村に住んでいた。魔法の使える彼らは、村で畏敬の念を持って接せられていたが、パナラボ山の噴火によって村に被害が出ると状況が一変する。彼らが原因なのではないか、と根も葉もない噂が流れたのだ。もともと一族を目の敵にしていた人々もおり、あっという間に噂はアンヘーレにまで広がったという。サントンが灰に埋もれ住めなくなると、一族は地図にない集落を作った。魔法については禁句のようになっており、普段の生活でも魔法は使用しないようにと集落の長たちが決めたという。

「オドアドとの関係は?」と問うと、オドアドは遠い親戚で、魔法使いの中でも別格らしく、度々村を訪れてはいろんなものを持って来てくれるという。最近はめっきり来なくなっていて心配していたということだった。


「私の疑問は解消されました」


 最初よりはずいぶん柔らかな雰囲気で、母親は言った。オドアド様様々。

 ジースが満を持して口を開く。


「サントンでマーセナリーが消えた、という噂が広がっています。そして僕のクランメンバーも。この辺りでなにか異変は起きていないかお聞きしたい」


「火山以降私たちはサントンに寄っていません。集落自体閉鎖的なので、情報も入って来てはいません。この辺りの異変というか、ただ、ただ、」


 冷たくも柔らかくも、常に毅然としていた母親が、涙をこらえて言葉に詰まる。

 少女は俯いている。ぽとりと涙が手の甲に落ちたのが見えた。

 母親は、重い口をなんとか開く。


「私の娘と息子が、いなくなってしまったのです」


「もしよろしければ、お二人の年齢や性格などと、その前後の状況などを教えていただければ」


 ジースが丁重に問うた。


「姉のウィズが15、弟のザックが13です。ザックは村の掟に反発的で、魔法を使いたいと常日頃言っておりました。村を出たい、とも。ザックがいなくなってひと月が経ちます。探しにいくといってウィズが半月ほど前に村をでました」


「村のやつらは、あんたは探しにいかなかったのか?」


 ジェイルは間髪入れずに訊ねた。


「一族では、13で成人と見なされます。この集落をつくったときに、出るものは追わず、と全員で掟をつくりました」


 13で成人か。20も半ばに近い俺は両親にどれだけの迷惑を。んなことはどうでもいいんだよ今は。


「自分の子どもでも?」


 ノアがこの家に来て初めて口を開いた。


「ノア」


 といさめるようにジースは言った。


「いえ、探すべきだったのです。今も、探しにいくべきなのです」


 と母親はただ俯く。


「だって、それは、私がまだ小さいから」


 と今度はネイルが俯く。

 「ごめん」とノアが俯く。なんかわからんけど、リンとルドルフも俯く。ルドルフ意外としゃべらねえなこういうとき。とりあえず俺も俯いとく。


「まあまあ、元気に行こうぜ。サントンにいるだろ、探してくるよ」


 ジェイルは高らかに言った。その根拠なき自信をわけてもらいたい。


「情報提供ありがとうございます。サントンでお子さん二人の行方も探ってみます」


 ジースが立ち上がろうとすると、「あと」とネイルが口を開いた。


「お兄ちゃんは、出て行くちょっとまえぐらいから、変な人と遊んでた」


「変な人と遊んでた?」


「うん。森の中で見た。壷を持った小柄なおじいさん」


「一度集落にも来ておりました。フードを被っていたので顔はよく分かりませんでしたが。やたらと魔法のことについて集落のものに訊ね回っていました。ザックにはあまり関わらないよう言っていたのですが」


 申し訳なさそうに母親が言った。

 壷を持ったフードを被ったおじいさん。ぞくりと悪寒が走った。どこで見た、どっかで見たぞ、たぶん。

 礼を言って家を出た。

 少し離れたところに、老夫婦がいた。俺たちを確認すると、さっと目をそらした。

 日は隠れ、雲は暗い。


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