ぼっちのシーカー、リンとマーセナリー登録
バーのような、しかし居酒屋のような大衆感もある。なんでも24時間営業らしい。
「うっめー、なんだこれ?なんの肉よ?くったことねえぞこんなの。はっはっは」
加え髭に黒いハット、モノクロをした上品なじいさんが、肉にむしゃぶりつく。
「エイロン、お前情緒不安定か」
と言いながらも、エイロンの気持ちもわからなくはなかった。この世界に来てすぐはわくわくしたものの、不安感は徐々に増していた。しかし、お腹が満ちれば一気に安心感が涌き出る。それにしても、なんの肉だこれ。うまい。とろふわステーキとかいう、デザートっぽい冠詩がついたメニューだが。
はあ、くったくったとお腹をさするエイロンに、俺が訊ねる。
「で、エイロン、なんでお前はあんなに狂乱してたんだ?」
「そうだった!そうなんだよ。ジョブ、俺は帰りたいんだよ!大賞が決まってつぎの漫画寝ずに漫画描いてたんだよ!あの編集、駄目だしばっかしやがって!ていうかあいつのダメだし無視してだしたのが大賞になったんだぜ?それなのによ、ってまあいい。疲れてうとうとしてたんだよ。じゃあなんか知らんけど気づいたらこっちにいてよおおお。いや、確かに逃げ出したかったよ、でもよ、帰らせてくれよ!連載も間近だぜ!?今この瞬間もあのくそ編集から電話きてるかもしれねええしいい。こええよおどうやって帰ればいいんダアアア」
とハット越しに白髪をかきむしる。やはり情緒不安定だ。というか今更だが変なアバターにしたなこいつも。
「まあまあ落ち着けよエイロン。ちょっとはこの世界を楽しもうぜ」
ビールをぐびりと飲みながら、ジェイルは言った。
ポジティブとネガティブに挟まれ、どちらの感情も混ざる。帰れるのだろうか、しかし帰ったところで俺はあれだし、いっそのこともっと気楽にたのしんでも、でも帰れなかったらそれはそれでやばいし、そもそもこの世界が安全なのかもわからないし、、、
「腹も膨らんだしよ、とりあえず街の外に出てみようぜ。じっとしてても帰れねえぜ?エイロン」
ジェイルのことばに、エイロンはしぶしぶ立ち上がる。
さて、このまま街の外に出てもいいものか、立ち上る不安。
「いや、さすがにもう少し情報収集必要じゃね?ジェイル。回復薬とか、傷負ったらどうなるかとか」
「お前は本当、ゲームでも慎重だな、ジョブ。まずは外に出んことには何も始まらんだろ」
「大胆過ぎんだよ、お前が」
「あのー、、、」
背後からの女性の声に、三人同時に振り返る。
銅のアーマーに、細身の剣を差した華奢な美女が立っている。プレイヤーだろう、NPCにこんなキャラはいなかったはずだ。
「どうしましたか、お嬢さん」
すっと女性の方に体の向きをかえ、ジェイルは言った。ゲームとはいえ、女慣れが出る。
「今朝こちらに来られた方たちですか?」
落ち着いた声で、女剣士は訊ねた。
今朝、ということは、俺たちより前にもプレイヤーがこの世界に来ているのか。でも、なぜ今朝とわかった?
なんて考えているうちに、「ああ、そうなんだ。きみも現実世界からきたプレイヤーなの?」とジェイルが訊ねた。
「ええ。少し前にきました。みなさん、マーセナリー登録はお済みになられましたか?」
「マーセナリー登録?」とエイロンがアホ面で聞き返す。
「まだでしたか。マーセナリーは、国防省の情報局が管理しています。そちらでマーセナリー登録後、クエスト受注や報酬受け取りなどが可能になります。ほかにも、必要な情報が得られると思いますよ」
「へー、その情報局ってのはどこにあるんだい?」
「正面向かって、神殿の右手にある建物が国防省の建物になります。そちらの2階に、情報局がありますあっと」
ピピピと、なにかの発信音が女剣士の甲冑あたりから鳴った。
「すみません、私はこれで行かなければなりません。とりあえず、情報局へ足を運んでみてくださいね」
にっこりと女剣士は笑った。
さっきまでなきじゃくっていたエイロンは、にんまりと気持ち悪い顔をしている。
「ありがとう!」とジェイルは女剣士に言った。
「あの、あなたは、本当にプレイヤーで?」
去り際の女剣士に、違和感を直接ぶつける。
女剣士は振り返り「ええ、そうですよ!今はクランのものに呼ばれたので。また会えるでしょう!では!」とやや足早に去っていった。
「どうしたんだ?」とジェイルの問いに、「いや、なんか説明臭いなと」と答えた。「そういえばそうだったな」本当にそう思ったのかどうか、次には、「さ、情報局へいざゆかん!」とジェイルは息巻いていた。
「いやあ、かわいいなああの子!」
にやけ顔のやまないエイロンに、「おい、早くいくぞえろじじい」と急かした。こいつ、昔から感情の変化の激しいやつではあったが。漫画の描き過ぎか、輪をかけて変化が激しくなっている。
ーーーー
岡の麓にあるアゴラまでやってくる。クエストボードの周りには、人だかりができている。
「あれが国防省か。あんなんあったっけか?」
ジェイルは、神殿の右手にある建物を指した。
「いや、ゲームしているときはなかったな。やっぱ、ちょっと違うんだろうよ。ログインボーナスももらえなかったし」
橋上でのイザとジェイルのやりとりを思い出しながら、俺は答えた。
階段をのぼり、岡を上がっていく。神殿には入らずに、右手に回っていく。国防省は神殿よりは小さいが、それでも石造りの立派な建物である。ジェイルがノックを2度して、「こんにちわー」と扉を開ける。挨拶はかかさない。さすが社会人である。
一階はがらんとしていた。白いローブを着た女が歩いている。2階の回廊から声がする。扉の右手にある半螺旋の階段を昇って二階に向かう。
ある一室に向かって、マーセナリーらしきものたちの列ができていた。
白いローブを着た女が、駆け寄って来て言う。
「マーセナリー登録でしょうか?」
「ええ、そうなんですが、並んでますね」
ジェイルがにこやかに答えた。
「そうなんですよ。今日は少し多いですかね。申し訳ないのですが、少しお待ちしてもらうことになります」
「ああ、全然大丈夫ですよ」
ジェイルが笑顔のまま返すと、白いローブの女は小さく会釈をして小走りで去っていった。
最後尾に並ぶ。黒髪に黒いマスクをした、身軽そうな格好の女が前に並んでいる。腰にワイヤーとナイフを差している。シーカーか。周りに仲間らしきものはいない。ソロでシーカーは見たことがないが。とりあえず何でもいいので情報がほしいところ。
「はーい、お姉さん」
ジェイルが慣れた様子で声をかける。
「なに?」
女シーカーは、ぎろりとジェイルを睨む。
めっちゃ怒ってる。ジェイルもさすがにちょっと止まる。エイロンが、にやりと笑いながら、「ぼ、ぼっち?はは」
駄目だ、こいつ!
「い、いや、こいつはちょっと頭のねじがーーー」
ジェイルがフォローする前に、エイロンが吹っ飛んだ。
「なんだこのじじいい!初対面でこの糞!死ね!」
女シーカーは、マスク越しにもつばが飛んできそうなほど、怒った。
「いや、お、俺はまだ23だ!」
エイロンは、頬を抑えながら言った。
「リアルの話してんじゃねえよ!見た目じじいじゃねえか!」
こいつネカマかな?口調が荒い。しかも、多分まじでぼっちだな。にしてもそんなに切れるかね。
さすがのジェイルもそれ以降は話しかけず、しゅんとなっているエイロンと三人静かに順番を待った。
「次の方、どうぞ」
白いローブの女が、女シーカーに向かって言った。
「あ、次の三人の方も一緒にどうぞ」
女シーカーが俺たちを睨む。気まずい。俺たち三人も黙って一緒に入っていく。
白髪の、これまた白いローブを着たじいさんが座っている。その隣には、なんだあれは。空港にある金属探知機のようなものが置いてある。なんか世界感壊れててやだな。
白ローブのじいさんが、ため息をつきながら、「今日は多いのう、エリー」と言った。
感じの悪いじじいだな。
エリーと呼ばれた白いローブの女が「そうですね、ラインバーガー副長官」と相づちを打った。長い名前だ。
「で、えっと次は、名前とジョブとクラン名言ってくれる?」
「な、名前はリン。ジョブはシーカー。クランは入ってませんが」
マスク越しのくぐもった小さな声で、女シーカーが言った。さっきの威勢はどうした。それにしても、思ったよりかわいい名前である。
「ん?クラン入ってない?ソロなの。ソロでシーカー?珍しいのう。ははは。大変だのうそりゃははは」
「え、ええ、そうですねえ」
女シーカー、リンが明らかにキレながら答えた。
「はい、じゃあここ通ってくださいね」
エリーがリンを誘導する。
「あ、あの、装備とか脱がなくても?」
リンは、戸惑いながらもエリーに訊ねた。
「ひゃっはっは、いや、そういうんじゃないぞそれひゃあっはあ」
「ラインバーガー副長官、笑わないであげてください!ええ、大丈夫ですよ、金属探知するものではありませんので、こちらはマーセナリー様の装備や個体レベルを計るものですので、まあ探知する点では一緒かもしれませんが、そのままで、というかそのままのほうが、ええ、あの、副長官はこういうかたなので気をわるくせずああ、おやめに」
「こんの、ハンバーガー野郎が!」
「うぎゃあ」
リンのパンチに仰け反り、椅子から落ちるハンバーガー長官。副長官だっけか。
リンは、無言で装置をくぐる。
ほう、とハンバーガー副長官は、椅子に座り直しながらなにやらタブレットなるものを操作して感心する。
「ソロプレイしてるだけあるようじゃのう」
「ふん、当然だハンバーガー」
「ラインバーガーじゃ。はい、お前さんはちょい待ってて。次」
ハンバーガーのことばを受けて、エリーが俺たちを促す。
「じゃ、俺からいくぜ。名前はジェイル。ジョブはファイター」
「クラン名はなんじゃ?」
「クラン名はbloody dollsだ!」
「ださ」
腕を組んで壁にもたれかかっていたリンが言った。
「うるせえ!」
ジェイルが怒る。俺は頬を赤らめる。実はクラン名を考えたのは俺だ。ジェイルも絶賛していたが。
「ブラッディドールズね。まあ、字面はそこそこださいくらいじゃ」
ラインバーガー副長官が、タブレットに指を走らせる。
ジェイルは、ラインバーガーのタブレットを覗き込む。
「おいハンバーガー」
「わしはラインバーガーじゃ」
「カタカナじゃなくてローマ字だ。あと、クロスが足んねえぞ」
「クロス?」
「bの前とsの後ろに十字だ。十bloody dolls十」
「ひひひゃはは、字面もよっぽどださくなったわい」
副長官、リンにとどまらず、エリーまでも笑っている。
十字を足したのはジェイルの案である。さすがのジェイルも顔を赤らめる。
「なんでお前までわらってんだよ!」
ジェイルが腹をかかえるエイロンを小突く。俺は笑えない。十字案を絶賛したからだ。
笑いの収まらない副長官やエリーの指示をまたずに、ジェイルはさっさと装置をくぐった。
「ひひ、ほうほう、まあまあクラン名は置いておいて、お前もなかなか。ほい、次、次」
位置的に俺か。
「えっと、名前はジョブレスマン」
「じょ、ジョブレスマン、はっはっはリアルだだ漏れ。はひはひ」
なぐりてえこの副長官。
「で、ジョブとクラン名は?」
「ああ、キャスターで、クランはジェイルと同じです」
「いや、ほら、ちゃんと申告するんじゃ、クラン名。ほれ。ちゃんと言わないと登録できないよ〜」
「意地の悪い」とエリーが笑いながら副長官に言った。
うぜえ。
「ブ、ブ、ブラッディドールズ」
リンがひっひと笑っている。エイロンも。
「ねえねえ、『ブラッディドールズ』これでいいの?どうやってかくのお?」
ラインバーガー副長官が、タブレットを見せてくる。
俺は小声で、「ローマ字で、クロスが、ふたつ足んないっす」と言った。副長官がげらげらと笑う。ああああ。
俺は、両の手でラインバーガーの顔をハンバーガーにして、言う。
「おい、お前は今日からハンバーガーだ」
「ふぃっす、ふ、ふんまへん」
すっきりした俺は、さっさと装置をくぐる。
「ほうほう、お主もなかなか。はいつぎ」
「へい!名前はエイロン、ジョブはサモナー、クラン名は、くっくっく、ひっひっひ、ブ、ブラッディド、はっはっはは、言えねえ、ださすぎていえねえっっっひい」
「自分のクラン名に何笑ってんだよ!」
「いや、すまんすまん、ジョブレス。改めて言われるとださいな。ブラッディドールズ!」
とエイロンは、装置をくぐる。
「ん?お前だけ弱くね?」
ハンバーガーがタブレットを見ながら言った。
「え?そんなによわかったっけおれ?まあ最近してなかったしなあ。あ、あとハンバーガー、俺のグリモワールが白紙になってんだけど」
「ああ、そうだ、説明忘れてた。サモナーの召還は白紙からになるの。ソーリーソーリ」
「えええ?俺のデーモンは?ウリエルは?」
「いやー、なんか召還できなくてさあ、申し訳!」
白髪のじじい同士の会話なんだが、口調と格好に明らかなギャップがある。エイロンはわかるが、ハンバーガーはもっとキャラ作り頑張れよと。
「その代わりに、モンスターを捕まえて、6体まで召還できるようにしといた!」
「それもう違うゲームじゃん!てかそれじゃあサモナーじゃなくてテイマーじゃね?!おれは天使とか、悪魔とか!そういうのを術式使って出したかったからサモナー選んだんだよ!」
「うるさい!最近やってなかったくせに生意気じゃぞ!そのグリモワールに6体まで契約できるから!ちなみに、6体までだから!それ以上契約できないし、一度契約しちゃうと破棄できないから!慎重に6体選んでね!」
「いや、なんちゃらボックスとかねえの?システムもっと頑張れよ!俺めっちゃよわいじゃんかよおおお」
「あ、あの、一応これで登録は終わりましたので、こちらのマーセナリーウォッチをお渡ししますね」
エリーがおそるおそる割って入る。それぞれエリーから黒い腕時計を受け取る。
「時間はもちろんですが、横のボタンをおしていただくと、マーセナリー様の情報が出てきます」「おおー、ほんとだ」
ジェイルが声を上げた。
押してみる。
時計の画面が変わり、ステイタスが表示される。レベル、装備、などなど。
「レベル65か。ゲームのときと同じだな」
ジェイルが言った。俺も同じレベルである。ふん、とリンが鼻で笑った。
「お前はいくらなんだよ!」
ジェイルがずこずことリンの方に寄っていく。
「67って、2しか変わらねえじゃねえか!」
「このゲームはレベル1個上げんのが大変なんだよ、知ってるだろ、馬鹿!」
リンがマスクでこもった声で反論する。
なんだもう、この部屋入ってから喧嘩ばっかだ。
しょげているエイロンのマーセナリーウォッチを覗き込む。
「エイロン、こんな低かったっけ?」
レベル37。しかも、白紙のグリモワール。これはしょげても仕方がない。
「帰りってええええ、てか、俺はかえりてえんだよ!ハンバーグ、どうやったら帰れるんだ!」
「へ?いやいや、まあまあ、なんていうかのう、とりあえずエンジョイ!リアルの方は大丈夫なようになってるから、マジで!はい、次、お前らうるさすぎ、登録終わったから、はい、次々!次のマーセナリーは?」
「すみませんみなさん。細かい説明は一階にいるルビイがしてくれますので」
「ルビイって?」と俺が訊ねると、「私と同じ、白いローブを着ております」と言い、エリーはさっさと俺たち4人を追い出した。
部屋の外には、列がまだまだ続いている。こんなにもプレイヤーが入って来ているのか。
リンも一緒に、ルビイのいる一階へと向かう。