シャイディーとの別れ
祭りから一夜明け、早々に村を出た。プリンセスを一刻も早くお返ししなければいけないので、本当は祭りどころではなかった。
村総出で幌馬車の出向を見送ってくれた。泣きじゃくるシャイディーに「またきてね」としょうちゃんがにこりと笑う。ハヤトとヒサが、感謝を述べ続ける。やたらと土産物をもたせようとする村長をなんとか固辞するケイさん。ならばこれだけ、と村で作られているお酒をいただく。昨夜飲んだのだが、これがまたきりっとした辛口で。
「今回は世話をかけたな」
オドアドがクールに言った。オド様オド様と、やはり村のものはオドアドにかなりの敬意を払っているようだが、かわいいもの好きの西洋被れだと知っているのだろうか。
「それにしても、マーセナリーとは、なにかいろいろと裏がありそうだな」
オドアドは、俺の耳元で囁いた。
「は?はっはっっは」
笑って誤摩化すと、はっはっは、とオドアドも同調した。さすが慕われているだけあってなんか鋭いね。てか、どう反応すれば正解だったんだ。
ごとごとと揺れる。
御者はもちろん、将軍こと、徳川である。ひげ面で酒好きの。
「いや〜楽しかったね。また別の祭りがあるんだろ?そんとき来ようぜ」
ジェイルの陽気な声が幌内に響く。
カロヤ地方では季節ごとに祭りがあるらしい。祭りを町おこしに繋げては、と提案すると、それはいいねと村のものが賛同し、農作業の合間を縫って道の補修や温泉の修繕を行おう、名物料理を作ろう、などとすぐに計画を立てはじめた。提案しておいてなんだが、屋台もステージもない、営利目的ではない『祭り』が変遷していきそうで悲しくはある。でも村が無くなったら祭りもなくなっちゃうしね。ブレーメンに帰ったら、宣伝ぐらいはしておこうか。陽気なジェイルとは対照的に、エイロンは、ずっと険しい顔で一緒に馬車に乗っているクリのお腹をさすっている。クリは時折気張る態勢を取るが、なにもでない。顔色が悪いとかではないのだが、やはり気になる。お腹になにかまだ入っているのか。エイロンは、おもむろにグリモワールを開く。
「ん?」
「どうした、エイロン?」
「ジョブ、なんかまた文書がかかれてる。えっと、残りの魔物は70体になりましたって」
「ふざけるな!」
リンがうきうきで言った。もちろん電撃が出る訳でもない。
「お、お前がフったんだろうが!」
顔を赤らめるリンに特になんの反応も示さず、エイロンは正しい文を読みあげる。
「契約が完了しました。イワツチ」
「お前、イワツチと契約したの?」
俺はエイロンの方を見て訊ねた。
「え?いや、ああ、なんかしたのかな、そんな記憶があったりなかったり」
エイロンは、次のページを開く。名前を書く欄がある。たしかそこに呼び名を書き込み、その名前を呼べば、契約したモンスター(精霊?)が現れる。
「トヨハ!トヨちゃんだ!」
エイロンのテンションが急に上がる。このロリコンめ。どこに持っていたのか、颯爽とペンを取り出すと、その空欄にトヨちゃん、と書き込み、言う。
「トヨちゃん!」
ぽんと、幌内に煙が舞う。
「呼ばれて飛び出てイッツミー」
低く、かすれた声。マジックショーのごとく現れた小人。
「なんでじじいのほうなんだよ!」
じじいのエイロンが、小人のじいじにキレた。
「ワッツアップ?なんで呼ばれて飛び出て切れられにゃいかんのじゃ!」
五月蝿いじじいどもの喧嘩が続く。ブレーメンまで結構あるぞ。
暖かい風が入り込んでくる。小さな揺れが心地よい。うとうとと眠気に傾いていたそのとき、ごとんと馬車が大きく揺れ、止まった。
耳に入る男の怒声。
「プリンセスを攫ったのはお前らか!」
幌馬車の中に兵士たちが入ってくる。
「お、おい、まて」
シャイディーの静止も聞かず、兵士たちは問答無用で俺たちを馬車から降ろし、縄をかけようとする。
「こら!まてといっておるのがわからんか!わらわの友人に」
シャイディーの怒鳴り声が草原に響いた。兵士たちの手が緩む。
「外交問題にまで発展しかけています。もちろん我らも含め、お伴には罰が科せられるものと思われます。プリンセス、あなたはリベールのプリンセスで、成人の儀を控えたクイーン候補なのです。どうかご自覚を」
一団のリーダーらしき男が強く言い放った。鋭い眼光が刺さる。頬の傷と目尻の皺が歴戦の兵士っぽい。
「プリンセスガーズたちよ、すまなかった。父上には直接そなたたちの恩赦を訴える。わらわは必ずクイーンになる。もうしばらくわらわに付き従ってくれ。しかし、そのものたちは大切な友人なのだ」
シャイディーが頭を下げた。慌てて平伏する兵士たち、その中にあって、頬傷の男は冷静に「御意に」と膝をつき、「それでこそ、我が主」とにこりと笑った。
「最後のわがままじゃ、許せアルバ。国はわらわが変える」
シャイディーは毅然と言い放った。今朝までしょうちゃんと遊んでたんだが、いやはや、プリンセスモードに戻ったんだな。
「して、カーラは」
「スパイの疑いがかけられてリベールで軟禁状態です。あの様子だとどちらにせよ部屋からはでなかったでしょうが」
「あの様子?」
「プリンセスがいなくなってからというもの、ずっとお祈りをしていますよ」
「迷惑をかけた。それ以外にことばが浮かばない」
「馬車の用意はできております」
一等豪華な馬車が止まっている。
「うむ。さあゆくぞ、リベールの変革、ここより初まりだ!」
雲が割れ、光がシャイディーを照らす。
「おおおおお!」
兵団が剣を天に突刺し、叫んだ。
俺たちの戦いは、これからだ!
なんだこれ。
「ちょーいちょーい!ちょっと待ちなさいよ!」
ジェイルがオカマ口調で割って入る。よくやった!
「いろいろ大変なのはわかるけど、ここでお別れ、ってのは虫がよすぎるんじゃないの、リベールの次期クイーンさんよう。ほ、う、しゅ、う。報酬ちょうだい」
「ははは、ジェイル、お主は報酬を必ず忘れんな」
シャイディーが歴戦の兵士アルバにことを説明すると、アルバは小袋を持ってきた。
「旅中の警備すまなかったな。君たちが失踪の要因の一つとはいえ、シャイディー様がなにかすっきりとした顔をされて戻ってこられた。感謝だ」
アルバは頭を下げた。日本人の性というか、みんな頭を下げ返す。
「手持ちは今それだけしかない。わらわはリベールへ急ぎ戻らねばならん。主ら、またリベールへ着てくれ。そこで残りの報酬を渡そう」
プリンセスモード継続中のシャイディーが言った。
「必ずいくよ」
俺が答えると、シャイディーは年相応の笑顔で
「ジェイル、エイロン、ジョブレス、ケイ、リン、ありがとう、楽しかった」と言った。
雲が轟々と動いている。光が草原に広がっていく。
「またな」
ジェイルに続き、エイロンも「またな」と手を振った。「頑張ってね、シャイディーちゃん」ケイさんは涙目になっている。リンも、やや鼻声になりながら「じゃあな」と言い明後日の方向を見た。
「なんか大変そうだが、がんばれよ」
と俺はシャイディーに手を振った。
シャイディーは、手を振り返すと、兵団の一団とともに去っていった。
「一悶着終わったか。いくぞ、ブレーメンにつくころには日が暮れちまうぜ」
徳川が御者席から降りずに言った。
のろのろと、俺たちは幌馬車に乗り込んだ。




